3 信心の生活に進歩したかどうかについて霊魂を検査すべきこと

次に述べる、第二の勤めはすこし長い。これを一度に行う必要はないから、天主に対し、あなた自身に対し、あなたの隣人に対しての、あなたの態度ならびに種々の欲望の反省、というように数回に分けて実行すべきであります。勤めの最初の部分と、感激を含む最後の部分とを除いては、ひざまずいてする必要はありません。勤めの他の部分は、散歩しながらしてもよく、また、眠くならず、意識をはっきりすることができるならば、床中に横たわりつつしてもいいです。そうするためには、あらかじめよく省察を読んでおかなければいけません。またこの第二段は、長くとも三日二夜の中に終えなければいけません。それで、毎日毎夜これに一定の便宜の時間をあてる必要があります。そうしないで、もしこの勤めを長い間隔をかけて試みたならば、気力を失い、単に鈍い印象を残すに過ぎなくなります。さて、この検査の各点については、いかなる点で過失を犯したか、あるいは不完全であったか、いかなる障害を感じたかを注意して、後に勧告を聞き、決心をつくり、精神の慰めを得る材料とします。これらの勤めを実行する日には、他人との交流、および話を全然断つ必要もありませんが、少し、いつもより俗事に関係しないで、とくに夕方は孤独の時間として、早くから寝室に入り、心身の休息を求めて省察に従事しなさい。昼の間に、しばしば、天主・聖母・諸天使・諸聖人に祈りを捧げ、天主を愛する熱い心、ならびに、あなた自身の完徳をこい願う意志をもって行わないといけません。

この検査を始めるためには、

1・天主のみ前に出て、

2・聖霊に祈り、この光明の賜物を願いなさい。これは、謙遜の心をもって天主のみ前に、「ああ主よ、あなたを知り、また私を知ることができますように」と祈った聖アウグスチノ、および「あなたはどなたであり、私は誰でしょうか」と天主に尋ねた聖フランシスコにならって、あなたが自分をよく知ることができるためであります。あなたが自己の進歩を検査するのは、自ら誇るためではなく、自らの光栄を求めるためでなく、天主において喜び、天主に光栄を帰し、感謝するためであると言いなさい。

3・あなたが予想するように、この検査の結果、進歩したことが少なく、あるいは、むしろ退歩したと分かっても、そのために落胆・失望して、勇気をなくしてはいけません。かえって、さらに勇気を出し、一層謙遜になり、天主の聖寵の助けをもって自分の過失を償おうと、今より約束しなさい。その後に、静かに、今日まで、あなたが、どのように天主に対し、人々に対し、自分に対してふるまったかを検査しなさい。