1 以下の勤行によって、毎年、よい決心を新たにさせること

以下の勤めに最も大切なのは、その必要な理由を真に悟ることであります。私たちは、人間本来の性質によって、善い決心を失いやすい。私たちの肉身の弱さ、あるいは、その悪い傾きは、霊魂がよい決心を繰り返して、高く飛揚することをしない限り、その重りとなって私たちを下方に引っぱります。ちょうど、鳥が翼をうたなければ、飛ぶことはできないで、地上に落ちるように。最愛のフィロテアよ、それゆえ、あなたも天主に仕えようとの最初の決心を、きわめてしばしば反復しなければ、昔の状態、あるいは、さらに悪い状態に堕落する危険があります。霊的堕落の特長は、私たちが信心に向かって上方に登り始めた最初の状態以下に落ちることであります。いかによい時計でも、一日に二回、朝晩にねじを巻きます。また、そのほか、少なくとも、一年に二回は機械をほぐして、一年の間に溜まったホコリを除去し、狂ったり摩滅したりした部分を治さないといけません。そのように自分の精神を大切にする人は、前編で述べた通り、朝夕、天主のみ前に出て、精神を高く上げ、しばしば自分の精神を省察、矯正、調節し、少なくとも、一年に一回は、これを分解し、その各部分、すなわち、感情、および気分を詳しく検査して、そこに存在する欠点を癒さないといけません。時計屋は、歯車・バネ、その他のあらゆる運動部分に、よい機械油をさして、動きをなめらかにし、さびを防ぎます。そのように、信心に志す人も、その心を内省してから、さらによく更新するために、悔悛と聖体の両秘蹟の油をささないといけません。この務めは、時間のために消耗したあなたの気力を補い、あなたの心を暖め、あなたのよい決心を若返らせ、あなたの精神の善徳の花を咲かすでしょう。ナジアンズの司教、聖グレゴリオによれば、古代の信者は、これを聖主の受洗記念日に実行していたと言います。彼らはこの玄義の日に、その信仰を宣言し、天主に忠誠を誓い、かつ、毎年これを反復したそうであります。愛するフィロテアよ、私たちも彼らに倣い、進んでこれを実行し、まじめにこのことに着手しようではありませんか。そうすれば、当然、あなたの指導司祭の勧告に従い、適当な期日を選び、平常よりも孤独の境に身をおいて、第二編において私が示した黙想の方法を用いて、次の諸点について、一、二回ないし三回の黙想を行うべきであります。