1 徳行の選択について

女王バチが花園を出るときには、必ず多くの蜂を従えます。そのように、愛徳が、霊魂に入る時は、必ず他の諸徳を伴い、長官が兵卒を指揮するように、時宜に応じて善徳を実行するものであります。しかし、愛徳も、すべての徳行を、みな一時に、また、絶え間なく、あらゆる場所で働かせるのではありません。義人は、川のかたわらに植えられている木の、その季節に実をむすぶのに似ていると言われています。愛徳が霊魂を成長させるときは、時期に応じて善徳の業が生ずるのであります。集会書にも、「愉快な音楽も、喪中には禁物です」(22・6)と書いてあります。人々が、ある善徳を行おうと決心すると、それを、どのような場合にも実行しようと、かたくなに思いつめるのは、大きな誤りで、それでは、古代の哲学者中の、厭世論者は常に泣き、楽天論者は常に笑っていたというのと同じです。その上、自分と同じ善徳を行わないものをそしったり、けなしたりするに至っては、まったく言語道断であります。聖パウロも、「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい」と言い、「愛は堪忍し、情けあり」「度量が広く、慎み深く。他人のためを思う」と教えられました。そうはいうものの、善徳のなかに、その応用が非常に広く、独立の徳行としての他、全ての徳行に従って存在するものがあります。たとえば、勇気・大胆・威厳の諸徳を実行するものは、比較的まれでありますが、これに反して、柔和・節制・正直・謙遜のようなものは、私たちの生涯のあらゆる行為が、これに反映しておかなければならない善徳です。砂糖は塩よりも高価ですが、実用の範囲は塩の方が広い。これらの善徳は絶えず必要ですから、常に十分に準備しておく必要があります。次に、私たちは、私たちの嗜好に最も適する徳を排して、第一に、私たちの義務である徳を選ばないといけません。聖女パウラは霊的な慰めを受けるために、きびしい肉体的な苦行をすることを愛好しました。しかし、彼女の義務は、長上に対する服従です。それゆえ、聖イエロニモは、聖女が司教の指示に反して、過度の大斎を守ったことを非難しました。また、使徒たちは、福音を述べ、人々に主の聖体を分かつのが職務であったから、きわめて優れた愛徳の勤めである、貧者に施し物をすることのためにも、自分の本分を投げうってはいけないと判断したのであります(使徒6章)。各人は、自分の境遇に従って、個別的な徳を積まなければいけません。司教の徳行、貴族の徳行、兵卒の徳行、主婦の徳行、寡婦の徳行はみな、おのおの異なっています。もとより、すべての人は、皆すべての徳を修めないといけませんが、皆同じように修める必要はありません。当然、おのおの、自分の使命に応じたものを、特に獲得すべきであります。私たちの職務に関係のない善徳の中で、まず選ぶべきものは、最もすぐれた徳であって、最も人目につきやすい徳ではありません。彗星は普通の星よりも大きく見えて、私たちの注意を引きやすいものです。しかし、実際は、彗星は、質においても、大きさにおいても、普通の星に劣っていて、それが大きく見えるのは、私たちとの距離が近いからであり、また、星の品が下がるからであります。そのように、卑近な、感覚的な、あるいは物質的な美徳は、常に、俗人に大いに尊ばれやすい。たとえば、世間は、物質的の助けを、精神的な助けよりも高く評価し、毛肌着・断食・はだし・鞭打ちのような肉体的苦行を、柔和・親切・謹慎などの、これに比べれば、はるかにすぐれた心の苦行より愛好します。フィロテアよ、あなたは彼らと異なり、人目につきやすい、はでな、勇ましい善徳よりも、本質的にすぐれた高貴なる善徳を選ばないといけません。一定の善徳を、特に選定して、これを修めるのは、とても有益です。これは、とくに他の諸徳をないがしろにするためではなく、自分が精神に一定の目標を与えるためであります。アレキサンドリアの司教聖ヨハネの伝記に、かんらんの冠をかぶり、王女の衣服を身にまとった、太陽よりも光り輝く少女が、ある日司教に現れて、「私は王の長女です。もし私の友になるならば、王の御前に導いてあげましょう」と言いました。聖人は、これこそ、天主が彼にお求めになる、貧民の愛であると悟って、その後、この徳を修めて、ついに施与者聖ヨハネの名を得ました。また、同じくアレキサンドリアのユウロジオは、特に天主に仕えたいと思ったが、砂漠に退いて独修士となるにも、また、服従の祈願を立てて長上に仕えるにも、それだけの決心がつかなかったので、自分の家に醜いらい病人を迎えて、これに仕え、愛徳と苦行とを学ぶこととし、かつこれを完全に成しとげるために、らい病人を自分の主人として敬い尊ぶ誓願を立てました。ところがしばらくして、ユウロジオも、らい病人もそれに飽きて、互いに別れようではないかという誘惑が生じました。彼らは聖アントニオの意見を聞きました。すると、聖アントニオは彼らに答えて、「私の子らよ、あなた達は、別れてはいけません。二人とも、もう間もなく、天主の御前にでないといけません。その時、もし死の天使が、二人が離れているのを発見したならば、あなた達は天国の栄冠を失うでしょう」と言いました。フランスの聖ルイ王は、病院を訪れて、親しく病人を介抱することを、最上の幸福としました。聖フランシスコは、清貧を愛し、これを尊んで自分の愛人と呼びました。聖ドミニコは、天主の御言葉を説くことを愛したので、ドミニコ会は、また、説教会とも呼ばれるようになりました。大聖グレゴリオは、アブラハムにならって、巡礼者をもてなすことを喜び、アブラハムのように、主を巡礼の姿でお宿す光栄をえました。トビアは死者を葬る愛徳の務めを行い、聖女エリザベトは妃の身にして屈辱を愛し、ジェノアの聖女カタリナは夫を失ったのち、病院に勤務しました。霊父カシアノの伝えるところによれば、ある熱心な少女が、いかにして忍耐の徳を学ぶべきかを、聖アタジオに尋ねたところが、聖人は、少女に、始終不平をもらし、小言を言う、怒りっぽい老婆の世話をさせて、柔和・親切の徳を修める手がかりにさせました。このように、天主の僕のなかに、あるものは病人を看護し、あるものは貧民を助け、あるものは小児に宗教教育を授け、あるものには罪人を導き、あるものは教会を建て、祭壇を飾り、あるものは世人の論争を和め、平和のために尽力します。刺繍家は、種々の下地の上に、金糸・銀糸、および各種美しい絹糸をもって、きれいな花を縫い出しますが、そのように、特殊の信心の勤めを選ぶ人々も、これを霊的刺繍の下地として、それに他の種々の諸徳の行いを配し、統一的の全体をつくり、霊魂の衣を織りなすのであります。私たちが一定の罪悪をもって脅かされるときには、なるべくこれと反対の善徳を修め、すべての勤めをこの一点に集中させなければいけません。この方法により、私たちは悪魔に勝つことを得、同時に、すべての徳行に進むことができます。たとえば、私の主要なる誘惑が、傲慢、あるいは憤怒であるときは、あらゆる場合に謙遜・柔和の徳を修め、同時に、黙想及び秘蹟を、この誘惑と戦うために応用し、賢徳・忍耐・中庸などの諸徳の実行に付加しよう。イノシシは、牙を研ぐために、歯牙を噛み合わせて、互いに鋭くするといいます。徳に進もうと欲する人も、自己の防衛に最も必要な善徳を準備するために、他の諸々の徳を修めないといけません。そうすれば、この人は、一徳を修めるために、あらゆる徳に進むであろう。ヨブは、忍耐の徳を格別に修めたが、同時に、非常に多くの誘惑と戦ったために、あらゆる徳をきわめることができました。アジアンズの聖グレゴリオも、旅人の接待の徳を修めて、至上の光栄に浴したラハブの例をあげています。ある一つの善徳を注意して行えば、多くの徳を身に修めることができると言いましたが、これは、この善徳をきわめて完全に、すなわち、大きな熱心と愛徳をもって、実行した場合のことであります。