16 聖人を敬い、その助けをもとめるべきこと

天使は、天主が私たちに霊示を送ってくださるときに、しばしば、使者の役目をされるので、私たちも、また、天使を通じて、しばしば、天主に祈らなければいけません。天使と共にいる天国の聖人の霊魂は、聖なる主が仰せられた通り、天使に等しく(ルカ20・36)また天使のように霊示を伝え、その尊い祈祷をもって私たちに取り次ぎをされます。フィロテアよ、だから私たちも、また、天使・聖人たちと心を合わせないといけません。うぐいすの雛が親鳥について歌をならうように、私たちも至福の霊と交わって、よく祈り、天主の賛美を覚えるのであります。「天の使いの前で、私は歌います」(詩編137・1)とダビデ王は言っています。私たちは、至聖至福なる童貞聖マリアを、格別の愛情をもって敬い尊ばなければいけません。聖母は私たちの慈しみ深い主の御母であられます。それゆえ、私たちにとって御母でもあられます。されば、聖母によりすがり、子供がするように、安心してその御ひざもとに集まろう。いつ、いかなる場合にも、私たちはこの慈しみ深い聖母を呼び、母としての愛情により頼み、その御徳に倣い、心からの孝行を尽くしましょう。天使とも、また、親しく交わりなさい。眼には見えませんが、あなたの生涯に親しく関係している天使らのことを思いなさい。特にあなたの住む教区、あなたと一緒に暮らす人々、ことさらに、あなた自身の守護の天使を愛し敬いなさい。その助けを請い、彼らを賛美し、あなたの霊的、および、現世的あらゆる仕事に、その助力を頼まないといけません。イエズス会の最初の司祭、最初の説教者、最初の神学的教授にして、創立者の聖イグナシオの最初の友であった聖ペトロ・ファーブルが、ある年、主の光栄のために非常に苦しんで働いたドイツから、生まれ故郷のこの教区に帰って来た時に、ある場所での話しをしたことがあります。それは、彼が、プロテスタントの異端で荒らされた地方を旅行したときに、各村で、その村の守護の天使に迎えられて、非常な慰めを得て、また、天使は彼のために、あるいは、異端者の謀略を破り、あるいは、柔和従順な人々に救霊の真理を認めさせるなどして、彼に種々の便宜を与えたことでありました。聖人が、この話をされて、天使に依頼するべきことを勧められた、熱心な態度は、当時、若い娘であったある貴婦人が、親しくその口から聞いて、今から四年前に、すなわち、その当時をさること六十年の後に、大きな感動をもってこの話を繰り返されたほどでありました。そして、この聖人は、生まれた険阻なる山のはざまのヴィアレの小村に天主堂を建立する幸福を得たのであります。あなたの霊名の聖人は、すでに、あなたの洗礼のときから保護者でありますが、その他、特にその生涯を、あなたの模範とし、安心して取り次ぎを請いたいと思う特別な聖人に選んで、信心しなさい。