3巻 4 神のみ前に、謙虚に真実に生きる

「子よ、私にならって、真理の道を歩め。単純な心で、常に私を探し求めよ。私にならって真理の道を歩むものは、悪に会うときには保護され、真理の手で、誘惑と悪人の讒言とから守られる。真理が、あなたを解放する時、その時こそ、あなたは真の自由を得、人間の空しい言葉を気にかけないようになるだろう」。「主よ、あなたのお言葉は真実です。仰せの通りになりますように。あなたの真理が、私を教え、守り、救いまで、導くように。真理がすべてのよこしまな愛から、私を解き放つように。そうすれば私は、あなたとともに、自由に歩めるでしょう」。真理は仰せられる、「私は、何が正しく、何が私に喜ばれるかを教えよう。あなたは、悲しみと苦味とを味わいつつ、自分がおかした罪を思い出せ。そしてあなたが行った善を思って自負するな。あなたは、今も罪をおかすことができ、さまざまな邪欲にかこまれている。あなたは常に悪を望み、すぐ堕落し、たやすく倒れ、すぐ不安を感じ、落胆する人間である。あなたには、誇れるものが一つとしてない。ただ、恥辱をもっているにすぎない。自分が思い以上に、あなたは弱いものだ」。だから、何をしても、大事をやったと思ってはならない。何事も、重大な、価値のあるもの、感嘆し、賞賛すべきもの、望ましいものだと思ってはならない。何よりもまず、江家園の真理を愛し、自分の低さ卑しさをいとい、何よりも悪と罪をおそれ、さげずみ、避けよ。悪と罪とは、金銭上のどんな損害よりも嫌悪すべきものだと考えよ。ある者は、私の前を、真実な心を持って歩まず、ある種の好奇の念と厚顔で私の神秘をさぐり、神の至高の計らいを知ろうとし、しかも自分の救いを、全くおろそかにしている。だから彼らは、その高慢な好奇心とのために、退けられ、しばしば誘いと罪のとりことなるのである。神の裁きをおそれ、全能者の怒りにおののけ。いと高きお方の御業をあげつらうことなく、ただ自分の罪の深さに思いをいたし、いかに多くの罪をおかし、いかに多くの善を怠ったかを省みよ。ある人はまた、書物に、あるいは絵に、あるいは外部的儀式に、信心のすべてを行おうとする。彼らは、口で私を語るが、心にはほとんど置いていない。ところが他のある人は、知恵を照らされ、愛情を清められ、常に永遠に憧れ、地上のものに耳を傾けず、しぶしぶながら人間としての必要を満たしている。彼らは、真理の霊が、内に何を語るかを悟っている。なぜなら、真理の霊は、地上のものを軽んじ、天上のことを愛し、この世を捨てて、昼夜をとわず天に憧れよ、と教えるからである」。