3巻 39 人は俗事にわずらわさらてはならない

「子よ、あなたの心配を、全て私にゆだねよ、私は随時、適当に扱うだろう。私の計らいを待て。そうすれば、あなたは、よいことをした、と知るだろう」。「主よ、喜んで私のことをお任せします。私の考える事は、大して、役に立たないからです。ああ、私は、将来起こることを心配せず、完全にあなたのみ旨に従いたいものです」。「子よ、人はしばしば、自分の望みのために動く。しかし、それを手にするにはいなや、もはや興味をしなう。人の望みは、同じ物事に長く留まることなく、一つから他へと移るからだ。したがって、些少なことにおいても、自分を捨てる事は、決して小さなことでは無い。人間の本当の霊的進歩は、自分を捨てることにある。そして、そうした人は、誰よりも自由で安全である。しかしすべての善人に反抗する、あの古くからの敵は、誘惑の手をとどめることがない。むしろ警戒を怠っている者を、罠におとしいれようとして、昼夜の分かちなく、待ち構えている。主は、『警戒して祈れ、誘惑におちいらないように』(マタイ26・41)と仰せられている」。