3巻 15 望むことについて、どう行い、どう語るか

「子よ、あなたはいかなる場合にも、こう言わねばならない。『主よ、あなたのみ旨なら、そうしてください。主よ、このことがあなたの光栄となるなら、御名においてそうしてください。主よ、もし私に適当であり、利益があると思し召すなら、あなたの光栄のために私にそれを用いさせてください。しかしそれが私の害となり、栄光の救いのために役立たないことなら、私からその望みさえも退けてください』と。人間の目で良いように見えても、すべての望みが聖霊から出ているとは言えない。あることを望のが、善意からか、悪意からか、それとも単に自尊心のためかを判断するのは困難である。最初は、善意に導かれると思っていても、最後にその誤りを悟った人が多くある。従って、心に浮かぶことは全て神への畏敬と、謙虚な心ともって、望まなければならない。ときにはあきらめと信頼とをもって、全てを私にゆだね、こう言うがよい。『主よ、あなたは、私にとって何が良いことかをご存知です。み旨のままにはからってください。あなたの望まれることを、望みのまま、望む時に、私に与えてください。あなたの知恵に従って、み旨の通りに、あなたの光栄のために、私を扱ってください。私を、み旨の場所に置き、自由にあしらってください。私はあなたの手の中にあります。み旨の通りに私を使ってください。私はあなたの下僕で、万事に備えています。私は自分のためではなく、あなたのために生きたいのです。なるべく完全に、またふさわしく生きたいのですと

神のみ旨を果たす祈り

慈悲深いイエス、あなたの恵みをお与えください。神の恵みよ、常に私と共にあり、私の日々の労苦を助け(知恵9・10)、また最後まで私を導いてください。あなたが最も好まれることを、常に私に望ませ、あなたのみ旨が私の望みとなるようにしてください。そして私の意志を常にみ旨に従わせ、完全に一致させてください。私の望むこと、望まないことが、必ずあなたと同じで、あなたの望まれること、望まれないことを、私にも望ませ、あるいは望ませないようにお恵みください。この世の全てに死し、あなたのために、軽んじられ無視されることを好むようにしてください。どんな望みにも勝って、あなたの中にいこい、あなたにおいて平和を見いだすようにしてください。あなたは、真の平和であり、唯一の休息です。あなたがおいでにならないと、すべては辛い不安なものになります。その平和、至高の善であるあなたにおいてのみ、私が平和と休息と見いだしますように(詩篇4-9)。アーメン。