3巻 10 この世をすてた者にとって、主に奉仕することはたのしい

「主よ、私はまた語ります、黙っていることができないのです。私は天においでになる私の神、私の王のお耳にこう申します『ああ、主よ、あなたの畏敬の内に生きる人々のために、備えられた喜びは、何と偉大なものでしょう!」(詩編30・20)と。あなたを愛し、全心をあげて、あなたに仕える者にとって、あなたはどういうお方でしょうか。あなたを愛する者にくださる霊的な観想の喜びは、言いつくしがたいほどのものです。あなたの愛のやさしさを、特にこうしてあなたは、私にお現しになりました。あなたは、私が存在する前に私をつくり、あなたから離れて迷っていたときに、奉仕に返らせ、あなたを愛せよとお命じになりました。ああ、不断の愛の泉よ、私は何と言えばいいのでしょうか!罪に汚され迷っていた時に、私をかえりみてくださったあなたを、どうして忘れましょう。あなたがお示しになった慈悲は、下僕の期待に、はるかにまさるものであり、あなたが与えてくださった恵みと友情とは、下僕のすべての功徳にまさるのです。これほどの恵みに対して、私は何をお返ししましょう。すべてを捨ててこの世を離れ、修道生活に入ることは、皆に与えられることではないのです。被造物は皆、あなたに仕えるべきなのですから、私があなたに仕えることは、大したことだとは言えません。いや、あなたに仕えることを、自分で大したことだと思ってはならないのです。むしろあなたが、この貧しい、ふつつかな私を、下僕として受け入れ、愛する子の一人に加えてくださったことこそ、大したこと、驚くべきことだ、と言わねばなりません。主よ、ご覧ください。私が持っているもの、あなたに奉仕するためのものは、すべてあなたのものです。しかし、実は、私が仕えるよりも、あなたが私に仕えて下さるのです。あなたが、人間のために創られた天地は、人間に仕える備えをし、毎日あなたの命のままに動いています。しかしそれも、なお小さいことです。あなたは天使にさえも、人間に仕えよとお命じになりました。その上あなた自身が、人間に奉仕し、人間にいつかご自身を与えよう、と約束なさいました。この完全な恩恵に報いるのに、私は何をすべきでしょうか。ああ、生涯に渡って、私は日々あなたにお仕えしたい。せめて一日でも、あなたにふさわしい奉仕をしたい。まことにあなたは、すべての奉仕、すべての誉れ、永遠の賛美にふさわしい方です。あなたは真実に私の主であり、私は貧しい下僕です。私は全力を尽くして、あなたに仕えるべきであり、いつまでも、倦むことなく、あなたを祝すべきです。私はそう望み、そう欲しています。あなたの恵みによって、私の不足を補って下さい。あなたに仕え、あなたのために一切のものを軽んじることは、大きなほまれ、最高の光栄です。進んであなたへの奉仕に従う人々は、神の恵みに満たされることでしょう。あなたへの愛のために、すべての感覚的な快楽を投げ捨てる人々は、聖霊の新鮮な慰めを味わうことでしょう。また、あなたのために、せまい道を選び、この世のすべての煩いを捨てた人は、霊的自由を獲得するでしょう。ああ、楽しく喜ばしい神への奉仕よ、これによって人間は、真に自由なものとなり、聖なるものとなります。人間を天使と等しいものとし、神によみせられるもの、悪魔のおそれるもの、信者たちの模範となるべきものとするのは、実に修道生活の聖なる生活です。ああ、したわしく望ましい奉仕よ、私たちは、これによって最高の善を持ち、永遠の喜びを受けるのです」。