2巻 7 万事にこえてイエスを愛する

イエスを愛して、イエスのために、自分を軽蔑することの、真の意味を理解する人は幸いである。その愛は、すべての愛を越えるものではなくてはならない。なぜならイエスは、御自分一人が万事を越えて愛されることを望んでおられるからだ。被造物への愛は、あまりやすく変わりやすい。しかしイエスへの愛は、誠実不変なものである。はかない被造物により頼もうとする人は、それと共に倒れる。しかしイエスの方をとる人は、いつまでもゆるがない。皆があなたを離れ去っても、あなたから離れることなく、あなたを滅びから守る方を、自分の友として愛せよ。望む望まないにもかかわらず、いつかあなたは、すべてから決別しなければならない。生きている時にも、死ぬ時にも、いつもイエスの近くにいよ。他のすべてがなくなっても、あなたを助けうる唯一の方の真実さに、あなた自身をゆだねよ。あなたの愛するお方は、他人がその愛に割り込むのを許さず、ご自身一人が、心の中の王座に座ることを望まれる。あなたが、すべての被造物を、心の中から遠ざけるなら、イエスは喜んで、あなたの心の住居にこられる。イエス以外の人間を拠り所にすれば、それはあなたにとって、なきに等しいものであると、知るに違いない。風に揺られる葦に、より頼もうとするな。「すべての身体は草であり、その光栄は草の花のように枯れる」(ペトロ前1・24)。人の外面だけに目を止めるなら、あなたはすぐに期待を裏切られるだろう。自分の慰めと利益のために、人により頼もうとすると、結局は自分が損をしただけであったと知ることがしばしばある。しかし万事においてイエスを求めるなら、そのイエスをきっと見出すであろう。自分自身を求めるなら、自分自身を、損害と共に見出す。イエスを求めない人は、この世と、この世のすべての敵よりも以上に、自分自身に損害をおわすだろう。