5 主の祈り 説明

天におられる私たちの父よ

聖なる父は父親の中でも最も愛すべき方です。御父は、全能であられ、見事に世界をやりくりされています。そして御父の摂理は完全な愛に満ちています。天国は私たちの故郷であり、私たちはその跡継ぎです。御父は常にいつくしみ深く、救いにおいては限りない優しさを示して下さいます。ですから神は私たちの父であり、皆は兄弟姉妹です。これがわかれば、私たちは、神と隣人を愛し、この世のものから自分を引き離す理由を知るのに十分でしょう。私たちは天におられる父を愛し、私たちの愛を幾度も繰り返してお伝えしなければなりません。「天におられる私たちの父よ、全能の力で天地を満たしてくださるあなたは、どこにでもいらっしゃいます。栄光によって聖人の間におられるあなたは、永遠に救われない霊魂たちの間にもおられ、この世においても、信心深い人たちの内におられ、また忍耐によって罪人の内にもおられます。私たちが、あなたが私たちを無からお創りになった御父であられることを心に留め止め、そしてあなたの子供として生きていくことができますように」。

 

み名が聖とされますように

主の御名は聖であり畏敬の念を起こさせます。またセフィラムは万軍の主である神の聖性を常に賛美し、その声が天に絶えることなくこだましています。「全世界が、この上なく偉大であり、聖である私たちの神の特質を知り、崇敬することができますように、そして生きた信仰と、強い希望と、燃えるような愛徳によって神に仕え、神の栄光をたたえることができますように。また間違った信念を全部放棄することによって、すべての異教徒たち、また信仰を持たないもの全てに神が知られ、愛され、崇敬されますように。これらすべてが行われ、全人類が聖になるように祈ります。なぜなら私たちの神ご自身が、聖そのものだからです」。

 

み国が来ますように

「あなたの恩寵により、私たちの霊魂を治めてください。そうすれば、死後、私たちは完全で終わることのない幸福の内に、あなたの治められる御国で、あなたに会うことができるでしょう。主よ、私たちは、この幸せの来ることを固く信じていますし、それを願い、期待しています。聖なる父である神が、この上のない愛を持って約束してくださったのですから。その上、この幸せのために神の聖子と聖霊の功徳により贖ってくださいました。光であるお方が、私たちにそれを教えてくださったのです」。

 

み心が天に行われとおり地にも行われますように

すべては、神の摂理によって、神の計画にどおりに起こるようになっています。ですから、この世で神の御旨を妨げることのできるものは絶対にいません。それどころか、み心が天に行われとおり地にも行われますようにと唱える時には、この世で私たちにふさわしいと神が考えられたことすべてに、私たちは謙虚に喜んで従えるようにしてくださいと神に願っているのです。私たちはまた、ありとあらゆることを、聖人や天にいる天使たちのように、いつ何時でも、すぐさま愛をこめ、忠実に、神の聖なるみ旨に従える力を与えてくださいと神に願います。

 

私たちの日ごとの糧を今日もお与えください

主は、私たちに必要なもの全てを(それが霊的なことであろうと、世俗の秩序であろうと)神に願うようお教えになりました。日ごとの糧を願うことによって、私たちは自分自身の貧しさと、全てにおいて至らないことを認め、あらゆる世俗の必需品は神の御摂理から来ることを知って神をたたえているのです。日ごとの糧という時には、生命を維持するのに必要なものだけを求めているのであり、贅沢品は当然含まれていません。今日の糧を求めるという、今日というのは、現在だけに関わっており、明日のことは神の御手に委ねているということです。また日ごとの糧を求めるとき、私たちには毎日神の助けが必要であり、神の助けと御保護とに完全に頼っていることを悟るのです。

 

私たちの罪をおゆるしください。私たちも人をゆるします。

私たちが犯す罪の一つ一つは、全能の神に対して私たちが負う負債であり、神の正義はまさに最後の1円に至るまで負債を払い切るよう要求されています。しかし、その負債がどんなに大きくても、私たちは心からの信頼を持って神に近づいていき、犯した罪に対し神の痛悔をもって祈ります。「天におられる私たちの父よ、心に浮かんだ罪と、言葉で犯した罪を赦してください。あなたの審判の御目にとって私たちを限りなく罪深いものとする、心の思いを実際に行いに移した罪と、怠慢を赦してください」。「あなたは心優しく慈悲深い私たちの神でいらっしゃいます。あなたへの従順と愛のしるしとして、私も自分を傷つけたものを忘れることにします。ですから思い切って次のようなお願いをさせてください。あなたの恩寵に対する私たちの背信を見逃し、どうぞこの世や悪霊の、また肉の誘惑に負けることのないようにお守りください」。

 

私たちを誘惑におちいらせず、悪からお救いください 。

罪は災いであり、そのために一時的、また永遠の罰を受けることになることは承知しておりますし、そうなって当然ではありますが、そうならないように私たちを救ってください。

 

アーメン:(祈りは必ず聞き入れられます)

主の祈りの最後のこの言葉は大きな慰めになります。これは全能の神が、私たちの様々な嘆願の最後で、私達の願いを必ず聞き入れてくださると(まるで神は答えてくださっているかのように)保証する一種の証人の印であります。祈りは必ず聞き入れられます!あなたたちが願ったようになるでしょう。あなたたちは願ったことを確かに手に入れたのです。ここのアーメンという言葉が意味しているのはこういうことなのです。