4 主の祈りが最もすぐれた祈りであること

 主の祈りの価値は抜きん出ています。特に、この祈りを作られた方が人間でもなければ天使でもなく、すべての天使と人間の主である救い主イエス・キリストだからです。この神の作られた祈りの申し分のない秩序、配慮を込めた迫力と平明さに触れれば、私たちの神である支配者の上智を讃えないではいられません。短い祈りでありながら、実に多くの事柄を私たちに教えてくれ、教育のないものでもよく分かり、また学者たちは、この祈りが自分たちの信仰の神秘を黙想するにあたっての尽きない源であることを心得ています。主の祈りは、神に対する人間のあらゆる義務はもとより、人間の霊的及び肉体的に必要なすべてのことを包括しているのです。主の祈りは新約聖書の要約であり、この祈りはあらゆる詩編と雅歌の美しい明言を全部寄せ集めたもので、人間に可能な最高の方法で神を讃え、それによって私たちの霊魂をこの地上から天国へ高く上げて神と一致させます。ですから、一語ずつよく考え、それについて黙想し、注意深く主の祈りを唱える人々は、実に幸せな人々と言えましょう。その人たちは必要とするもの、あるいはありったけの願いを主の祈りのなかに見出すでしょう。聖アウグスチノは、信心をこめて主の祈りを唱える都度、小罪は赦されると言いました。神の前に正しい者であっても、一日に七回はつまずきますが、主の祈りによって堕落を避け、精神の敵から護ってくれる七つの嘆願を見出すのです。人間はいかに弱く、無力であり、数多くの困難に陥るかを知っておられる主は、この祈りを短く、唱えやすくしてくださいました。ですから真心をこめて、何度も主の祈りを唱えましょう。