20 有益な効果

聖アウグスチノは、 私たちの思いを絶えず救い主のお苦しみに向けることほど、実りの多い霊操は他にないと、実に力を込めて述べています。聖大アルベルトは、キリスト教徒は、ただ主イエス・キリストのご受難について考えるか、黙想するだけで、一ヶ月間、毎週金曜日にパンと水だけで小斉を行ったり、苦行として週に一回、血が流れ出るまで自分を鞭打ったり、毎日し編前章を暗唱することよりももっと功徳があるということを啓示によって知りました。その通りであれば、私たちの救い主の全生涯と受難を記念する聖なるロザリオで私たちの得られる功徳は、計り知れないほど大きなものとなるに違いありません。

ある日、聖マリアは、福者アランに明かされました。主のご受難の生きた記念であり、聖なる生贄を行う聖なるミサに次いで、聖なるロザリオの信心は優れた大きな功徳のある信心であり、ロザリオの祈りはイエス・キリストのご生涯とご受難を受け継ぐ記念であり、象徴と言えると。

聖マリアは、また福者アランに、「あなたに知っておいてもらいたいことがあります。私のロザリオを唱えることですでに多くの免償がついていますが、両膝をついて信心深くそれを唱える者たちには五十回のめでたしを唱える毎に、さらに数を多くの免償を付け加えます。もちろん大罪がないという条件のもとですが。また、黙想しながらロザリオ唱えるというこの信心をたゆまず続ける者のためには、それを行ったことで、私が臨終の時、罰と全ての罪の完全な赦しを受けてあげるという報いを授けましょう。そんなことはありえないなどと考えるような不信心であってはなりません。私は、天の王の母であり、王は私を聖寵みち満てる者と呼んでいるのですから、それを行うのは私にとって易しいことです。また私は、聖寵がみち満ちているので、愛する子供たちに、好きなだけ存分に恵みを分け与えることができるのです」とお伝えになりました。

聖ドミニコは、ロザリオとその素晴らしい価値と効力を確信していましたから、告解を聴いた時には、ロザリオの祈り以外の償いを与えることはまずありませんでした。この例はすでにローマの婦人に、償いとしてただ一環のロザリオを与えたとお伝えした話の中で既にご存知でしょう。聖ドミニコは偉大な聖人でしたから、他の聴罪司祭たちは、悔悛の秘蹟を受ける人たちに、ロザリオほどの効力のない他の償いを与えるよりむしろ、聖なる奥義について黙想とともにロザリオを唱えるように償いを与え、必ず聖ドミニコの例に従うのでした。

またロザリオを唱えている間、人々は、多くの他の信心に付随している無数の免償を受けます。イエス・キリストのご生涯とご受難についての黙想を伴うロザリオ祈りは、確かに主と御母マリアを非常にお喜ばせし、あらゆる恩寵を手にすることのできる非常に優れた手段です。それは自分のためにも、またその人のために祈りたいと感じている他の人たちのためにも、全教会のためにも捧げることができます。ですから、私たちに必要なことすべてを求めて聖なロザリオに向かいましょう。そうすれば、私たちの霊魂を救うために私たちが神に求め恩寵を間違えなくお受けできるでしょう。