19 恩恵

実に多くの偉大な人たちが実践していたこの信心業を受け入れるためにさらに多くの理由を述べたいと思います。奥義を黙想しながら唱えられたロザリオは、次の7つの素晴らしい結果をもたらしてくれます。

  1. イエス・キリストについての完全な知識を徐々に与えてくれる。
  2. 私たちの霊魂を清め、罪を洗い流す。
  3. あらゆる敵に勝利を収めさせてくれる。
  4. 徳を実践することを容易にする。
  5.  聖なる主の愛で私たちの心を燃え立たせる。
  6. 恩寵と功徳とで私達を富ませてくれる。
  7. 神と同胞に対する私たちの負債をすっかり支払うのに必要なものを与えてくれ、ついには全能の神からあらゆる主の恩恵を得る。

 

イエス・キリストについての理解はキリスト信者の知識、救いの知識である。聖パウロは価値と完全性において、それは人間の全知識を超えている(フィリピ3・8参照)と述べています。まさにその通りであります。その理由は次の3つです。

  1. その対象の尊厳のために。即ち神人に比べれば、全宇宙は単なる水滴か、一粒の砂に過ぎません。
  2. 私たちの助けとなるために。 一方、人間の知識は、煙や自尊心という空で私達を満たすのに過ぎません。
  3. 最後に、その完全な必要性のために。というのも、イエス・キリストについての知識なしでは救われるものは皆無だからである。しかし、その他の知識を全く持たないものは、イエス・キリストについての知識で照らしを受けている限り救われます。

 

キリストの生涯と死と受難と栄光について黙想することにより、私たちの主に関する知識と理解を与えてくれるロザリオが祝せられますように。ソロモンの知恵に感嘆のあまり我を忘れたサバの女王は「あなたの民は祝せられますように。常にあなたの御前にあって、あなたの知識に耳を傾ける者たちは祝せられますように」と声をあげました。しかし、救い主の御生涯、美徳、受難および栄光について注意を集中して黙想する信徒たちは、それよりもさらに祝せられた幸せな者です。なぜなら、こうすることで彼らは永遠の生命の内にある完全な理解を得られるからです。「永遠の命とは、唯一の真の神であるあなたと、あなたのお遣わしになったイエス・キリストを知ることです」 と聖ヨハネは言いました (ヨハネ17・3)。

聖ドミニコがロザリオについて説き始めるとすぐに、頑なな罪人が心打たれ、自分たちの犯した大罪をひどく嘆き悲しみ始めました。年若い子供たちが信じられない償いを行い、ドミニコが聖なるロザリオを説くところではどこでも、罪人たちが生き方を改め、償いをし、心を変えることによって人々を教化するという宗教的熱情が沸き起こりました。偶然あなたの良心が罪に苦しめられているとしたら、 ロザリオを取り上げ、主イエス・キリストのご生涯、受難、栄光の奥義のいずれかを崇敬しながら、少なくともその一部を唱えなさい。そうすれば必ずそれを行っている間にイエスは天に座す聖父に聖痕を示してくださるでしょう。主はあなたのために弁護してくださり、痛恨の心と罪の赦しを頂いてくださいます。

ある日聖母は、福者アランに「 気持ちに打ちひしがれた罪人であっても、ロザリオ唱えさえするなら私の受難の功徳にあやかり、私が擁護者となって聖父の義をなだめましょう」と言われました。この世は闘争と、連続しておそう誘惑の他の何者でもありません。そして、戦わねばならないのは地獄の悪霊たちです。彼らと戦う手段として、私たちの偉大な指導者である主が私たちに教えてくださった主の祈りと、悪霊たちを追い払い、世の中を一新した天使祝詞よりも力ある武器が他にあるでしょうか?救い主のご生涯、ご受難についての黙想よりも優れた武器があるでしょうか?

聖ペトロが言っているように、主が征服なさった、そしてまた日々執拗に私たちに言い寄る同じ悪霊に対して自己を防衛するために、私たちも武装しなければならないからです(1ペトロ4・1参照)。「イエス・キリストのご謙遜とご受難によってうち滅ぼされた時以来、悪霊はずっと主の御生涯の奥義についての黙想で武装しているものには攻撃を仕掛けることができかねています。また、そういう者を何とか悩まそうとしてみても、必ず面目を潰され打ち負かされてしまうのである。「神の武具を身につけなさい」(エフェソ 6-11)と福音にあります。ですから神の武具である聖なるロザリオで武装してください。そうすれば悪霊の頭を打ち砕き、あらゆる誘惑の前でもびくともしないでしょう。

ロザリオそのものが悪霊にとっては実に恐ろしいものなので、聖人たちがロザリオで悪霊たちをつないで今までとりついていた人たちの体外へ追い払ったという理由はここにあります。こういう出来事がひとつとは言わず、いくつもの信頼すべき記録から伝えられています。福者アランのある男は、彼にとりついている悪霊を追い払うために必死になってあらゆる種の信心業をやってみたがうまくいかないと、アランに話しました。そして福者アランは自分のロザリオをその男の首にかけることを思いつき、その知人に行いました。すると、そのおかげで、その男は随分楽になったのでした。その男はロザリオ身から離すたびに悪霊がひどく自分を苦しめているのに気付いたので、昼も夜もそれを離さないことに決めました。その他にも、福者アランは、ロザリオを首からかけることで、そう他にも悪霊に取り憑かれた数多くの人たちを救ったことを証言しました。

ドミニコ会のある神父は、一年間アラゴン王国で連続して四旬節の説教を行いました。その時に悪霊に取り憑かれた一人の若い娘が彼のところへ連れてこられました。数回悪魔祓いを行って不成功に終わった後、その神父は自分のロザリオをその娘の首にかけました。ところがロザリオをまだかけ終わらないうちに娘は悲鳴を上げ始め、恐ろしい形相で、「これを外せ!取り去ってくれ!このビーズがひどく苦しい!」と金切り声でわめきました。それで、娘を大層哀れんだ神父はとうとうロザリオを娘の首から外したのでした。その日の夜、その神父が床についた時、娘にとりついていたのと同じ悪霊たちが激怒して押し寄せ、神父を捕らえようとしました。しかし、彼は手の中のロザリオをしっかり握っていたので、もぎとろうとする悪霊たちの努力は無駄に終わりました。その神父は「聖なるロザリオの聖母、聖なるマリアよ、私を助けに来てください」と救いを求め、巧妙な悪霊になんとか打ち勝ち、追い払うことができました。その翌日、その神父は、まだ悪霊にとりつかれた娘に会いました。すると、娘の中に入った悪魔の一人が笑い始め、嘲った声で「おい兄弟よ、お前がロザリオさえ持ってなきゃ、さっさと片付けられたとこだぞ!」と言いました。それで、有徳の神父は、大した苦労もなくその娘の首にロザリオをかけてやり、「 悪霊たちよ、イエスの聖なるみ名と、聖なるマリアの御名前によって、また、最も聖なるロザリオのお力により、この娘の体から出て行くことを命じる」と宣告しました。すると悪霊たちは 、たちまちにして服従せざるを得ず、娘は彼らから 救われたのでした。これらの話は、悪霊がもたらす危険のあるあらゆる誘惑に、またあらゆる種類の罪に、打ち勝つ聖なるロザリオの力を示しています。これらの聖なるビーズには、悪霊を追い出す力があるのです。