1 ロザリオの祈り

1 ロザリオは、念祷と口祷の祈りとの二つからなっています。聖なるロザリオで念祷といえば、イエス・キリストと聖マリアのご生涯と、死と、栄光という、主となる奥義の黙想です。口頭の祈りは、天使祝詞の十五連を唱えることからなっており、各連はそれぞれに主の祈りによって先導されています。そしてこれを行っている間、同時にロザリオの十五の奥義に秘められているイエスとマリアが実践された主要な数々の徳を黙想し、観想するのです。はじめの五連では五つの喜びの奥義を、第二の五連では苦しみの奥義を、第三の五連では栄えの奥義を敬い、それらについて黙想します。ですから、ロザリオは念祷と口祷の祈りとの聖なる融合であり、これによってイエスとマリアとのこの世での数々の徳、死去、ご受難、及び栄えの奥義を尊び、模倣することを学びます。

 

2 ロザリオという言葉は、「バラの冠」を意味します。ロザリオを信心深く祈るたびに、イエスとマリアの頭上にたくさんのバラで編んだ花冠…主の祈りの赤いバラと天使祝詞の白いバラ…を、その人はおのせすることになるのです。天国の花ですから、これらのバラは決して色あせることもなければ、その絶妙な美しさを失うこともありません。ロザリオという名に満足された聖母は、数人の者に出現され、天使祝詞を唱えるたびに、彼らは聖母に美しいバラを捧げているのであり、完全にロザリオを一環唱えることで、バラの冠をお捧げすることになると明かされました。ロザリオ全一環は、バラの大きな花冠であり、五連のロザリオは小さいバラの花輪、もしくはイエスとマリアの頭上に飾る天国のバラの可愛い花冠です。バラは花の女王ですから、ロザリオはあらゆる信心のなかでも最高のものであり、従って最も価値があるものなのです。

 

注)口祷→言葉を唱えてする祈り。

念祷→言葉なしに祈る時で、黙想と観想等に分けられます。黙想的な祈りとは、神やその愛、永遠性等について考えて祈ることです。観想的な祈りとは、神などを考えて祈るよりも、考えを少ししておいて、神やその愛等を味わって祈ることです。しかし、どの祈りにも「・・・について考える」作業もあれば、「味わう」こともあります。「黙想的な祈り」は考えることが主で、「観想的な祈り」には考えることが多少あっても、それを味わうことに重点があり、時間的にもそれが主になります。