五三  おん脇腹の傷

その時、ゴルゴダの丘はしんとして静まり返り、悲しみに包まれていた。群衆はすでに散らばって、ただイエスの母とその友だちなどが、十字架のまわりに座ったり、あるいは立ったりしていた。土塀の上には数名の兵士が腰をおろしていた。かれらは槍をかたわらの地面に突き立てていた。カシウスはその付近を馬で乗りまわしていた。兵たちは岩の上と、そのずっと下に配置されている者同志でおたがいに話し合っていた。そこへ六人の獄吏がのぼって来た。かれらははしごやシャベルや縄などを持っていた。また骨を打ち砕くための重い三角の鉄棒を持っていた。獄吏が柵の中に入って来たのでイエスの友はうしろに退いた。聖母はかれらがイエスの体に、死後までも侮辱を加えるのではないかと、またもや新しい苦しみにおののいた。かれらは十字架によじのぼった。そして聖なる体を突いてみて、これは死んでいる振りをしているのだと言った。ヨハネはしかしイエスの死を証明出来る兵士たちに訴えた。獄吏もまた体はすでにまったく冷え硬直していることを認めた。それでかれらは主から離れたがまだ完全にその死を確信していないようであった。次いでかれらははしごを強盗たちの十字架にかけてそこへのぼった。二人の強盗の腕を鋭い棍棒をもって打ち砕いた。他の一人は足の骨を打ち折った。ゲスマスは恐ろしい叫びをあげた。かれらはさらに強盗の胸を三度打ってつき破った。ディスマスはかの救い主にあの世で再会した最初の死者であった。次いで縄が獄吏たちによって解かれた。死体は地上にどしんと落ちた。死体は山をひきずり下ろされ、そして葬られた。獄吏たちは主の死を疑っているように見受けられた。イエスの関係者たちは、今しがた残虐な光景を見たので、獄吏たちが引き返して来て、イエスにも同様な仕打ちを加えはせぬかと非常に心配し出した。その時カシウスは突然不思議な衝動を感じた。かれは二十四才になっていた。その眼は斜視であった。この男のもちまえは性急な仕事ずきと親切心とで、またそのため部下が吐いていた嘲弄にしばしば憤慨していた。今や獄吏たちのむごたらしい狂暴な行為、聖婦人たちの不安、突然恩恵による心の聖なる動きが、かれをして預言を成就せしめることとなった。かれは馬をめぐらし、勢いこんで、十字架の丘に駈けのぼった。かれは主とよき盗賊の間、ちょうど主のお体の右側に立った。そしてその槍を両手で握り、イエスの右脇の上から内臓と心臓を激しく突き差した。するとその先端は左の脇腹にぬけ出てそこに小さな傷を作った。次いでかれはその槍を勢いこめてふたたびひきぬいた。するとその広い傷から血と水がどっと流れ出た。そして仰ぎ見上げていたかれの顔に救いと恩恵が振り注がれた。かれは馬から飛びおり、ひざまずいて胸を打ち、居合わせたみなの前で高らかにイエスへの信仰を告白した。イエスを眺めていた聖母や聖婦人たちはこの男のとっさのしぐさを見た。そしてかれの槍の一撃があった時、悲嘆の叫びを上げた。聖マリアは主に突き通された槍を、あたかも自分の心臓にうけたように感じた。カシウスはひざまずいて神に感謝の祈りをささげた。かれは内的に信仰の照らしをうけたばかりでなく、肉体的にも眼をなおされた。今やかれの眼ははっきりと見えるようになった。水と混じって十字架の根もとのくぼみにたまった救い主の血は、かれらすべてに深い敬虔な感動を呼び起こした、聖マリア、聖婦人たち、ヨハネ、およびカシウスは直ちに布をもってそれをぬぐいとった。そこに居合わせた兵士たちも、自分らの指揮官に現れた奇跡に打たれた。かれらもまた同様にひざまずいてイエスへの信仰を告白した。