五一  地震

イエスが高らかな声をもって、み心を天の御父のみ手に託し、そのご霊魂が古聖所に下り始めた時、天使の光り輝く群れもこれに続いた。この天使たちは無数の悪魔を地獄に追いやった。イエスは古聖所で多数の霊魂をその肉体の所へ送り返してよみがえらせ、改心しない者に現れてそれらを恐怖せしめ、そしてご自分に対する証しをたてさせられた。イエスのご死去に際し、地震と共に全世界、特にパレスチナとエルサレムにおいて、多くのものが倒れくずれた。市内や神殿で人々は暗やみについては、もはやどうやら気持ちを落ちつかせていた。しかしその時ちょうど大地の振動で至るところ建物が倒壊するのであった。人々は逃げまどい泣き叫びつつ、もつれあって走りまわった。墓から出て来た死骸に出会ったかれらの驚きは非常なものだった。この死骸たちはうつろな声で、生ける人々に忠告しつつさまよい歩いていた。大祭司、カイファは絶望的にその心に決する所があり、ふてぶてしくも狼狽しなかった。その悪魔的落ちつきによって、少なくとも全般的に収拾できないような混乱の勃発を防ぐことが出来た。かれは民衆にこの恐るべき戒めを、イエスの罪なき死に対する証拠とはならないように思わせた。またアントニオ城のローマの守備兵も秩序を維持するために八方手をつくした。かくして過越し祭は事実上続けることが出来なかった。しかし暴動は起こらずにすんだ。至聖所の入口の両面にある大きな柱は上の方でずれた。そしてそれをのせていた敷居が下がり、両方の柱の間につるしてあった大きな幕が上から下まで音をたてて裂け、両側に垂れ下がった。そのため至聖所がすっかり見えるようになった。そこへ以前、神殿と祭壇の間で殺された大祭司ザカリアが現れた。かれは威嚇の言葉を発した。また預言者の虐殺についても語った。教壇の上には敬虔なる大祭司シモン・ユストゥスの若くして死んだ二人の子供がいた。かれらは十字架につけられた人の教えに帰依するようみなに諭した。祭壇にはエレミアが現れた。かれは今や犠牲は成就し、この後は新しい犠牲が始まることを告げた。これらの出現や話はカイファと司祭たちだけが見、かつ聞いた。かれらはそのことをひたかくしにかくし、それについて語ることを、厳罰をもって禁じた。また非常に大きな音がした。それはもろもろの門がこわれる音であった。そして「さあ、ここから引き上げよう」という声がひびき渡った。わたしは一群の天使が神殿から出ていくのを見た。香を燻ずる祭壇は震動し、香の容器はひっくりかえった。そして聖書の巻物を保管する場所もくずれ、巻物がばらばらにころがり落ちた。ずっと前からイエスとその弟子たちに対しあらゆる陰謀を指導し、またイエスを告発する人間を訓練して来たイエスのほんとうの敵アンナは、不安から狂気のようになって、こちらの隅あちらの隅と逃げ回り、ついには神殿の一番奥まった部屋に逃げ込んだ。かれはうめき叫んでけいれんしつつそこにうずくまった。カイファも一回そこにやって来てかれの腕をしっかり握り、元気づけようとした。しかしまったくむだであった。死者の出現はアンナをすっかり絶望に追い込んだ。カイファも本心は非常に不安であったが。かれの中にはひどく傲慢で頑固な悪魔がいて、その驚きを表に出さぬようにしていた。かれはあらゆるものに反抗した。神の恐るべきしるし、自分の隠れた恐怖に対して、ずうずうしくも憤怒と強情にたけり狂って刃向かった。しかし結局儀式をつづけることが出来なかったので、とにかく群衆の知らなかったことはすべて秘密にすることを命じた。神の怒りの現象は、あのガリラヤ人の支持者たちが、汚れていながらも神殿に来たことに原因するとかれは語り、また司祭たちにもそう言わせた。そして聖なる律法の敵こそこの出来事の責任者だ - イエスもまたこの律法をくつがえそうとしていた、とカイファは言った。また多くのことはあのガリラヤ人の魔法の結果で、かれはその生存中のみならず、死に際しても神殿の平和を破ったのである、と。こうしてカイファは大勢の者をなだめ、あるいは強迫することによってかれらの恐怖を静めることに成功した。しかし結局多くの者の感動は深かった。そうして自分たちの思いをかくしていた。祭式は神殿の清めがすむまで延期された。群衆は次第に散らばって行った。かような事件が神殿で起こっている間に、市街の各所でも同じように人々は恐怖におそわれていた。三時をすぎると間もなく多くの幕が開けた。多くの墓の中に布に包まれている死者を見た。またある所にはボロボロになった布きれや骸骨が横たわっているのを見た。カイファの家ではイエスが立ち、そこで嘲弄された階段がくずれた。またペトロが主をいなんだ場所である炉の一部もくずれた。そこに大祭司シモン・ユストゥスの死骸が現れた。かれはそこで判決された不正な裁判をせめた。衆議所の何人かの議員がそこに居合わせた。前の晩ペトロとヨハネの入城を世話した人々は、悔い改めて弟子たちの隠れている洞穴に逃げて行った。ピラトの館では不正なる裁判官が、むち打たれたもうた救世主を人民に示した場所が陥没した。狼狽した迷信家ピラトは非常に恐怖し何も手につかなかった。地震はその館をゆすぶった。かれの足もとで大地はぐらぐらと揺れた。中庭の方からは、かれの偽りの裁判と矛盾だらけの判決を非難する死者の声が響いて来た。ピラトはそれを預言者イエスの神々であると信じ切って、館のもっとも奥まった片隅に身を隠し、そこで自分の神々に香をたき犠牲をささげた。そしてあのガリラヤ人の神々が自分に害を加えないようにと祈願し、一つの誓いをたてた。ヘロデもまた自分の館で不安から狂人のようになり、あらゆる者を自分の所に入れないようにした。二人ずつならんでときどき街を通っていた死骸は、屍の下にかくされている足で歩みを運んでいなかった。かれらはすうっと地上をただようように通って行った。長いひげの中からひからびた青ざめた黄色い顔がのぞかれた。その声は異様な聞き慣れぬひびきを持っていた。特にラッパを吹いてイエスの死刑判決を宣告した四つ辻の所で、かれらは静かに立ちどまって、イエスを宣言した。そして殺害者に災いあれかしと叫んだ。人々は遠くから恐れおののきつつそれを眺めていたが、死者が動き出すやいなやたちまち逃げ去った。四時ごろ死者は墓へ帰った。しかしまた主のご復活後にも多くの死者が立ち現れた。地震と暗黒がエルサレムのみに止まらず、聖地の他の場所、またずっと遠隔の地にさえ起こっていた。至るところ荒廃と恐怖が広がって行った。大勢の悪魔がはびこっていた地方では、くずれた建物や山といっしょに、かれらが深みに落ち込んで行くのが見られた。