二八  再びピラトの前に出でたもう

主の敵どもは新たな憤怒をもって囚人を連行し帰り道についた。かれらは目的を果たさずに再びもとの街を通ることを恥じたためと、他の町にもイエスを恥ずかしめることを見せるために今度はずっと遠い他の道を取った。長い愚弄のマントは主の歩みを妨げた。それは汚い所をひきずり、主は幾度もその上に倒れた。この時も護送者や道端の民衆から言い尽くせないほどの侮辱や残酷な仕打ちを加えられた。主はご苦難を成就する前に死なないように祈られた。この行列がピラトの館に戻ったのは、ちょうど八時十五分過ぎごろであった。広場には大群衆がいた。ファリサイ人は大群衆の間を走り回り盛んに扇動していた。ピラトはこの前の過越し祭の折り、ガリラヤ人の暴動を経験しているので千人ほどの兵卒をその館の周囲に集結させた。聖母は二十人ばかりの婦人たちと共にそこにおられた。ヨハネも初めはかの女らの所にいっしょにいた。イエスは愚弄のマントを着て、嘲笑で騒がしい群衆の間を通った。もっとも不遜な者たちが、至る所でファリサイ人からあおられ、毒舌を吐きながらみなの先頭に立ってすすんだ。ヘロデは家来たちをピラトの所に前もってつかわした。そしてかれは自分に対するピラトの礼をつくした処置を非常に感謝しているが、評判されていた賢明なガリラヤ人は、何も話さないただの馬鹿者でしかないことを告げさせた。同時にふさわしくかれを取り扱って再び送り返すと言い添えた。総督はヘロデがかれと同じ決定をしたことを喜び、かれの挨拶に返礼した。そしてかれらは良い友だちとなった。イエスは再び階段を登って高い所にある玄関に引かれた。そのとき主は獄吏たちに残酷に引っ張れたため、愚弄のマントを踏んでしまい白い大理石の階段にはげしく打ち倒れた。その階段は血に染まった。それを見たイエスの敵、残酷な民衆はわっと恥ずかしめの笑い声を挙げた。獄吏たちは主を辱めながら、さらに引っ張り、主に階段を登らせた。ピラトは再び安楽椅子に寄りかかっていた。かれらが入って来るや、かれは立ち上がってテラスの方に近寄った。そこから民衆に語るのを習慣としていたかれは、イエスを告発する者たちに言った。「おまえたちはこの男を民衆の扇動者として訴え出た。余はおまえたちの前で審問したが、おまえたちが訴えたような罪は認められない。またヘロデもなんら罪を認めなかった。だから余はこの男をこらしてからゆるすことにする」。ファリサイ人は激しく不平を言い騒ぎ立てた。そして民衆を扇動し、金をまたかれらに分配するのだった。ピラトはかれらを非常な軽蔑をもってあしらい、いろいろな鋭い言葉を投げつけながら、また次のことさえ言った。「それでは今日おまえたちは犠牲の時、汚れのない血を十分に見られないとでも言うのか」。ちょうどその日は、ピラトは祭日ごとに、人々の願いを認め、囚人一人を許すのを例にしていた日であった。それでファリサイ人は一味の者をヘロデの館から送り出し、民衆を買収させた。それは民衆にイエスをゆるすのでなく、磔刑を要求するよう仕向けるためであった。ピラトは人民がきっとガリラヤ人を請うだろうと期待して、イエスのほかに恐るべき悪人を放免の指名に立たせることをもくろんだ。この罪人はバラバと言い、すでに死刑の宣告をされ、その放免はまず要求されないだろうと思われた。かれは全民衆からつまはじきされていた。かれは暴動を起こして人を殺したことがあったが、その他まだあらゆる残虐な行いをしていた。広場では民衆の間に動きが起こった。一群の人々が進み出て来た。その中から数名の発言者が前に出て総督に叫んだ。「ピラト総督、閣下がいつも祭日にされることをして下さい」。この願いをこのローマ人は待っていた。そして言った。「おまえたちは祭日に一人の囚人のゆるしを願い出る習慣があるが、どちらのゆるしを、おまえたちは希望するのか!バラバか、あるいはユダヤ人の王たるイエスか、神に油を塗られたと称するイエスか」。このピラトの質問に民衆の間にためらいと思案の気配が起きた。わずか数名の声が高らかに叫んだ。「バラバを」。しかしピラトは妻の召使いから呼ばれて奥に戻った。召使いはピラトが今朝妻に与えた証拠品を示して言った「クラウディア・プロクレはあなたさまに、これを見てあのことをお忘れになりませんよう申し送っています」。ファリサイ人は、しかしすっかり躍起になった。かれらは民衆をおどかし、自分たちのいうことに従わせた。それはたやすいことだった。マリア・マグダレナ、ヨハネと他の婦人たちはなお広間の片隅に立ち、ふるえて泣いていた。聖母は人類の救いのために、救い主の死はただ一つの道であると知ってはおられたが、かの女の憂いは深く、主がなお生きながらえることを熱望していた。聖マリアは、願わくはこのような大罪が犯されないようにと祈っておられた。聖母はオリーブ山のイエスのように祈られた。「もしできるならば、この杯が去るように」と。愛に燃えた御母もピラトが御子を放免しようとしているとのうわさを耳にされたので、望みをいまだに持ち続けられた。一同からさほど遠くない所にカファルナウムの人々が立っていた。その中には主に病気をいやしていただいた者もいたが、かれらは気が付かない振りをして、こっそりこちらを盗み見していた。マリアはこの人々はまさかバラバをゆるす方へ加担はしないであろうと期待されていた。しかしこれは全く当てはずれだった。ピラトは約束を守る印としてその証拠品をまた妻に返した。ピラトは再びテラスに出て行き、机のかたわらに腰を下ろした。大祭司らも再び席についた。総督はまたもや叫んだ。「二人のうちどちらをゆるすのか」。すると広場全体のあらゆる方面から一度に大きな叫びがわき起こった。「そいつを取りのけろ。バラバをゆるせ」。ピラトはさらにもう一度叫んだ。「それではキリスト、ユダヤの王と言われるイエスはどうすればよいのか」。全群衆はいきり立って叫んだ。「十字架につけろ。十字架につけろ」。ピラトは三度尋ねた。「しかし、かれは一体どんな悪事をしたというのだ。余は少なくとも死に当たる罪をかれが犯したとは認めない。余はかれを鞭打ちの刑に処してゆるすことにする」。しかし「十字架につけろ」という叫びは地獄の嵐のごとく吹きまくり、大祭司やファリサイ人たちは狂人のように興奮し怒鳴りたてた。このように決断しかねた総督は悪党のバラバをゆるし、イエスに鞭打ちの刑の判決を与えた。