十二 ユダとその軍勢

ユダの裏切りの成り行きは、かれのかねての期待に反した風になってしまった。かれはひそかに主を渡すことによってファリザイ人に好意を示し、裏切りの報酬を得ようとした。しかしイエスの判決や磔刑については考えもしなければ企てもしなかった。ただ金だけを目あてにしていた。すでにかなり前からユダは二、三人のファリザイ人やサドカイ人と関係していたが、かれらは上手なお世辞でユダに裏切りを勧めた。ユダは苦しい、また絶えず迫害を受ける生活にあきあきしていた。かれはすでに数ヶ月施し物を横取りして、裏切りの第一歩を踏み出していた。マグダレナが物惜しみせず、主に塗油したことは、かれの貪欲な心をひどく怒らせた。かれは前々からイエスの地上の国に希望を抱き、そこで有利な輝かしい地位を期待していた。しかしそれは実現しそうにもなくなって来たので、かれは物を集め始めた。困難や迫害が増すにつれ、結局イエスは決して、帝王にならないことがわかると、ことがだめになる前に主の敵とうまく関係を結んでおこうと考えた。そこでかれに「いずれにしろ、イエスはもうあんまり長いことはないぞ」と大きな自信をもって放言していたファリザイ人の仲介者となり、かれらとの関係をますます深めていった。また最近ベタニアで、かれらはユダにつきまとっていたので、ユダはますます深く堕落の泥沼に足をとられるようになった。そしてついに自分から大司祭たちの所に出かけ、実行を催促するまでになった。しかしかれらは、まだユダの提案を受け入れようとせずあらわな軽蔑をもってかれをあしらっていた。かれらは祭日の前の期間はあまりに短すぎる、祭日にはただ混乱と暴動が起きるばかりだといった。しかし衆議所の議員たちは裏切り者の提案を考えていた。不敬なる秘跡の拝領後、悪魔はすっかりユダを手に入れてしまった。ユダは実に極悪非道のことを成し遂げるために立ち去った。最初ユダは、以前からいつもかれにお世辞を言っていた仲介者の所に行ったが、かれらはこの時もユダを偽善的な親しさで迎えた。そこへ他の者も加わり、ついにアンナとカイファまでも出て来た。しかしこの二人はかれを非常に嘲笑い、軽蔑的にあしらった。みなはまだユダを完全に信用していなかったので、実行をためらい、その成果を疑っていた。地獄の国も同様に一致していなかった。サタンはイエスを憎んでいたので、罪なき者を死に至らしめることによるユダヤ人の犯罪を望んでいた。しかしサタンは、自ら助かろうとされぬ罪なき主の死について、何か内なる恐れを抱いていた。サタンは主が罪なくしてお苦しみになるのをねたんでいた。悪魔が救世主の敵に憤りと憎しみを焚きつけていた。しかし同時に、サタンは二、三の者に、ユダは卑劣漢だということと、祭日前には裁判の手続きを終えることが出来そうもないという考えを注ぎ込んでいた。それでかれらは各自の意見をたがいに戦わしていたが、二、三の者がユダに「奴をきっとつかまえることが出来るか、奴は武装した一団を持っていないか」と尋ねた。恥ずべき裏切り者は答えた。「いや、かれはたしかに、十一人の弟子とだけいます。かれ自信全く勇気がなく、それに他の十一人も本当の臆病者ぞろいです。」なおまたかれは言った。いまこそイエスを捕らえるべきだ。以後は永久に捕らえられない。今となって自分はもはや主の所に戻ることが出来ないから、他の機会にかれを渡すことは不可能だ。すでに最近、特に今日はイエスや使徒たちが、さぐるような言葉を自分に言いかけた。かれらはどうも今度の計画を感づいているように思われる。しかも今となっては、もし自分が再び戻っていけば、殺されることは疑いない。そしてかれはなお続けた。かれらが主を捕らえることを今決定しなければ、主はきっと逃げ自分を帝王と呼ばせるために、その帰依者の大軍をひきいて戻って来るであろうと。こうしてついにユダはかれの意見を押し通した。一同はかれの案内でイエスを捕縛する提案に同意した。そしてかれは裏切りの報酬銀三十枚を受け取ったのである。その時からかれらはユダを厳重に見張り、かれが捕縛の全計画を実行し終わるまで、決して目を離さなかった。それから三人のファリザイ人はかれについて神殿の護衛兵のいる広間に行った。護衛兵はみなユダヤ人ではなく、いろいろの他国人もいた、さてすべての打ち合わせができ上がったので、ユダはまずファリザイ人の下僕一人を連れて、晩餐の広間にイエスがまだいるかどうかを確かめるために走った。主がオリーブ山に出かけて行く時、すぐ門のそばで捕らえることが出来るだろうからである。ユダが裏切りの報酬を得てから、すぐに一人のファリザイ人が出て行き、主の十字架を作る木材を手に入れ、これを一応作り上がらせるために七人の奴隷を送り出した。なぜなら次の日は祭日が始まるので、もはや時間はあまりないからである。ユダは帰って来て、イエスはもはや晩餐の間にいないが、きっといつもの習慣通り祈りをするためにオリーブ山に行っているに相違ないと報告した。かれは自分にただ、小部隊をつけてくれるように強く要求した。さもなければ、弟子たちあまり早く気がついて暴動を起こす恐れがあるかも知れないからと。しかし隊が引き上げて来る際、必要の場合にはただちに応援することが出来るように、捕縛人を連行する道筋に三百人の兵を備えて置くようにと願った。またこの恥ずべき裏切り者は、イエスは今まで、たびたび秘密な方法でその連れたちから突然見えなくなってしまうことがあったから、逃がさぬように大いに注意せねばならぬと言った。さらにかれは提案した。主をくさりで縛り、イエスがそれを切らぬように、何か魔法を使うようにと。しかしユダヤ人たちはこれを軽蔑し退けた。「おれたちは何もおまえかららおせっかいをしてもらわなくてよい。おれたちが奴を一度捕らえたらこっちのものさ」と言った。ユダは軍隊と申し合わせてかれがまず一人で園に入って行き、仕事から帰って来たようにして主に接吻をもって挨拶する、それから兵士が押しかけてかれをつかまえるということにした。しかしユダはあたかも兵士たちが偶然にもその時、来合わせたようにふるまい、他の弟子たちのように逃げるつもりでいた。かれはきっと混乱が起きるか、使徒たちが抵抗するか、あるいはイエスが今までもたびたびやったように、何か特別の方法で逃げるに違いないと考えていた。かれがこう考えたのはファリザイ人のかれに対する態度がしゃくにさわったからで、自分の行為を悔やんで、あるいはイエスに同情したからではない。かれは全くサタンの仲間になってしまった。ユダはその同行者が手かせ、足かせや縄を持って行くことを喜ばなかった。恥知らずの獄吏などもいっしょに来て欲しくなかった。みな表面はかれの希望を容れた。兵士たちはイエスを確実に捕縛するまではユダにしっかり目をつけ、決して逃げさせてはならないと厳重に言い渡されていた。それはこの卑劣漢が金だけもって逃げる恐れがあったし、また夜半では探している者でなく、間違って他の者を捕らえるおそれがあったからである。捕縛に差し向けられた部隊は二十人の兵から成りたっていた。その一部は神殿の番兵、他の一部はアンナとカイファの兵であった。みな剣を帯び、二、三の者は槍を持っていた。またかれらは火籠のついている棒やチャンのたいまつを持っていた。始め、人々は一大軍隊をユダにつけてやるつもりだったが、かれの反対にあって兵士の大部分はオフェル市区に後退させた。さらに騒動が起きたり、主が取り戻されたりするのを防ぐために、あちらこちら町の横道に歩哨を配置した。このようにしてユダは二十人の兵士と共に出かけた。人々はこの一行から少し離れて、縄やかせを持った四人の破廉恥な獄吏に後をつけさせた。かれらの二、三歩後ろから、ユダが少し前から関係していた六人の役人がついて行った。かれらはアンナとカイファとに信用のあるおもだった二人の司祭と、ファリザイ人側からの二人の役人と、サドカイ人側からの二人で、みな救い主の悪辣な敵であった。二十人の兵士は道がオリーブの園とゲッセマネの園との間を通り抜ける所までユダと仲よく行った。かれらはユダに対して全く変わった態度を取りだした。ユダとかれらは争い始めた。