十一 オリーブ山において主、慰めを受けたもう

主は再び洞穴の中で祈った。主は苦しみに対する嫌悪に打ち勝った。「父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願いどおりではなく、御心のままに」と辛うじて祈られた。その時主の前に深い穴が開け、光線のように長い階段が古聖所に下って行った。主はそこにアダム、エヴァ、すべての太祖、預言者、義人たちおよび聖母の両親や、洗者ヨハネを見た。かれらは下界で主の来られるのを一心に待ち望んでいるので、主の愛深き心は強められ鼓舞された。これらの待ちこがれている囚人に天国は主のご死去によって開かれるのである。主はご自身かれらをただ希望に支えられている牢獄から救い出してやらねばならなかった。イエスはこれらの古聖所の人々を心からの感動をもって眺められた。その後天使は主の前に未来のあらゆる聖人の群れを示した。かれら聖人たちは主のご苦難の功績に一致して戦い、主に依って天の御父に一致されるのであった。かれらがみなそれぞれの苦難の努力で飾られて、救い主の前を通り過ぎる光景は言葉に言い尽くせぬほど、美しく慰めに満ちた光景であった。使徒、弟子、童貞女、聖婦人、殉教者、証聖者、教会のすべてのかしらと司教、あらゆる修道士の群れ、実に聖人のありとあらゆる大群衆が主の前を通り過ぎて行った時、主はその贖罪の尽きない力をごらんになった。かれらはみなその苦しみや、勝利の冠をもって飾られていた。各自が光栄を獲得した戦いや、苦しみや、勝利の種類が違っているのと同じように、色とりどりの花がかれらの冠の中に咲き誇っていた。かれらの生涯と努力、戦闘力と勝利への力、またその名誉、凱旋の光と色などはただイエス・キリストのご功績との一致から獲得していた。その多様性は決して偶然ではなく、唯一太陽である主のご苦難からの輝き、そこからいろいろ照り映える光から来ていた。実にこの世に来て、肉となったみ言葉の中には、ひとりひとりを照らす光である生命がこもっていた。救い主の霊魂の前を通り過ぎて行ったのは未来の聖人の一団であった。主はあこがれに燃える太祖と、新約の聖人の勝利の行進との間にお立ちになったが、かれらはみな大きな勝利の冠のように救世主の愛の心の周りを囲んでいた。このたとえようもない感動すべき光景はあらゆる人間的苦悩を耐え忍ばれる救い主の霊魂を少し勇気づけまた慰めた。しかしこの慰めの幻影はまた消え去った。天使は目前に迫ったご苦難を主にお見せした。その時活動していた天使の数は非常に多かった。主はすぐ目の前で、ユダの接吻から十字架上の最後の言葉の幻影をきわめてはっきりと見た。ユダの裏切り、弟子の逃亡、アンナ、カイファの前での嘲弄と御苦しみ、ペトロの否認、ピラトの裁判、ヘロデの嘲り、鞭打ちと茨の冠、死刑の宣告、十字架の重荷に倒れる主、聖母とのめぐり会い、奴隷たちの聖母に対する嘲笑、ベロニカの汗を拭った布、残酷な釘付けと高く押したてられた十字架、ファリサイ人の嘲笑とマリアおよび忠実な人々の苦痛、御脇腹が貫かれ開かれる光景の一切の状況をはっきりとまた明らかに、しかもこまかく示された。人々のあらゆる行動あらゆる感情や言葉を、恐れ震え、憂いに満てる主は見、かつ聞いた。しかしそれらすべてを主はわれわれに対する愛から喜んでご自分に引き受けられた。ご苦難の幻影が終わると、イエスはなるで死人のようにうつ伏せに倒れた。天使と幻影とは消え去り、血の汗は前よりもいっそう激しく流れ落ちた。御血は上衣まで落ち、そこからしみ通った。今や洞穴の中は真っ暗くなった。その時一位の天使が天から降って来た。天使は主に気付け薬を捧げるために来たのである。かれは主の口に輝く食物をお入れし、小さく輝く杯からお飲ませして再び消え去った。イエスは今や、力を得られた。主はなおしばし感謝されつつ静かに洞の中に止まられた。主は確かに憂いておられたが、超自然的に強められたので、恐怖も不安もなくしっかりとした足取りで弟子たちの方に行くことがお出来になった。主はなお青白くやつれ果てて見えたが、まっすぐに立たれ、決然として行かれた。主は顔を汗拭きでぬぐわれ、髪をそれでなで下ろされたが、髪はまだ血の苦しみの汗でぬれ固まってさがっていた。イエスが弟子たちの所に来て見られると、かれらは最初の時のように頭をおおい、横になって眠り込んでいた。主はかれらに「今は寝ている時ではない。起き上がって祈らねばなりません」と仰せられた。「なぜなら、見なさい、人の子が悪人の手に渡される時が近づいた。立ちなさい、行きましょう!見なさい、裏切り者が近づいて来た!ああ、もしかれが生まれなかったらかれにとってよかっただろうに!」弟子たちは大いに驚いて飛び上がり、おののきながらあたりを見回した。そして気を取り戻すや、ペトロがあわてて言った。「主よ、あなたを護るために他の者を呼びましょう!」しかしイエスはかれらに、まだ谷をへだてて少し離れたケドロンの小川の向こうがわにいるたいまつを持ち武装した一軍を指さされた。主は落ちついて二、三語られ、重ねて聖母をお頼みになった。それから「さあ、かれらの方に行こう!わたしは何の抵抗もせずに自分を敵の手に渡すつもりだ。」と言われた。主は三人の弟子と共に捕手の方に向かって行かれた。一同はオリーブの園を出てその園とゲッセマネの園とを分けている道に出た。