四 足を洗いたもう

一同は食事を終えて立ち上がり、着物を整えた。給仕が二人の召使いを連れて食卓を片づけに来た。それを取り片づけている間、主は使徒たちの中に立たれ、しばらく厳かに語られた。しかしそれは、そのみ国のこと・御父のみもとに帰られること、そしてその前に、ご自分の持っておいでになるものを弟子たちに残して行きたいと言うことなどであった。主はさらに償い・罪の糾明と告白・痛悔・浄化などについて教えられた。かれらがおのおの自分の罪を認め、痛悔していた。しかしユダだけは何もせずにいた。語り終えてから主はヨハネと小ヤコブに命ぜられ、用意してある水を持って来させた。残りの者には腰掛けを半円形の形に置くように命ぜられた。それから主は玄関に行き、マントをぬぎ袖をまくり布きれをご自分の体にしばりつけた。そしてその長い方の半分を前に垂れるようにした。その間使徒たちはだれが一番上座に座るとか言う口論めいたことを始めた。それは今さき、主がはっきりとご自分がかれらを残して行かれること、またそのみ国が近づいたことをおっしゃったので、かれらは再び主が何か隠れた力で、最後の瞬間に現世的勝利を勝ち得て現れるであろうことに、確信を持つようになったからである。イエスは玄関でヨハネに鉢を持たせ、小ヤコブに水袋を抱えさせた。そして袋から水を鉢に注がせてから二人の弟子を従えて広間に行かれた。部屋の中央に給仕は大きな空のたらいを置いた。イエスは広間に入れられると言葉少なにかれらの争いを戒めた。その時イエズスご自身かれらの下僕であると仰せられた。弟子たちは足を洗ってもらうために椅子に腰を降ろした。イエスはヨハネの持っている鉢を受け取り、水をその足に注ぎ足を、腰にさげた布の端を両手にとって足をお拭きになると、ヨハネはそのたびに使った水を大きなたらいにあけて戻って来た。イエスはまたヤコブの水袋から鉢に水を注ぎ・前のようにくり返された。晩餐の時のようにこの時も主は非常な感動と親しみをもってされた。そしてこのへり下った洗足はまったく愛情に満ち溢れ、これを単なる儀式のようではなく、本当に自分の愛の表現として行われた。主がペトロの所に来るとすぐに、ペトロは謙遜して拒みながら「主よ、あなたがわたしの足をお洗いになるのですか」と言った。すると主は「わたしがすることは今おまえにはわからない。しかし後でおまえもまたわかるであろう」とお答えになった。イエスはペトロを指されて一同に、主がかれらの許から去った後は、ペトロが自分の位置に代わらなければならないと言われた。しかしペトロが「主よ、どんなことがあってもけっしてわたしの足をお洗いなさってはいけません。」と言ったところ、主はくり返して、「もしわたしがお前を洗わないなら、あなたはわたしと何のかかわりもなくなる。」と仰せられた。するとペトロは「では主よ、どうぞ足ばかりでなく、わたしの手や足も洗って下さい。」と申し上げた。主はこれに答えて「すでに体を洗ったものは、足のほか洗う必要がない。あなたたちも清い、だがみながそうではない。」と言われた。主はこの時ユダのことを考えていられたのである。主はそのご教訓のうちに洗足を日々の過失の清めとしてお話しになった。だからこの洗足は精神的意味をもち、一種の罪のゆるしでもあった。しかしペトロはそれをかれの熱心から主のあまりにも深い謙遜であると思った。ペトロは主が、かれを救わんため、明日侮辱的な十字架の死に至るまでへり下られることを知らなかった。イエズスは深く心を込めて、親しみを込めて、ユダの足をお洗いになった。その時主はお顔を裏切り者の足におしあて、「よく考え直しておくれ。」とささやかれた。ユダはすでに一ヶ月も裏切り、不忠実を計画していた。かれは主のお言葉に気づかないように見せかけてヨハネと話していた。それでペトロが怒って「ユダ、主がおまえに話しかけておいでになるではないか」と言った。それでユダはいい加減な言い逃れを言った。「主よ、もったいない、結構です。」他の者たちは主がユダに何と言われたか知らなかった。主はそっと話されたし、また他の者たちは履物をはこうとしていたので聞き取れなかった。しかしユダの裏切りは主のご受難のうちで最も主を苦しめた。最後に主はヨハネとヤコブの足も洗われた。はじめにヤコブが座り、ペトロが袋を持ち、次にヨハネが座り、ヤコブがたらいを空にした。イエスは謙遜について、仕える者はいかに大いなる者であるかを教えられた。将来お互いに謙遜に足を洗いあわなければならぬとおさとしになり、かれらの席次争いを引き合いに出された。それから主は再び着物を着けられた。