3 神認識に関する教会の教え

「わたしたちの母である聖なる教会は、人間理性の自然の光によって、また被造物を通して、万物の起源と目的である神を確実に知ることができると考え、教えています」。この能力なしに、人間は神の啓示を受け入れることはできません。人間がこの能力を持っているのは、「神にかたどって」(創世記1∙27)造られたからです。

それにもかかわらず、人間は自分が置かれている歴史的状況の中で、ただ理性の光だけで神を知ることに多くの困難を覚えます。

神について、神と人との関係について知らなければならない真理は、目に見える物の世界を完全に超越する真理です。この種類の真理を人間の行為に移し、人間の行為に影響するときには、自己服従と自己放棄を要求します。このような真理を把握するために、人間の知性は、感覚と想像や原罪の結果乱れた欲望に妨げられます。このような障害のため、自分が望まない、自分にとって疑わしいことや不確実な結論を、あまりにもたやすく、間違いであるとする人が多いのは当然です。

ですから人間は、ただ人間理性を超えることがらに関してだけではなく、「それ自体、理性によって把握できる宗教的、道徳的諸真理に関しても、神の啓示に照らされる必要があるのです。それは、これらの真理が人類の現状の中で、すべての人に、容易に、揺るぎない確実さをもって、誤りを含まず、知られうるためです」。