2 信仰のことば

 わたしたちは信仰を伝える文言を信じるのではなく、それが表す現実、信仰によって「触れる」ことのできる現実を信じるのです。「信仰者の(信仰の)行為の対象は文言ではなく、文言が表している現実です」。しかし、この現実に近づくために、わたしたちは信仰を表明する文言を用います。これらは信仰を表現し、伝え、共同で祝い、自分のものにし、信仰にいっそう深く生きることを可能にします。

「真理の柱であり土台である」(一テモテ3∙15)教会は、聖なる者たちにひとたび伝えられた信仰を忠実に守ります。キリストのことばを保ち続けるのは教会です。使徒たちの信仰告白を代々に伝えるのは教会です。母親が子供たちにことばを習わせ、それによって理解し、伝えることを教えるように、母なる教会はわたしたちに信仰のことばを学ばせ、信仰を理解し、それを生活に取り入れるように導いていきます。

唯一の信仰

教会は昔から、多くの言語、文化、民族、国の中にあって、唯一の信仰をたえず公言してきました。唯一の主から授けられ、唯一の洗礼によって伝えられ、すべての人間には唯一の神∙唯一の父が存在するだけであるとの確信となって定着した信仰です。この信仰の証人であるリヨンの聖イレネオは次のように言明しています。

「教会は、地の果てに至るまで全世界に散らされてはいても、使徒たちとその弟子たちから信仰を受け取り、……この使信とこの信仰とをただ一つの家に住むかのように注意深く守り、一つの魂、一つの心であるかのように等しく信じ、一つの口しか持たないかのように、声を合わせてこれらのことをのべ伝え、教え、伝達しています」。

「たとえことばは地方ごとに異なっていても、伝承の内容は一つで同じだからです。ゲルマニアに設立されている諸教会が違う信仰や伝承を持っているわけではなく、イベリア人の所にある諸教会も、ケルト人の所にある諸教会も、さらに東方、エジプト、リビア、そして世界の中央に設立されている諸教会も同様です」。「実に、教会の使信は真実で、確かなものです。教会においてこそ、全世界における唯一の同じ救いの道が見いだされるのです」。

「わたしたちは、教会から受けたこの信仰を注意深く守ります。なぜなら、信仰はすばらしい器に納められたきわめて高価な預かり物のように、神の霊の働きのもとにたえず若返り、またそれを納めている器をも若返らせているからです」。