2 「私は自分が信頼しているかたを知っています」(ニテモテ1・12)

神のみを信じる
信仰はまず、神に対する人間の人格的な帰依です。これは同時に、神が啓示されたあらゆる真理への自由な同意を伴います。キリスト者の信仰は神への人格的な帰依と神が啓示された真理への同意ですから、だれか一人の人間を信じることとは違います。全面的に神に信頼し、神が語られることを固く信じるのは、正しく、よいことなのです。神でないものをこのように信じることはむなしく、誤っています。

神の御子イエス・キリストを信じる
キリスト者にとって、神を信じることには必ず、神が遣わされたかた、すなわち、神のみ心にかなう「愛する御子」を信じることが伴います。神は御子に聞くようにと、わたしたちに命じられました。イエスご自身が弟子たちに、「神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい」(ヨハネ14∙1)といわれたのです。わたしたちがイエス・キリストを信じることができるのは、このかたご自身が神であり、人となられたみことばだからです。「いまだかつて、神を見た者はいない。父のふところにいるひとり子である神、このかたが神を示されたのである」(ヨハネ1∙18)。御子は「父を見た」(ヨハネ6∙46)ので、彼だけが神を知らせ、示すことができるのです。

聖霊を信じる
イエスの霊を受けることなしに、イエス・キリストを信じることはできません。イエスとはどのようなかたであるかを人間に知らせるのは聖霊です。実際、「聖霊によらなければ、だれも『イエスは主である』とはいえないのです」(一コリント12∙3)。「霊はいっさいのことを、神の深みさえも究めます。……神の霊以外に神のことを知る者はいません」(一コリント2∙10-11)。神だけが、神のすべてをご存じです。わたしたちが聖霊を信じるのは、聖霊が神であるからです。
教会は唯一の神、父と子と聖霊への信仰をいつも公言します。