2 啓示の諸段階

原初から、神はご自身を示される

神は、ことばによって万物を造り、かつ保ち、被造物の中に自らについての恒久の証明を与え、また至高の救いへの道を開く意図をもって、初めから人類の最初の親に自分を現しました」。神は人間を輝かしい気品と正しさで覆いながら、ご自分との親密な交わりに招かれました。

この啓示は、人祖の罪によって中断されることはありませんでした。実際、神は、「堕落後は、あがないを約して、救いの希望を抱かせました。そして忍耐をもって善を行って救いを求めるすべての人に永遠の生命を与えるべく、つねに人類のことをおもんぱかりました」。「人があなたに背いて親しい交わりを失ってからも、死の国に見捨てることなく、……たびたび人と契約を結ばれました」。

ノアとの計画

ひとたび人類の一致が罪によって分断されると、神はまず、人類を各民族ごとに救おうとしておられます。大洪水後のノアとの契約は「国々」、すなわち、「それぞれの地に、その言語、氏族に従って」(創世記10∙5)まとめられた人々に対する神の救いの計画の原理を表します。

多様な諸民族のこの宇宙的、社会的、宗教的な状態は、失墜した人類の傲慢を抑えるためでした。事実、人類はその邪悪さからバベルの塔の建築に見られるように、自力で一つになることを図りました。しかし、罪の結果、諸民族とその君主たちが多神教と偶像崇拝に走ることによって、この暫定的な救済計画はたえず歪曲の危険にさらされました。

神はアブラハムを選ぶ

ノアとの契約は諸民族の時代が続く限り、福音が全世界に告げられるまで効力を保ちます。聖書は、これら諸民族の若干の偉大な人物に敬意を表しています。たとえば、「正しい人アベル」、キリストの前兆であった王である祭司メルキゼデク、正しい人々「ノア、ダニエル、ヨブ」(エゼキエル14∙14)などです。こうして、聖書は、キリストが「散らされているすべての神の子たちを一つに集める」(ヨハネ11∙52)まで、ノアの契約に従って生きる人々がどれほど高度な聖徳に達しうるかを示しているのです。

四散した人類を集めるため、神はアブラムを選び、「生まれ故郷、父の家を離れ」(創世記12∙1)るよう促されました。そして、アブラハム、すなわち、「多くの国民の父」(創世記17∙5)としました。神はアブラハムに「地上の氏族はすべてあなたによって祝福に入る」(創世記12∙3)といわれました。

アブラハムから出た民族は族長たちになされた約束の継承者、選ばれた民となり、いつの日か一つの教会のうちにすべての神の子が集められるまで、その準備をするよう召されました。この民が根となり、後に信仰者となった異邦人がこれに接ぎ木されます。

旧約時代の族長たち、預言者たちおよびその他の人物たちは、教会のすべての典礼伝統の中で聖者としてつねにあがめられてきましたし、また今後もあがめられていくはずです。

神はご自分の民イスラエルを育てる 

族長たちの時代の後、神はイスラエルをエジプトでの奴隷の状態から解放して、ご自分の民となさいました。神はシナイ山でこの民と契約を結び、モーセを通して、民に律法を与えられました。それは、この民がご自分を生きている真の唯一の神、摂理の父、公正な裁き主として認め、神に仕え、約束された救い主を待つようにさせるためでした。

イスラエルは神の祭司的な民、「主のみ名がつけられ」(申命記28∙10)た民です。「はじめに神の語りかけを受けた」民、アブラハムの信仰に従う「兄」にあたる民です25。

預言者たちによって、神はその民のうちに救いの希望と、すべての人々にもたらされ、心のうちに刻まれるはずの、新しい永遠の契約への待望の心を培われます。預言者たちは神の民の根本的なあがない、民のあらゆる不忠実な行いの浄化、すべての国の人々を含む救いを告げ知らせます。この希望を担うのは、とくに主の貧しい人々と謙遜な人々です。サラ、リベカ、ラケル、ミリヤム、デボラ、アンナ、ユディト、エステルのような女性たちは、イスラエルの救いの生き生きとした希望を保ちとおしました。その中のもっとも清らかな人物がマリアです。