9 被造物、概念など、いかなるものも、神との一致の手段になり得ない

つくり出されたもの、あるいは考えられたものは、神と一致するために元来ふさわしい手段として役立てることはできないもので、また、理性が獲得し得ることは、すべてそれにとらわれてしまうならば、手段として役立つよりも、かえって妨げとなるものである。手段は、目的となるものに対して、何かの適応性と相似性をもっていなくてはならない、そしてその目指す目的に達成するだけに足りるだけの十分なものをもっていないといけない。

したがって、理性が、この世において神と一致するためには、神と結びつく、神に最も近い、似ているものを持つ手段によらないといけない。しかし、すべての被造物は、高いものであっても低いものであっても、一つとして神に直接結びつくものも、また、神の本質と似たものをもっていない。ちょうどそれと同じように、この世において、想像力がつくり出すことができるもの、また悟性が受け取り、かつ理解できるものは、いかなるものであっても、神との一致のための至近の手段とはなりえない。

知性を直接神に導きつれてゆくことのできないもので、神に達しようと思うならば、理解しようと思うよりも、むしろ理解しないようにすべきであり、より一層の神の光に近づくためには、目を開いているよりも、むしろ、盲となり、闇にとどまるべきである。もし知性が、すべてこうしたもの、あるいはそのうちの何かを、神との一致のための至近の媒介として利用しようと思うならば、それらは、かえって障害となるだけでなく、この山をのぼるにあたって、ひどく踏み迷い、あざむかれるもととなるということである。