3 信仰により神との一致に至るために、霊魂を暗黒にとどまらせること。

信仰によるよき導きを得るためには、地上的なものや、この世だけのものとの関連をもつ部分、すなわち感覚的な低俗なものに対して目をつむっていかなくてはならないだけでなく、霊的な関連をもつ、理性的な高い部分についても、やはり同じように目をつむって、真っ暗な状態にとどまらないといけない。

なぜなら、魂の変容と神との一致とは、感覚や人間能力の捕らえることのできないものであり、信仰は、私たちが理解したり、味わったり、感じたり、想像したりすることを超えて、その上にあるからであり、神の存在も、理性にも、また欲求にも、想像にも、その他いかなる感覚のうちに捉えられることができないからである。この世において、神について、いかに高く感じ、かつ味わうことができるができるにしても、神そのものから無限に隔たりがある。

だから、この世において、恩恵と愛とをもって神と完全に一致するためには、目から入ってくることのできるもの、耳から受け取ることのできるもの、想像力で描き出すことのできるもの、霊魂で悟ることのできるすべてのものに対して目を閉じないといけない、それゆえ、何かの理解、感じ、想像、考え、意志、自分自身のやり方、あるいは、何かほかのことや、自分自身のことなどにとらわれ、それらすべてのものから離脱して赤裸になることを知らなければ、神との一致という高い状態に達することをはなはだしく妨げられることになる。であるから、この道においては、自分自身を捨てるということが、この道に入ることである。