地獄と煉獄

■目次

第一編 煉獄

序論

人は死ぬという逃れられない現実について、まじめに考えねばなりません。これは今生きている私たちのすべてが受ける運命であります。私たちは、来世において、どうなるのであろう。来世は果たしてあるのだろうか。来世があるか?ないか?ということは、人類にかけられた謎です。公教会はこれについて次のように教えます。「人はこの世にいる間に天主を認め、仕え、愛し、来世において永遠の幸福を受けるべきです。死と共に霊魂は天主の御前に出で、あるいは天国、あるいは地獄、あるいは罪を清める為に煉獄に入れられます。世の終りに、肉身は天主の全能により、復活して再び霊魂に合わされ、天国の永遠の幸福か、地獄の永遠の苦しみかに定められます」と。

(国王と羊飼)
ある日、一人の国王は狩に出て、野原で一人の羊飼に会いました。国王は「お前はこの羊を飼ってどれだけ儲けるか」と尋ねました。羊飼は「陛下、私の儲けはあなたと同じです」と言いました。国王は変な顔をして「私の儲けと同じ?どうして?」と尋ねました。そこで羊飼は言いました。「陛下、私は羊を飼って、天国又は地獄を儲けます。あなたが国をおさめても、この他を儲けることは出来ません」。国王はうなずいて、考えに沈みながら、羊飼と別れたが、この羊飼の言葉は真理です。どんなものでも、その運命は、天国か地獄かのどちらかより他にはありません。

(霊魂の不滅)
①人間の体は腐敗してもなくなりません。それは元素に返るのです。霊魂は肉体よりも美しい。奴隷である肉体が不滅であるのに、主人である霊魂がなくなることは考えられない。これは天主の叡知に似合はないことです。
②この世に於いて悪人が栄え、善人が迫害されます。「この世に於いて悪人が栄え、善人がせめられることを見れば、霊魂の不滅を信じないわけにはいきません。万物の秩序のうちの、この明白な矛盾を解決するには、来世があるよりほか仕方がありません」とジャン・ジャック・ルーツは言いました。霊魂がなくなるならば、この世は恐ろしく乱れます。キリスト教を除外した人間の立てた道徳は犯罪を減らすことができません。
③すべての人は楽しみを求めますが、しかしそれは底なしの器のように満足されることがありません。人は知識も求めますが、これも満足されません。「私たちは海辺に遊んでいる子供のようなものです。ある時はよく光っている小石を見つけ、ある時は珍しい貝を見つけます。しかし、まだ知らない真理の大海はいつも目の前にあります」とニュートンは言いました。『世界にあるすべて学問は、みな限りない無学のなかにあります。真実、精密、完全なことは一つも知りません。私たちは、ただ一つの権利のほかには、何ももっていません。それは「へりくだる」ということです。私たちは、知らない事の中に包まれ、かつ沈んで暮らしています』と天文学者フラン・マリオンは言っていますし、「私たちにわかることが一つあります。それは、私たちは、何も知らないということです」とソクラテスも言っています。人間は、どうしても満足する事はできません。国王サロモンもその栄華の終りに「なんと、むなしいことか」と叫びました。死の暗闇のトンネルは、人間の永遠の望みをさまたげるように見えますが、人は無限のふところに入ってはじめて、無限の幸福を得られます。トンネルがあなたの、この純粋で無限なる楽しみであることを教えるのは、ただカトリックのみです。
④いかなる人種も霊魂が不滅であるという思想をもっています。これは人間の良心にきざまれて、消滅させることができません。聖書でも、霊魂が不滅であることを教えています。「体は殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、魂も体も地獄で滅ぼすことのできる方を恐れなさい」(マテオ10・28)。「擦り切れることのない財布を作り、尽きることのない富を天に積みなさい。そこは、盗人も近寄らず、虫も食い荒らさない」(ルカ12・32)。「呪われた者ども、わたしから離れ去り、悪魔とその手下のために用意してある永遠の火に入れ」(マテオ25・41)。悪が、今、世において勝つように見えても、それはただ一時の間だけです。善は終りには勝利をおさめます。トラピスト修道院の壁には次の格言が、修道士の目につくように書いてあります。「苦しみなくして死ぬのは、楽しみなく生活するのと同じである」

(司祭と医者)
「病人を切開しても、メスの先に霊魂が触れたことがない。霊魂はありません」という医者がいました。ある曰、この無信仰の医者は笑いながら神父に言いました。「あなたはいつも霊魂の救いの話をしますが、しかしあなたは霊魂を見たとか、臭いをかいだり、触ったり、またはその声を聞いたことがありますか?」。司祭は言いました。「いいえ、私はただその存在する事を感じています」と。医者は「感じているだけですか。しかし五感のうちの四感までが霊魂の存在を否定しているのに、どうして霊魂のある事を信じるのですか?」。司祭は「あなたはお医者様です。痛みというものを、ご覧になるとか、その声をお聞きになるとか、臭いをかぐとしますか?」。医者は「いや、まだした事がありません」。司祭は「しかし痛みを感じた事はありましょう」。医者は「あります」。司祭は「しかし、私たちの五感のなかの四感までは痛みの存在を否定します。ですから痛みというものは存在しないと言わないといけません」と。

(一番美しい事)
シエナの聖女カタリナは、ある日、天国にいる霊魂を見ることを天主に願いました。その祈りは聞き入れられ、聖女はこの霊魂を見ました。そして感嘆して、叫びました。「ああ、主よ、もし天主は唯一であることを知らなかったら、私はこの霊魂も天主であると信じたでしょう」。この恵を受け、聖女は言いました。「もし人が、一つの霊魂の美しさとその価値を知ったなら、これを救うためには一日に百回でも喜んで死ぬでしょう」。イエスはこの忘我の状態にある聖女に仰せになりました。「あなたはどう思うのか。私はよい事業を成しとげたではないか。あのように尊いダイヤモンドのような霊魂を助けるために、私は天からくだり、たくさんの恥辱や艱難を受け十字架の上に死んだのです。これは実に立派な事業でしょうか?」

(ヴィクトリ・ユーゴーの言葉)
貧乏人の運命が、秤の皿の一方に困難を、そうしもう一方の皿に来世の確実と永遠の幸福の希望をのせます。これで秤は平均はとれます。すなわちこの世においても貧乏人の幸福は決して財産家の幸福におとりません。イエス・キリストはそれをよく御存知でした。

(結論)
来世は確かにあります。それは、私たちの慰めと希望と励みのもとです。来世において善は賞せられ、悪は罰せられます。来世において、私たちは限りない真理と幸福とをもって、永遠に楽しみます。私は霊魂の不滅と、終りのない生命を信じます。

1・煉獄の存在

公教会の教えによれば、人は死んだ時、霊魂は肉体と離れ、天主の審判を受け、一生の善悪の賞罰を受け、赦されていない大罪をもって死んだものは地獄に、また少しの罪もなく天主の義に対して償いを果したものは天国に、また小罪に汚され、あるいは赦された罪の償いが果されていないならば、煉獄に行くことを教える。煉獄は、私たちの信仰の宝となる一ケ条であり、天主の義、知恵、善の深さをあらわす真理です。

(天啓)あらゆる民族を通じて煉獄の思想があり、人は完全な幸福を受ける前、潔められないといけないと信じられていました。これは世の始めに人類に示された超自然の真理に含まれていました。聖パウロがコリント人に送った文に「火の中をくぐり抜けて来た者のように、救われます」と書いてあります。救いを得ることができるので、この魂は地獄に入れられたものではない。それは苦しみのうちに潔められ、煉獄の火をくぐったものです。

(教会の教え)聖霊に導かれて、誤ることのできない公教会は初めから絶えず煉獄の存在を断言し、使徒たちの時代にも、中世紀にも、また現在でもあらゆる国々に於いて行われている祈りはみな煉獄の存在を確認します。御ミサの聖体奉挙後、司祭は白いホスチアを見て、自分で望み、又は頼まれた死者を思い出して、それらの為に、しばらくの間祈ります。聖務日梼において祈るごとに、すなわち少なくとも一日八度、数十万人の司祭は「願わくは死せる信者の霊魂、天王の御憐みによって、安らかにいこわんことを」 という祈りをくり返し、煉獄で苦しんでいる霊魂の救いをを願います。十六世紀において異端者ルーテルは煉獄の存在を否定しました。トリエント公教会議は「公教会は聖霊に教えられ、聖書と博士らの説に従って、以前の大公教会議に確定された煉獄の存在及びそこに居る霊魂は、信者の祈り、とくにミサ聖祭によって救われていることを固く信じる」と宣言し、司教達に大いに注意するように命じました。また異端者に対して大公教会議は同じ宣言をくり返し、恐るべき破門をもっていましめました。「聖寵によって、義とされたものは、天国に入る前に、この世あるいは来世の煉獄に於いて、有限の罰の残らない罪は赦される、というものは破門する」と。

(天主の叡知と無限の憐み)信者の大部分は償いを果さないまま、この世を去ります。こういう人の霊魂は、天国へ行くでしょうか?決して行くことはできません。「ほんの少しの汚れがあるならば、人は天国に入ることはできない」という格言は確かです。無限の天主の叡知はここに大いなる満足を与える解決をされました。すなわち煉獄の存在です。煉獄の存在は天主の深い憐みを示すものです。天使が試みられた時には、二つの結果でした。すなわち忠実を守ったものは天国に入れられ、天王に背いたものは地獄に落としました。ところが人間はその弱さの為に天主は、この世に於いて罪人の悔い改める時期を与え、また来世に於いても、その魂をまったく潔める猶予を与えました。罪のうちに長い年月、あるいは一生涯を費した罪人も、臨終にあたって天主が赦されるわけは、すなわち煉獄において彼等の霊魂を潔め、ついに天国に入るのにふさわしいものとされるからです。すなわち煉獄は天主の限りない憐みを示す完全な方法です。この世の生命は、永遠の生命の入口であり、真実な生命と比べ不完全です。故に聖書にも「ですから、今述べた言葉によって励まし合いなさい 」(テサロニケ4・18)とあります。後に残ったものは、非常に簡単で、かつ非常に有効な手段をもって死者を慰め、その苦しみをしずめ、天国に入る時期を早めることが出来ます。煉獄の信仰箇条は、私たちの為に立派な教訓です。すなわち天主の聖、と偉大な高位、人の最終の目的である救霊、この世の栄えのむなしさ、天主の無限の御憐み、十字架の価値、諸聖人の通功の真実な慰め、時間の価値、永遠の生命の準備の最も大切な事、悔い改めの必要、容易に犯かされる、小罪も来世に於いて厳しく罰せられる事などを教えます。
(天主の愛の名作)私たちは天主の摂理に感謝し、実際にたびたびそれを思い出せば、私たちはそこに苦しんでいる霊魂を慰めるに違いない。その上、私たちは厚い信仰をもって暮らし、この世にいる間に出来るだけ天主の義に満足を与え、そして死後早く天国に入れられるよう努力すべきである。

(死者の為に祈れ)一八八二年彼は私の教会に近くの教会の主任司祭となりました。私が彼を始めて知ったのは一八六九年でしたが、近くに住むようになってからは、ますます親しく交わり、真の兄弟にもまさる仲となりました。毎週二、三度私を尋ねてくれる彼は、よく響く速足で階段をのぼり、そしていつも中指のうらで三度ドアをたたく。そのたたきようは、初めの二度は速くたたき、そして間をおいて もう一度たたくのであるが、私の返事をまたないで、彼はいつもドアをあけた。何故私がこういうこまかい事を書くのかというわけは、次を読めばおわかりになるでしょう。彼は四十一才でこの世を去ったが模範的な生涯をとげ、万事について天主の摂理にまかせ、終油の秘蹟を受け、その教会の信者の祈りの助けも得て永眠しました。葬式は五月二十九日に行なわれ、信者は勿論、諸方から多くの霊父が会葬し、この死者を称賛しこの神父の霊魂は確かに天国の幸福を受けていると思っていました。この葬式がすんだその夕方、私は他の一人の神父と、ある教会の主任司祭のもとに一泊しました。そして翌朝、発車時間の都合でミサを立てないうちに帰ることを告げ、休むために寝台の上に横たわっていると、突然、寝室の戸を強くたたく音を聞きました。私は目を覚まして「おはいり」と言いましたがドアは開きません、そこでローソクを灯して時計を見ると丁度十二時を示しています。「ああ、夢であったか、何かの聞き違いだろう」と眠ろうとしました。十二時十分過ぎ、中指のうらでトン・トンートン、と ドアはたたかれた。私は正直に白状します。この音を聞いて「おはいり」とは言えませんでした。恐怖にうたれて、その人が入って来ることを望みませんでした。なぜなら、戸のたたき方で、誰かという事がよくわかっていたからです。ああ、悲しいことに、私の親友の霊魂は煉獄にいると思いました。ふたたび同じ方法で三度たたかれました。死者の魂は生きている者に害をしません。友人の霊魂は、いずれ天国に行くので、出来るだけ彼を助けよう、と考えたら恐怖の念は平和に変わりました。聖務日梼書をとって死者を慰める祈り、痛悔の七つの詩篇を唱え、他にいろいろの贖宥の祈りを唱え、終わりに、どんな場合でも大きな慰めとなるロザリオを祈りました。三時間あまりの間、約十分ごとにドアをたたく音がしました。午前三時二十分になるとドアを三度たたいたのち、速いひびきの高い足音が私の寝室の前から離れ、急いで階段を降りるように聞かれた。そして騒々しい響きとともに教会の正門をあける音がし、それからあとは静かで戸もたたかれませんでした。疑いもなく友は帰ったと悟ったので、私は三時四十五分に寝室を出、この出来事を知らない他の二人の神父と共に聖堂で亡き友のため、ミサを捧げました。その後幾度も彼のためにミサを捧げましたが、前に述べたような不思議は一度もありませんでした。以上は私(神父某)の五月三十日の日記の転載です。

この珍しい事実は、諸君の判断にまかせます。しかし、自然界と超自然界とのへだたりは実に薄紙一枚ぐらいしかありません。聖トマは「神の摂理により、煉獄にある霊魂が、生者の祈りを乞うために人に現われる事を信じることは問題ない」と言っています。

(十字架のイエズスのマリア童貞の伝より)
ベトレヘムの町にあるカルメル会修道院のこの童貞は一八七八年聖女のような最後をとげた。列福調査は、教皇に差し出すのみになっている。

マリア童貞はインドのアヌガルロル町の教皇代理マリ・エフレム司教閣下の死去の年(一八七三年)を予言した。この司教は煉獄の火の中から数度マリア童貞にあらわれた。そしてこの童貞はベトレヘムに創立される修道院の聖堂で最初のミサが捧げられる時、司教の魂は天国に入ることを天主様から知らされた。一八七六年十一月二十一日エルサレムの司教プラッコ閣下が大急ぎで建てたベトレヘムの新しい聖堂で最初のミサが捧げられた時、マリア童貞は、エフレム司教の魂が煉獄より救われ、天国へ昇るのを見て、形容の出来ないうれしさを感じた。

一八六七年の十一月修院長は数十年来の悩みをマリア童貞にうちあけた。それは三十五年前即死した父が教えを守らず、秘蹟も受けないで死んだので、父の霊魂はどうなっているのだろうか?という心配についてであった。マリア童貞はその為にお祈りし、その霊魂は臨終にあたって特別の聖寵に照らされ、悔い改めたが今でも煉獄におり、まだ六ケ月の償いが残っているという事を知った。院長はその言葉を信じなかったので、もし院長の父の姓名を告げるなら信じようとのことであった。修院では名は知られているが、姓は誰にも知られていない。マリア童貞は、しばらくお祈りしてから院長に向って「あなたのお父さんは”レィシュ”という姓です」といった。今はもはや疑う余地がない。院長は父の魂を助ける為に、すぐに善業組を立て、祈り、苦業、十字架の道行、ミサ聖祭等を死者の為にささげた。夜の十二時一同が四十のロザリオを唱え終ると院長の父は天国に昇った。そしてマリア童貞はその魂が次の様に言うのを聞いた、「この世のむなしさを悟る霊魂は幸いです」と。

カルメル会に入る前にマリア童貞は以前に亡くなった修道女の訪問を受けた。彼女は清貧の願いにそむいて、自由に使う為に修道院の屋根裏の部屋に五フラン銀貨一枚をかくし、臨終になってもそれを告白する勇気がなくて、そのまま死んでしまった。そのために煉獄で非常に苦しんでいると告げられた。その場所を捜すと、災いなる五フラン銀貨が一枚発見された、修院長はこの黙示に感動し、すぐにこの五フランを貧しい人にほどこした。

又他の修道女がマリア童貞に現われ、煉獄に於いて貧食の罪を償っていると告げて、その出現の確実である証拠に砂糖のかたまりを三つマリア童貞に渡した。彼女はその死んだ修道女の修院長にその一つをあげ、又その憐れな霊魂のために、皆の祈りを願った。

一八七三年十月二十六日マリア童貞は煉獄の火の中に一人の会長を見た。彼女は生存中貧窮に背いた為、五十年前から苦しんでいたのであった。

一八七四年十二月二十一日もう一人の修道女はマリアに現われた。彼女は世の終りまで煉獄に苦しめられなければならなかった。それはその友人達が自分を会長に選んでくれなかったため、倣慢と怨みから、その財産を修院に残さず自分の親類に残した為であった。

フランスの西南ボーという町に信心深い婦人があった。マリア童貞はその婦人に向って「数年前死なれたあなたのお母さんは、その寄附で建てられた聖堂の開堂式の日に天国に昇られました」と云った。婦人はそんなに長い煩いをするのかしらと不思議に思ったが、しばらくしてその婦人は死んだ。そしてマリア童貞に現われて「今私は天主様の清浄潔白といつくしみを悟りました」と語った。

同じ地方に居た、パョヌ市の神学校長で信仰の厚いミノダス神父は、ただ五時間だけ煉獄にとどまったが、五十年程の長さに感じた、と彼女に告げている。

一八七四年六月二日マルセイユ市のカルメル会の創立者ヒラリオン院長は煉獄を通り過ぎた。マリア童貞はこれを見て「あなたはどうしてそんなにまっすぐに天国にいかれたのですか?」と尋ねた。院長は「愛徳に背かず、又いつも規則を厳重に守った為です」と答えた。

一八七五年六月二日マリア童貞は忘我の状態から覚めて院長に向い「今朝、私の前を一人の老姿が通って”私の追放はすんだ。毎日忠実にあなたの為にロザリオを唱えた。私の追放がすんだので喜んでいる“と云いました。この婦人をよく憶えませんでしたが、モンペリエ市で三年前親切に私を泊めて下さったアンジョル婦人だと信じます」と言った。と丁度その日のタカルメル会へ電報が来た。それは「アンジョル婦人が死んだ」という知らせだった。

一八九一年十二月六日、木曜日ホーモン市の救助院に於いて、聖ヴィンセンシオ・ア・パウロ会の一人の童貞(ジョセフィナ)が死んだ。この童貞は四十五年前からそこに住んでおり、特に病人の世話をしていたが自分も病に犯されついにこの世を去った。葬式の晩六時頃プロスペールという者は両脇に松葉杖をもって聖堂から出、自分の部屋へ向かい、暗い廊下を通る時、急に動けなくなり、手に人触りの温みを感じた。そしてよく聞き憶えのある声で「煉獄に苦しむ霊魂の為にお祈り下さい」と云うのが聞えた。プロスペールは怖くなり、すぐ聖堂にひき返して、院長にその事柄を話したが院長は黙っているようにと頼み、主任神父にこの事を話した。八日の午後五時、降福式の後プロスペールは自分の告白司祭にこの事を話した。すると司祭は笑って、それは病身による錯覚だと言った。ところがその司祭が自分の部屋に戻ると、机のまん中に一枚の紙があって「煉獄に苦しむ霊魂の為にお祈り下さい」という文字が書かれてあった。この紙を主任司祭に見せたところそれはジョセフィナ童貞の字でうらにローマの歴史が筆記されてあった。 四ヶ月後の御復活祭の次の木曜日午後三時頃、突然風のような音がした。とそこにジョセフィナ童貞がたっていて、その顔の光は両肩に届いていた。「安心しなさい、私です。煉獄にいません。永福を受けました」と言った。すぐにプロスペールは「私をなおして下さい」と叫んだが「いいえ、この病気はあなたの救霊のために必要です。それは幸いなる苦しみです。変らず煉獄の霊魂のために祈ってください。そして罪人の為に祈ってください」と言って消えた。

2・煉獄における感覚の苦痛

カトリック信者はみなイエス・キリストと共に一団体をなして、そのうちにある一人の苦楽は全体の苦楽となる。ところが煉獄は大いなる苦しみの場所であって、そこにある死者の魂は私たちの憐みを願って叫んでいう。「主のおん手は、私たちの上に重くなった。友よ、私たちを憐れんでください」と。この不幸な霊魂を助けるため、その感覚と精神との苦しみを、この世に於いて理解出来る範囲で考えて見よう。

(煉獄の霊魂は囚人である)煉獄は大海のように低く、また淵のように深く、砂漠のように淋しい所である。そこにいる者は眠る事ができず、まったく潔められるまで非常に苦しむのである。
(光の欠乏)万物のうちに第一に創られたのは光であった。光は人の心をなぐさめ、またよろこばせる。ところが、「暗闇」は苦しみと罪とのかたどりである。煉獄の霊魂は始終「暗闇」の中にいる。それで公教会はしばしば「永遠の光を彼らに与えてください」とくり返し祈る。ミサ聖祭に於いても「主よ、彼らを光の場所に入れてください」と唱える。

(厳しい火の苦しみ)煉獄の火は物質的で火である。どうして有形の火が無形の霊魂を苦しめることができるのか?それは天主のみの秘密である。天主はその問題について私たちの好奇心を満足させない。しかし、私たちは、その火とその苦しみにかからないように力を尽すべきである。煉獄の博士といわれるシエナの聖カタリナはいう。「天主の特別な恵みによらなければ煉獄の火の粉についてさえ述べる口を私たちはもっていない。またそれを悟る知識もない、私は天主の聖寵によってそれを見たが、これを現わす言葉がない」と、また「煉獄の火と地獄の火とは同じである。ただ違うのは、その中に住むものの有様である。地獄の罪人は天主をうらみ、罪にかたまって、天主の善の影響を受ける事はまったく出来ない。永遠に失望と悪意とに沈んでいる。これに反して煉獄の霊魂は天主を愛し、善意にかたまって、永福を受ける 希望を抱いて、天命を受け入れている」 。聖シプリアノ、聖アンブロジオ、聖アウグスチノ、聖ベルナルドなどによれば、煉獄の火の苦しみは殉教者の受けた迫害よりも非常に大きい。聖トマは、煉獄は私たちの霊魂をまったく潔める事の出来なかった七つの秘蹟に加えられた、第八の秘蹟ともいうべきである、と教えた。聖テレジアは煉獄にいるある霊魂の大きな苦しみを見て、苦痛と恐れのために、死ぬばかりになった。聖ビルジッタの幻によれば煉獄には三つの階段がある。第一は霊魂が非常に苦しむ。第二は衰弱の有様を耐え忍ぶ。第三は天主を見たいという大きい熱望の苦しみに圧せられる。煉獄の霊魂は非常に苦しんでいて、私たちに助けを求めている。私たちは出来る限り効果ある祈りと善業をもって彼等を慰めなければならない。

一八五九年十一月四日フォリニオ市のフランシスコ修道院で家蓄係をしていたテレジア・マルガリタ・ゲスタという熱心な童貞が突然、脳卒中で死んだ。十一月十七日にテレジアの死後一人で家蓄係を引き受けていた助手のアンナ・フェリシという童貞が家蓄小屋へ入ろうとすると嘆き声が聞こえるように思われた。急いで戸をあけたが誰もいない、しかし間もなく、今度は嘆き声がはっきり聞こえた。アンナ童貞は、「イエス、マリアよ、なんでしょう」と叫んだ。すると、その声の終らないうちに、また「ああ、天主よ!」という悲しみにみちた声が聞こえた、それは十二日前に死んだテレジアの声であった。アンナが驚いて「あんなに貧窮であったあなたがどうして?…」と叫ぶとテレジアは「これは私の為ではありません、私がこの事について、あまり自由にしておいた童貞達のためです。あなたも気をつけなさい」というと部屋中いっぱいの煙の中にテレジァのかげが現われ、壁にそってだんだん戸の方へ進んで一段と声を強くし、「ここに天王の御慈悲による証拠を置く」といって、扉の一番上の板を叩き、その板の上に完全な右の手の焼跡を残して消えた。アンナは他の童貞を呼んだそして修院全部の童貞が集まってアンナをとりまき、みんな木のこげた香をかいで驚いた。それはテレジアの手の型であった。テレジアの手は人並はずれて小さかったのである。それを見て皆恐ろしくなり、急いで聖堂へいって、その夜は一同食事も忘れて夜通しお祈りをし、次の日一同テレジアの罪の償いの為、聖体を拝領したが、翌日テレジアは現れて厳格にいった。「私はあなたの望みを知っています。私が残した手のあとを消したいのでしょう。けれどもそれはあなたの力では出来ません。これは皆のいましめと悔い改めの為に天主様の命令された事です。私は天主様の恐ろしい正義の裁判によって、私が他の童貞に対してなした欠点の為に、四十年間煉獄で恐ろしい火の苦しみを受けるように宣告を受けました。けれども幸いあなた方一同のお祈りのため天主様は私の霊魂に恵みを下され、特に非常に慰めとなる七つの聖詩を受ける事が出来ました。私は深くあなた方一同に感謝します」といってうれしそうな顔で「幸福なるかな、清貧な者よ、あなたは大いなるよろこびを受けるであろう」といって消え失せた。その翌晩アンナ童貞は床に入って眠ろうとした時、また名前を呼ばれとびおきて、一言も発する事が出来ず、震えながら床の上に座った。まもなく輝きわたる光の玉がアンナのベッドの足の方に現れて、部屋の中は昼のように明るくなった。すると月桂冠を戴いた優勝者のようなテレジアの声を聞いた。「私はイエス様の御受難の日(金曜日)に死にました。金曜日の今日、天国へいきます。忍耐して十字架を担いなさい。勇気をもって苦痛を忍びなさい」といって、さらに愛情のこもった声で「つぎに天国で会いましょう……」とつけ加えて、柔らかい白いまばゆい煙となって飛んで消え失せた。この奇蹟のために、間もなくフォリーオの司教や裁判官によって調査会がひらかれた。十一月二十三日に公衆の前でテレジアの墓をあけて手の寸法をはかったところ、修院の焼型と寸分の違いもなかった。この扉は今もなお大切に保存されている。

「福者トロメイの妹アンゼラ童貞は煉獄で苦しむよりも、この世で罪の償いをしたいと願ったが急病で死んだ。葬式の時、福者は突然霊感を受け、イエス・キリストの御名によって、「闇」の国を去る事を妹に命じた。すると不思議にも童貞は頭を上げて立ちあがった。その後、童貞はいろいろの苦業をして償いを果たすに余念がなかったが自分の体にあまり残酷ではないかと非難されると「この世でたやすく犯される小罪の為にどれだけ煉獄で苦しまなければならないかを考えれば、この百倍の苦業をしてもいい」と答えて苦業を続けた。

煉獄の霊魂は現れたしるしとして、おもに手の焼跡を残している。ナポレオン時代のある兵士の五本の指の焼跡で十六ページ貫かれている祈祷文もある。着物の袖や紙の上に、とてもまねの出来ない火の跡を残しているものもある。「死んでから、戻って来た人はないから」といって来世の存在を否むものは、この手の焼跡を見て考えなくてはならない。一八九六年フランス北部のヘィーヌ・リェンタルの修院に住んでいた一人の童貞はドーナ市にある同じ修道会の食事係の童貞を助ける為に送られた。別れる時院長は「私が死んだらお祈りして下さい」といった。五月の始め頃、院長が死んで六月二十六日の事であった。ドーナ市に送られた童貞は袖をまき上げて地下室に飲み物をくみにいった。樽の前に身をかがめた時、階段の下に一人の童貞の姿を見たが、別に気にもとめなかった。ところが突然自分の腕は握られた。同時に二ケ月前に死んだ院長の声で「苦しんでいるから、私の為にお祈りして下さい」というのが聞こえ、童貞はそこに倒れた。他の童貞達はあまりも帰りが遅いので、何か起ったのではないかと心配して地下室におりて来た。この童貞は涙にむせんでいたがやがて「私は握られた!」 といって自分の腕を見せた。上の方に五本の指の跡が見えて、その上に水ぶくれが出来ていた。童貞の腕は写真をとられた。その後との傷は火傷のような形を残して、少しずつなおった。

十六世紀、聖ドミニコ会の修女リキシの聖カタリナは罪人の改心と煉獄の霊魂を慰める為大きな奮発心を抱いており、煉獄の霊魂の為には、その代りに自ら苦痛を受ける事を願う程、深い同情をもっていた。天主は時々このあわれみ深い祈りをお聞き入れになった。聖女はある皇族の為にお祈りや苦業を捧げ、おかげでこの皇族は死ぬ前に改心し、よい最後をとげて煉獄へ入れられた。カタリナは黙想の時霊感によって、この皇族の憐れな有様を見て、その代りに償いをする事を願った。するとたちまち四十日間、奇妙な病気にかかった。聖女の体には沢山の水ぶくれが出来て、それが火の上に置かれたように沸いていた。部屋はその為に非常に熱くなって、長くは居られない程であった。体の肉は焼けたように見え、舌は真っ赤に焼けた鉄のようであった。沸騰したあとの肉は火傷のように見え、しばらくすると水ぶくれが出来て、前のような熱を出していた。この苦しみの中、聖女の顔つきは、いつもおだやかで、その心は安らかであった。そればかりでなく非常な楽しみを受けた様に見えていた。医者は医学上の治療は無駄である、といいながら、水をあびる事やその他の手当てを命じた。この治療法は彼女の苦しみを増すだけであったが、聖女は従順の為に喜んでそれを実行し、心中の苦しみは謙遜の為、議しんでかくしていた。彼女の苦しみはひどく、まったく火の中にいるようであった。「愛の深い天主様にそんな激しい苦痛を願ってはなりません」といわれると、聖女は「どうぞお許し下さい。天主様は、煉獄の霊魂を非常にお愛しになり、それが天国に入る事を何よりもお望みです。その為には、私達は喜んで苦痛を耐え忍ばねばなりません」といった。四十日過ぎると聖女の身体は、もとのようになった。皇族の親類はその霊魂の事について尋ねた。聖女は答えていう「御安心なさい、今では永福を受けました」 と。

3・煉獄において天主を見ることができない苦罰

(霊魂の大きな渇望)前章に述べたように感覚の罰は厳しいが、天主を見る事が出来ないという苦罰にはとても比べられない。私審判においてイエス・キリストを見る事は善人の慰めであるが、それが償いのまだ果たされていないために、しばらく離れていなければならない時の霊魂の熱望の苦しさは、とても表わす事は出来ない。霊魂は天主のほかに望む事もなければ、愛する事もない。天主自身が彼らの苦しみとなる。霊魂は満足出来ない自分たちの愛によって苦しめられる。天主に飢え渇くのであるから、天主御自身以外のもので、その飢え渇きを、止める事は出来ない。愛が完全であればある程、これが充たされない苦しみはひどい。煉獄における霊魂は一心に天主を呼んで、これに向って両手をあげるが、償い果たされるまで、天主は遠ざかっていて目に触れることができない。聖ヨハネのの言葉である「イエス・キリストを見奉るためには千度死ななければならない」について、聖ヨハネ・クリゾストムはこういった。「この叫びによって、聖人の天主に対する愛の大きさを幾分か知ることができるし、また熱望を想像する事も出来る。しかし私審判の時に体から離れた霊魂がイエス・キリストを実際にあるがままに見るように、聖人が見るならば、その時こそ聖人の心は、愛にとけてしまって、その大きい渇望は、とても想像する事が出来ないであろう」。

(天王の美)人間は自然に美に心を奪われる。人間は万物の霊長であるといっても、一方から見れば不潔な泥の壺(ツボ)に過ぎない。その不完全なつまらない美も人の心をひきつけるとなれば、美の源である天主の美はどうであろうか。それはとてもこの世では想像がつかない。霊魂は、天主より煉獄へ送られるのではなく、天主の清浄潔白と、自分の汚れとを見て、自ら全く潔められるまで、悲しみながらも、自ら甘んじて煉獄に苦しむのをうれしく思うのである。煉獄の霊魂を慰めるために、犠牲者となったカロリナ ・クレマン1880年は次のようにいっている。「二十八年前私の一生涯に大きな影響を与えた一つの幻を見た。私は死んで私審判を受けた。救い主は大いなる光栄をもって私に現れたが、それはまた大いなる善と柔和とをもっておられた。それで私を迎えてくれるその両腕にとんで行こうと思ったけれども、そこには奥深い秘密なところまでも見通す御眼があり、赦されてはいてもその償いは、まだ果たされていない罪の大いなる汚れが面前に現れて、私の心は言葉に尽くせない恥辱と苦痛を受けた。それで償いが果たされないで天主様の前に居るよりも、煉獄で苦しむ方が楽である事を悟った」。煉獄の霊魂は孤児である。天主、聖母マリアを見る事が出来ないので天国から追放されたものである。聖テレジアは「天主を見ることができない苦しみは想像以上である。煉獄の霊魂は天主様のそばに行きたいが、その義によって離れていなければならず、その渇望に苦しめられるのである」という。

聖母マリアがルルドで聖ベルナデッタに現れた時、二人の無信仰者はその盲信を打ち破ってやろうとルルドヘいった。ところが洞窟の前についてベルナデッタの顔を見ると、何ともいいようのない有様に輝いていた。それを見た無信仰者も帽子をぬぎ、ひざまずいてお祈りをした。ルルドの聖母についてフランスのプルサイ伯は次のように述べている。「私がコートレの温泉場にいた時、世界はルルドの聖母の出現の話で大さわぎをしていた。その頃、私は放蕩者で無神論者でしたから、その現れを信じない事は勿論、天主の存在さえも認めなかったが、地方の新聞でベルナデッタがご出現を見た時に聖母が微笑していたということをよんで、私は物好きにも見物人になって、その場で化けの皮をはいでやろうと考えてベルナデッタの家を尋ねた。私の目には彼女はただのいやしい少女のように見えたが、しかしその容貌はやつれてはいるが、どことなく愛らしかった。彼女は私の質問に答えて、簡単に飾り気なく、出現の事を物語ったので私はとても感動した。最後、私は「それではその貴婦人はどのように微笑まれました」と聞きました。するとこの田舎娘はあきれた顔をして、しばらく黙っていましたが、やがて「まあ!あのような微笑を天国に住まれる方ではなくて、誰がまねる事ができるでしょうか」と答えた。私が「何とかして私にその微笑を見せてくれませんか。私は疑い深い無神論者で、そのご出現を信じていないものですから」というと、彼女はすぐに顔を雲らして厳然と、「それではあなたは、私を『うそつき』だとお考えですか?」と詰問した。私の今までの元気はどこかへいってしまった。私はひざまずいてお詫びをしたいような気持になった。するとベルナデッタは「あなたは罪人ですから、聖母の微笑のまねをしてあげましょう」といった。そして静かに立ち上り、両手をあわせて、天国に住まれる方の微笑を想像し始めた。少女が目を天に向けて微笑をしている間に、私は静かにひざまずいた。そして聖母の微笑もこのとおりであろうと理解した。それ以来、私はこの清い微笑を心にきざみ、今聖母の微笑とともに暮らしているのです」。ベルナデッタの顔が聖母マリアの微笑の反照だけでそんなに美しいならば、聖母マリアはどれほど美しいでしょう。また聖母マリアが被造物でありながらそれほど美しいとすれば、すべての善美の源である天主はどれほど美しいでしょう。これを見るために非常な渇望に苦しんでいる煉獄の霊魂の為にお祈り下さい。

4・煉獄において、なおざりにされる苦痛

煉獄の存在と、この世にいる信者は煉獄の霊魂を助ける事が出来る、ということは信仰の一ケ条である。そしてこの世に生き残るものが間もなく死者を忘れてしまうという事は、不幸にして事実である。波がおこった時、最初に入った者が助かると信じられていたベッァィダの池のそばにいた中風患者は、「あなたは、癒されることを望みますか?」とイエスに尋ねられた時、「私を池に入れる人がいません」と答えた。 煉獄にいる大部分の霊魂も丁度それである。自分が生きている人々から忘れられているのを見て「私を助くる人がいない」とくり返す。煉獄には感覚の厳しい罰と、天主を見ることができない恐ろしい罰だけではなく、なおざりにされる苦罰もある。諸聖人の通功という公教の大真理も忘れたかのように死者の事について心配しない。慈悲深き母なる公教会はこのなげくべき人たちを知っている。それでミサ、聖務日梼礼拝式、死者の記念日などをもって絶えず、私たちの心に死者の記憶をおこすのである。死者を忘れるのは、原罪の結んだ恥かしい結果である。「苦しむ時、それをいたわる者があれば、苦しみとはいわれないくらい軽くなるが、同情してくれる者がない時は、苦しみを重ねる事になるのである」といわれるのはもっともである。煉獄の霊魂は自分を助ける為になされる祈りや、善業を知って喜ぶように、忘れられているのを感じて大変に悲しむ。この忘れられたという事は彼らにとって第二の死である。すなわち物質的の死に、精神的の死が加えられるのである。生き残ったものが煉獄の霊魂の叫びに耳をかたむけない。「はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」という言葉は福音から消されたように見える。死者がこの世を去って数週間の後に、天主の赦しを受けて、その生涯を送った家に帰るとすれば、彼は何を聞くであろう。 長い話の中に自分の名は一度も聞かない。悲しみに絶えず煉獄に帰り叫んでいう「ああ、私は皆に忘れられた。人間界に私をつなぐすべての縁は切れた。私の名をいう人もなければ、私の墓におまいりする人もいない。 残念だ…」と。「御安心なさい、よくお祈りするから、いつまでも忘れないでいるよ」。死者が世を去る少し前に、私たちはその手をにぎってこういう。しかし人間の心の弱さよ、目に見えないものは、次第に心より離れる。悲しいかな、死者に対する私たちの記憶は十分でない。葬式の鐘の音が止むと同時に死者への思いは心から消えるように見える。「死とともになくなる愛は真実の愛ではない。聖書によれば真実の愛は死よりも強い」と聖フランシスコ・サレジオはいっている。読者諸君、私たちはただこの世に生きておる人々と共に暮すだけではなく、死者と共に居なければならない。それも一時ではなく、一生涯絶えず死者を記憶すべきである。しかもただ思い出すだけでは何にもならない、善業、祈り、ほどこし、贖宥、聖体拝領、ミサ聖祭などをもって慰めねばならない。そうして始めて、私たちは死者の真実の兄弟となる。そうすればキリストの「さあ、わたしの父に祝福された人たち、天地創造の時からお前たちのために用意されている国を受け継ぎなさい」(マテオ25・34)というお言葉は、 美しい歌のように私たちの耳にひびく時が来るに違いない。

5・煉獄に入る人

神学のうちには人間の知恵の浅い事を証明する多くの問題がある。そして、その一つは煉獄である、私たちはこれについてはっきりと知る事が出来ない。しかし、それについて知られている事を、よく守るだけでも、私たちの愛と奮発の程度は、高くなる、そして信徳は私たちの思想をひろめ、罪の性質と罪源を悟らせるに違いない。しかし、煉獄は理解しにくい事であることを告白しなければならない。

①(誰が煉獄へいくか?)洗礼の清浄潔白な状態でこの世を去る子供、最上の愛をあらわした殉教者、この世において罪の償いを全く果たした少しの聖人達を除いて、人は皆天国の幸福を受ける前に、しばらくの間、その玄関すなわち煉獄に寄るという事は断言出来る。

この世において天主を愛する事に於いて、いわば最高点までのぼったと思えるにもかかわらず、聖女テレジアは臨終にあたって、彼女を見守る童貞たちに向っていった「私が姉妹たちよ、私が煉獄に居る時、私を忘れないでください。」この言葉から「聖テレジァは煉獄を通った」とはいわれない。けれども聖女はその準備をして、助けを願った。この方法は一番有益であり、安心である。私たちも聖女にならおう。

パリのフランシスコ会のある修道院で、信心の評判をもつ修道士が死んだ。彼の友人に一人の神学博士がおり、死者の為にたてる規則になっていた三つのミサを、わざとたてなかった。それはこの修道士が間違いなしに天国において光栄の最上の場所にいるから、彼の為に祈るのは、天王様の慈悲に対して申しわけがないと思ったからであった。ところが数日後、この博士が修道院の庭で散歩していると死者は火に包まれて現れ、悲しい声で「先生、どうぞ私を憐れんで下さい。お願いです。あなたが私の為に立てねばならない三つのミサがあげられるまで、私は煉獄で苦しむ事になっています。もし規則に従ってあなたが義務を果たして下さったならば、今、私は天国に居るはずでした」という。博士は驚いて「私の兄弟よ、どうしてあなたのために、祈りが必要であろうか、あなたは、どこにあっても感心すべき模範的の修道士ではなかったか。あなたが永福を受けたかどうかについて心配する事は夢にもいらないと思っていた」。すると死者はいう「ああ、悲しいかな!天主の審判の厳しさは誰も想像する事が出来ない。限りなき天主の義は私たちの一番完全な行いのうちにも不足を見出す。天主の前には天使さえも不足なのです。どうして私たち人間が不足なしで居られましょう!」。

読者諸君、天国に入るものは天主の義をまったく満足させて、清浄潔白になったものでなければならない。ところがこの世を去る者に、こういう状態でいる者はごくまれである。完全な痛悔、または不完全な痛悔でも悔悛の秘蹟を受けるおかげで、大罪による永遠の罰は、なくなったと仮定する。しかし残りの有限の罰はこの世で果たす暇がないから煉獄にいって果たさねばならない。小罪をもって死ぬ者、またそれを悔んでも些細な償いも残らない程の者は珍らしいから、大抵のものは煉獄で自分たちの霊魂を潔めなければならない。

イエズス会の名高い司祭ド・ラ・コロンピエルは死んだ時から、その葬式の時まで煉獄に居た。イエス・キリストはこの事を御自分で聖女マルガリタ・マリアにお知らせになり、この司祭を「よき僕」とおおせられた。これによって見れば、天使たちの内にも汚れをごらんになる天主は人間の内に、汚れを見られないわけにはいかないのである。

ここで大いに興味ある問題が考えられる。すなわち「子供は煉獄にいくか、どうか?」という問題である。子供でも、知りつつ不従順、食しんぼう、なまけ等の小罪を犯かすがそれを気にしないから、その償いは果たされていないので、そのまま死ぬならば煉獄で償いを果たさなければならない。紀元195年アフリカのカルタゴに生まれたヂノクラトは頬に出来たみにくい癌のため七才で死んだ。そのとき彼の姉ペルペチュァは信者であるために、その土地の偶像をおがまないという理由で監獄に入れられていた。必要かどうか知らないが弟の霊魂のために祈った。数日後、野獣に食われて殉教者となるこの娘は、夜突然まぼろしの中に弟ヂノクラトが沢山の人々とともに真暗闇のところにいるのを見た。その顔は青ざめ、その目は火のように燃え、頬には癌が現れていた。弟のそばには水の一杯はいった大きな入れものがあったが、そのふちは非常に高いので、弟はとてもそれに届かないで大変苦しんでいた。ペルペチュァは、弟が非常にのどがかわいている様子は煉獄で苦しんでいるしるしであると悟って、それを助けるために一心に祈った。しばらくして彼女はからだ全体が潔白になり、着物はまっ白に、顔は艶と健康とで光っている弟をまぼろしのうちに見た。

善人でもこの世に於いて、この世のことから心を離し、死ぬまでに償いを全て果たすのは出来ない事ではないが、実際には大変むずかしいことで、多くのものは煉獄にいる。私たちはそれを助けるために力を尽さねばならない。

6・煉獄はどこにあるのか?

これについて公教会は何も定めなかったが、聖トマスや他の博士たちの説によれば、煉獄は地球の中心、地獄のそばにあるという。来世における霊魂の有様は死者の出現と聖人が見る幻によって悟ることが出来る。シトー会(トラピスト)のある修道院に、姉妹のように大変仲のいい修道女がいた。聖堂において、いつも隣同士になっていたが、その一人のゼルツルダは、たびたび沈黙を破って、自分の友マルガリタに同じ罪を犯させていた。その後、ゼルツルダ童貞は死んで、修道院の聖堂に葬られた。ところが死んだはずのゼルツルダ童貞が晩の祈りの時にマルガリタのそばに現れて歌をうたい、お祈りがすんでから祭壇の前へいって平伏して消え失せた。次の日同じ時刻に死んだ童貞は現れた。マルガリタは 「あなたはどこからまいりました?また何を望んでいますか?」と尋ねた。すると死者は答えた。「あなたと共に罪を犯したこの場所において、天主様の義の償いを果たしにまいりました。ああ、恐ろしい火の苦しみ、特にとてもいわれない舌の苦しみ…」。祈りと大いなる犠牲 がその為に捧げられた。するとゼルツルダが、煉獄から助けられたという知らせがあった。

フランスのフランシュ・コンテ州ドール町において、1629年煉獄のある霊魂は病気になっている一人の婦人に現れて、四十日の間、毎日必ず二度ずつ見舞い、忠実な僕が主人に仕えるようにいろいろな世話をした。病人は感謝に絶えないで聞いた。「あなたはどなたですか?」「十七年前死んでお前にわずかな財産を残した伯母のレオナルド・コリーヌです。天主様の御憐みと、聖母に対する信心のおかげで助けられました。イエス・キリストは、私が四十日間お前の世話をする事を許して下さった。もしお前が聖マリアの三つの聖堂に参拝してくれたら、私は四十日過ぎて後、煉獄から助けられるのです」。これを聞いて病人は、とてもびっくりして、うろたえた。「伯母は生存中かんしゃくもちで、ほんとに嫌な人でした。それがどうして今忍耐強く、親切、柔和であるのでしょう」。「ああ、姪よ!聞きなさい。十七年間煉獄の中に居れば忍耐、親切など習うのに十二分です。今私たちは聖なるものとなって、天主様の聖心にかなっているから悪徳の一つも、もつことが出来ないのです」。

聖フランシスコ会の福者ステファノはある晩同じ会の一人の死者が、聖堂で唱歌隊の腰掛に座っているのを見て、理由をたずねた。すると死者は「私は生存中聖詩を歌う時、知りながら大きな不注意と冷淡におちいっていました。それを償う為にここに置かれているのです」と答えた。この例によって、来世に償いを果たす煉獄は、すべてのものの為に同じ場所ではなく苦罰と天主様のおぼしめしによって違うことがわかる。

7・煉獄で苦しむ時間

この問題を正確に答える事は、私たちにはとても出来ない。この世において私たちは、来世における時間の性質、苦しみの程度、償いと苦罰のつり合い等をまったく知らない。しかしこの問題について、確かな事が三つある。 第一に煉獄の苦罰は十年をこえないという説は1666年3月18日教皇アレキサンダ17世から禁じられている。

第二に公教会は、無限にミサをたてる事を赦す(聖会法1544)。第三に煉獄において霊魂は償いの軽重により、また彼らを助ける私たちの奮発の程度によって慰められるという事である。私たちの経験によっても、苦しみが激しければ同じ時間でもいつもより長く思われる。特に病気の一夜は一ケ月のように長い。また来世においては時間をはかる事が出来ないから、ちょっとの間でも、随分長いと感じるに違いない。聖人たちの説によれば、ある霊魂は十年、二十年、ある霊魂は百年、千年あるいは世の終りまで煉獄にあって苦罰を受ける。

聖ルドピコ・ベルトランドは、自分の父が八年間煉獄に苦しんだといっている。父の大きな苦しみを見て、聖人は出来るだけの力を尽くし、八年間聖詩とロザリオを数えきれない程となえ、厳しい大斉を守り、血の流れるまで、体をむち打ち、ミサを立てたのであった。この聖人の祈りを、いつもよく聞き入れられた天主は八年の後、その父の霊魂を助けられた。「ああ、神の富と知恵と知識のなんと深いことか。だれが、神の定めを究め尽くし、神の道を理解し尽くせよう」(ローマ書11・33)。

絶えず煉獄の霊魂と親しくしていた聖女マルガリタ・マリアによれば聖女がよく知っていたある婦人は生涯の年数と同じ時間、煉獄で苦しんだ。危険な世間で暮らした人の中には、以外に軽い償いで、九十才の長命を保った者で三ヶ月間煉獄に居たという人がいる。又ある修道女の父は娘の祈りを必要とせず、まつすぐに天国へいった。

(ブヌワッ童貞の黙示)十七世紀にフランスの東南におり、福者となったブヌワッ童貞は煉獄の霊魂について、天主から、沢山の黙示を受けたのでその内のいくつかをここにあげる。①ある婦人は難産の恐ろしい苦痛のうちに死んだ。その婦人の妹は、救霊について心配してブヌワッ童貞に尋ねた。すると童貞は「苦しみのうちに忍耐をあらわした為に天国へいった」と答えた。 ②ある商人は目方と寸法をはかる時少しごまかした為、十年間の煉獄の宣言を受けた。 ③近くの町であまり正しくない生活を送ったある婦人が死んだ。その娘は母の救霊を心配して「天主はお許し下さったろうか?」とプヌワッ童貞に尋ねた。「臨終にあたってあなたのお母さんは、完全な痛悔をおこしたから助けられた。しかし十年間煉獄に苦しまなければならない」と童貞は答えた。 ④あるやもめの夫は、四年間煉獄に苦しまねばならなかった。やもめは貧乏でお祈りを他人に依頼する事が出来なかったので絶えず熱心にロザリオを唱えて夫の霊魂を救った。⑤ブヌワッ童貞は、ある日、四年前に死んだ人に出会った。彼は童貞に挨拶し、生存中は悪魔の手から助けてくれ、死後には煉獄から救ってくれた事を感謝し、良い香りを残して消えた。 ⑥聖母に対して大いなる信心をもって、毎土曜日、聖母の聖堂へ参拝していた近所の男は、ただ六ケ月の宣告を受けた。同じ信心と善業をしたその妻は七ケ月煉獄で苦しむ宣告を受けた。⑦福者の母は日曜日に子供の世話の度を過ごして時々ミサに遅れた為三年間煉獄に苦しむ宣告を受けた。 ⑧聖母マリアに対して、深い信心を持っており貧しい人を助けていたが放蕩に流れて、救霊の疑わしかったある身分の高い者は、煉獄においてただ一年苦しんだだけであった、これによって見ると罪を消すため、ほどこしが非常に力のある事と、聖母マリアを尊敬する罪人は、 臨終にあたってその保護を受けるという事がわかる。⑨信心深いある婦人は、聴罪司祭に従わなかったので煉獄に七年の宣告を受けた。⑩ある婦人は、いろいろの邪推を償うため煉獄に十年、他の者は不忍耐のため三年いた。 ⑪二人の主人は子供を気ままにさせ、教育をおこたったため、五十年煉獄にいた。ドミニコ会の修道士は聖人のような最後をとげて、ただ三日だけ煉獄にいた。 ⑬一人の婦人は虚栄心の償いとして六ヶ月間煉獄にいた。⑭一人の司祭はいろいろの無駄な心配のため七ヶ月間煉獄にいた。 ⑮ある婦人は、不忍耐を償うために九ヶ月間煉獄にいた。⑯あわれな貧乏人は、最後の病気の時、天命によく忍耐したので、ただ一瞬間だけ煉獄にいた。⑰ある高位の人は、三十年間正しくない生活を送った後、司祭を呼んだが間に合わなかったので、臨終(終油)の秘蹟を受けられなかった。しかし臨終の時罪を非常に悔んで世を去った。そして煉獄に五百年苦しむ宣告を受けた。あまり危険であるため真似の出来ないこれらの例は、また私たちにとって大きな慰めとなる。すなわち大いなる罪人の救霊について、天主の限りない慈悲を失望してはならないのである。

(こういう人々が煉獄へいった)1896年ベルジュムのテルモンズ町でパウロ修道士は高徳をもって死んだ。かれの生涯は不思議な出来事で飾られているので、その内の煉獄にかかわる二・三を次に記す。㈠1894年テルモンズ町である人は、恐ろしい事変の犠牲者となって死んだ。パウロ修道士は彼についていった「この人は無宗教で一度も聖堂へ来た事がなかった。しかし死の一瞬間に、一生涯の罪の償いとして、自分の生命を天主に捧げたから地獄より助けられ、煉獄に入れられた」。㈡ある無宗教新聞を読んでいたものが死んだ。その妻は、それを読まなかったが相変らずそれをとっていて、しばらくして死んだ。パウロ修道士の言葉によれば、この婦人は、ただその家に無宗教の新聞を入れるのを許したために、長く煉獄にいなければならなかった。㈢ある婦人が、長い病気で苦しんで亡くなった。その娘はパウロ修道士に尋ねた。「私の母は厚い信仰をもって、あのような苦しみを耐え忍んだから、まっすぐ天国にいったでしょうか?」「あなたの母は自分の子を甘やかさなかったならば天国に入れたに違いないが、今は煉獄に苦しんでおります。お祈りなさい」。 ㈣アンベル町の一人の娘は、ちょっと前に、死んだ自分の兄のためにお祈りを願った。パウロ修道士は「あなたの兄さんのためによく祈りましょう。この土曜日に煉獄から助けられます。聖母のおたよりによれば、毎土曜日に御自分(聖母御自身)が煉獄へおいでになります」。”神父、マリアは御自分であなたにそうおっしゃったのですか?“ 「そうです、マリアは御自分の祝日ごとに煉獄へおいでになり沢山の霊魂を助け、また他の者をお慰めになるのです」といった。

兄弟のように仲のいい二人の修道士がいた。この一人は急病にかかって、この世の光に目を閉じる数時間前に幻を見た。守護の天使が彼に現れて「確かに霊魂は救われるが、彼のために一つのミサが立てられるまで、煉獄にいなければならない」と知らせた。病人はすぐに友だちを呼んで、天使からの告げを知らせ、死んだらすぐ御ミサを立ててくれるようにと願った。友は涙にむせびながらその約束をした。翌日病人は死んだ。その友は時を移さず祭服をつけ祭壇にのぼって一心にミサを捧げた。終って祭具室にかえり祭服を脱いだ。そこえ死んだ友は光明に照らされて現れ、不満らしい声で言った。「私の兄弟よ、あなたの愛はどうなったのか煉獄の火の中に一年余り私を捨てて、誰も私を記憶せず、私を助けるべき一つのミサも今日まで延ばされたとは!」。友はびっくりして言った。「本当に、あなたは私を驚かしています。あなたがこの世の光に目を閉じるとすぐに、私はただちに約束を実行して、今祭壇からかえったばかりです。あなたの霊魂が肉身を離れてからまだ一時間たっていません」と。

ある修道士は死後あらわれて、煉獄の三日は十年より長く思われたといった。またある修道士は、夜明けまで煉獄にいて、五十年間苦しんだと思っている。煉獄の苦しみを軽ろんじていた者は、幻の中で、とにかく突然に煉獄に投げ入れられて十五分の後に叫んでいう。「助けて下さい。助けて下さい。数年前からここで苦しんでいます」。

聖アントニオのいうところによれば、ある悔い改めた罪人が、長い間病気にかかっていたので死ぬ事を天主に願った。すると天使が彼に現れて言った。「あなたが、今死んで三日煉獄にいるか、または二年間この病気を耐え忍んで、まっすぐ天国にいくか、二つのうちの一つを選びなさい」。病人は迷うことなく煉獄を望んだ。しばらくして天使が訪問すると病人は「私はこの煉獄に三日おればいいはずであるのに、もう数年間ここにおります」と言った。すると天使はいう「いや!あなたはここへ入ってまだ一時間もたっていません」「私はおろかな願いをしました。出来る事なら、また人間の世界へ帰るのを許して下さい。一番苦しい病気を何年でもよろこんで耐え忍びます」。彼の望みは聞き入れられた。病人は煉獄の大きな苦しみを記憶して、ただ忍耐したばかりでなく、大きなよろこびを得えたという。

聖アウグスチノは「煉獄で一瞬間うける苦しみは、鉄架の上で殉教された聖ラウレンティウスの苦しみよりも恐ろしい」と言っている。

8・煉獄における苦しみの階級

難しいこの問題について、私たちの浅い知識は明瞭に答えることが出来ないと正直に告白するほか仕方がない。しかし、少しは答えることができる。まず煉獄をまったく地獄のようだという事は公教会において禁じられている。天主がその義をもって天国に行くべき霊魂を潔める時にも、その霊魂にとっては限りない慈悲深き御父である。また多くの魂は肉体を離れる前に罪の償いを大部分果たす事が出来るから煉獄で果たさねばならない償いは、それぞれ違う。

さて失脚の苦罰、すなわちしばらくの間、天主を見る事が出来ないという事は煉獄にいるすべての霊魂に対して例外がない。煉獄の霊魂が非常に天国を希望している事と、失脚の苦罰の程度が少しも減らないこの苦しみは、とても言葉にいいつくす事が出来ない。次に重要なことは、火の苦しみである。

煉獄の苦しみの階級は次の三つに大別される。⑴聖職者、修道者、また世間に暮らしたものでも一心に悪をさけ、善を行うのに力を尽くし、天主の十戒、聖会の六つの掟、また自分の職務を忠実に果たし、何よりも大罪を恐れてそれを避けた人たちである。彼らは不注意または意志の弱いため時々小罪を犯すことがあるが、しかし福音におけるいろいろの務めを熱心にまもり、天主の栄光と他人の救霊のためのみに生活した人たちである。⑵次に、怠惰で気が変りやすく、祈りを怠り、雑にし、時々日曜のミサに授かり、天主の御名を汚し、義と清浄潔白を破る。彼らは注意しないといけない。他人に与えた損害を早くかえし、苦業と改心をしないならば、死ぬときに罪の赦しを受けて後も、天主の義に対する重い負債を見て驚くに違いない。彼らに対して天主の義は復讐するのである。 ⑶臨終にあたって改心したもの、放蕩に生涯を費やしたもの、わざと天主から離れ、あるいは抵抗して生活したもの、一生涯の大部の間、大胆にも天主の掟を破り、また大切な務めを踏みつぶしたもの、天主の限りない慈悲によって、彼らは終りの一瞬間に悔い改めをした。しかし、償いをする暇がなかった。彼らの苦しみは、とても恐ろしいであろう。渇いた者が水を飲むように、彼らは不義を飲んだから、煉獄においても火を飲まねばならない。聖アウグスチノが「この世において受けられるすべての苦しみより、煉獄の火は厳しいであろう」といった言葉は、彼らのために適当である。天主の恐るべき義、赦されても厳しい大罪の重い事、小罪の悪いこと、悪業の不潔な泥の底より、聖人が選ばれて、煉獄でしばらく清められて後、彼らの前に天国の門を開く天主の深い慈悲、ああ奥義、奥義、神秘の神秘なるかな。

9・煉獄の霊魂の喜び

煉獄については、主にその激しい苦しみだけが述べられる。そこにおける喜びを説明するのは珍しい事である。けれどもこの喜びは死者のためにも、生者のためにも立派な教訓となる事である。

(成聖の聖寵)私たちはこの世に在る間、愛に価するか、恨みに価するかを誰も知らない。煉獄の霊魂は成聖の聖寵をもっている。そして疑いなく天主様の御心にかなっている事を知っている。煉獄の霊魂は天主の美を反射させるその忠実な鏡であるから天主の栄光は永遠に現れる。煉獄にある一番美しくない霊魂でも、それ自身物質の世界のすべてのものよりも価値がある。ジェノワの聖カタリナは、自分の聴罪司祭に「神父様、もしあなたが成聖の聖寵をそなえている一つの霊魂を見る事が出来るならば、自分の救霊のために、あらゆる苦しみ、恥辱、艱難を渇望するに違いありません。この恩恵を受け、なお保つためには、一度でなく千度でも死ぬ事を望まれるでしょう」といった。

煉獄の霊魂は非常に苦しむ事は間違いない。しかし、甘んじてこの苦痛を耐え忍ぶ従順と忍耐と安心のために、言葉に尽せない苦しみの中に形容の出来ない楽しみを加える。苦しい監獄においても愛と成聖の聖寵によって天主と一致している為、その苦しみが自らを天国に価するもとする事を知り、苦しみを非常に渇望するのである。

(永福の確実)私たちは天主を愛するが、罪によって、その愛を失うという恐れを始終いだかねばならない。 聖テレジアはいった「主よ、私は今日あなたに背くかもしれません。どうか私を信用しないで下さい。このわざわいに会わないように、力ある聖寵をもって、私を助けてください」と。

名高い神秘学者フェーバー師は「この世のはかない、変わり易い楽しみを受けるより、私は確実な住居である煉獄の一番低い場所を好む」といった。

煉獄にいる善人が互いに慰め会う事は、私たちの想像以上であろう。あとから入った霊魂は前からそこにいる者に戦闘の教会の新しい便りをもっていく。聖アウグスチノの説によれば「人間界において、自分達を助けるために祈り、善業を天主にささげた兄弟達の名を知らせるのである」。また一方において煉獄の霊魂は疑いなく、天使達、とくに自分の守護の天使の訪問を受ける。ローマの聖フランシスコは二人の霊魂が煉獄に下ると、その守護の天使は中まで案内する。そして魂が潔められるまで入口の外にいて、たびたび見舞い、慰め、生きて居る者から捧げられる祈りと善業をあつめて、天主の義をなだめるためにこれを捧げ、また苦しんでいる霊魂をもてなすのである」といっている。

10・煉獄の霊魂に対する信心

天主は無限の万徳をそなえておられる。しかし涙の谷であるこの世において他の徳、たとえば「義」よりも、天主の慈悲は、より明らかに現れている。煉獄の霊魂に対する信心は、私たちが煉獄の霊魂に与えるのと同じように天主の慈悲を私たちに受けさせ、また天主の聖心にかなうのである。なぜかといえば、一時も早く天国の門を彼らの前に開くということで、私たちは天主にお手伝いをし、その協力者となるからである。聖トマスは「聖となった一つの霊魂は全世界のすべてのものよりも天主の光栄を尊ぶ」といっている。福者ビアンネはいう「たいへん小さいものである私たちが、天主の気に入られる事が出来るとは、ああ、どんなに美しいことか」と。公教会は煉獄の霊魂を助けることについて、私たちに模範を示している。それはミサ聖祭、聖務日祷、葬儀などいろいろの式をもって、死者の霊魂のために祈ることである。 また公教会は、私たちを励ますため勢力ある保護者を私たちに示している。すなわち天国にいる諸聖人、天使の頭である聖ミカエル、煉獄の保護者である聖ヨゼフ、天地の元后である聖母マリアは、私たちの祈りと苦業とを天主に取次いでくれるのである。小さき聖テレジアは「私は死ぬのではない、生命に入るのです。この世においてあなた方に述べられない事を、私は天国から、あなた方に悟らせましょう」といった。十九世紀の修道士ミレリョ師は「私は煉獄のために働きます。そして確かに天国へ入れられると思います。私の苦業、祈り、贖宥など皆、煉獄の霊魂のために捧げます」といった。フェーパー神父はいう「煉獄の霊魂に対する信心は超自然の中心であって、他の信心は皆ことごとくそれに向っている」と。ジョゼフ・ド・メストルは「煉獄は常識の一か条である。天啓によってではなく、道理をもってわかるほどの真実の箇条である」という。

(わたしの娘は天主を見ている)信心深いヅポンの娘ブリエトは感冒にかかって重くなり臨終は刻々と近づいた。父は娘の手をとって感激にみちた信仰をもっていう。「キリストを信じる者よ、この世を去れ、天主に背くこの世にとどまらず、天国に行け、死は生命であり世間は死である。天主のそばにいって『私たちはただその聖心に従うつもりである』ということを知らせなさい。たしかに私の心は砕かれるほど悲しみに沈んでいる。それは今、産みの苦しみを受けているからである。今日私は天国のためにおまえを出産するのである。天主様の御前でまず私と母のためにお祈りなさい。それから親戚、又お前を教育してくれた修道女の方々それからお前にいろいろの世話をした人々、お友達のために祈りなさい」。娘は無言で聞いていたが、深く感じたらしくうなずいていた。皆涙にむせんで、死の苦しみが始まった時、父はあいかわらず安心な顔をして一心に祈り続けた。呼吸がきれた時父はドクトル(医者)に向って「ドクトルよ、私の娘は天主様を見ているのです」と言った。そして超自然の喜びに満たされてマグニフィカト(感謝の歌)を唱えた。これこそ信者の理想である。その父は涙にむせびつつ隣室に待っていたものにこの美しい悲しみを伝えて言った。「私たちは希望なき者のように悲しみに沈んではなりません。私たちは天主のためにこの世に作られ、かれを認め、愛し、これに従い、ついに天国において一緒に居るのが人間の目的である。私の娘はその目的を果たした。なんで悲しみましょう」。棺が墓に下される時に、父はその上に十字架のしるしをし、感激したらしく言った。「可愛い子よ、さようなら、天国でまたお目にかかりましょう………動かない死骸が太陽のように輝く時は来る。死者と私たちとの縁は切れていない、ですから私たちは始終これを助ける為にお祈りをすればいいのである」と。

(安心出来ない最期)悔い改める暇がなくて、そのまま死ぬものの救霊はどうなるであろうか?これは私たちを悩ます問題である。しかし天主は慈悲深い。ダンテは神曲のうちにいう「わずかの涙でも、地獄から霊魂を救うのに充分である。天主は一生涯の間、人間の上に、自然と超自然との恵みを雨のように降らした。その終りの一瞬間には、救世事業が無駄にならないように以前よりもいっそう力を尽してこの憐れな霊魂を聖寵で照らされる」。イノセント三世は「すべての人は、この世を去って永遠の審判者の前に出るとき、十字架につけられたイエスの幻を見る」と言っている。その時人間は、善と悪とのどちらかを選ばねばならないが、その時、今まで改心の防げとなっていた肉欲、偏見、人に遠慮するなどの事はまったく消え失せている。だから真理を見、天主の愛と自分の忘恩を感じて、完全な痛悔をおこし、以前の大罪人も、突然、天主の愛子となる事が出来る。キリストの右の十字架にかけられた盗賊の改心は、その確かな証拠である。人の臨終の一瞬間に、イエス・キリストが現れるという事は、聖人伝の中にも珍しくない。聖グレゴリオの伯母タルシラは臨終の時、そばに居る者にいった。「お帰りなさい、お帰りなさい。今イエス様が私を迎いにおいでになった」と。名高いクルニー修道院の修道士ツルキルは臨終にあたって「イエス・キリストとその従順な群を見た」といって息絶えた。同じクルニーの修道士カルジナル・マチュは臨終にあたって言う。「私はこの夜中に死者のうちにいた。イエス・キリストの御前に出で、聖母マリアを見た。私はその足もとの場所を与えられ、そこで永遠に休みましょう」。

聖女ゼルツルダはイエス・キリストが次のように仰せられるのを聞いた。「生涯の間に、時々私を思い出したもの、あるいは善業をしたものに、私はその臨終にあらわれて、私の限りない親切と愛と善とを見せずには居られない。彼らはそれを見て、心の底に悔い改めの念をおこし、救霊を得るのである」と。私たちは、これによって天主に感謝すべきである。どんなに救霊が疑がわしい場合でも、希望をもってお祈りする事は、天主の無限の慈悲にかなうのである。

外面に一つの「しるし」がなくなったとしても、人体組織の奥に生命は残っている。表面の死、すなわち隠れた生命は、長い病気のあと、少なくとも一時間、特別の事変または即死の場合は三時間から十八時間、また時として数日間続く、だから死者のそばに居る者は、このイエス・キリストが現れて、死者の永遠の運命の定まる間しばらく一心に祈るがよいのである。

ある日、一人の貴婦人が涙にむせびながら聖ビアンネのところに慰めを受けに来た。それは、その夫が川に飛び込んで自殺したためであった。慈悲深い目をもって司祭はこの婦人を眺め、霊感に照らされて言った。「鉄橋の上から水面までの距離は長かった。あなたの夫は、飛びながら完全な痛悔をおこしたので今煉獄にいます。御安心なさい。そして沢山のお祈りをなさい」。ある時、聖ビアンネ霊父のもとに見知らぬ婦人が泣いて来た。そして「私の夫は別段悪い人でありませんでしたが、宗教上のつとめを怠りがちでした。ところが数日前急病にかかって突然世を去りました。救霊がたいへん不安なので、それが何より悲しいのです」と訴えた。神父は彼女を慰めていった。「お悲しみはごもっともです。しかしあなたは、御主人が五月の毎日曜日、聖母に花束をお捧げになった事をお忘れですか?」。婦人は驚いて言った。「ええ、五月に夫は毎日曜日、田舎へ散歩に出た帰りには、必ず道端の草花をつんで、愛らしい花束を作り、これを自分の家の聖母の御像の前に捧げていました。しかしその事は誰にも話した事もなく、自分でさえも忘れてしまっていたところです。どうしてビアンネ神父様が御存知なのでしょう?」。神父はさらに言葉を続けた。「天主様はあなたの熱心な祈りを聞き入れ、御主人が花束を聖母の御前に捧げてこれを尊敬されたため臨終の際に痛悔の恵みをお与え下さいました。救霊について心配はありませんが、早く煉獄から救う為にお祈りと善業をしなさい」。

(霊魂分離の瞬間の秘密)ハルトマン神父の母は、ユダヤ人であった。公教会へ帰正する事を頑強にこばんでこの世を去った。ハルトマン師は非常に悲しんだが「憐れむべき母は死んだ。母は救霊について私は懸念に耐えない。しかし母の改心のため自分が行い、又他人にしてもらった祈りを思い出せばここに希望の光が生ずる。霊と肉とが別れる瞬間彼女と天主との間に、いかなる事がおこったかわからない。外面の有様から論ぜず、ただ天主の深い憐みによりすがるほかない」と言った。神父が母のために捧げた祈りは無駄ではなかった。しばらくの後、母の救霊について喜ばしい訪れを得て全く安心するようになった。

ド・ラビニャ神父の義兄弟エクスマンス元師は教えを守らなかった。ところがある日落馬して即死した。以前に告解の約束をしていたが、その時間がなかった。けれども、その日、いつも霊感を受けていた一人の者は心中に次の言葉を聞いた。「私の慈悲の奥深い事を誰が悟るか、海の深さ、またそれに満ちる水を知るものがあるか、人の知らないものの中に救われる霊魂は沢山ある」と。

(決闘者の救霊)十七世紀の頃、聖母訪問会に、謙遜で徳にすぐれたマリー・マルチギアという童貞は天主から黙示によってサボア国の宮廷にいたときによく知っていた皇族シャルル・アメデ・ヌームル太公がその義弟と決闘し、相手の剣にさし貫かれて死去された事を知った。院長はこれを聞いて、太公が救霊を得たか、どうかを疑った。するとマルチギアはいった「臨終の時、太公の智恵は聖寵に照らされ、電光のひらめくようなとっさのあいだに悔い改める時間が十分にありました。決闘するものは永遠の死を受けるのが当然ですが、太公のため祈りと犠牲を捧げたある者によって、天主の正義がなだめられ、その憐みのもとに助けられました」。オルレアン公爵は馬車の恐ろしい事変による犠牲者と なった。信心深い母マリア・アメリ皇后は息子の霊魂の夢を思い出してド・ラビニヤ神父にその悲しみを打ち明けた。司祭は言う。「この世の最後の呼吸をする時、天主の聖寵と人の魂の間には、少しの防げはありません」。

(死刑囚十字架に接吻)小さき花のテレジァはその自叙伝に次の一節を書いている。「ある日、私はブランジニという大罪人がいろいろの重い罪の為に死刑の宣告を受けましたが、それでも痛悔の念をおこさず、永遠の罰の事も、考えていないという話を聞きましたので、どうにかしてこの憐れな最後、とり返しの出来ない不幸の道に入る可哀想な霊魂を助けたいと思いましていろいろとその手段方法を考えました。けれども私一人の力ではどうする事も出来ません。それでイエス様の限りなき功徳と、諸聖人の功徳とを捧げて、その助けを願いました。そして、私のこの願いは必ず聞き入れて下さると深く信じておりました。しかし、なお続いて他の憐れむべき霊魂を立ち帰らせるために働きたいと考えていましたから、その勇気を与えて頂くために、次のようなお祈りを致しました。「主よ、私は主が不幸なるブランジニの罪を赦して下さるという事を確かに信じます。もし彼が死刑を執行される前に告白を致しませんでも、また痛悔するという事を言い表わしませんでも、私は主の限りなき慈悲を深く信じておりますから、必ず彼を赦して下さるという事を疑いません。しかしこの者は、私が改心を願う最初の罪人でありますから、どうかこの為に私が慰めを得るよう、彼が痛悔の念をおこしたという一つのしるしを与えて下さるよう、お願い申し上げます」。私の祈りは聞き入れられました。彼の死刑執行の翌日、 新聞に次のような記事が出ておりました。”……とのブランジニは告解もせず絞首台にのぼったが、今や役人がその命を断とうとする時、彼は何かを感じたように、急に頭をふりむけて神父がそばに捧げていた十字架を眺め、急にこれを手にとり、三度その手足の御傷に接吻した……。“私はこれを読んで、急いでその場を去らねばならぬ程の深い感じに打たれ、熱い涙を流しました」 。

(失望してはいけない)ユダヤ人の血を受けてはいるが、その徳業と智識は修道女院第一といわれている修道女がパリにいた。彼女は二十才頃に公教信者となったが、娘がユダヤ教を捨てて公教信者となったと聞いた母の怒りは非常なもので、愛の反動により引き起こされた脅迫的防害の矢を、自分の娘の身にさんざん射付け、この教(ユダヤ教)を捨てたものを取り返そうと、いろいろ策略をめぐらしていた。洗礼を受けて後、日も浅いこの娘は熱心に母の改心を祈り、犠牲を捧げた。けれども、その効果は少しもなかった。娘は母の改心のために身を捧げようと二十五才の時修道院に入った。自分の子が真心を尽す程、母の憤怒は増す。この心戦は二十年間継続した。この孝行な娘の所へ、ある日「母が突然死んだ」という悪い知らせが来た。娘は嘆いて半狂乱のようになり、手紙をつかんで聖堂にかけ入り、聖体の御前にひれ伏して泣いた。そして「私の主よ、私の二十年間、母の改心のため、熱き願いを捧げ、涙を流したむくいはこの知らせですか?」といって今までした苦業の大略を数えあげ、「これらの事がまったく無駄になり、母は地獄に落ちた」と身をもだえて嘆き泣いた。その時、聖櫃の中から厳しい声が聞こえた。「あなたは、それについて何を知ることができるのか?」。彼女は威厳に打たれて、ひれ伏した。するとまた「あなたの不信仰をとがめると共に、あなたを慰めよう。あなたの母は臨終の苦しみのうちに『天主よ、私は悔い改めます、私の子の奉じている宗教に希望します』と心の底から痛悔して世を去った。彼女はしばらく煉獄にいる。永遠の幸福を得させるために、あなたは常に祈りなさい」とのお声であった。この修道女の長い年月の悲しみの涙は、たちまちに喜びの涙に変わり、深く天主に感謝した。

ここに一言付け加えたい事は、ある犠牲がまだ捧げられないうち、または捧げ尽されていないうちに、ある者が死んだならばそれは救われないか?という疑問である。諸聖人の通功と、天主においては過去も未来もなく、すべてが現在である事を考えれば、天主は耐え忍んだ艱難や祈願の功を保留しないばかりではなく、まだ実行されていない善業、苦業も予知されて、恩寵をくださるのであるから公教会の秘蹟を受けずに、すでにこの世を去った親、兄弟、友達の助かりのために、祈りと犠牲とを捧げる事は徒労ではない。これは私たちにとって感服すべき深く尊い愛である。天主は、将来になされるイエス・キリストの御死去の功力によって、聖母マリアを原罪から逃れさせた。イエス・キリストは、ゼルツルダが後になす祈りのために罪人に改心の恵みを与えられたという事を、主自ら聖女に告げられた。

数年前パリのある家の子が、恐ろしい事情のために頓死をした。母は失望のあまり二昼夜の間家の中を転び回り「ああ、私の子よ、憐なものよ、地獄の火に落ちた。永遠に苦しめられたか」と泣き叫んだ。人々は見るに耐えられなかった。もう一つの例、ヌベルサイユ教区のある教会で一人の子供は勉強(公教要理)が充分でなかったので、初聖体を受ける事を延ばされた。子供は従順に従ったが母親は外聞が悪いというところから、無理に他の子供にまじって聖体を受けさせた。すると子供は痙攣をおこし、神父の慰めをこばみ「地獄に行く、永遠に苦しむ」といって息絶えた。この二人の者は、確かに地獄へいったか?実際はわからない。臨終の時天主と罪人との間には、人智を越える多くの秘密がある。限りない愛をもって人間を創り、聖子の血をもって私たちをあがない、その救霊を、何よりもお望みになる天主は、特に臨終の時に改心に必要な聖寵をくださる。公教会は、個人に対して彼は地獄に落ちたと断言する事を許さない。この宣告を下すのは、ただ天主のみである。みだりに地獄に落ちたと言ってはならない。今から八十年ばかり前、グレゴリオ十六世の時、パロッタという聖徳のほまれ高い神父があった、死後列福調査が始められたが、かつてこの神父は、死刑囚を改心させるために断頭台にのぼった事があった。その時罪人は天主を侮辱しつつ死んだので、神父はその首をつかんで高くあげ雷のような声で「見よ。地獄に落ちしものの顔を見よ。諸君」といった。このことが知れて福音の尊号を贈る事はやめになったとの話である。それはいかなる場合にあっても、確かに地獄に落されたと断言するのは不当であるという事である。

私たちはこれらの人々のために、天主の憐みを祈るべきであるが、天主が臨終に悔い改めの時期を与えるからといって改心を延ばし、救霊を得ようとするのは、炎の中から氷を求めるようなものである。聖アウグスチヌスはいう。「二人の内一人は救われた、希望しなさい。一人は地獄に落ちた、恐れなさい」と。聖フランシスコ・サレジオは「信仰を得るのは人間の価値からではなく、聖寵によるものであるように、信仰を耐え忍ぶという事も、その価値以外の聖寵によるものである」という。

(他人に対する愛)煉獄の霊魂を助けるものは、愛の徒を果たすものである。それは万事に越えて天主を愛し、その聖心にかない、その栄を表わす事を目的とする。そしてまた永遠の幸福を待ちかねている一番憐れな者を救うからである。聖トマスは言っている。「死者のために祈るのは、生きているもののために祈るよりも、天主はお気に入る。死者は自分の為に何も出来ないからこれを助ける事は非常に必要である」と。

(救霊の確かなしるし)イエスの聖心に対する信心のあるもの、聖母マリアのスカプラリオをつつしんで持っているもの、毎日熱心にロザリオの一環、あるいは一部分を唱えるものは、地獄へ落ちる事はないが、救霊を確かに得るためには、これにもう一つ、煉獄の霊魂を慰めるという事を加えねばならない。

(この信心の特性)罪人の祈りと善業とが、煉獄の霊魂を助けるのに無効ではないが不完全である。成聖の聖寵をもった天主にかなう者の信心でもって始めて完全となる。なおこの信心は絶えずなさねばならない。もし真に死者を愛するならば、彼らと共に暮らし、その霊魂を慰める一つの場合をも逃さない筈である。煉獄の霊魂に対する信心は一般的でなければならない。すなわちその愛はアダムの一般の子孫に広げられて、全世界に及ぶものでならねばならない。区別をせず、一人も除外せず、一般の死者のために祈るのは、公教会の望むところであり、また実行しているところである。死者の記念日が定められているのはその証拠である。公教会は公けには信者のためだけに祈るが、私たちは個人として全世界の死者また未信者のためにも祈らなければならない、彼らの内に、善意をもち、また天主に対する忠実をもって死ぬものも少くはない。

11・煉獄の霊魂を慰める方法

(御ミサ)天主に対する最上の祈りであり、また煉獄の戸をあける金の鍵であるもの、それは聖体の犠牲すなわちミサ聖祭である。ああ、御聖体(ホスチア)!全能なる天主も、これ以上のものを私たちに下さる事は出来ない。イエス・キリストは御死去の前の夜の晩餐の時、パンとブドウ酒を御自分の御体と御血とに変化させ、また世の終りまで人々の霊魂の糧として与えるため、その権利を司教司祭に与えられた。それ故、地球のどこかで捧げられているミサの価値は少しも変わることはない。世界中の司祭は、毎日1度はミサ聖祭を捧げるが、そのとき捧げられるイエス・キリストの御血は、その御父の御前に私たちの罪の許しと煉獄の救霊とを願っている。聖グレゴリオはいう「ある煉獄の霊魂のために、ミサが捧げられている間、その霊魂の苦しみは全く中止されるか、または少なくともかなりゆるめられる」。聖イエロニモは言う。「煉獄の霊魂のためにミサが捧げられれば、その間は、彼らは少しも苦しまない」。聖トマス・アクイナスはいう。「煉獄から救う一番早い方法はミサである」。聖ヨハネ・ダ・ビラの臨終の時、そばについていたものは尋ねた。 「あなたが死んだ後、何をすればいいでしょうか」。 「御ミサ、ミサ、御ミサを頼む」と聖人は答えた。金口の聖ヨハネはある日、ミサの間に祭壇のカリスの中から、天使たちが金のスプーンでイエス・キリストの御血をくみ、それを煉獄の霊魂たちの上に注ぐので、彼らがだんだん天主に近づくという様子を見た。これはほんの少しであるが、美しいミサの功績のかたどりである。

(放蕩の婦人)ロ-マにおいて1人の放蕩な婦人は、青年を堕落させて快楽にふけっていた。自分の救霊など少しも気にしていなかったが、時々煉獄の霊魂のためにミサを捧げてもらう習慣をもっていた。ある時この婦人は急にそのいやしい生活が嫌になり、今まで犯していた罪を恐ろしく思って痛侮して告解し正しい生活に入った。煉獄の霊魂が恩人のために祈ったからであろう。しばらくの後、この女は感動すべき最後をとげた。イエス・キリストは、自ら聖女メクチリダに「生涯の間に謹んでミサを拝聴したものは、臨終の時、悪魔の罠にかからないように聖人達と天使達の保護を受ける」とおおせられた。教皇ベネディクト15世は霊感をうけ、1921年5月31日「よき臨終の会」の会長に次のように書き送られた。「ミサの功徳は死後よりも生存中の方が大きい。それは死後よりももっと直接で確実である。ミサは私たちに信仰の恩恵を与えるが、それはまた、この世において天主のお怒りをなだめる最も適切な方法である。それは全くではなくとも煉獄の償いの大部分を減らす。ミサは存命中に立ててもらう方がより効果的である」と。もしも私たちが地獄に落ちてしまったならば、そのあとでミサを捧げても何にもならない。救霊については、人に頼むよりも、まず自分で心配しなければならない。良い最期をとげられるように、存命中にミサを捧げてもらうべきである。聖アンセルモはいった「在命中にたててもらい、あずかる一つの御ミサは死後にたててもらう千の御ミサよりも有益である」と。(怠った7つのミサ)1859年の9月18日から11月19日までの間、毎日午前11時から正午、夜の12時から2時まで、ベネディクト会の一修道士が、ヴィンセンシオ会の一修練者に現れて言った。「私は立てねばならない7つのミサを怠ったため、70年前から煉獄に苦しんでいる。11年毎に7度、7人の修道士に現れたが無駄であった。今度も聞き入れられなければ11年後にもう1度現れなければならない。どうか私のために7つのミサをあげて下さい。そして7日の間、まったく沈黙を守って黙想し、33日の間、裸足になり、両手を広げて十字架の形になってダビデの詩篇の第50「ミゼレレ・メイ」を1日に3度唱えて下さい」と。死者の願いは11月21日から、12月25日までに全て果たされた。すると最後に捧げられたミサの後消え失せて見えなくなった。

(聖ビアンネの祈り)聖ビアンネは非常に愛していた友人が煉獄で苦しんでいるという事を知った。そこで彼のために御ミサをたて、聖体奉挙の時ホスチア(御聖体)を捧げながら言った。「聖にして永遠なる父よ、交換致しましょう。あなたは私の友の霊魂を煉獄にもっておられますが、私は今、私の手に、御子イエス・キリストの御身体をもっております。限りなき、憐れみ深い御父よ、私の友人の霊魂を助けて下さい。その代りに、私は御子イエス・キリストの御苦難と御死去の功徳をあなたに捧げます」。この祈りは聞き入れられた。司祭は聖体拝領後の祈りの間に、友人の霊魂が栄光に満たされて天国へ昇るのを見たのであった。ある日、ドミニコ会の福者スウゾーに、死んだ一人の友人が現れた。そして福者が自分のためのミサをあげてくれない事を大変嘆いた。福者はあやまりながら、その代りにいろいろな善業をした事を答えた。すると死者は「御ミサ!御ミサ!御ミサがなければ、私は十分な慰めを得られない。約束どおり御ミサをあげて下さい」と叫んで消え失せた。

(感心な親孝行)安南の国のある貧しい家の娘は、洗礼を受けて間もなく母に死なれた。14才のこの娘は、労働して1日40銭の日給をもらって、自分と二人の弟を養っていかねばならなかった。母が亡くなって一週間後、この娘は母の御ミサをあげて貰いたいと80銭の通貨をもって来た。神父は承知して、どうしてこの金を得たかと調べて見ると、三人の兄弟が母の霊魂を慰めるために一週間大斉を守り続けた事がわかった。ミサの問題を終わるにあたって、煉獄の霊魂を慰めるために公教会が昔から用いている特別の功徳ある方法を述べよう。

(聖グレゴリオの30度のミサ)聖グレゴリオはある日、自分の死後は煉獄の霊魂を助ける事が出来ないと考えて、悲しみに沈んでいた。するとイエス・キリストは、彼に現れて、次の約束をされた。「友よ、私は、あなたに特権を与える。すなわち煉獄の霊魂のために、あなたの記念として30日続けて30度の、ミサが立てられるならば、その霊魂がどれ程重い負債をもっていても、すぐに助けてましょう」と。 その時から、30日間続けて、同じ霊魂のために30度のミサを立てる習慣が公教会に広まった。この尊い習慣はまずベネディクト会に始まって、今でも忠実に守られている。すなわち1人の修道士が死ぬと、30日続けてその霊魂のためにミサが立てられ、本人の代りに、その場所には木の大きな十字架が置かれる。そして食物を貧しい人に施す。この善業が天主のお気に入るという知らせは時々あった。イタリアではこの信心が大変盛んであり、欧州戦乱後、この習慣は各国で盛んになった。一言で言えば、グレゴリオの30度のミサは、同じ死者のために、30日続けて、30度のミサを立てるのであって、司祭、祭壇、聖堂は、違ってもかまわない。御復活前の聖木曜、聖金曜、聖士曜の3日を除いて、もし頼まれた司祭がうっかりして1度でも怠れば又、あらためてやり直す重い責任をおびるので、普通のミサのお礼の2倍又は少なくとも1倍半することになっている。

(聖体拝領)煉獄の霊魂を慰める最上の方法はミサであるが、この次には聖体拝領である。聖ボナンツウラは「ミサを除いて、聖体拝領は最上のあがないの事業である」と言う。 聖体拝領者は、自分の心に全能の天主の御子イエス・キリストを受けている。故にいくつかの煉獄の霊魂を助けられるに違いない。

(福者ルイ・ド・プロワの友)福者の記すところによれば、その一人の友は煉獄の霊魂の訪問を受けた。この霊魂は十分な覚悟をしないで不熱心に聖体を受けたため、煉獄で火の苦罰を受けていた。そして友に向って言った。「親友のことを思い、出来るだけ熱心に御聖体を受けて下さい。そうすれば私の冷淡は皆償われます」。その願いの通りにすると、死者は光栄に輝いて感謝して消えた。ある童貞が福者の部屋に入っていくと、福者はそれをとめて言った。「お帰りなさい。この布の上の聖なるものにさわらないようにしなさい。それは天使がもって来た御聖体です」。童貞はびっくりして言った。「どうしてそんな事が出来ましょう」。すると福者は「ある罪人が、うわべだけ改心して御聖体を受けた。それが口にまだ残っているうちに、その霊魂は地獄に落とされた。汚れた口に御聖体を置くのを好まないので、天使はそれをここに持って来ました。これは存命中御聖体に対して厚い信心をもって居ったが、今まだ煉獄にある一つの霊魂を慰めるため、私が明朝拝領するように命じられたのです」。私たちも聖体を出来るだけ熱心に受けるようにせねばならない。

(ミサ拝聴)肉眼には見えないが、私たちの父母や兄弟、友人などは火の他に苦しんでいる。それをわずかな労苦、たとえば少し早く起きてミサにあずかるというようなことで助ける事が出来るが、実際にそれをする人は少ない。

(母の嘆き)ペリー大学の名高い学者ゼルソン師は、その著者のうちに次の事を述べている。ある憐れな母は死後長く子供から忘れられていたが、天主の許しを得て、彼に現れて言った。「わが子よ、苦しみに会っているあなたの母を思い出しなさい。私が罪の償いを果た しているこの悲しい火をごらんなさい。愛の源である天主様を何よりも望むにもかかわらず、見ることができない事を考えなさい。もしあなたが、私を愛するならば助けて下さい。私の嘆きを聞いて、私の苦痛を憐れみなさい」。

(真実の犠牲)フランスの南のある町に住んでいた信心深い金持の婦人がある日輝いた顔をして神父のところに来て言った。「神父様、私はようやく本当の犠牲を見つけました。御存知の通り私は朝寝が好きです。ところで今度これをやめました。これから私は煉獄の霊魂を慰めるために年中朝五時に起きて一番のミサに来ましょう。辛い事ですが私は初めて本当の犠牲を見つけました」。もしあなたがこの婦人の決心はたいした事ではないと考えるならば、あなたも実行されてはどうでしょうか?

(償いのミサ拝聴)「どうかお父様と私のために、お祈りをして下さい。お父様は日曜日の御ミサも怠ったから」、母はこう娘に言って亡くなった。娘は両親のために祈った。お父さんは16才の時から40才まで、24年間ミサを怠った。1年間に日曜日と守るべき祝日とがおよそ56回、そうすると1344回になる。私はお父さんのこの怠りの償いをしなければならない。それから私(娘)は4年間毎日御ミサを拝領し、聖体を受けた。そして1344回の聖体拝領を終わって、お父さんのお墓にお参りに行くと心の中は喜びに満たされ「主よ、今、私の父に永遠の休息をくださった」という叫びが自然に起こった。ある婦人がミサに行こうとすると、途中家の入口で話しをしている2人の婦人があった。そしてこう言った。「あなたは幸せですこと、私たちは朝に特別に用事があって御ミサに行く暇がありません」。30分の後御ミサにあずかった婦人が帰って来ると、2人の婦人はまだそこで話しをしていた。そしてその婦人は恥ずかしくなって家にかけこんだ。信者の務めをするのは時間のあるなしには関係なく、心のいかんによる。多くの人は天主への務を果たす暇はなくても、これに背くことをする時間は沢山ある。もしイエスが現れて私たちをお待ちになられるというのでしたら、喜んで御前にかけつけるであろう。ところがイエスは毎朝聖堂の中に現れて、私たちを待っておいでになる。祭壇の上に犠牲となられ、私たちに代って御父に拝礼し感謝し、罪をあがない、恵みを願っておられる。実に遠くない所にイエスの尊い聖血は注がれているのであるから、これを拝礼する為に費される時間は百倍に報いられるのである。聖イジドルは、貧しい農夫で人に雇われて生活をしている者であったがそれでも毎朝かかさずミサを拝聴した。天主様はその間天使をつかわして、畑をたがやせて下さった。私たちにはそういう奇蹟を行われる事はないであろう。しかし天主様は全能である故どのようにしても私たちにむくいる事が出来る。イエスはおおせられた。「何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる」(マタイ6・33)。本当に望みがありさえすれば方法はいくらもある。17才になる牧蓄者は、毎朝四時に起きて、牛の乳をしぼり、それから自転車にのって4キロほど離れた聖堂に行き、御ミサ答えをし、御聖体を受け、そして、家へ帰って仕事をするのであった。

(聖体訪問)私たちの住んでいる大都会において、一番堅く、美しく、偉大な事は何であろうか?それは御聖体の内にましますイエス・キリストが絶えず私たちの拝礼と祈願とを待っておられる事です。残念な事に日曜日の他に聖体訪問をする信者はごく少ない。しかし買物のついでにでも聖体の前にひれ伏して主梼文1度唱えるだけでも、どれだけ自分と煉獄の霊魂の為になるか知れない。艱難の場合にもっとも慰めて下さる者は、御聖体のなかにまします聖なる王である。ルィ・パストゥルは研究所に行く時、わざと回り道をして聖エチエヌ・ドュ・モンの聖堂に入り、入口の右側の小祭壇の前にひざまずいて、しばらくお祈りをした。この学者の数多くの発見のもとは御聖体の前にお祈りをした事であった。電気のいろいろを発見したアンペールも同じく聖体を訪問するのを常とした。

(十字架の道行き)2000年前、イエス・キリストは十字架にはりつけられた。その時から多くの信者はこれを記念してエルサレムに行き、その足跡を踏んで、御苦難を黙想し、大きな贖宥を頂いた。17世紀に教皇インノセント11世は始めてフランシスコ会のすべての聖堂に十字架道行きを創立することを許し、その後だんだん広まっていった。教皇よりすすめられた一般の信心のうちで十字架の道行きは第一である。教会の許しで各々の信者の家でもキリストの御像のついている十字架に権利をもっている司祭(叙階されている)が掩祝すれば、聖堂の十字架の道行きと同じ贖宥がつけられ、聖堂へ行けない病人がその十字架を手にもって御苦難を黙想すれば十字架の道行のすべての贖宥が得られるのである。全贖宥と分贖宥とは数えられない程多い。御苦難の黙想は苦業、献身、従順、謙遜、忍耐、改心等を生ずる。ある修道士が天主に祈って「いかにして、あなたを完全に、愛する事が出来ようか?」と祈ったところ、「イエス・キリストの御苦難を黙想せよ」との答えを聞いた。ポナベンッラはいう「善に進み、聖なるものになりたいなら、イエス・キリストの御苦難を考えるべきである」。 聖アウグスチノは言う。「イエス・キリストの御苦難を考えて流される一粒の涙はエルサレムの参拝、またパンと水との一年間の大斉に勝る」。聖ボナンツウラがある日聖トマスに尋ねた。「あなたは何によってそういう深い事を研究されたのですか?」。すると聖トマスは十字架を指さしながら答えた。「書物によったのではありません、あの下で黙想したのです」。聖パウロはコリント前書2・2にいっている「なぜなら、わたしはあなたがたの間でイエス・キリスト、それも十字架につけられたキリスト以外、何も知るまいと心に決めていたからです」。

(福者マリア・ド・チニャ)福者は長い間毎日十字架の道行をして煉獄の霊魂を慰める習慣があったが、だんだんさめてしまい全くそれを怠った。するとある日死んで間もない同じ修道院の一人の童貞が福者に現れ嘆いていった。「我が姉妹よ、なぜ昔のように私と煉獄の霊魂とのために十字架の道行をして下さらないのですか?」。この時イエス・キリストは自ら福者に現れ厳しい顔つきをして申された。「我が子よ、お前の怠りは私を怒らせる。十字架の道行は、煉獄の霊魂のために大きな功徳になる。それを思い出させるために、この童貞があなたのそばへ行く事を許したのである。この祈りの大切なことを他の修道女等に告げなさい。自分たちと死者とのために、これを用いるようにすすめなさい」。 十字架の道行をするに、いつも祈祷文にのせてある定まった祈りをする必要はない。実際には定まった祈りはないのである。10分か15分イエス・キリストの御苦難と主の私たちに対する愛とを考え、私たちの罪を悔み、各留の前にひざまずいてしばらく祈れば十分である。聖堂へ行けない病人は道行の贖宥を受けた(叙階された司祭に祝別された)十字架を手にもって主梼文、天使祝詩、栄唱、を各々20遍(回)、すなわち14留のために14度、イエス・キリストの5つの傷のために五度、教皇聖下のために1度唱えれば十字架の道行の全ての贖宥を得られる。これの出来ない病人は、ただ主梼文、天使祝詞栄唱 を各々3度唱えれば十分である。

(聖母に対する信心、特にロザリオとスカプラリオ)憂う人の慰めである聖母マリアは煉獄に苦しむ霊魂の保護者である。聖ペトロ・ダミアノによれば煉獄から救われた霊魂は一人の友に現れて次のように知らせた。「被昇天の大祝日に聖母マリアは、ローマ中に住んでいる人の数よりも沢山の霊魂を煉獄から助けられた」。ローマの有名な聖セシリアの聖堂である神父が見た不思議な幻について述べてみよう。この神父は死んだ友達のために目を覚されて、この聖堂につれてこられたように思った。彼は聖セシリア、聖アグネス、聖アガタは、他の童貞の群に伴なわれて、聖母マリアの座っていられる立派な玉座のまわりに立っていた。その時、ごく貧しい身なりをして肩の上にだけ、随分価値のある皮絹をかけた一人の婦人が現れ、聖母の足もとに謙遜にひざまずき、手を合せ涙ぐんで、吐息をつきながら二度次のように申し上げた。「ああ慈悲深き聖母よ、ただ今死んで煉獄で非常に苦しんでいるあわれなジャン・パッリジをお救いください」。しかし何も返事がなかったので婦人はなおつけ加えた。「聖母よ、御承知の通り、私は冬の間、ボロの着物をまとって、御身の聖堂の入口でほどこしを願っていた乞食でございます。寒さで身体が震えた時、私は御身の御名によって、ほどこしを願いました、このジャンは自分の肩から皮絹を取って、私に着せました。ああ、聖母よ!あなたの御名によって行われたこの事善の業は、賞を受ける価値があります」。聖母は愛に満たされた目付で婦人を眺めながらいわれた。「お前を助けたこの人はたくさんの重い罪を犯したので、長く恐ろしい苦しみの宣告を受けたが、貧しい人に対する慈悲があり、また私の祭壇を飾る習慣があったから、許してあげましょう」。聖母の命令で、パッリジはつれてこられた。その顔はまっ青で重い鎖でしばられていたが解かれると聖母の廻りにいた聖人の群に入れられ皆一緒に消え失せて聖堂はもとの静けさにかえった。この幻を見た司祭はその時以来、方々で説教し、聖母を特別にうやまった霊魂は煉獄でその御保護を受けると説いた。聖母マリアは、聖女ビルジッタに「私は天の元后であり、慈悲の母です。私の取次ぎによって煉獄において柔らげることのできない苦しみは一つもありません。私は天主の母であるように、煉獄にいるものの母でもあります」。これによって見れば聖母マリアをほめたたえるために、ロザリオの一環、あるいは一部分を唱える事は煉獄の霊魂の上に、恵みの露を降らす事になるのである。なおスカプラリオを離さずに持つことは大いなる恵みのもととなる。

(ロザリオ会の一婦人の不思議な救霊)イスパニア・アラゴン州のある身分の高い者の娘にアレキサンドラという者がいた。聖ドミニコの説教を聞いて、ロザリオ会の会員になったがロザリオを唱えるのもたびたび忘れがちであった。美しい女であったので沢山結婚を申し込むものがあったが、そのうちの2人の青年は特に熱心で決闘して勝った方がその女を貰うという事になり、決闘を始めたが、2人とも相突き倒れて間もなく死んだ。2人の青年の家族は非常に悲しんで、この災いはこの女のためであると飛びかかって生命も危くなる程打ちたたいた。憐れな女はどうか告解するだけの猶予を、としきりに願ったけれども、聞き入れられなかった。そしてとうとう首を切られて、死骸と共に井戸に投げ入れられた。しかし慈悲深き聖母は、ロザリオを唱えたこの女を憐れみ、他の町にいた聖ドミニコにこの事を知らせた。聖人は驚いて、用事を片づけ、数日の後この井戸のそばに来て、中を眺め、しばらく祈ってから”アレキサンドラ“と呼んだ。不思議にも井戸の中でこの死骸は動き、頭は胴につき血にまみれていたが、生きていた時のままで出て聖人の足もとにひれ伏し、涙を流しながら総告解をし、ロザリオ会員になった事を感謝した。償いとして命ぜられたロザリオを唱えるため、彼女は2日間生きていた。その間方々から来た見物人に彼女は聖母に対する信心をすすめた。聖人が死後の有様を尋ねると三つの記憶するべき事を語った。すなわち彼女は、地獄に落ちる筈であったがロザリオ会に入っていたため、死に際に痛悔の恵みを受けた。又首が切られると悪魔の群にとり囲まれたが、聖母マリアの為に助けられた。そして又青年を殺す原因となった為200年、その他の虚栄の為に500年の煉獄の宣告を受けたが、ロザリオ会員の祈りの為に救われると信じているとの事であった。彼女は深い信心を表わして死んだ、聖ドミニコは、自らその葬式をした。彼女のために、祈りや苦業や、ほどこしや大斉がなされた。15日たつと彼女は、星のように輝いて聖人に現れ、人々のお祈りに感謝し、煉獄の代理者として、聖人にますますロザリオの祈りを広める為に力を尽して下さいと願った。聖人はこの事を聞いて非常に喜び、弟子達に告げ、前よりも熱心にロザリオを唱えるように励ましたのであった。

(140万の霊魂)聖ドミニコ会の修道士、福者ジャン・マシャスは煉獄の霊魂のため少くとも三つのロザリオを唱え、1日に20回以上も煉獄の霊魂のため天主の御憐れみをお願いしていた。福音の聴罪司祭が「あなたは煉獄から、どれだけの霊魂を助けられましたか?」と尋ねられて「百四十万の霊魂を助けました」と言った。この修道士が天国へ行った時、140万の霊魂が歓迎したのである。

(聖プヌワツ童貞)この童貞は毎日必ず15連のロザリオを煉獄の霊魂のために唱え、他にいろいろの苦業を加えていたが、天主の特別な赦しによって、煉獄の霊魂がたびたび彼女に現れて助けを願った。ある日童貞が死者の為にロザリオを唱えている時、自分のそばに1つの霊魂を見た。その霊魂は非常に気づかってそのお祈りで自分が助けられるのを待っているような様子であった。ロザリオのお祈りのために助けられた霊魂は、お別れする時天国のよい香りをこの部屋に残していく事がたびたびあった。ある霊魂は天国へいく時は「私の姉妹よ、さようなら。いずれ天主様のおそばでお目にかかりましょう」といった。(聖母マリア被昇天)ローマでは聖母マリアの被昇天の前日、掩祝されたローソクを手にもって町の方々の 聖堂を参拝する習慣がある。一人の婦人がカピトルのアラセリの聖堂でひざまずいてお祈りをしていた。すると自分より三、四間前から来ていた婦人(1年前に死んでいた)を見て大変驚いた。「あなたは昔洗礼所で、私を捧げた代母のマロジではありませんか?」と聞くと「そうです」と言った。それで理由を聞いてみると「娘時代の虚栄心、みだらな話、よくない情愛、一言でいえばその時代に犯したすべての罪を償うため、今まで恐ろしい火の中に苦しんでいました。これらの罪はみな存命中に告白したのですが、永遠の罪は許されても、有限の罰は残っておりました。それを煉獄で果たしていたのです。ところが今日、被昇天の大祝日にあたり、聖母マリアは御子イエス・キリストの赦しを受け、私を天国に入れて下さる事になったのです。…… 来年の今日(8月15日)あなたは死にます」と言って消えた。婦人はその事を天主のお告げであると思い、それより、この世のむなしいことをさけて修道者のような生活を送り、告解と聖体の秘跡をたびたび受けた。翌年の8月14日この婦人は急病にかかった。そして翌日の8月15日、すなわち聖母の被昇天の大祝日にこの世を去った。聖マリアの御憐みによって、助けられたに違いない。ある聖人はいった。「洗礼の水が地獄の火を消すように、ほどこしは煉獄の火を消すのである」と。

(聖ペトロ・ダミアノ)子供の時に父を失って兄弟の家にあずけられ、むごい扱いを受けていた聖人はある日、道で一枚の銀貨を拾った。落した人を捜したがみつからず、いろいろ考えた末、煉獄の霊魂のためにミサを立ててもらうことにした。不思議にもこの時から、この少年の運命は変って、今度は違った兄弟のところにあずけられ、学校へ通えるようになり、司祭、司教、カルジナルとすすんで聖会の博士、聖人になったのである。

(贖宥)大罪を告白し、2度犯さないと決心すればその永遠の罰、すなわち地獄に落ちることは赦されるが、赦されたる罪の償い、すなわち有限の罰はこの世か来世かで、永福を受ける前に果たさなければならない。慈悲深い母なる公教会は、自分の子供たちを憐れんで、その負債を払うに自分の財産、すなわちイエス・キリスト、聖母マリア、諸聖人たちの功徳をつかって、祈りや苦業に、特別な価をつけるのである。たとえば十字架の道行き、ロザリオの祈りなどで、果たすべき償いの全部(全贖宥)または1部(分贖宥)が赦されるのである。ある慈善事業をしたものに対して、公教会は贖宥を与える。しかしそれはルーテルがいったように聖なる物を売るのではない。ある寄附、ほどこしをしたものが、自分の罪を痛悔し、遷善の決心をし、天主を愛すという条件の時のみ、贖宥をもうけて煉獄の霊魂を助けることが出来るのである。

贖宥には全贖宥と分贖宥の二種類がある。全贖宥は有限の罰を全く赦すもので、これを受けてすぐに死ねば煉獄によらず、まっすぐ天国に行くことができる。分贖宥は有限の罰を一部分赦されるもので、10日、40日、1年、10年等の贖宥というのはその日数の煉獄の罰を減ぜられるという意味ではない。ただ昔、公教会においいて公に犯した罪の罰として命ぜられていた10日、40日、1年、10年等の償いと同じ功績を受けられるという意味である。12世紀まで公教会は罪人に対して、長い厳しい償いを命じていた。それは、次のようなものであった。占いを見て貰ったものは5年間の苦行、天主様、聖母マリア、諸聖人を公に侮辱したものは7つの日曜日に聖堂の入□に立ち、その終りの日曜日には跣足になり、首に紐をかけて立ち、7つの金曜日にパンと水とで大斉し、身分に応じて7つの日曜日に、3人、2人、又は1人の貧乏人を養い、それの出来ないものはその他の善業をする。償いを果たさないものは聖堂に入ることを禁じられ、死んでも葬式をされない。主日の祝日に労働したものは、パンと水だけで3日間の大斉、大斉を破ったものは20日間の苦行。四旬節中に肉を食べたものは、御復活の曰に聖体を受ける事を許されず、その日に小斉を守らねばならない。親を尊敬しない者は3年間の苦業、うちたたいたものは7年間の苦業、呪った者はパンと水で40日間の大斉。そしった者は7日間の大斉。偽証した者は5年間の苦業、聖祭中におしゃべりした者は、パンと水で10日間の大斉。邪淫は3年間、姦淫は7年あるいは10年、姦通は12年の苦行、政府又は教会の権力ある者に対して暴動を起すものは一生涯償い、謀殺者は一生涯聖祭の間、聖堂の入口に立ち、臨終の時だけ聖体を受けられる。すべて贖宥を受けるためには成聖の聖寵をもって居なければならない。まず贖宥を強く望む心を起こし、告解、聖体拝領、善業、教皇のための祈りなどせねばならない。贖宥のおもな部分は煉獄の霊魂にゆずることが出来るので公教会の精神に従って、この憐れな霊魂を助ける事よりよい善業はない。

(聖女マグダレナ・ド・バシ)聖女は煉獄の霊魂を慰さめるために贖宥をもうける事に力を尽していた。ある日その修院で沢山の徳をつんだ童貞が死んだ。しかし天使達の内にも汚れを認める天主はこの童貞の内にも汚れを見て、長く厳しい煉獄の宣告を与えた。聖女は死者のそばにひれ伏して、祈りと贖宥とをもって童貞の魂を助けようとした。すると永遠の裁判官の前に出てから15時間の後童貞の魂は太陽よりも美しく輝いて天国にのぼるのを見て、聖女マグダレナは叫んだ。「私の可愛いい姉妹よ、さようなら。あなたは永福を受けるが、私はまだ涙の谷に居らねばなりません。あなたの栄光の偉大なる事よ。そしてまた煉獄の苦しみの短かった事よ。あなたはあなたの死骸のまだ埋められないうちに、天国へのぼります。今あなたはこの世のすべての苦しみと煉獄の償いは永福にくらべれば全く無に等しいという事を悟ったに違いありません」。その後、イエス・キリストはマグダレナに現れて、「この童貞の霊魂がわずか15時間だけ煉獄にいたのは聖女の贖宥のおかげであった」とおおせられた。

(10日の贖宥の価)福者ベルトルはフランシスコ会の有名な説教師で、教皇から特に赦されて、その説教を聞く者に10日間の分贖宥を与える権利を受けていた。ある曰ほどこしについて立派な説教をすると非常な貧窮に落ちた一人の婦人がその不幸を語って助けを願った。福者は昔、エルサレムの聖堂の入口に座っていた足の立てないものに聖ペトロがいった言葉を思い出して「私は金銀を持っていませんが、説教を聞いたものに十日の贖宥を与える権利をもっているので、これこれの銀行家のところへいってほどこしをもらって、あなたの贖宥をゆずりなさい。きっと歓迎しますから遠慮せずにおいでなさい」。幸いに、その時代の銀行家は、この婦人の話を聞いて 軽蔑しなかった。そして「十日の贖宥の代りにどれ程の金が入用ですか?」。婦人は厚い信仰をもって、一枚の紙の上に”十日の贖宥“と書いて秤の一方の皿に入れて言った。「これと平均するだけのものが必要です」。銀行家は一方の皿に、銀貨を一枚入れたが不思議にも上らない。2枚、5枚、30枚、50枚、いくら入れても皿は上らず、とうとうとの婦人の必要なだけの金高になった時、両方の皿は平均した。これを見た銀行家は、あらためて霊的な財産の価値を知って霊魂の助かりを心配した。

(安らかにあらんことを)父を亡くした青年がその救霊を心配して、ある修道院に沢山の金をもってゆきお祈りを願った。院長の命令で修道士は皆聖堂に集まった。一同が「安らかにあらんことを」と唱えると院長は「アーメン」と答えた。青年はこれを見て”父は本当に 気の毒だ“と思い、院長のところにいって謙遜に自分の心を打ち明けた。院長は各修道士に小さな紙の上に「安らかにあらんことを」と書かせて、それを秤の一方の上に置いた。もう一方の皿には青年の捧げた金がのせられていた。金ののせられた皿は上り、紙ののせられた皿は下った。青年は自分の信仰の足りなかった事を院長にお詑びした。そして自分の父の墓には「安らかにあらんことを」という文字だけをきざんでもらった。
(射梼)贖宥の問題をはる前に射梼について一言述べよう。私たちの心を天主の愛で燃やし、丁度かまどの中へ五分、十分ごとに石炭を一杯入れるようにするのである。信仰をもって下の射梼を唱えれば、煉獄の霊魂を慰めるために、いろいろの贖宥が得られる。「イエス」(25日)「イエス・マリア」(300日)「イエス・マリア・ヨゼフ」(7年と280日)「十字架のしるし」(100日)「私の王よ、私の神よ」(7年と280日)「私は万事にこえて、あなたを愛します」(500日)「心の柔和謙遜なるイエス、私たちの心を、あなたの聖心に似たものとしてください」(300日)「原罪なくして宿られた聖マリアよ、あなたにより頼む私たちのためにお祈りください」(100日、1日1回のみ)「よき最期の御母、私たちのために祈り絵え」(300日)「臨終の時、お苦しみになったイエスの聖心、臨終にせまれる者を憐れんでください」 (300日)「慈悲深き私のイエスよ」(100日)「ルルドの聖母、私たちのためにお祈りください」(300日)「主よ永遠の安息を彼らに与え、絶えざる光を彼らの上に照してください、彼らの安らかに憩うことができますように」(300日)「信徳唱、 望徳唱、愛徳唱、」(7年と280日)「お告げの祈り」(100日)「聖ベルナルド、聖母に祈る文;慈悲深き童貞マリア……」(200日)。自分のロザリオの上に300日の贖宥の祈り(たとえばよき最期の御母…)の祈りを唱えれば、2、30分間で、1万8千日の贖宥をもうけられる。

(勇士的な願)勇ましい願いとは、信者が天主を愛するために、一生の間自分でもうけられるすべての功績を少しも残さず聖母マリアに全てゆずり、なお死後においても自分の霊魂のために捧げられるすべての善業、御ミサ、贖宥などを皆ゆずるのである。丁度イエス・キリストが私たちを、あがなうために十字架の上に裸となられたように、煉獄の霊魂を助けるために、無財産となり、裸となるのである。

(聖女ゼルツルダ)聖女は一生の間毎日もうけたすべての功績を、みな煉獄の霊魂のためにゆずっていた。ところが臨終の時悪魔はこれをいざなって、そのために長く煉獄で苦しまなければならないという観念をおこさせた。イエス・キリストはこれを慰めて申された。「私の子ゼルツルダよ、煉獄の霊魂に対するあなたの愛徳は大変に気に入った。それで今、あなたの罪のすべての償いを全く赦すし、なおまたこの完全な愛の賞として天国におけるあなたの幸福も増そう。あなたが煉獄から助けたすべての霊魂は、私の命令で聖歌をうたいながら、あなたを天国に迎えるであろう」。聖女は確信と喜びに満たされてこの世を去った。

(ユーゼニゲラスの手紙)この名高い婦人は、ある者に次のような手紙を送った。「私の愛するマリアよ、今私は墓であたたまって来たところです。今朝、告解にいきましたら沢山の人が待っていましたので、私は身体をあたためるために、寒い聖堂を出て、墓地の陽のあたる所へ行って来世の事、天主様の前に生涯の決算をせねばならぬ事等を考えました。ああ、墓は糾明のよい書物です。そこで真理を読み、光に照らされ、生命の夢、快楽等はすべて消え失せます。そこから出ると世間のむなしい事がわかります。墓参りは死者のためにも有益であり、悪をこばみ、善を励み、救霊に対する奮発が出来る。墓参りは、徳の大学です」。

(煉獄に寄らない)聖女マルガリク・マリアは幻に、ある修練女の父が煉獄にも寄らずに真っすぐに天国に昇っていくのを見た。彼が臨終の御聖体をさずかる時に司祭のつれていった群衆の中に、一人病室の奥でお祈りをしている者がいた。病人はその名を呼んで近くによせその手をにぎって、以前その人に対して使ったあらあらしい言葉についてすべての人の前で謙遜に詫びた。この仕業が何よりも天主様の聖心にかなった。それで彼女の父の霊魂はまつすぐに天国へ行ったのであった。

(無駄な涙)トマス・ド・カンタンプレーによれば、ある母は死んだ息子のために絶えず涙を流していた。ところがある日幻の中で青年の一群が現れて言葉に言い尽せない美しさに輝き喜びに満たされて進んでいたが、その後から離れて彼の息子がやっとの事で歩いていく、彼女は叫んだ。「私の子よ、何故一人で皆の後を歩いていくのか?」 息子は自分の濡れている着物を見せて「母さん、私はあなたの流されるこの無駄な涙の重さですすむ事が出来ないのです。どうか天主様の御摂理におまかせ下さい。そして御ミサを立てて貰って下さい。そうすれば私が天国へ昇るのを妨げるものはなくなります」。

(渇きの犠牲)イタリア・ベルセュ市のドミニコ会の修院長福者エミリアは煉獄の霊魂を慰めるため、童貞等に小さな犠牲をさせる習慣があり、特別の赦しがなければ食事の間に飲む事が出来ないという一つの規則があった。ある日1人の童貞セシリアは非常な渇きの為院長に飲む赦しを願った。しかし福者は霊感を受けて、イエス・キリストの愛の記念にこれを忍び、煉獄の霊魂のためにこの飲物を守護の天使にあずけておくようにとすすめた。童貞は非常な渇きで、なかなか軽い犠牲とは思わなかったが、院長の命令に従って喜んでこれをイエスに捧げた。しばらくしてこの童貞は死んだ。そして3日目に輝いて福音エミリアに現れて、感謝して言った。「私は、親に愛着したため、長く煉獄に苦しむところでしたが、のどの渇きの時、従順に飲まなかった為に、早く助けられました。3日目に守護の天使は天主様に捧げられた飲物を煉獄に持って来ました。そしてそれを口の中に流すとたちまち火は消えて永福を受ける為につれ出されたのです」。以上によって見ると些細な犠牲をもって、たやすく彼らを慰める事ができるのであるから毎日せめていくつかの犠牲を捧げるようにしましょう。ジェノワの聖カタリナは「この世の一銭の借金の為に煉獄では千円(注:1920年頃の貨幣価値の千円)払わねばならないであろう」と言った。

結論

聖ドミニコ会のある尊敬すべき修道士は死後聖トマスに現れて「パリの大司教の遺言を果たすのを怠ったため、煉獄に苦しんだ」とい言った。教皇グレゴリオ13世は死者のために祈らせるよう日没1時間後にすべての聖堂の鐘を鳴らす命令を出した。この習慣は今でも諸方に残っている。聖女テレジアは、一生涯のすべての行いと苦しみを煉獄の霊魂を慰めるために天主に捧げていた。聖ドミニコもそのために体を毎晩むち打っていた。福者マリアも煉獄の霊魂のため20年の間大斉を守った。聖フランシスコ・ザベリオは鐘を鳴らしながら町を回って、煉獄の霊魂のため祈る事をすすめていた。15世紀にナントのある司教は、信者達のすすめにしたがって自分の教区のすべての町と村とにおいて毎晩12時に鐘を鳴らしながら人が回って、死者の霊魂のため信者にお祈りすることをつげるようにと命じたのであった。艱難に出会ったときに1度唱える「天に感謝します」という言葉は、愉快なときに千度くり返すよりも価値があるという格言を忘れてはならない。私たちの最愛の者の運命はどうなっているのだろうか?彼らが煉獄に苦しんでいると思って祈るのが一番安心であり、また道理にかなっている。
(けちな修道士の罰)9世紀の頃、マヤンス市の大司教となったラパン・モール師は始終貧しい人に施しをするようにとエデラルという会計係に命令したがこの会計係はたびたびそれを実行しなかった。院長はまた修道士らの賛成を得て、一人の修道者が死ねば30日の間、その食事を施すように定めた。しかしけちな会計係は、それを怠り先に延ばしたりしていた。830年、伝染病でその修道会の会長と数十人の修道士が死んだ。院長は会計係に、決めた施しをするように命じた。彼はそれを承知したが、禍なるかな、会計係エデラルは数十人の修道士の魂を助けることを怠った。他の修道士が皆出ていった後、明かりをもって集会場を通ったら、1人の会長が沢山の修道士と一緒に、自分の席に座っていた。よく見るとそれは死んだ会長と修道士等であったので彼は驚いて血が止ったように感じた。たちまち会長と数人の修道士は、立ってエデラルに近づきその着物を脱がし鞭打ちしながらいった「禍なるものよ、あなたのけちのむくいを受けよ、三日の後、お前は死者の仲間になるが、その時はもっと厳しく罪せられる。そしてあなたに捧げられる功は、あなたに与えられないで、まず私たちにほどこされるのである」。夜中に修道士たちが聖堂へ行こうとすると、会計係が血だらけになっているので、びっくりしてすぐ半死半生になっている彼を病室に運び、手当をすると蘇生した。すると彼は言った。「院長を早く呼んで下さい。体の手当よりも霊魂の薬の方が必要です。この傷はなかなかなおらない」。院長が来ると、彼は皆の前で、上の驚く出来事を述べたら、エデラルの憐れな有様を見て誰もそれを疑う者はなかった。三日の後、死ぬという事もつけ加えて、エデラルは深い後悔を現し、終油の秘蹟を願った。そして天主の限りなき憐れみに依頼し、修道士らの祈りのうちに三日目に死んだ。そして、すぐに死者のためにミサは立てられ、規則通りに貧しい人にほどこしはされたがこのけちな者の罰はまだ終らなかった。ある日彼はまっ青な顔をして憐れな様子をして院長に現れて言った。「ああ、修道士なる友たちの祈りによって私は随分慰められたが、私のけちのために助けられていない。先に死んだ修道士が、天国に入るまで、私は天国に入る事が出来ない。私のためになされる施しの功力は天主の義によって私にではなく彼ら(先に死んだ修道士)に与えられます。だから存命中に私を大切にして下さった院長よ、どうぞ施しも倍にして下さい。それによって、私の兄弟たちは助けられ、私も天国に入れられるようになります」。院長は承諾した。そしてその約束を守り、修道士らもめいめいの食事を減らし、それを施し、死者のために力を尽くした。1ケ月たたないうちに、エデラルは真白な着物をまとい輝いて院長に現れ、修道士たちの祈りを感謝し、天国において絶えず恩人のためにお願いするといって消えた。これによって見ると義に背いて他人に害を与えた者は、来世においてそのために捧げられる施し、功力、善業等を他人のために使われ、彼らが天国に昇ってからその残りを受けるのである。

(花はおことわり)あるフランスの元老院議員は、 その遺言で「私が墓の上に望むものは花ではなく祈りである」と言った。それで近頃(大正初期)に死亡通知書に「花はお断りします。ただし死者のためのミサは有難く頂戴いたします」と書く習慣になった。このためにわざわざ、御ミサ名刺というのが出来て、上に死者のためにたててもらうミサの数を書き郵便で送るか、お悔みの時死骸のそばに置くのである。なる程身分に応じて葬式せねばならないが、生きている人の見栄のためにされる立派な葬式は死者のためにはなんの利益にもならない。祈り、善業にともなわれた質素な葬式のほうがどれほど勝るかもしれない。死者にロザリオの一連、一度の聖体拝領、一度のミサの方がためになる。この書を読んだ者は、天主の公教会は死者を大切にするかどうかについて理解したであろう。公教会は昼夜絶えず、死者のために祈り、また真実な信者はすべての死者を常に思い出し、生涯彼らとともに暮し、毎日の苦労、心配などを彼らのために天主に捧げ、そのうえ善業や施しをすすんで死者のために行ない、また他人にもさせるのであるから公教会の内に死ぬ者は実に幸せである。私たちは人生の目的を知って、はかないこの世のためではなく、永遠の来世のために働かないといけない。主キリストは次のように仰せになった。「あなたがたは地上に富を積んではならない。そこでは、虫が食ったり、さび付いたりするし、また、盗人が忍び込んで盗み出したりする。富は、天に積みなさい。そこでは、虫が食うことも、さび付くこともなく、また、盗人が忍び込むことも盗み出すこともない。あなたの富のあるところに、あなたの心もあるのだ」(マテオ6・19~21)

第二編 地獄

地獄(第二の死と言われる永遠の滅び) はしがき

地獄、恐怖すべき地獄。この問題は人類よりも古くからあり、またそのことは事実である。地獄は、天主に反乱を起こしたルシフェルとルシフェルにくみした天使たちのために出来た恐ろしい場所である。地獄が存在するという公教会の信仰箇条を疑う者は異端者と言わねばならない。現世において地獄のことを真面目に考える者は、来世にここに陥らないと断言してもよい。未信者で現世にのみ心を奪われている者は地獄という問題を見て「文明と時代に遅れた事だ」と嘲笑う。しかしこの問題を解決するのは決して文明にも時代にも遅れた事ではない。なぜならば、今後百年へても、百世紀過ぎても、新しく示される問題であるからである。なるほど、人間の目的を現世の快楽のみに置いている者は、地獄と聞いたらしらけてしまい、その存在を邪魔物とするであろうが、このような人が何を言い、何を思っても、存在する地獄は存在するのであるから、地獄を無い物にすることは何の役にたたない。それよりはむしろこの書の片端でも見たら、確実な証拠によって、地獄はその眼前に見え渡るであろう。地獄が存在するという証拠はたくさんあるけれども、反対に存在しないという証拠は一つもない。とにかく地獄の存在を認めなくても、読者が百年もたたないうちに、この恐ろしい事実を認める時が来ることは確かなことである。満足を与えることができない現世の快楽をむさぼって地獄に陥る者は、数えきれないほど多い。この書の原書はフランスのヅ・セルク司教の著述したもので、実は数十版を重ねたものである。私が用いた書は、これを底本として、地獄の問題について他書に散見したものも編集した。この書にのせる不思議は信仰箇条ではない。ただし、確実なる証拠をもととしているので歴史書等の事実より確かなものである。

地獄 序文

教皇ピオ9世教皇は、彼に謁見したある神父に次のように言った。「救霊の真理について説教しなさい。とくに地獄について教えなさい。憐れな罪人たちに天主のことを考えさせ、天主の道に導くには、これに勝る方法はありません」。 教皇の御言葉のように、天主に背けば、地獄の永遠の苦罰を受けるという観念は、強い力をもって、私たちを底のない大罪の淵に沈まないように制止させる。地獄に対する恐怖のために天国に入ることが出来た霊魂の数は極めて多い。1837年(元文11年)にフランスにおいて、二人の青年少尉が聖母被昇天の聖堂に入ったが、祈りをしようともせず、美しい聖像、聖画の数々を巡り眺めていた。告解場のそばに一人の若い霊父を見つけて、一人の士官は「僕が告解場へ行くか行かないか賭をするかい」と言った。そして彼は霊父のそばに進み、少しささやいたが、やがて霊父は起上って告解場に入られた。5分、10分、15分待っても出て来ない。何をしているのだろうと不審に思っていると、やがて告解場があいて霊父は興奮しているが、沈痛な顔つきで出て、士官に目礼しながら納室に入られた。当の青年は火のように赤い顔をして「僕は用事があるからこれで別れよう」と不愉快に答えて足早に立ち去った。読者よ、この少尉と聴罪霊父との間に何が起こったのでしょうか?告解場の格子があき、しばらくすると、霊父はこの士官の態度でからかいに来たのだと悟った。予想どおり、この青年は厚かましく、霊父に対して「私は宗教も告解も馬鹿にする者であります」と明言した。しかし霊父は機智に富んだ人であったから、少しも慌てることなく、落ち着いて士官の言葉を抑えて静かに語り出された。「そうですか!それでは、あなたは真面目に告解をする御考えはないのですね。それなら告解は止めて、少し一緒にお話でもしましょう。失礼ですが、あなたの階級は何ですか?」士官はこの時失礼なことをしたと気付いたため、それをまぎらわすために努めて丁寧に答えた。「士官学校を出たばかりで、まだ少尉です」。「それから先は?」「それから中尉になります」。「その次は?」「それから先はむずかしく、大分長い間中尉で、それから大尉になって少佐になって、中佐になって……少将中将、大将というわけです」。「その次は?」。「その次は元師ですが、私もそこまでうぬぼれはありませんね」。「うまく行けば元師にもなって…その次にあなたは何になるつもりです」と霊父はおごそかに尋ねられた。「その次ですか……その次はと……困りましたね……私にはわかりません」士官はうろたえ気味で答えた。「これは不思議。あなたはそれまで知っているか、それから先は御存じないと見えます。それではそれから先の事を私が知っているから聞かせてあげましょう」と霊父は一言、一言、厳粛な口調で語られた。「それから先はあなたに死という事だけが残るのです。死んだ後、あなたは天主の前に召し出されて、審判を受けないといけません。あなたが今のまま改めずに、このままこの世を去るならば、天主の恐ろしい宣言によって、永遠に地獄の火で焼かれなければならないでしょう。元師の次はまずこんなものです」。話の内容が面白くない方に向って来たので軽卒な青年は逃げ出そうとしたが、これを見た霊父は、それを制し「少しお待ちなさい、もう一言申し上げたい事がありますから」と更に言葉を続けられた。「あなたに名誉というものがあるでしょう。もちろん、私にも同じように名誉があります。あなたは、今、私の名誉をとても傷つけました。それであなたは私のために名誉を回復しないといけませんが、それは決してむつかしい事でありません。今後1週間、毎晩床につく前にひざまずいて声を大にして次の言葉を唱えることを約束して下さればよいのです。「私はいつかは死ぬ、しかし私はそれを笑う。死んだら私は審判を受ける、しかし私はそれを笑う。審判の後は地獄に落される、しかし私はそれを笑う。地獄に落ちたら永遠の火に焼かれる、しかし私はそれを笑う。たったこれだけです。しかしあなたは、あなたの名誉にかけてこれを唱えることを誓い、実行しないといけません」。青年はこの場から逃れ出るために、しかたなく霊父のいわれるまま同意してしまった。温和な霊父は「私はもうあなたの無礼を怒ってはいません、きれいに許してあげます。それでもし私に用事でもありましたらいつでも来てください。私はいつもここにいますから。しかし約束したことは決して忘れてはいけませんよ」と言い足して、この青年をこらしめた。その日彼(青年)は不快に感じていたが、他人に対する誓いを破るのは不名誉であると考えたので、ついに心を決して「私はいつかは死ぬ。私は………」 と唱え始めたが、彼は「……笑う」と唱える勇気はなかった。いく日かは、このように過した。痛悔の情は、まるで耳もとで鐘をつくように彼の心を悩ました。この青年もほとんどの青年と同じで、決して心の底まで悪に染まった人ではなく、単に軽卒な人に過ぎなかった。約束の1週間がたたないうちに彼は再び一人で聖母被昇天の聖堂を訪れて、後悔の涙にしめった顔で告解場にひざまずき……歓喜の情をみなぎらせた心を抱いて告解場から出て来た。以来彼は死に至るまで立派で熱心なキリスト信者であった。彼の改心は実に地獄に関する真面目な観想と慈悲深き天主の聖寵の賜物とであった。読者諸君よ、地獄の観念がこの青年士官の心に現わした不思議な業が諸君の心の中にも起らないということがあろうか?地獄について真面目な黙想を試みなさい。私が今ここに「地獄」という問題をかかげて読者に訴えるのは、読者に対して地獄の恐ろしさを感じさせ、人が罪を避けるべきである事を悟ることができるようになるためである。もしそうなるなら私の望みは足りるのである。これより本論に入って、4点より地獄の問題を簡潔に、また出来得る限り詳しく説き明かしたいと思う。①地獄は真に存在するか? ②地獄とはどんなものか? ③地獄は永遠のものなのか? ④地獄に落ちないためにはどうすべきか? これらの問題を解くために、私は読者の常識と信仰とに訴えたい。

1・地獄は本当に存在するのか?①

地獄は疑いなく存在するものである。それはどこの国いつの世を通じて何人も疑わない真理である。この一般的普遍的真理を否定するものは常識のない者と言わねばならない。地獄の存在について古いことを尋ねれば、世界最古の書籍であるモーセの書いた旧約聖書が明らかに教えている。旧約聖書の民数紀の第16章にはコレ・ダタン・アピロンという3人の聖職者が神に逆らいモーセに背いたために「彼らと彼らに属するものはすべて、生きたまま、陰府(=地獄)へ落ち、地がそれを覆った」(民数記16・33)と書いてある。「また火が主のもとから出て、香をささげた250人を焼き尽くした」(民数記16・35)と記してある。モーセがこれを書いたのはキリスト降世前1600年頃のことである。申命記にも、天主がモーセの口をかりて「わが怒りの火は燃え上がり、陰府の底にまで及び」(申命32・22)と仰せられている。同じくモーセの筆によるヨブ記にも不信心なものが天主に対して「私たちは天主に御用はありません。私たちは天主の律法を好みません。天主につかえたり、祈ったりしても、何の役にも立ちません」と放言して、たちどころに地獄に落されたと書いてある。キリスト降世1000年前に、ダビデとソロモンはだれでも知っている明白な真理として地獄のことを語り、これを証明する必要がないものと認めていた。ダビデは「神に逆らう者、神を忘れる者はことごとく、陰府に退く」(詩編9・18)と叫び「地獄の苦痛」も説いた。ソロモンもまた集会書に「無法者の集まりは、麻屑の束。彼らは、燃え盛る火となって絶え果てる。罪人の歩む道は、平坦な石畳であるが、その行き着く先は、陰府の淵である」(集会21・9、10)といっている。それから200年後キリスト降世800年前に、預言者イザヤは「ああ、ルシフェルよ、お前は地に投げ落とされた。もろもろの国を倒した者よ。かつて、お前は心に思った。『わたしは天に上り、王座を神の星よりも高く据え、神々の集う北の果ての山に座し、雲の頂に登って、いと高き者のようになろう』と。しかし、お前は地獄に落とされた、墓穴の底に」(70人訳イザヤ14・10、11)。地獄の深淵というのは恐ろしい火の塊が流れているところと解すべきである。救世主キリストの先駆者洗者聖ヨハネは疑う余地のない真理として地獄の永遠の火のことをエルサレムの民衆に語り、キリストがおくだりになったことを告げて、「手に箕を持って、脱穀場を隅々まできれいにし、麦(即ち善人)を集めて倉に入れ、殻(即ち悪人)を消えることのない火で焼き払われる」と叫んでいる。ギリシヤの大哲学者ソクラテスは「聖なる律法を犯した者は再び出る事の出来ない地獄に落され、恐ろい永遠の罰を受けねばならない」と言ったことをその弟子プラトンが伝えている。彼はまた「霊魂は現世を離れてから審判を受けて、もし現世において正しく暮して居なかったならば、厳しい罰に服せねばならない」と言った。

2・地獄は本当に存在するのか?②

地獄に関する信仰は一般的、普遍的である。この信仰のもとは結局2つとなる。第一は原始時代からの天啓である。この天啓は形式や枝葉の点において変化はあるが、その真髄は今日に至るまであらゆる国、人の間に伝えられた最も歴史上の証拠で明らかである。このように歴史的に地獄のことが言われ続けているにもかかわらず、この天啓の存在を否定しようとする人もいる。しかし、このような人でも次の第二の原因を無視する事は出来ないだろう。第二は正義の念によって善が賞せられることを望み、悪が罰せられることを欲する人間が持つ自然の性質である。人間の本能は不徳に流れやすい。しかし正義の念は、善が賞せられるべきこと、悪が罰せられるべき事を望む。人類に一般である地獄の思想は実にこの二つの原因に基づく。これがやがて地獄実在の確かな証拠となるのであるが、地獄などはないと声を大にして言う傲慢で無知な人々は馬鹿か狂人に近いと言わないといけない。1793年のフランス大革命に際し一人の霊父がその不公平な裁判官の前に引き出された「お前は地獄を信じるか?」という問いに、霊父は即座に「 信じますとも、あなたの様な人を見たり、あなたのする事を見ると私はそれを疑おうと思っても、それが出来なくなります。私がもし今までは信じていなかったとしても、これからは信じることになるでしょう。あなたの様な人間に罰を与えるために地獄がなくてはなりません」と答えた。二人の牧師が、公教会とその律法とを非難していた。一人の婦人がそれを聞いて「あなた方はミサも、大斎も、告解も、煉獄もなくしてしまって、本当に驚くべき改革をなさいました、もし、あなた方が地獄もなくしてくださるなら、私はあなた方に従いましょう」と言ったところ、牧師は互に顔を見合わせて答える言葉もなかった。彼らでも宗教家であるので、その基礎として地獄の教義がある事を否定することはできなかったのである。読者諸君よ!私は断言する「地獄は存在する!」。これは雲のない日の正午の太陽より明らかなるものである。

3・地獄は本当に存在するのか?③

地獄は想像されたものではない。想像することは不可能であり、実際永遠の苦しみは理性が理解する事の出来ない教義である。知識はただ天主が教えることで知るものである。地獄の教理はいわゆる「天与の真理」というものである。即ち淡い光を放つ磨かれないダイヤモンドのように、私たちの霊魂の奥に刻みつけられた良心の底に輝いている天与の光である。だから天主御自身がその光を与えたのであるから、誰もそれを抜き取る事は出来ない。人はそのダイヤモンドを否定し、存在していないようなふりをする事がある。しかし心の底では固くそれを信じ、また良心は絶えずこれを主張する。

ヴォルテールと同様、宗教反対者のある友人が地獄の存在を否定できる確信を得た事を誇ってヴォルテールに手紙を送ったところ、彼は「あなたは私よりも幸福な者である。なぜならば、私はすでに20年来この問題を研究して居るがいまだ成功しない。しかし引き続き、きわめて不快な天主を撲滅させよう。このようにして20年内に公教会は亡びるであろう」 という極めて不敬な言葉を言ったのは、ちょうど1758年(宝暦8年)2月であったが、20年後の1778年(安永7年)には教会が亡びるのではなく、彼は失望の無残な最後をとげたのであった。臨終の際、彼は天主の審判のことを思い、大きな恐怖心におそわれ告白するために司祭を呼ぶ事を命じたが、不実な友人達は臨終の慰安を彼に与える事を妨げた。狂気しながら彼はまるで罪を問われている者のように戦慄し、絶えず狂い叫んで、死ぬ前にすでに地獄の苦しみを見たのである。「私は天主からも人からも見放された」と言って、床の上でもがきながら爪でかきむしり司祭を呼ぶ事を頼んだが、誰も呼んでくれなかった。最後の時が近づいた時、更に失望すべき迫害がヴォルテールの霊魂を苦しめた。「私は誰かの手が私を天主の裁判に引き立てて行く様に感じる」と言い、恐怖に満ちた顔つきで壁の方へ向き「あそこに悪魔がいて、私を捕えようとしている。悪魔が見える。地獄が見える。早く追い払ってくれ」と叫んで、最後の苦しみの時、その便器を取り汚物を飲み干し悲惨な叫び声を発して、血と共に汚物を口鼻から吐き出した中で絶息したのである。公教会の反対の首領である大哲学者は、このような最後をとげた。誰がこのような恐ろしい死に様を想像することができるであろうか?ヴォルテールの部屋にいた者は、「もし悪魔が死ぬ事が出来たならば、これ以上の死に様はないだろう」と言ったのである。この恐ろしい狂乱、恐怖、失望の中におけるヴォルテールの死は、地獄の存在を立証する明らかな証拠ではないか?

もう一つの実例を示そう、二人の青年士官がいたが一人は信仰を失い放蕩な者となった。ある日熱心な青年が慈善会から帰って夜11時床につくや(不熱心な青年の)一人の召使が呼びに来たのでその友人の家にかけつけると、その不熱心な青年は服を着けたまま床に伏して、口から泡を吹き眼は血走っていた。彼は士官の来たのに気がつくと、すぐ「君…君…地獄はある、僕は地獄へ落された」と叫んだのである。「けれども君はまだ死んだのではない、望みがある。司祭を迎えにやろう」と青年士官がいうと、この友人は「いや駄目だ!君、地獄がある!だから僕は地獄に落された者が行うとおりにする」といって彼は腕をかみ切って、士官と彼の母親と二人の姉妹の顔に血とかみ切った肉塊とを吐きかけて、司祭が来る前に絶息した。そのため母親は悲嘆の余り世を去った。二人の姉妹は童貞となり、士官も大きく心を動かされ年金4万円も収入ある財産を捨てて、修士となって一生涯を天主に捧げたのである。無論このような例は凄く珍しいことであり、また少ないが、と言っても疑う理由がない。以上述べた所によって、ここに地獄は人の想像したものではなく、天主の御啓示によるもので、宗教および人類道徳の基礎となるものであるという結論に達する。地獄は存在する為、私たちはそこに落ちないように努めなければならない。

4・地獄は本当に存在するのか?④

地獄の存在の第三の証拠がある。それはすなわち天主自身が私たちに地獄の存在をお示しになった事である。主イエス・キリストはこの恐るべき地獄の存在を仰せになったことを聖書でたくさん確認できる。「天地は滅びるが、わたしの言葉は決して滅びない」(マタイ24・35)。またタボル山における不思議なる変化(御容変)の少し後に、御主はその弟子および従って来た群集に向って。「もし片方の手か足があなたをつまずかせるなら、それを切って捨ててしまいなさい。両手両足がそろったまま永遠の火に投げ込まれるよりは、片手片足になっても命にあずかる方がよい。もし片方の目があなたをつまずかせるなら、えぐり出して捨ててしまいなさい。両方の目がそろったまま火の地獄に投げ込まれるよりは、一つの目になっても命にあずかる方がよい」(マタイ18・8,9)と仰せられた。また御主は世の終りにあたって起るべき事について仰せられた。「人の子は天使たちを遣わし、つまずきとなるものすべてと不法を行う者どもを自分の国から集めさせ、燃え盛る炉の中に投げ込ませるのである。彼らは、そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。耳がある者は、これを聞きなさい」(マテオ13・41)。また神の子が最後の審判を預言なさった時、その最後の審判において、神に捨てられた罪人に言い渡す宣告を、前もって御自ら私たちにお知らせになった。即ち「呪われた者ども、わたしから離れ去り、悪魔とその手下のために用意してある永遠の火に入れ」(マタイ25・41)。実にこの御言葉ほど明白なるものがあるであろうか。イエス・キリストの使徒たちは地獄およびその永遠の火について明らかに語っている。聖パウロは「神を認めない者や、わたしたちの主イエスの福音に聞き従わない者に、罰をお与えになります。彼らは、主の面前から退けられ、その栄光に輝く力から切り離されて、永遠の破滅という刑罰を受けるでしょう」(テサロニケ後1・9)。使徒聖ペトロは「神は、罪を犯した天使たちを容赦せず、暗闇という縄で縛って地獄に引き渡し、裁きのために閉じ込められました」(ベトロ後2・4)。聖ヨハネも「天から火が下って来て、彼らを焼き尽くした。そして彼らを惑わした悪魔は、火と硫黄の池に投げ込まれた。そこにはあの獣と偽預言者がいる。そして、この者どもは昼も夜も世々限りなく責めさいなまれる」(黙示録20・9、10)。使徒ユダも 「永遠の火の刑罰を受けて、見せしめにされています」(ユダ1・5)と語られた。以上あげた明らかな教示がある以上、公教会が私たちに永遠の苦しみ、および地獄の火の事を信仰箇条として教えることを疑う必要があるだろうか?地獄を受け入れないという思いは、当然起るべきことで、これは善人も悪人も共に等しく感じることであるが、地獄を思うことを退けるのは決してその存在を滅亡させることではない。地獄は全世界のあらゆる宗教の基礎であり、どの時代においても、地獄が霊魂の不滅、および天主の存在と同じように存在することは疑うことのできない真理である。ある時、大斎、断食および無言の行いがきわめて厳重に行われている修道院を訪問した客がいた。彼は院長に向って 「もし天国が存在しなければ、あなた方は実につまらない目に会わないといけません」といえば、院長は「それはかまいません。私達はせめて生存中に善行をしたという慰めを得ることが出来ますが、もし地獄があったならば、あなた方は私たちよりも一層お気の毒な目にあわねばなりません」と答えた。

5・地獄は本当に存在するのか?⑤

諸君はかって正しい考えを持って行いをする人が真面目に研究した上、良心をかえりみて地獄の存在を否定した者を聞いたことがあるか?おそらくないであろう。なぜならば、それは決して聞くことの出来ない精神上の現象であるからである。かえって恐ろしい地獄の教義を苦痛とする不品行な者が、自己の欲情を満足させるために強く地獄の存在を否定する者を多く見るだろう。

これは1830年のことであった。センシールの陸軍の学校の霊父が四旬節の間、地獄に関する説教をして、手に明かりを持ち、自分の部屋に入ろうとする時、同じ学校の年老いた士官が来て嘲りながら霊父に向って「あなたは私たちに地獄に関する立派な説教をお聞かせ下さいましたが、あなたは私たちをロースにするのか、焼くのか、あるいは煮るのか説明する事をお忘れになりました。どうかそれを聞かせてくれませんか?」と言うと、霊父は明かりの火を彼の前に突き付けながら答えて「あなたは、いつかそれを見る時がありましょう」といって戸を閉めてしまった。霊父はそのまま別に気にも止めなかったが、それから20年ばかりたってある老人にあった。霊父に「昔センシールの学校にいた霊父ですか?」と尋ねた。霊父が「そうです」と言うと、その老士官は感動を抑えることができない顔つきで「どうか私と握手してあなたに感謝する事を許して下さい。私はあなたに救われました!」と言うと、霊父は驚いて「何?私に?どうして……」と言うと、老士官は「あなたはセンシールの学校で地獄に関する説教をされたあと一人の教官があなたにくだらない質問をした時、あなたは明かりの火を彼の前につきつけて「あなたはいつか、それを見る時があるだろう」と言ったことを記憶していらっしゃいますか?私がその時の士官であります。私は10年間この考えと戦いましたがついに敗けました。そこで私は告解をして、公教信者となったのです」。

読者諸君よ、もし地獄または地獄の火について、不条理な質問を発してふざける者があるならば、この霊父が答えたように「あなた自身が行ってその眼で見なければならない時が来ます。それまで待ちますか?」と言いなさい。私は保証します。彼は自分で行って見たいとは言いません。

6・地獄は本当に存在するのか?⑥

読者の中には「もし実際地獄が存在するならば、どうして誰も地獄から戻った者がないのだ?」と言う人がいるかも知れな。けれども地獄は元より悪人を罰するために存在するのであって、悪人を再びこの世に帰すために存在するのではない。人は一度地獄へ落ちたら再び帰る事なく、永久にそこへ留まる。これが原則である。

以下少し地獄が真正なることを疑う余地のない地獄に落ちた者自身が語った恐るべき証拠によって地獄の存在を立証する出来事を述べよう。パリで起った事実で数千人の証人がいて、詳細は現代において集々されている。それはレイモン・ヂォクレーというパリ大学の有名な博士が死んだ時のことである(1812年)。当時学術技能並びに人格の点においてヨーロッパにおける学者中の学者として知られた有名なブルノ博士も同僚四人と共に、故レイモン博士の葬式に列席したのである。式はパリのノートルダム天主堂で行われた。式が始まって経文「あなたの罪科はいかに重く、またいかに数が多いか、返事をしなさい」と読まれた時、死骸の置いてある下から沈痛な声が聞こえて、会葬者一同は次の言葉を聞いたのである。「天主の正義の裁判において、私は告訴されました」。列席者は驚いて急いで 死人のおおいを取除けて見たが、レイモン博士の死骸は依然不動のままで氷のように冷たく死んでいたが一同は少なからず恐怖の念におそわれた。そしてまた前と同じく「あなたの罪科はいかに重く、またいかに数が多いか、返事をしなさい」という経文を唱えるとすぐに、死骸は体を起こして前よりも強くはっきりとした言葉で「天主の正義の裁判を受けました」といって死骸は再び倒れた。誰も式を続ける勇気なく、式はそのまま翌日の同時刻に始められ、例の経文を唱えた。するとレイモン博士の死骸は立ち上って、列席者一同を戦慄させる何とも言い難い口調で「天主の正義の裁判において私は宣告されました」といって倒れて不動の姿となった。今度は少しも疑いないため、司教および協議会員の命令で死骸はすぐごみ捨て場に運ばせた。もう一つの例をあげよう。

18世紀の初め、イエズス会の有名なる司祭であった 聖フランシスコ・ド・ジロラモ師はナプル市に布教する任務を帯びて、町中で説教をしていた時、多数の卑しい女が来て歌をうたいやかましく騒ぎ立て説教の邪魔をしてジロラモ師を退けさせようとした。けれども師は彼女達の無恥の動作を少しも顔に現わさず、静かに布教を続けていた。その時先頭になって邪魔をした女はカタリナといった。その後少したってジロラモ師はふたたび前の場所へ説教しに来た。するといつも非常ににぎやかなカタリナの家の戸が閉って静かで音もないのを見て師は「カタリナに何かあったか?」と尋ねると、そのあたりにいた者は「え!霊父様は御存知ないのですか?カタリナは昨夜一言も口をきかず死んでしまいました」と言った。師は「カタリナが死んだ?突然死んだ?」とくり返しながら「では家へいってみよう」と言って戸を開けて家の中に入り、大勢の者を後に階段を上り、カタリナの部屋にはいると、彼女の死骸には4本のローソクが立てられ、床に布を敷いて置かれてあった。師はしばらく、驚いた表情で死骸を見つめていたが、ようやくおごそかな声で 「カタリナ、お前はどこに居るのか?」というと、カタリナの死骸は横たわったままであった。すると師は再び「カタリナ、お前はどこに居るか?私は今お前が居る場所を私に知らせることを命じる」というと、不思議にもカタリナは眼を開いて唇を動かし、深い洞穴の奥から聞える様な声で「地獄に……私は地獄に居ります… …」と答えた。この言葉を聞いて一諸に来た者は皆逃げた。聖人もまた「地獄……地獄……地獄」とくり返しながら一諸に来た者に向って「皆さん、聞きましたか?今の言葉を……地獄に……」といって共に階段を下りたが、この奇跡は大きな衝撃を与え、聖人と共にカタリナのところに行った者の中で告解をしないで帰った者は一人もいなかった。

私の祖父のモスコー陸軍総督である伯爵ロストプンは、その頃名高かったオルロフ将軍と非常にむつまじく交際していた。ある晩オルロフ将軍は友人の某将軍と晩餐を共にしたが、食後、世間話の末、互に地獄の存在という事で話し合い、激しく論じたが、その結果「どちらか先に死んだ者がそれを知らせに来ることにしようではないか」ということになって、その言葉を真面目に誓い合った。それから数週間後、私の祖父が顔を洗っているところ、荒々しく部屋の戸をあけ、オルロフ伯が来たのである。伯は寝衣のままで頭髪は乱れ、死人の様に青白い顔をしていた。「おや!君か!こんな時間に、どうしたのだ ……何が起ったのだ」と祖父が尋ねると、伯は「私は気が狂った、某将軍を…」といって両手で頭を押さえつけるようにしながら長椅子にもたれかかった。そして激しい感情を押さえながら「君……私は先日某将軍と、先へ死んだ者は誰でも果して後世に何があるかを知らせに来る事を誓ったのだ。すると、今朝今から30分程前、突然私の寝台のたれ幕が急にすーっと両方に開いて某将軍が目の前に立っていた。青い顔そして、右の手を胸に当てて、私に向って『地獄は存在する……私は地獄に落ちた』といって消えてしまったので、私は驚いて、直ぐ君に知らせに来たのだ。どうしてよいかわからない、実に恐ろしい」といって、全く絶望したように落ち込んでいるので祖父はいろいろと慰めながら、オルロフ伯を邸へ帰して休息させた。この後10日程たって祖父の許へ戦地から某将軍の戦死の知らせが入った。オルロフ伯がモコーで某将軍に地獄の存在を聞いた時と同じ時刻に将軍は死んだのである。「地獄は存在する、私は地獄に落ちた」。これが地獄から戻った人の言葉である。

1859年(安政6年)に私はある長老が「2、3年前、直接問題の起った夫人のことであるが、彼女の近い親族でかつ熱心な信者から聞いたことで、現在この夫人は40過ぎて生きているが、この問題は家族の名誉に関するであるから人には言わないのだ」といって話してくれた事をここに書く。著者即ちヅ・セグル司教がこの本を書かれた1859年の救世主御誕生日頃の出来事である。この問題の夫人は1848年の冬、ロンドンに居た。当時29才位で未亡人であった。世俗的な生活が好きで、金持ちで容貌がすごくよい女性であった。この夫人の宅へよく遊びに来る大勢の若い男の中に特に目立つ一人の青年がいた。彼は夫人の歓心を得る事が上手で夫人のお気入りであった。ある晩、真夜中頃夫人は眠りにつくころ、床の中で小説を読んでいた。そのうちに1時になったので、夫人は灯火を消して眠りかけたが、ふと目を開くと不思議な青白い光が戸の方から近付いて来るように見え、しばらくすると部屋中に広がった。夫人は驚き何だかわけがわらず、じっと見つめていたが、急に恐ろしく感じたとき、部屋の戸が静かに開いて、夫人を堕落のふちへ落し入れた青年が部屋の中へ入って来た。一言も言えない夫人の近くに来て、彼女の左の腕を押えて鋭い声で「地獄は存在する!」と英語でいった。夫人は腕を押えられると同時に大きな苦痛を感じて気絶してしまった。約30分ばかりたって気がついた時、鈴を鳴らして女中を呼んだ。女中は部屋の中へ入って何か焼けた様な、きつい臭いを感じて夫人のところに近付いたら、彼女の腕に大きな骨までとおる程の火傷のあるのを認めた。その火傷は男の人の手の平位の大きさで、なお部屋の入口から寝台まで、そしてまた入口までところどころ敷物が人の足跡で焼焦げていたのである。戸の外は焼けていなかった。しかしその翌日との夫人は前夜1時項、その青年が泥酔してホテルに倒れていたのを召使に自分の家へ運ばれてから死んだ事を知った。長老は付け加えて言った。「この出来事が夫人を改心させたかどうかは知らないが、その後夫人は火傷の跡をかくすために夜も昼も左の腕に幅の広い金の腕輪をはめて居た。この話は夫人のごく近い親戚の熱心な信者から聞いた話で、自分はその信者の言った事を信用している。この話は夫人の家族も語らないので自分もその人の名前は決していう事が出来ない」と言うわけである。

すでに述べたように、私たちの地獄に対する信仰は、イエス・キリストの御言葉、またその予言者及び使徒達より宣言され、誤ることのできない天主の証拠ならびに公教会の一定不変、犯すことのできない正式の教義の上に基づく。前記のように恐るべき出来事をあげたのは、あえて地獄の存在を否定しようと強弁する者に対しては、地獄の存在を信ぜさせ、また地獄の存在に半信半疑な者に対してはその信仰を堅固にさせ、公教会の教に従って地獄の存在を信じている者に対しては、なお一層その信仰を堅固明瞭にさせるためである。

7・地獄は本当に存在するのか⑦

なぜ多くの人は地獄の存在を否定しようとするのか?その第一の理由は、先ず多くの人はほとんど地獄と直接関係をもっているからである。あたかも憶病者が闇夜に強がり恐ろしさを打消すために精一杯大きな声を出すのと同じような事をしているだけでなく、一層勇気を付けるために他人にまで地獄の存在を否定させようとして学術および哲学上の著書を発行し、盛んに書き立て、大勢の人が騒ぐのを見て、すでに誰も地獄を信じるものがないために自分達もすでに地獄を信じる理由がないという様に信じてしまうのである。

無宗教者の中にも、ヂデロという特に有名な宗教反対者は、自分の娘に公教要理を教えていた。これを見た彼の友人は驚いて、彼に質問した。ならばヂデロ答えて「もし自分がマリノ(娘の名前) を善良なる女、忠実な婦人、いつくしみと威厳とを兼ねそなえた母にさせる道を知っているならば、それをよろこんで教えるが、自分はいまだかつて公教要理の外、この世に公教要理の条件にかなうものを知らない」と言った。健康な時、無宗教で暮すのは気楽であるが、臨終に及んでは非常に苦しいのである。無宗教の原因は、全く自己の欲情を抑制したくないという欲望に基づくものである。

誰かがよみがえって彼らの前に実際地獄のある事を証明したならば信じるという者がいる。しかし人はもし死人がしばしばよみがえったなら果して一層深く地獄を信ずる様になるであろうか?まず信仰を得るには、ただ見るばかりでなく、よく真理を得たいという熱心な希望をもって求め、なお謙遜の心をもって天主に願わなければならない。そうすれば真心を持って願う者に、天主は必ず信仰をお与え下さるのである。

試しに、ユダヤ人を見なさい。彼らは目のあたりに救世主のいろいろな奇跡、とくにベタニアにおけるラザロの蘇生を見た時に、もし彼らが真直な心を持っていたならば、死人を蘇らせる事の出来るのは天主の御助けによるという信頼を持っていただろう。しかし、彼らの傲慢と腐敗した精神は盲目になっていた。「この男は多くのしるしを行っているが、どうすればよいか」(ヨハネ11・47)。彼らはどうしたか?奇跡を認めつつ、なお自己の都合のよい様に解釈したのである。18世紀の最も有力な無宗教者ヂデロは「もしパリの全市民が死者を蘇生したのを見たといって証明をしても、自分はその奇跡を承認するより、むしろパリの全市民が狂気になった方を信じる」と言っている。(当時パリの人口は約百万人余り)

全く盲目となった43才になる婦人が数年前ルルドヘ行った。彼女の目は全く見えず、夏の強い太陽の光線も感じることができず、彼女はいつも目の前にあるものに額を打付ける程であった。ルルドヘ出発する数日前に水を汲みにいきポンプの口に突き当って気絶する程強く打ったので医者に診て貰ったが、とてもこの眼を治す事はできないと診断された。他の数人の医師及び専門家も不治の病である事を証明をした。婦人がルルドヘ参詣した3日目に婦人の目は突然見えるようになった。諸君は、多くの人々がこの事実を認めると考えるでしょう。けれどもそれは大間違いで、主が「もし、モーセと預言者に耳を傾けないのなら、たとえ死者の中から生き返る者があっても、その言うことを聞き入れはしないだろう」(ルカ16・31)と仰せられたことが起こったのある。私たちの不信心は先ず事実を否定する事より起こる。婦人の国の人々は「婦人がルルドヘ行った時盲目ではなかったのである」と言った。が奇跡については 二千人以上も証人があり、大評判にもなったので否定するわけにはいかない。本人が証拠げあるのでそれが邪魔でしょうがなくなり、遂にこの婦人を遠ざけてその存在をなかったもののようにし、事実を闇に葬り去ったのである。この実例からも、真直な心を持たない者にとって、奇跡は以前よりその人を一層不信心にさせることがわかる。

ある人が、17世紀のフランスの偉大な教学者、物理学者、と同時にまた大著述家であったパスカルに「私が信仰をもっていたならば、行いはどれくらい良くなるであろうか?」と尋ねたところ、パスカルは「まずあなたは正しい行いをする事から始めなさい。そうすれば信仰は自ら来るでしょう」と答えた。この答は実に崇高な真理である。真面目に公教信者の肩書きを重んじる者、即ち清浄潔白で忠実な模範的信者は、地獄の存在について疑いを起すような事があるだろうか?

聴け、天柱も折れ、地軸も砕けようとするような凄まじいラッパのひびき、聴け、ありとあらゆる力をこめて天使の吹き鳴らすラッパの声、開闢以来の人という人は、 ことごとく、復活する。見よ、天空にまぶしく輝く十字架を。善人はこれを仰いで、希望の光に胸躍り、悪人はこれを見て 恐怖の針で、心は裂ける。これは、イエス・キリストがあらかじめ警告してくださった公審判である。

8・地獄とは何か①

地獄における誤解および想像

第一に、多くの人に地獄に関する真の理解を妨げる誤解と想像を除去しないといけない。地獄は決して無学な者たちが想像するものではない。

地獄の罰は永遠で終わりがない

地獄の罰は第一に天主と全く離れることで、一度地獄に落ちた者はもはや永久的に天主から離れるのである。これは聖書に記るされた天主の御言葉による。聖マタイは「さあ、わたしの父に祝福された人たち、天地創造の時からお前たちのために用意されている国を受け継ぎなさい」(マタイ25・34)との聖言葉の後につけ加えて「呪われた者ども、わたしから離れ去り、悪魔とその手下のために用意してある永遠の火に入れ 」(マタイ25・41)と言っている。これを見れば、まず地獄の罰は二種類あり、その一種は天主と全く離れることであり、その第二種は永遠に火の苦しみを受ける事である。

天主を失うことについて、私たちがこの世では少しも苦痛を感じないが、これはつまり私たちがその事をよくわからない為に、その重大性を知ることが出来ないからである。私たちはこの世において、ただ肉体の快楽および利益のためにのみ、心を奪われているから、罪によって天主に背むき天主を失うことはどれ程重大なことであるかよくわからないのである。

私たちがこの世においてぼんやりしていた真理を死によって明らかに見る事が出来る時、またはこの世に居る間、いろいろの誘惑を受けた金、銀、宝を離れて全く赤裸々の身となり、霊魂がその創り主である唯一の天主……霊魂のために残っている唯一の財産…の前に出た時、霊魂は絶大な希望にかられて、幸福の唯一の源泉である天主の方へ躍進し、始めて天主が霊魂のために、そのすべてであり、唯一の真の財産であり、またその絶対的幸福、霊魂を引き付ける無限の美であることがわかり、霊魂はあらん限りの力をもって天主に接近するのである。

罪によって天主を失い天主を仰ぎ見ることが出来なくなることは実に恐ろしく、また取返しがつかない不幸である。即ち永遠に、絶えず、天主を得たいという切なる渇きに苦しめられて、永遠に幸福を得る事が出来ない。霊魂は天主と無限の慈愛に引き付けられるから、ぜひとも天主を得なければならないと思うが、絶えず天主のつつしみ深いお勧めに背き、遂に改心せず、痛悔せず、この世を去ったのである。

よって天主の愛は最後まで、不幸な霊魂に対して止むを得ず正義をもってその霊魂を捨て「呪われた者ども、わたしから離れ去り……」という宣告が下されるのである。本当にこれほど恐ろしいことはない。聖アウグスチノの言葉によると……天主の力が大きいように、地獄の苦しみも非常に重く大きい。

9・地獄とは何か?②

18世紀において非常に名高かったスレン霊父はおよそ20年近くこの苦しみを受けた。霊父はある可憐な童貞が悪魔に取りつかれて、3ヶ月間いろいろな御祈りと苦業を行ったがどうしても離れないのを見て、もし天主のお許しあるならば、童貞の身代りとして自らを犠性にしようと決心した。天主はこの霊父を聖人にするためその願いをお聞きとどけになった。悪魔は霊父の身体へ取り付いて長年の間苦しめたのである。悪魔は、スレン霊父から物質的な技能、彼の意志を奪い取って、彼に悪魔が感じていること、および地獄に落された者の失望の様子を感じさせた。スレン霊父はそのとき体験した超自然的状態のことを記している。

「私は私の精神および肉体の力の全部が、私の幸福の源、無限の財産、唯一の目的としている天主の方に激しく走っていく様に思われたが、また同時に反抗することが出来ない力が私を天主より退ける様に感じた。即ち私は生きるために造られて、その生命である天主から離され、真理および光のために造られて、その真理及び光より遠ざけられて、その愛より退けられ、善のために造られたが悪の淵に落されたのである」と言っている。

またスレン霊父は悪魔に取りつかれた多くの人を救ったが、この困難な役目に当った霊父は時々悪魔に質問を試みた。 「おまえは地獄において、どのような苦痛を受けているか?私は天主の名によって答えることをお前に命じる」と言うと、悪魔は嘆息して答えた。「我々は永遠に消滅することのない炎の罰、終りない呪いの罰を受けている。特に我々は到底言う事の出来ないほどの苦痛と失望を感じていることがある。それは即ち我々が罪のために我々の創造主を失い、仰ぎ見る事が出来ないからであって、またこれが最も大きい苦痛である」と答えた。

罰には必ず失望がともなうので、救い主イエス・キリストが、福音書中で、地獄に落ちた者を腐った「蛆」(マルコ9・48)と仰せられたのは、この失望を指している。即ちイエス・キリストは「ここにいる蛆は死ぬことがなく、その火は減ることがない」と仰せられている。

そのようなところに落ちるよりは、現世でどんな災難にでも代わった方が幸福である。この世において完全と言うものはなく、悪と言っても少しの善を含み、また善と言っても少しの悪をふくんでいて、この世における私たちの良心の呵責、および失望はいかに大きくても、必ず少しの望みがあり、また苦痛が程度を越え耐えがたいものであれば、不可能という観念によって、その良心の呵責、および失望は幾分か和らげられるのである。しかし後の世においては、すべてが完全である。善悪共に少しも混じることなく、何の希望も減刑もない。すなわち絶対的失望であり、絶対的悔恨が存在する。

このような災いに会わないように、天主は常に私たちの上に恩恵をくださっている。イエス・キリストは、尊い御血を私たちのために流してくださった上に、秘跡でもって悔い改めさせ、また悪魔のいざないに勝つ能力と種々の恩寵とを与えてくださったが、それらをすっかり徒労にして背いた私たちの運命は元来、永遠に天主の美善、美徳を眺め、聖母をはじめ諸聖人と共に天国で楽しむはずであったのを、正反対に悪魔と共に、この恐ろしい地獄で助かる望みは全くなく、永遠に苦悶しないといけない。これは、私の過失の結果である。「罪は呪われよ、罪を犯した者と共に呪われよ」と地獄に落ちた者は絶えずこのような苦悶の観念に悩まされる。

10・地獄とは何か③

16世紀頃英国の王ヘンリー8世は、自分の離婚を教皇が許さないのを憤り、教えを捨て、そのうえ国民にも公教を捨てて、新教徒になれと厳命した。時の大法官のトマス・モアは公教を捨てるよりはむしろ命を捨てようと決心して新教徒にならなかったため監獄に入れられた。彼の妻は獄舎に来て泣いて「大法官と尊敬されていたのに情けないことになりました。夫婦親子が一生楽しく暮らすため、宗教くらい捨てたらどうでしょう?」とすすめた。トマス・モアは「何年位一緒に暮らせるか?」と言えば、妻は「まあ20年位でしょう」と答えた。モリスは「おろかものよ!永遠の幸福をわずか20年位と交換するのか!…ああ天主、愚かなことを言う妻の罪を赦してください」と祈った。数ケ月後トマス・モアはその生命を天主に捧げて名誉な殉教の冠を受けた。

同国王の娘エリザベトは父に次いで女王となったが、その即位の時、天主が私に40年間存位を許すならば、天国の幸福はいらないと傲慢な言葉をはいた。この女王は46年間国を治めたが、王侯の身にも死期は来るのである。病床で悶え苦しみ「誰か!私の生命を15分延ばしてくれた者には褒美として英国の全部を与える」と叫び苦しい最後をとげた。この二人の中どちらが賢明な者であるかは諸君の判断におまかせする。

現世の苦しみはとても重く、ひどいと言ってもいつか過ぎ去る時が来る希望に慰められるので耐える助けになる。けれども地獄ではその望みが全くない、その苦しみは永遠でいつか逃れられると想いをも起すことはできない。いつまでも、いつまでも全て失望である。

これを悟らせる一つの例えを語ろう。地獄の底より天の最高点まで達する数百億万里の長き大鉄柱が立っていてその柱全体に剣や針の様な鋭いものがすき間もなくついてあるのみならず、柱は炎々と燃えている。それが天国に登る道で、これに取付けば無論五体はずたずたになり、かつ焼けただれる。しかし生命があると仮定して、地獄の罪人に向い、この恐ろしい柱より天国に行くには幾億万年の年を重ねる。しかして最も高い所へつきて、天主の美善、美徳を唯一目見ただけですぐ地獄の底まで落ちる、一瞬間でも天主を見たいならば長い苦しみを受けてこの火柱を登らねばならないが、どうするか?と尋ねたら地獄の罪人は嬉しさの余り小躍りして幾度でも登るとかけあがるに違いない。

その理由は天主を一瞬間見たため、幾百万年間の苦痛をたちまち忘れてしまうからである。それ程天主は美麗なる御者である。しかし地獄の罪人は 永遠に一瞬間も見ることが出来ないのみならず、その望む観念もない。これ程悲しく恐ろしいことはない。地獄に落ちた罪人は全くの失望の上、なお全くの恨みを抱く。

これはイエス・キリストが彼らに対して「呪われた者よ、私から離れて…」と仰せになった聖言葉である。この恨みは通常の言葉とは違う、最上の善、限りなき真と、永遠の愛のいつくしみを一心に嫌うのであって、悪魔的恨み、超性的憎しみによって罪人の精神に深くしみ込む恨みである。言いかえれば地獄の罪人は唯正義なる天主の恐ろしい結果のみを見る。

即ち永遠の罰を受けているから、その罰を嫌うように、神の正義をもまた嫌うのである。19世紀の頃イタリアのメッシナという町にて一霊父が悪魔払いをした時「お前は誰だ?」と尋ねると悪魔につかれたものは、「天王を愛することが全く出来ない者」と言った。パリにて霊父が悪魔払いをした時「お前はどこに居るのか?」と尋ねると、悪魔につかれた者は大いに怒って「永遠に地獄……」と答えた「消滅を望まないのか?」 と問えば「天主を永遠にきらうため消滅は望まない」と言ったのである。

11・地獄とは何か?④

「天主は至善なる御方ではないか?」という人があるかも知れないが、これは人間が自ら勝手(自由意志によって)に宣告を招くのであり、天主は罪人の苦刑に対して何らの責任もないのである。罪人に宣告を下すのは天主の至善がするのではなくて、天主の神聖、正義がするのである。

だから、もし人間が天主をないがしろにして天主に背き 、とがめるのを御許しなされたならば、天主の正義は何処にあろうか?人を侮辱すれば法律上の罪に問われるのである。まして人間がその大恩人である創造主である天主を侮辱すれば、どうしてそれが罪にならないであろうか?天主が至聖なるお方であるから、罪人を罰する事が出来ないという理由があるだろうか?決して、そうではない。

罪人を罰すれば、なぜ天主の至善がさまたげられるのであるか? 自分が勝手に罪を犯し、そのうえ罰せられたくないというそんな理不尽なことはない。しかも天主はその至善の御恵をもって、以前に地獄の罰を予告し、また罪の恐ろしいことを御教え下さり、務めて罪をさけそれに陥ることのないよう多くの御救助を与えて下さって、私たちの霊魂を救うためにどれ程御心労あらせられたか知れない。

天主の至善の恩恵が大きいだけに正義の罰も恐ろしいのである。そもそも天主が天から降り人となられ、私たちの人間の罪のためにいばらの冠をかぶせられ、むち打たれ、十字架に釘付けされて御死去なされたにもかかわらず、天主を忘れ、天主に背き、かくして堕落の淵に沈んで、なおかつ冒涜の罪をまぬがれられると思うのであろうか?決してそんなはずはない。天主の愛は戯れのためではない。天主の愛が極度に汚されたために、その愛に背いた者は反対に極度に退けられる。人は決して天主に背いてはならない。天主に背かないなら決して罰せられることはない。

天王に従えば永遠の幸福を受け、背けば永遠の罰を受ける。公教の歴史に第3世紀の頃、エジプトの有名なアレキサンドリアの学校に学んでいた二人の青年のことが伝えられていた。二人の青年は教会へいった、あたかも司祭は地獄の火の苦しみのことを説明しておられた。一人の青年はその説教を聞いて大いに嘲っていたが、他の一人の青年は非常に感動して後悔したばかりでなくなお一層救霊の道を全うするために修士になった。その後間もなく、先に司祭の説教を嘲った青年は、突然死んでしまった。天主は修士になった青年に先に死んだ青年があらわれることをお許しになった。「教会が教える地獄の火の苦しみは真実であるが、ただ司祭たちがこれについて説くことが余りにも少ないことを恨んでいる」と言った。

これはもっともではあるけれども、地獄の火は超自然的性質をおびた不可解なもので、この世においてはその実質をすら、よくわかる事が出来ないのであるから、到底充分に説明する事は出来ないのである。1コリント2・9に「目が見もせず、耳が聞きもせず、人の心に思い浮かびもしなかったことを、神は御自分を愛する者たちに準備された」とあるように、いくら司祭が力を尽くしたとて無駄である。

もし仮に人が盛んに燃えている火の中に投げられ、その中に生きていられるとして、数分間の中で受けた苦しみをその通りあらわす事ができるであろうか? 決して出来ないのである。そうであるなら恐ろしく何ものにもくらべることの出来ない超自然的な終りのない火をどうして説明する事が出来るであろうか?

18世紀の終りにフランス中いたるところで天主を信じる者の首をはねさせた残虐者の一人コロ・デルポアは、後に告訴されて終身の刑に処せられ、1795年(寛政7年)4月にカヤンヌ島に流された。そこで彼はこの島において地獄における苦痛を受けたのである。彼は絶えず自分は地獄にいる苦痛を受けていると叫ぶので、病院の最も奥まった部屋に入れておいたが、彼の苦しみは少しも減らなかったので、少しでも火の苦しみを和らげるために、冷たい土の中に首のところまで埋めたのである。しばらくすると彼はそのまま死んでいた。即ち彼はこの世において不思議な火により、焼死んだのである。しかしながらこの世の火がどれ程恐ろしくても、到底永遠に燃える地獄の火とはくらべものにはならない。

12・地獄とは何か?⑤

天国は少しの悪もなく、ただ善ばかりである。それと同じように地獄には少しの善もなく全て悪ばかりである。だから地獄において、罪人は精神、肉体と共に苦しみを受け、よみがえりの後は、肉身と霊魂は各機能に苦しみを受ける。

地獄にあってはそしり、ざんげ、呪いの声を聞くのみである。親は子に向い「おい貴様、肉身の子、お前が居ったばかりに不正なことをして財産を得ようとしたのだ」と言って我が子を罵しり、子はまた「なんだとの親父!お前はそれでも自分の親か、自分はお前のせいで地獄へ連れてこられたのだ」とわめき、娘は母をそしり、母親は娘を嘲る。これらの事が天主の正義によって燃える火の中で永遠に続くのである。

聖ベルナルドが「ああ地獄よ!お前を思うとち私を驚かせる」と叫び、聖アウグスチノが、その弟子に向って「兄弟よ、あなたは地獄を恐れるべきである。私も私自身およびあなた達のために地獄を恐れる。しばしば、私は聖書をくり返し読めば読む程地獄の恐しさを感じる」と言ったとおり、地獄に対して深刻な恐怖の念を感じる事が出来れば幸福である、と私は思う。

(プシー霊父と放蕩なる青年)19世紀において布教に熱心でフランス全土に名を轟かしたプシー霊父はある日一人の青年に地獄の苦しみを直接に感ぜしむるために工夫した。 時は冬の最中でイエズスの御誕生間際であったから、部屋にはストーブがあって火が焚かれていた。霊父はこの青年に「さあどうぞこちらへ、無理に告解など聞きませんから御安心なさい。さあ、もつと寄って温まりなさい。ストーブの辺で話しましょう。」とストーブをあけてすごく快活に「恐縮ですが、そこの薪を2,3本 取ってくれませんか?」と申したら青年は言われるとおり薪を取って渡たすと、今度は、その薪をストーブの中へ、なるべく奥に入れて下さい」と頼んだ。青年は薪をストーブの中へ入れた。すると霊父は突然青年の腕を押さえて、ぐっとその手をストーブの中に突込んだ。青年は驚いて「何をするんです霊父!気でも狂ったのですか? 手が焼けるではありませんか?」と鋭くとがめると、霊父は一向平気で「どうしました、いいではありませんか ?あなたは少し練習をしておく必要があります。もしあなたが今のような行為を続けていったならば必ず地獄へ行かねばなりません。地獄では指先くらい焼かれるのではなく、あなたの身体全体が焼かれるので、このストーブ の火など、到底地獄の火と比較にならないのです。だから今のうちに少し習慣をつけておきなさい」と言いながら青年の腕を火の中へ入れようとした。無論青年はそうはさせまいと反抗したのであるが、その時プシー霊父は真面目な態度となって青年に言うには「憐れむべき我が子よ!よく考えてご覧なさい。たとえこの世でどんな事があっても永遠に地獄の火に焼かれるよりはいいではありませんか、天主があなたに地獄の火を逃れさせるために、要求なさる犠牲は実にささいな事ではありませんか?」と言って繰り返し解いた。青年は霊父の説教を聞いて動かされたものがあるように、考えながら家に帰った。そしてよく考えた末、悔悛して再び霊父の許にいき、罪を改めて善の道にたちかえった。

(高利貸とその3人の息子)ある高利貸が病にかかり、傷は全く腐敗してしまったが、しぼりとった金は返却しようとはしなかった。近くに住む霊父は、この高利貸に病気をなおしてあげるが高いですと言ったので、病人はこれを聞いて「価は千円、万円でもかまいませんから早く教えて下さい」と言った。「教えましょう!それは生きた人間の肉を火であぶり、肉より出る脂肪を採って傷に塗るのです。沢山はいりません。唯一人、1万円貰うため、わずか15分程、手を火の上に置くのを承知すればいいでしょう」。病人は落ち込んで「災いなるかな !15分間、その苦しみをしのぐ者はいないだろう」と深いため息をしながら言うと、霊父はすかさず「では一つ方法を授けましょう。あなたの長男を呼んでこの話をなさい。長男はあなたを愛しています。親孝行のため、15分間は辛抱するでしょう。もし駄目でしたら次男、次男で駄目なら三男に言ってみなさい」。病人は霊父の教に従い三人の息子をかわるがわる呼び出して言い聞かせたが、 3人とも驚いて断ってしまった。病父は恨めしげに子供をみつめ「私の子らよ!親を救うにわずか15分ぐらいの苦痛を嫌うのか?あなた達の行末を思い、不正不実と言われ、儲けた金を返却しないと15分ではなく永遠の地獄の火で苦しむ……ああ、私は余りにも間違いすぎた」と言って、貯えた金全部を人々に返してしまった。

13・地獄の火は物質的火

聖トマおよび一般神学博士たちは「地獄の火は真の火、消えない火、永遠の火であって、物を焼くが、その物は灰にならず無にならない。霊肉に関係なくしみとおる烈火である」と言っている。これは天主から教えられ教会が伝える信仰箇條である。この火は、私たちがこの世において日常で使用する火と同じものである。しかし聖トマは、古い昔の哲学者について「彼らは未信者であり肉身のよみがえりを信じていなかったが、来世において復讐の火があり、それは霊魂の性質と等しく霊的火である。等々…」と言っている。肉体を苦しめるが、それを無にすることはないし形も崩さない。しかも霊魂まで復讐するとの意味で、地獄の火は現世の火が物を燃して灰にし、無にするのとは全然違う物質的本当の火であると言うのである。さてその物質的な火がどうして公審判の日まで肉身と離れて形のない霊魂を苦しめる事が出来るのかと疑うかもしれないが、この問題はまずこれにより地獄の恐ろしい苦しみが真実である事を明らかに悟らないといけない。私たちは公教会の誤りない教えによって、罪人の霊魂は死後ただちに地獄に落ちて火に投げられる事を知っている。罪人の肉体は公審後復活するまで墓地に埋められているので、それまで霊魂だけが苦しみを受ける。罪人の霊魂は、一度肉身を離れるとすぐに悪魔と同じ有様となり、悪魔と同じ火の苦しみを受ける。そして罪人の体は、世の終りに当って地獄へ投げ入れられ、終りなき火の苦しみを受け「呪われた者ども、わたしから離れ去り、悪魔とその手下のために用意してある永遠の火に入れ」(マテオ25・41)ということは、イエスの聖言葉によって明らかにされている。それを信じるには、必ずしも知る事を必要としない。天主が真理を御示し下さるのは、私たちの精神を照らし、その御啓示に従わせるためであって、私たちの好奇心を満足させることを目的としていない。私たちは信仰によって事実と真実を知っているのであるから、ただ必ずそうなることだけわかれば充分である。私たちにおいても常に五感におよぼす無形な思いなどが、精神に影響をおよぼすのを認めており、私たちの体は有形であっても、無形の霊魂からいろいろな感じを知らず知らずの間に毎日受けている。即ち地獄に落ちた霊魂と火について同じ証拠となる煉獄の霊魂は、天主の摂理によって、この世の人に現われた証拠としていつも火の印を残すのである。

14・地獄はどこにあるか?

地獄はどこにあるか?という問題について、定まった説はない。しかし公教会の伝統と教理とによれば、世の終りに甦った罪人の肉体は地球の中軸にある火の中に落ちると説明している。トリエントの公会議によって発行した公教要理にも「地獄の火は地球の中心にある」と印されてある。聖書に「この世がはじまってから、善人たちは救世主を信じ、古聖所にあって希望にみたされ主の御誕生を待っていた。主は救世の事業を果した事を彼らに告げようとそこまで行ってくださった。イエスは、古聖所に昇るため罪の償いをしている霊魂も慰めようと煉獄にも行ってくださり、終りに救世事業を成就して罪と死とに打ち勝った事をサタンとその使いたちに知らせるため、地獄にもお降りになった」とある。これを見れば、地獄は地球の中心にあることを十分に示していないが、そうであろうとうなずくのは充分である。地質学者などの言葉によれば「地球の中心は、火と硫黄と瀝青の大海であり、その状態は非常に猛烈であり、形容する言語がない」と言っている。日本において、火山の噴火が時々あり、これを体験した人々は恐ろしい地獄の少しを悟るであろう。聖霊の啓示によって記された聖書に「罪人は深い穴に落とされる」と書いてあるのは地獄のことである。地獄は地球のごく深い場所と考えられるし、公教の神学博士たちもまたそう説明する。偶像教徒、とくに古代ギリシヤ、ローマの偶像教徒は偶然に公教の説に強い証拠を与えた。その者達は「後世の罰の場所は地下にある。この苛酷ところの司権者はプルトンという神(サタンのしるし)で罪人を苦しめる責具は火である。この他に一つの場所がある。これを楽(これは古聖所の不思儀な古い昔の反影)と称する。ここは割に平和と陰うつな幸福とを受ける」と言っている。聖アウグスチノ、聖トマ等の記したように、霊肉分離の後は埋葬……即ち肉体は地下に降ろされ、罪の償として腐敗する。この際に罪ある者の霊魂は清められるために煉獄に留まり、不幸にして大罪を持つ霊魂は地獄に落ち、天主によって起こされた復讐の火に投げ入れられることは定められている。一例をあげればここに死刑者(殺人犯)がいるとすれば、この世でこの者はどこで死刑となるかは不明であっても、霊肉分離の後は、天主から死刑を受け、その死刑の場所は確かである。要するに地獄がどこにあってもよいといい加減に考えないようにし、そこに行かないように行うことが大事である。

15・地獄の火は暗黒の火である(テレジア童貞の感想)

「この男の手足を縛って、外の暗闇にほうり出せ」(マタイ22・13)という御言葉をもって天主は地獄が暗黒の中に在ることを教えている。聖書および使徒の書簡中には悪魔を指して「黒闇の王、暗黒の権力者」と呼んでいる。聖パウロは「あなたがたはすべて光の子、昼の子だからです。わたしたちは、夜にも暗闇にも属していません」(1テサロニケ5・5)と言われた。また地獄の闇は、地獄の火と同じで物質的である。この二者は少しも矛盾しない。火はその天然の状態において空気中のガスの中で燃えるとき、いつも、多少、光を帯びているのは事実であるが、地獄においては火の成分は完全にその性質を持ちながら、ある先天的特質を失い、他の超自然的性質、即ち火自身の有していない性質を得るのである。聖トマが聖パレル・ルグンラの説にもとづいて「火は、神の力によって、その焼失の特徴を失い、ただその可燃性のみが、罪人の霊魂を苦しめるために用いられる」と教えたのは、即ちこのためである。聖トマはなお付け加えて「この地球の真中にある地獄において、全ての火は暗い煙に満ちている」と言った。 また聖グレコリョ・ルグランは、罪人は、地獄の炎の光で、彼らと共に罪を受ける者を見る事によって苦しめられると言った。

聖テレジアは、非常に精神的に楽しみを感じていたある日、主が御現われになって、もしテレジアが今までどおりよく天主につかえ、よく天主を愛するならば、永遠の幸福を得る保証をされ、なお一層罪の憎むべきこと、および地獄の罰の恐るべき事を感じさせるために、地獄の光景を目のあたりに示された。「ある日のこと、自分は祈りの最中、わずかの間、肉身と霊魂が共に地獄に落された。自分の行いを改めず、罪を犯して死んだならば、悪魔が準備した所へ行かねばならないことを天主が見せてくださるのであるとわかった。それは凄くわずかな時間であったが、その記憶は何年たっても決して忘れることが出来ない。この地獄の入口はきわめて奥深く、暗く、狭いカマドのように見えた、また地面は不潔きわまるヌルヌルした泥で、悪臭が鼻につき一面に満ちていた。端の方に障壁がもうけられ、その中に狭い通路があって、そこに自分は幽閉されたのである。そこで受けた苦しみを、少しなりとも人に想像させるにはどんな言葉をもって言い表してよいか分からない。言葉がないから、その性質を示すことが出来ないが、自分の霊魂は火の中へ投げ入れられ、同時に肉身は耐えがたい苦しみにおそわるように感じた。最も耐えがたかったのは、その苦しみが永遠であって、和らげられるあてがなかったことである。肉身の苦しみは、霊魂の苦しみに比較すれば、まだまだ楽である。霊魂の苦しみに至っては実にひどく、嘆き悲しみ、心痛の極みで、同時に非常に大きい失望と悲哀を感じた。これらは到底言い表すことは出来ない。もし言い表すことができたとしても、絶えず死の苦しみにあうことを例えるものはない。要するに、この上ない苦しみ、罰とも言うべき、この火の苦しみ、失望を想像することは到底出来ない。これは自分が押込められた壁の中の狭いところで受けた苦しみである。全くこの壁の中へはいると、呼吸は切迫し、灯はなく、到るところ暗黒でありながら、不思議にも何の光なしに、すべて悲惨な光景が眼に見える。天主はこれ以上、自分に地獄に関する知識をお与えにならなかった。その後、罪に対するより一層恐い罰を示してくださったが、自分は直接その苦痛を受けなかったので、この刑罰に対しては、それほど恐怖の念が起らなかった。慈しみ深い天主が、自分をいかなる苦しみより御救い下さるかという事を、直接見せてくださった事がわかった。この地獄を見てからすでに6年になるが、ここにその当時の有様を書き、今になってもその恐怖のために、内臓の血液が凍るように感じられるのである。また艱難辛苦に出会うと、当時の記憶が思い出され、何事も耐えることが出来るのである。「ああ、尊い主イエス・キリスト、あなたは永遠に祝せられますように。あなたが私を愛してくださるのは、私が自分を愛することよりも一層深いことを示めしてくださったからです。私はもし恩恵を受けなかったならば、何度も地獄へ落ちていたことでしょう。私は地獄に行って、たくさんの霊魂が亡びゆくのを見て、私は言うことができないほどの苦痛を感じました。また同時に救霊のために尽くしたいという激しい望みが起り、たとえ一人の霊魂を救うために、千度、自分の生命を犠牲することを嫌に思わない覚悟が備わったように感じるのです。‥‥等」とテレジアは語った。以上彼女が述べたところであるが、天主がテレジアに示されたのは地獄の光景のほんの一部に過ぎない。

地獄において、火と暗黒との外にまた、大いなる苦しみも受ける。それは即ち天主を捨てたために、天主に捨てられた罪人の五感は、罪を犯す道具となった。五感は罪と密接な関係にあるので、五感が罪に応じて罰せられることは当然である。これは聖書にも「各々罪に応じて罰せられる」と記されている。罪人は火と全くの暗黒に投げ入れられるので、悔い改めも出来ず、常に失望し歯ぎしりをする。イエスはこれについて「そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう」(マタイ8・12)と仰せになっている。また聖トマ博士の説明によれば、罪人は地獄において、その嘆きは肉体的ではなく、霊的であり、その理由は世の終りにあたって霊魂と肉体は永遠に罪の刑罰を受けるために、再び結びつき、今の世界において現在私たちが持っている同じ肉体を所有し、その肉体は総ての感覚と本質を備え、真の人体でありながら、ある種の行為をする事が出来ない。したがって、生理的分秘作用によっておこる涙は無く、世が終り、復活の後には、私たちの不滅な体を養う物質的栄養はいらないために、地獄における痛嘆の涙は霊的涙であろう。

(永遠に衰えない不滅の火)罪に応じて活動する火が、復活した体を焼くまでに、すでに罪の重さに応じて、霊魂を焼き苦しめる。五感は各々異なる苦しみを受ける。長い年月、ごうまん、邪淫、貪欲等のために満足を受けたその目は永遠に涙を流さねばならず、罪となる者を見て、姦通と不潔に満された目は、ひどい暗黒にあって、永遠に憎むべき悪魔等の外に何も見る事も出来ない。また虚偽、ざんげん、その他、わいせつな話等、喜んで聞いた耳は、絶えず失望、呪い、侮辱の言葉を聞かねばならない。この口、舌、唇は、肉体を喜ばせた卑劣な話のために用い、なお何時も貪食の罪を犯したため、限り無く耐えられる程の渇き・飢えをしのがねばならない。また、この手をもって悪く触れたり、他人の害になる書物を書きそれを公にしたり、多くの罪となる行いをしたため、火のようになる。鼻をもって卑猥な香を楽しんだために、硫黄の絶えがたき臭い臭いをしのがないといけない。聖ボナンツウラ博士は「もし地獄に落ちた一人の罪人の体をこの地球上に置くならば、人類はその臭さのために皆死んでしまうだろう」と言っている。また頭は、数え切れない罪を考え出したため、一番恐ろしい想像に満たされるのである。心は悪意の元であって、消え去る沢山の悪い情愛を起し、それにより始終肉欲に従って暮したために、頭は肉体の全てが火に投げ入れられた鉄と同様になる。誰が数分間、指の先をローソクの上に置く事が出来ようか?しかるに、永久永遠の火に罪の薪を負って落ちていく者こそ愚なる者と言わないといけない。私たちは苦しみに出あう時、他人の難儀を見て、自他を比較し、他より幾分かは幸いなることを慰めにするが、地獄ではそれと全く異なって、悪魔と罪人との苦しみを見て、わずかな慰めをも受けることはない。なおいっそう失望と悪、また、肉体と精神との苦しみが重くなるばかりである。無宗教、冒涜、淫乱、偽善に凝固まった罪人の受けねばならない後の世の種々の苦しみについて、天啓と公教会の教とによって、すでに述べた事の外、これ以上に言うべき言葉を知らないが、この最も恐るべき事の他に、また一層恐れるべきことは、彼らの苦しみは限りがなく、永遠に受けねばならないと言うことである。

地獄の火は永遠のものではないのか?

地獄の苦しみは永遠である。これは信じないといけない信仰箇条の一つである。大祖ヨブとモーゼの言葉によって見れば、地獄において「永遠の驚きがある」と示しており、原文はこれよりも強い意味を含んでいる。即ち「センピテルヌス」という言葉で、その意味は「いつまでも永遠、即ち限りのない永遠」である。福音の中でイエス・キリストは「地獄の火は永遠であり、その苦しみも永遠である」と示されている。審判の時イエス・キリストは私たち各自に対して次の二つのどちらかを宣告される。一つは 「さあ、わたしの父に祝福された人たち、天地創造の時からお前たちのために用意されている国を受け継ぎなさい」(マタイ25・34)。もう一つは 「呪われた者ども、わたしから離れ去り、悪魔とその手下のために用意してある永遠の火に入れ 」(マタイ25・41)。地獄における苦しみは限りがなく、和らぐ事もない。

このように思わない者は「永遠」という言葉の意味を理解しない者なるので説明する必要がある。「永遠」という言葉の意味は現在の時と全く異なる。今の世は時間の継続で成り立っている。その時刻を合わせたら、秒分、時、週、月年、世紀となる。この世は時間があるから変化する事がある。しかし時刻が無いとすれば、継続的存在の状態でないため、この世にある事と比べる事は出来ない。そして私たちはこれを知ることは出来るが、理解することは出来ない。これは来世の神秘であり、真に天主御自らの永遠の存在に与かる神秘である。光は1秒につき30万キロ走る。太陽の光りは私たちが住んでいる地球に届くため8分かかる。星の光も、同じく1秒間に30万キロ走る。私たちに届くまで何十、何百、何千年もかかるもの、開闢以来いまだ地球に届かないものがあるとすれば、大宇宙に含まれる空間は測り知ることのできない蒼空の深さに、数字を一杯積んだ程の年数が過ぎたとすれば、永遠を表わすにはどうすればいいだろうか?まだまだ足りない。この想像も出来ない大数が過ぎても、永遠は終りがなく始まりだけである。

恐ろしいかな、私たちは恐ろしい事実に面している。「永遠」は、この世において朝露のように消える楽しみを追って暮す人々にとって実に恐ろしい言葉であり、また天国と天主の愛をのぞんで暮す人にとってこの上もない慰めの嬉しい言葉である。もし天主が地球全体、内、外面にある木、石、山、海など、なお、太陽、月、星、計かるべからざる空間の星を皆、堅いダイヤモンドと変えたとして、このダイヤモンドの塊に天主の赦しによって一匹の蟻が100万年に一度その上をはって、すり減らすとしたら、どのくらいの年数がいるのか?その塊を失くすまでの数は想像の出来ない数であるが、その年数が過ぎてからも永遠は始まるのである。

聖トマ博士が言ったとおり、「永遠」とはすべて一体であり恒久(いつまでもその状態が続く)の現在であり、不可分であり、不変である。誤ることのなに公教会は福音に基づくから、第5回の公会議にて「地獄においての悪魔の罰、あるいは、罪人の苦しみはしばらくの間である。いずれ限りがあると、口に言うまでもなく、心に思う者あれば、その者は破門すべし」と。地獄の苦しみが永遠でないとすれば、天主は創造主とは言われない。なぜならば、害なく天主を嘲弄する事が出来るからである。

罪は永遠であるから、地獄は永遠でなければならず、霊肉分離の際から永遠にそのままおかれる。すなわち善者であるならば天主に背く事の出来ないように善に固定されるのと同様、罪人は永遠に悔い改めをする事が出来ない悪に固定される。とにかく分かる、分からないにかかわらず、明白かつ確固たるイエス・キリストの聖言葉を信じ、真心で謙遜な信仰をもって使徒信経の「終りのない生命を信じます」を毎日唱えてもらいたい。

地獄の苦しみが永遠でなければならないのは、そこにおいて、聖寵が受けられないからである。永遠という性質によって、地獄の苦痛は限りがないとしばしば論じたが、地獄にいる罪人の上に、変化改心、赦宥を乞うなどの時期が仮にあるとしても、彼らのためその時期が全く無駄になる。その理由は、自己が受けている罰の原因がいつも自己に存在するからである。罪人が現世を去る時、罪を選びとったため、地獄に落ちる者は悪に固着し、悔い改めが出来ず改心する時期を利用する事が出来なかった。

この時期を有効にさせるには大きな聖寵を要するのである。ところで聖寵を受けるには、人の功績の結果ではなく、イエス・キリストの御功徳より出る。この恩恵は、天主より一般・人類に代価なしにくださる超性的恩寵である。そして、それを得ないならば到底人類は改心することが出来ない。聖寵は罪人にとって、第一基礎的治療であり、天主を離れて霊的に死んだ罪人のためよみがえりの基となる。主の聖言葉に「わたしは復活であり、命である」(ヨハネ11・25)とある。聖寵の賜物によって、一度生命を失った霊魂もよみがえる。また悪魔の誘惑に勝ち、罪を犯さないならば、これは聖寵の目に見えない助けによるのである。罪の赦宥を受けるには絶対に聖寵が必要であるが、地獄では受けられないので悔い改めが出来ない。罰の原因は罪であり、その罪は常に彼らに存在する。また罰は罪の結果としていつまでも存在するが、大罪をもっている故聖寵がない。それで悔い改めが出来ない。悔い改めが出来なければ改心はない。改心がないために罪の赦宥がない。

罪の赦宥を受けるには、第一に、罪を嫌わねばならない。罪を嫌うには聖寵が基礎である。聖寵が受けられないから罪を嫌うことが出来ない。罪を嫌わず、ただ罰のみを嫌うは、地獄にいる罪人の恐ろしい運命である。 聖ベルナルドの言葉に「罪人はいつもまた必ず思考した悪を望む。彼と悪とは一致しているので、永劫、生きたように罪である。善人が天国において、天主の美善、美徳を拝し愛に満たされて、必ず天主を愛するように、罪人はただ天主の正義の罰を見て天主を憎み嫌って悪に固定した意志は不変なる罰を受ける。これ正義ではないか」。

有名な説教者コルデンの言葉を聞け、彼は言う「愛の本源である天主は罪人の救霊のため、その御ひとり子イエス・キリストの御血をすべて流させてくださった。その最上の愛も、罪人が軽侮したため、この限りなき愛は、罪人を呪うのである。諸君!考えよ!私たちため天主である聖子は人体を受け、私たちと同質性をもって33年間、苦労してくださったが、いつも私たちのため大恥辱を甘んじ受け、軽蔑、艱難のなかで、十字架につけられ命を捧げられた。これをよく知っている私たちがこの愛を侮辱する事が出来るか?主の御苦難を潮弄し、臆面なく、すべての肉慾的不潔な快楽に耽ることを無害にしてくださるのか?目醒めよ、 諸君、愛は戯れではない。十字架上に死ぬまで、私たちを愛してくださったイエス・キリストより、害を受けることなく背くことが出来ようか。地獄に墜ちた罪人は全くそのためである」。

地獄にて罪と罪人と一致する。そこに落ちる者は、皆大罪をもっているので天主の美善、美徳を拝すのは永遠にかなわないだけが同一であって、各自の悪の程度によって限りなき苦痛の程度は各自異なっている。さればいかなる方面より見ても、天主の正義は完全である。地獄が永遠でなければ、天国も同じく永遠でないと言えるので、天国、地獄も無くなるとすれば霊魂不滅もなく天主の存在も無意義なものとなれば自己の存在までも原因のない結果になる。これによって地獄を信じない者は自分自身すらも認めないようになって、何も認めないという結論になる。

罪を犯す者は醜悪にして、かつ誤解している。聖書に記された罪人というものは意志の薄弱な人のことではなく悪心をもつ者、悔改めをせず、心が悪に傾き、良心のとがめを否み、常に悪事をなし、天主が存在しないような状態で生活し、絶えず、キリストに反抗する者を指すのである。不善を自己が本業のように、あえてする者を指すのである。 彼らについて、聖グレゴリオは「このような罪人は生在中いつも罪を犯す、もしいつまでも存命するならば、いつまでも罪を犯す。なお罪を犯すために、いつまでも彼らは生存したいのである。常に罪を犯すことを希望することにより、安らかに死んだ後、天主の正義により、いつまでも罰を受ける」と言っている。慈悲深き天主は罪を犯した意志薄弱の者には悔改の御恵を与えてくださる。彼らは罪を犯しても、全く天主に背いたのではない、一時天主を離れても心は離れていない。

「私に来たる者を捨てることはない」と仰せられた天主は、 憐れむべき弱い者に対し、聖心のうちに適切な聖寵を起してくださり、その霊魂を地獄の永遠の苦しみより、許してくさるであろう。現世の法律や裁判官の誤る例は随分あるが、永遠の裁判は万物の本源、全知全能の法官におられるために、少しの誤りがなく、その律法、律令は完全無欠である。

16・どのような者が地獄に落ちるか?①

先ず何においても暴行、誘惑をもって、部下を悪に導くのに自己の権力を乱用する者は天主より最も厳しい宣告を受け、地獄に落ちる。無宗教を広げる者、無神論と異端を教える輩、信仰および良心が麻痺している卑劣な新聞雑誌の記者やえせ文学者など、彼らは朝夕口と筆とをもって真理を罵り誤解と知りながら神を冒涜するいつわりの本源である悪魔の奴隷であり、救霊を防害し、キリストを侮辱することに全力を傾ける。他人を軽蔑し無慈悲な告げ口をする者、傲慢、自尊なる者、これらはもし悔い改めないでこの世を去るならば、厳しい宣告を受けるのは確かである。自分の利益だけを求める者、不正な富豪、この輩は賛沢な生活をなし、肉欲に夢中になり、貧しく苦しんでいる者を塵と埃と見てかえりみようとしない者、彼らは聖書に言う地獄に落ちた富豪と同じ道をたどって行く。財産を増やすことに熱心な吝嗇者(必要以上にけちな者)、自己の霊魂、 天主、永遠の生命を忘却する者は地獄の入り口に来ている。良心の忠告を退け、わいせつな癖にまかせて、もろもろの欲に惑い天主の代りにただ自己の腹を飽かせ、劣等な楽しみで月日を費やす者、世間好き、よくいえば交際場に出入りする者、遊興三味に貴重な時間を無駄にする者、人類の目的が全く現世で果せるように生活する者、その内情を洞察すればこれもまた地獄に行く道を踏んでいる。名ばかりの信者、洗礼を受けたがその行いは、未信者と異ならない、いや未信者にも劣る者、天主との約束を破り、朝夕の祈りを怠り、主曰、祝日のミサにも与らず、寝て起きて食べるだけで犬猫と同様の者と天主から言われても仕方のない人、大斎小斎、御復活の頃の告白、聖体にも拝領せず、霊魂が無いように生活し、良心の注意がたびたびあっても、上の空で大罪をもっている者たちである。「目を覚ましていなさい。いつの日、自分の主が帰って来られるのか、あなたがたには分からないからである」(マタイ24・42)と不意に来て審判を受けることを、訓戒されていても意に介さない常識を失った処女たちのように畏るべき聖言葉を受ける者、「王は、『友よ、どうして礼服を着ないでここに入って来たのか』と言った。この者が黙っていると、王は側近の者たちに言った。『この男の手足を縛って、外の暗闇にほうり出せ。そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。』」(マタイ22・13)。地獄の道を踏んでいる者は、偽善なる信者、また義理で無覚悟、真心なき者、大罪の赦宥をこうむるため告白をしないで聖体を拝領する者など、で瀆聖(大罪をもって御聖体を拝領する)を犯すよりむしろ聖体は受けない方が良い。狡滑な心、あるいは、主に背く心をもって他人を驚かせ、自分の秘密を打ち明けるのが恥ずかしいという理由で、告解の際、大罪をかくす傲慢者、罪を隠さないとしても、大罪を一般的に一つも残さず、痛悔しない者も同じく地獄の路の侶伴人である。痛悔には真実、一般、超性的と、先々の決心がなければ、罪の赦宥はない。次は聖寵を利用する者、真実、心の底から敵を赦さない者、異端者、すべての未信者は救霊の福音を聞き、良心の観告を受けながら教理の研究もせず、口実を構え、信者となるのを延期している者はすべて地獄の道を歩んでいる。

17・どのような者が地獄に落ちるか?②

以上のべた事項について誤解を防ぐために少し説明せねばならない。これまであげた地獄の道を踏んでいる者は、必ず地獄に墜ちるというのではない。危険な道に進んでいるのを注意したのである。現世を去る時までに、謙遜な心を起こし、改心すれば赦宥をこうむる、しかし悔改めず、目を閉じれば確かに地獄に落ちると断定する。いくら注意に注意を重ねても、注意が過ぎることはない。主の聖言葉に「狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い」(マタイ7・13)とある。ここに臨終に当っても、改心しないと見えた者がいたとする。その者は確かに地獄に落ちたと断言してもよいか?人間の知識は不完全であり、神の神秘を理解しない私たちは地獄に落ちたと断定はできない。その理由は臨終の時、天主と罪人との間に理解しがたい多くの秘密がある。公教会は、個人に対し、彼は地獄に落ちたと断言する事を許さない。この宣告を下すはただ天主のみであって、被造物である私たちがこの断定を下すは、天主の権力を奪うと同じである。今から約80年以前、教皇グレゴリオ16世の時、公教会に珍しい証拠が立てられた。パロタという霊父がいた、この人物天主の忠実な僕と称せられていたが、彼に福者の尊号を贈るための審査に取りかかったところ、霊父が在命中、一死刑人を刑場へ送るため同行したことがあったが、この死刑人は改心することなく、天主の悪口を吐いて、あざ笑いながら断頭台の刑を受けた。その時霊父は血にまみれた頭の髪をつかんで、高く上げ、雷のような声で「見よ、これ地獄に落ちた者の顔を」と言った。その一言によってパロタ霊父の福者贈号は否定されたそうである。その理由は、どのような場合にあっても個人が地獄に落ちたと断言するのは不当であるからである。それよりむしろ、彼のために天主の憐れみを祈るのが私たちの信者のなすべき業である。

18・どのような者が地獄に落ちるか?③

17世紀に、聖母訪問会に聖人のような一生を遂げたマリー・マルギアノという童貞がいた。彼女は天主より次の黙示を受けた。サルポア国の宮廷にいるとき、よく知っていた皇族シャルル・アメデ・ヌムール太公がその義弟と決闘し、相手の剣に刺貫かれ死去した(200年前のことであり、今のように交通機関が備わっっていなかった。異変の報知は一週間の後に都市に到達した)がこの出来事の起った早朝、黙示によってマルチギアは知った。それで院長の前に出て「母上、ヌムール太公は敵の剣に刺し貫かれた瞬間、御自身の心を天主に捧げ、悔い改めたので、救霊の懸念はありましたが、煉獄の底に落されました。悲しいことです。誰が彼に援助をするだでしょうか」。院長はこれを聞いて、太公の救霊について深い疑問に閉ざされた。マルチアは言った。「臨終の際、太公の智恵は聖寵に照らされ、あたかも電光の閃めくような瞬間に悔い改める時があった。決闘する人の業は、永遠の死を受けることが当然ですが、諸聖人の通功により、太公のため天主に捧げられた祈りの功徳によって、悔い改めをする時期を得られました。太公のため、祈りと犠牲とした一人の庇護によって、全能の天主の正義はなだめられて、愛と憐みのもとに助けてくださった」

また某霊父は自分の父、兄が未信者のように生活することをとても悲しみ彼らに改心の恩恵を頂こうと修道院に入り、苦業をして天主に祈った。幾歳月を経たある日、自分の住む町の一病院に瀕死の者がいて、その者に善い終りを勧めるため、他の司祭が幾度も招かれたが患者は勧めを拒むばかりであった。次いで霊父が呼ばれて行って見ると驚くことに、罪の赦宥を拒む患者は自分の兄弟であった。忘れることのできない兄弟を霊父にはすぐわかったが、病人は気付いていない。もし病人が悟ったら驚きのあまり死ぬるかもわからない。悔い改めてもらうには、かえってこのまま他人を装うがよいと心に決め、最後の準備を勧めたたが秘蹟もこばみ、病人は衰弱の声もかすかに、自分の行ったことは取るにたらないものとなった。さて霊父は悲しみながら修院に帰り門の敷居を跨ぐとすぐに、院長は某町の黙想会に行こうとしていたが私たちのある某霊父が急病との電報が来たから、自分に代って説教するためすぐ行ってくれとの事であった。従順の願を立てた霊父はこの煩悶をかえりみず、頭をたれて承諾の意を表し、自分の室に入り、十字架の前に平伏し、主の御足に接吻し、涙と共に兄弟の改心を祈願し目前の悲痛を犠牲として捧げ、旅に出発した。指定された町に到着して、教会に入ると、直ぐ告解を聴いて下さいという青年が待っていると告げる人があった。告解場に行くとその青年は、控えめな態度で光輝く顔でおごそかに「霊父よ!私がここに来たのは、主イエス・キリストにより遣わされて、あなたに大きな喜びを知らせるためです。あなたは、兄弟が病院において死に瀕していたが、かえりみず、つぶやかず、ここに来た。その犠牲は大いに天主の御旨にかなった。あなたが部屋にて十字架の前に平伏し、その足に注いだ熱い涙を天主は数えてくださった。この悲痛なる時にもよく従順を守ったため、その報酬として危篤の迫っているあなたの兄弟は特別な恩恵を受け、立派な覚悟をして、最後の秘蹟を授かり、その霊魂は今煉獄にいます。あなたの父は難破した際に死にましたが、彼が怒涛と闘う中、痛悔と信仰を行ないました。この貴い覚悟により彼は恩寵を受けました。それは、あなたが修道会に入り、献身的生活を励行した効果です。父の霊魂は、今、天国においてあなたが占める座を整えています」。こう告げられた霊父は驚きと喜びに充たされて恍惚としているうち不思議な青年は消え失せた。この教会の人々は誰一人としてその青年を知る者はなく、以後出会った者がない為、霊父は父や兄弟の守護の天使が好報をしたと深く信じたのである。

(不思議な現象)病床に伏すヘルマン霊父の母は死期が迫って、断未魔の苦痛に悶えている時、慈悲深き聖母は、御子のひざもとに平伏し「私の愛する子よ、この憐れむべき霊魂を助けてください。今、この霊魂は永遠に失われるところです。私の僕であるヘルマンに代って望みます。そしてあなたの母である私は望みます。彼に恩恵を与えてください。この瀕死者の救霊はヘルマンにとって何よりも尊い。彼は幾千回となく私に向ってこの母の改心を祈った。私は何もしないで見ることはできません。この霊魂は私に幾度も捧げられた私の所有物です。あなたのお流しになった聖血と、私の十字架の下に受けた苦痛の真価としてこの霊魂をお救いください」と聖母の懇願が終るとすぐに、すべての聖寵の泉である主の聖心より、救霊に適切な恩寵が与えられ、頑固なユダヤの婦人の智恵と心意とを照らした。頑固と妨害とに打ち勝った婦人は「イエスよ、キリスト教の天主、私の愛する子が拝む天主よ、私は信仰と希望を持ちます。私を救ってください」と叫んだ。瀕死者が心の底からほとばしり出た言葉は、天主の他、誰も聴く事は出来なかった。主は仰せになった「ヘルマン霊父にこのことを告げなさい。彼が母の救霊のため、長く苦しんだ報酬であると言いなさい」。また仰せになった。「私の母に感謝し、他人にも感謝させなさい」と。いかなる機会においても救霊上、失望してはならないという事を、もう一つの実活をもって立証する。さて仏国のパリの有名な修道院に現在生きている一童貞がいる、ユダヤ人の血筋であり、その徳業と知識とのすぐれたことはこの修道女院、第一と称せられる者である。両親はユダヤ人で、彼女が20才の時、公教信者に改宗したがそれを知った母の怒りは非常なもので、娘を奪回しようと種々の策略をめぐらしていた。受洗後まだ日も浅い女盛りの娘は、その信仰はたいへん厚く、熱心に母の改心を絶えず天主に祈り、犠牲を捧げていたが効果は全くなく、娘は一大決心を固め母の改心のため犠牲を天主に捧げて祈願しようと25才の時修道院に入った。世の諺に親の心、子知らずというが、この母は反対に自分の子が真心を尽すほど憤怒を増し、娘の心、親しらずの心戦は20年継続したが、長い歳月が経つうちに母の怒りもやや平和になり、お互い行き来するようになった。ある日この孝行娘のところへ母が突然死去したとの凶報が来た。慟哭のあまり半狂乱となり書面をつかんで聖堂へ駆け入り、聖体の御前にひたすら平伏し泣いていたが、首をあげて「主よ、私は20年間母の改心のため、あつい祈りと流した涙の犠牲の報酬はこの凶報ですか?」と叫び、今日までした種々の苦業の大略を数えあげ「これらのことが全く無駄となり、母は地獄に墜ちた」と身を悶えて号泣した。その時不思議なことに聖櫃内より「あなたは、それについて、何を知っているのか?」とやや厳しい声が洩れてきたので、童貞は畏れと神威とに耐えず平伏した。再び「あなたの不信仰を咎めると同時に、あなたを慰めよう。聴け!あなたが母の救霊のためこれまでした祈願、苦業の報いとしてあなたの母の臨終に当り、特に意識を照らし、改心に必要な恩寵を与えた。これによってあなたの母は、苦悶の中で『天主よ、私は悔い改めます。私の愛する子が信じる宗教を希望します』と心底から悔い改め、世を去った。しばらく煉獄にいる。よって彼女に永遠の幸福を得させるため、あなたは、絶えず祈りなさい!」との御声であった。童貞の長い年月の悲しみの涙はすぐに喜びの涙と変り、天主に深く感謝した。

諸聖人の通功と天主が過去現在をかえりみてくださることによって耐え忍んだ艱難辛苦や、祈願の累功を蓄えてくださるだけでなく、まだ実行しない善業、苦業をも予知してくださり、未来を現在のように認めて恩寵をくださるからである。ですから、この世を去った者の救霊上の祈願、苦業、善業は徒労ではない。私たちにとって感ずべき深い尊い愛ではないか、ですから、日常において、悪い行いをあえて行い、気まま勝手に生活し、無害で無限の愛を得ようとするのは炎の中から水を求めようとする行いで、100の中99にも相当する運命に憧れるのは愚者である。大切な救霊をおろそかにして、不安な方法をとることは、健全な精神をもつ者とは決して言わない。思えば永遠という大事件ではないか。永遠は幸福になるか、災いになるかという大問題ではないか!……もし今死ぬとしたら…… 準備が出来ているであろうか?近いうちに、すべての事物に訣別して天主の裁判に出頭するだけの準備が出来ているであろうか。自分の意にやましい所はないか……その多い時間を!その50年、60年の長い歳月を!と臍を噛んで後悔する所がないであろうか?

人、呼吸、吹き尽して、残骸は、大理石のように堅く、かつ冷たい。その霊は、すぐに審判に連れられ、瞬間の猶予あるなしに、義人はその功によって、天使に擁せられ臨終で名を唱えた聖母マリア、聖ヨゼフの慈顔を拝し、慈主の温言の宣告を喜ぶ、悪人はその罪によって「私から離れよ」との厳命の下、たちまち悪魔の鉄鎖に縛られ地獄に落ちる。思え、そして選べ、二つの中いずれかを。これを思い、これを選ぶは、現在にあり、あえて、躊躇するな、死はすぐに来るから。

19・地獄に落ちないためにどうすべきか?

まず大罪を犯すことを全く避け、遅れることなく、絶対に心を改める事。以前に説明した真理を天主が私たちに啓示してくださった理由は他でもない、信仰と共に救霊の基礎である恐怖を私たちに、深く感じおこすためである。その恐怖とは、天主の義、その裁判の宣告の恐怖、地獄へ導く罪悪の恐怖、永遠に天主より捨てられて、言うに言われない、呪いと失望の恐怖、霊魂と肉体が受けるべき地獄の猛火の恐怖、罪人の罰と永遠の万難万苦の恐怖などで、これは自然的恐怖である。

主は「わたしは、自分の所に来る者を決して追い出さない」(ヨハネ6・37)と言いました。また聖書に「恐れおののきつつ自分の救いを達成するように努めなさい」(フィリピ2・12)とある。読者諸君よ!永遠と恐ろしい地獄の考えの前で、真面目と真実とをもって、自らを省みて、おろそかにするな。救霊について私はどのような状態にあるか?天主の御旨を行っているか?霊魂は大罪をもって汚れていないか?不意に死ぬことがあるなら、救霊を失うようなことはないか?もし霊魂が汚れているなら、躊躇せず速やかに悔い改めなさい。万事に越えて救霊を考えないといけません。「人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の身を滅ぼしたり、失ったりしては、何の得があろうか」(ルカ9・25)。

「今日出来ることは明日まで延すな」という世間の諺は肉体上のことのみならず、救霊上にも応用しないといけない。その理由はあなたに明日があるであろうか?それは疑わしいことである。
数年前パリの学生寄合町に、ある一青年がいた、パリに来て4年、若気に駆られて、あらゆる快楽に沈んでいたが、ある日その友人は青年を訪れ、同郷のよしみでいろいろ話して帰る途中、一冊の書物を青年のところに置き忘れしたことを思いだし、後戻りして青年の宿室の戸を叩いたが一向に返事がない呼鈴を鳴らしても返答がないので戸を開けてみれば、哀れなことよ!青年は倒れて死んでいた。ほんとうに別れて15分も過ぎない間の出来事であり、青年は心臓の破裂で倒れたのであった。彼の机のひき出しには、悪い手紙が満ちており、書棚にある書物もすべて悪いものであった。

これを考えた場合、常に天主の御前に審判を受ける準備をしなければならないことは明らかなことである。聖トマ・アキノ博士は「大罪をもつ人が何をして笑ったり、ふざけたりする事が出来るであろうか?私にはとてもわからない」と言った。また聖パウロは「生ける神の手に落ちるのは、恐ろしいことです」 (ヘブライ10・31)と言っている。

20・謹んで罪の機会と迷想とを避けること

罪の機会、ことに私たちの不幸な体験によって証明されている危険な機会を避けねばならない。キリストの次の御言葉を深く考えてもらいたい。「もし、右の手があなたをつまずかせるなら、切り取って捨ててしまいなさい。体の一部がなくなっても、全身が地獄に落ちない方がましである。」(マタイ5・30)「もし片方の足があなたをつまずかせるなら、切り捨ててしまいなさい。両足がそろったままで地獄に投げ込まれるよりは、片足になっても命にあずかる方がよい。 もし片方の目があなたをつまずかせるなら、えぐり出しなさい。両方の目がそろったまま地獄に投げ込まれるよりは、一つの目になっても神の国に入る方がよい」(マルコ9・45~47)。たとえ生命を失う場合であっても、ごらんなさい、私の教会において尊敬されるべき幾千万の殉教者は皆、この教えに従いました。

また私たちは迷うことに注意して、その捕虜となってはいけない。迷うのは私たちの強敵な悪魔が人を罪悪に誘う際に正面攻撃の誘惑の不利を見て、迂回的微妙な悪知恵をもって、私たちの霊魂を傷つけることである。この迷いは、いかにも不実、不義、巧妙に回数を重ねることがしばしばであり、いろいろあるが、とくに傲慢と淫欲に関連している。健康のためとか、必要とか、あるいは、習慣とか言って、だんだん、みだらな楽しみの道に流れる事、世上の習慣、礼儀、義理の名をもって快楽と虚栄とに流れて、天主と信者の義務を忘れる事、貧欲の盲者となって、金品で人をだます事は迷いの類で、地獄に落ちた人の中に、この迷いという裏門より入り込んだ者は非常に多いのである。ああ、少しは自分を欺くことは出来るが、天主を騙すことは決して出来ない。

修道士の生活もこの迷いを全くふせぐことはできない。地獄に霊父も修道者もいるその数は小数とは思われるが、とにかく確かにいることはいる。世界を照らす者でありながら、どうして地獄に落ちたかといえば迷いという不幸な道を歩んだからである。マルチニアという修士は、二十五年の久しき修徳、進善、聖人の如く聖業を修めていたため、その名声は響き渡っていた。悪魔はマルチニア修士を罪悪におとし入れようと、一人の悪い婦人を使った。この恐ろしい危険に迫り、彼は容易なことではこの誘惑に打勝つことは出来ないと考え苦しんでいるうちに、夢中になり外に積んであった薪木に火を放ち、その中に飛び込んだ。しばらくして、火中から出て厳しく、かつ強く我が身を戒めて自問自答して「マルチニアよ、この火の中にいるのは愉快であるか?もし終りない地獄の火に耐えることが出来得るなら、この婦人に従え、これはすなわち地獄に行く道である」と言い終わって、再び火の中に飛び込み「天主に背くより、この火の中で死ぬのが結構である、もしこの微々たる火の中で、数分間でも辛抱が出来ないなら、どうして地獄の猛火の中に、永遠に焼かれることを凌ぐことができるのか」と言った修士の剛勇、この火傷の治療まで10ケ月もかかったとのことである。悪い婦人はこれを見て深く感じ、改心して修道院に入り、苦業12年遂に美しき、幸福なる最後をもってこの世を去ったという。真に心からの望むならば、いかなる誘惑にも天主の恩寵によりて、打ち勝つことが出来るというがわかる。

21・公教会的信者の生活をもって自己の救霊を確実に保証する事

㈠犬や猫のように、起きては寝、寝てはまた起きるというようなことは公教信者に絶対的にあってはならない。公教信者は、朝起床の時、また夜就寝前、祈りをもって自分の心と行いとを天主に捧げねばならない。もし暇のない時、疲労のため長い祈りが出来ないならば、熱心な短い祈りでもいい、主祷文、天使祝詞、使徒信経の三大祈りで充分である。これに痛悔の祈りを加えるのは良い習慣になる。もし不幸にして急死することがあるならば、この痛悔の祈りこそ、その急死の準備であるから、天主の恐ろしい裁判も、安心して受けられる。ロザリオを手に握り、あるいは首にかけて眠るまで、つまぐるのは、聖母の御保護を受けるため立派な方法である。もし即死するようなことがあるならば、聖母は御自分で、私審判の法廷にのぞまれ、御子キリストの御前にてこの信心家、聖母に対する崇敬者であるこの愛子のため、力ある弁護をしてくれるのは間違いない。睡眠は死と永遠との象り(かたどり)である。したがって毎日寝る前に、私はいつか死ぬであろう、その時は現在あるこの肉体も冷たくなり、青ざめて固くなるであろうと考えることは、救霊のため、効果ある霊薬となる。ある人が、聖ビンセンシオ・ア・パウロに尋ねた。「 師よ、今この死の際にありながら少しも恐怖の様子が見えません。どうしてですか?」「おお!なぜなら、私は17年前から、毎日就床前に死の準備をしていた。そのためです」と聖人は答えられた。

㈡主曰、祝日の務めをまもること
相当の理由なくして主日、祝日の重い義務を守らない信者は大罪を犯すことになる。信者のなかには、この重い義務を軽視して、一向に大事にしない者があるが、この掟には労働的な仕事をしてはいけない禁令と、ミサ聖祭に与かるべきという二種がある。労働的仕事とは身体に力のかかわるすべての業務を休まねばならない。しかし例外がある。
①信心的労働、例えば御聖堂の掃除、香台の装飾、聖なる行例の準備などは例外である。
②慈善的労働、例えば貧困者を助けるための労働、病者を看護することなど、このような場合には働くことの方が、天主の御旨に適う。
③救済的および、危急的労働、公私の別なく、すべて許されている。宗教あるいは国家のため戦う事、火災の時に火を消すこと、洪水のため、提防を築くこと。水夫などは日曜日に働く事が出来る。
④習慣より、主日、祝日に食事の料理、身体の清潔、家の掃除、家畜の世話などは許されているが以上揚げた場合を除いて2時間連続して、あるいは切々にても同じ時間、働くことは大罪である。
⑤労働免除、許しを得て日曜日に働くために、理由が充分明白でない時は、霊父にその許しを願わねばならない。教皇は、全教会の信者に、司教は教区内の一般の信者に許しを発する事が出来るが、一教会の霊父は一般的に労働の許しを信者に与える事は出来ない。個人的な信者に、また現在の必要の場合のみ許しを与える事が出来る。日本において、貧困の信者、例えば業務をしなければ、生活の出来ない者は、霊父の許しを得て、主日祝日のミサ聖祭に参拝した後、業務をする事が出来る。しかし主の御復活祭、聖霊降臨、聖母の被昇天、主の御誕生の、四大祝日には労働の許可はない。主日、祝日に労働の許可を受ける方法は地方によって異なっているから、その地方の習慣に従うのがよい。しかし霊父の許可を得ねばならないということを忘れてはならない。

諸君が今よりますます主日、祝日を重視して、守ってもらえるように、また諸君の上に天主の御恩寵が豊かに降るように、次の体験と歴史に関する事実を注意して読んでください。そして次の言葉を深く脳裏に入れて置いてもらいたい。主日、祝日に業務としたために金持ちになった者は一人もなく、また祝日に仕事を休んだために貧乏になった者も一人もない。かえって主日、祝日に仕事をしたために貧乏人になった人は沢山いる。天主に背いて儲けた呪いの金銭は失敗と、災いとの原因となるのは当然のことである。福者ビアンネも言っている「主日、祝日に儲けた金銭は、その入れてある財布の底に穴をあける。このようにして他の金銭も共に流してしまう。即ち病気とかあるいは種々の火災などにかかって、儲けたその呪いの金銭よりも沢山の金銭を使わねばならない」 とこれは体験から出た話しである。12ケ月休みなしに働きて得た儲けより、掟に従い主日と、祝日を休んで、働いて得た儲けは、沢山であるという実証は多くある。一見不道理のようではあるが、創造主の命令に従って働く者は、天主の恩寵を受け、これに反して欲のため、主日、祝日にも労働を休まないものは天主の呪いを招く筈である。

㈢主曰と祝日とには謹んでミサを聴くべし。
主日、祝日に労働を休むのみではまだ足りない。なお謹んでミサを拝聴すべしという第一の重大な義務がある。やむを得ない場合を除いて、この義務を怠る者は大罪を犯す。 自己の過失や怠慢でミサ聖祭の拝聴を怠ったり、ミサ聖祭の大部分を欠いたり(例えば、聖福音後ミサを拝聴し始めたり、はじめから聖体拝領までの大切なことの間に、その一部を欠いて外出するなど)、あるいは聖祭中大部分の間に故意に心を散らす者は、大罪を犯すのである。したがって大罪を犯すよりも、財産、名誉、健康のみならず、生命までも失うほうがよいと思うのは、公教信者として信仰の目をもって見て当然のことである。

前に述べたやむを得ない場合とは!
①絶対的不可能の場合
どうしても教会に行けない者、即ち、病人・囚人・ 旅人・戦場の兵士等で、彼らは御ミサに与からなくても罪にならない、「不可能なことに誰も服従の義務はない」との原則に基づき、公教会は無理な事を決して信者に命令しないからである。
②相対的不可能の場合
道理上出来ないことはない。しかし実際のところ不可能、例えば事故の為、名誉とか財産とかに危害の起る時、回復しかかった病人が教会に行くことで、再発の恐れのあるとき、気候とか、遠距離のため、病気に犯される恐れのある老人、その他、大変天気の悪い時または教会より遠く離れて住んでいる人などはミサに与らずとも罪にはならない。すべての場合、全般的な法則を規定するのは難しいので、人により、場所により、時期により、また習慣によって充分の理由あるかないかを判断しないといけない。妻は夫より、召し使いは主人より、ミサ聖祭に与かることを禁止られた場合において、その命令に違反する時にその身が大損害を受けるなら、彼らは御ミサを拝聴しなくても罪にはならないが、しかし、このような家に使われる召し使いは一日も早くミサ拝聴のため自由を与えられる他の良家を求めないといけない。妻として、夫と別れることは出来ないので、ますます従順、忍耐を旨として熱心な祈りと犠牲を天主に捧げるようにすれば、いかに頑固な夫といっても、ついには信仰の防害を止め、その自由を受けることは間違いない。
③愛や、慈悲のために、御ミサに与れない場合がある。例えば看病人として、御ミサに与かるため病人を一人でそのままにする事は出来ない、あるいは留守番のない時、母親は子供をそのままにすることは出来ない。このような場合には、ミサに与からなくてもとも罪にはならない。 適当な理由のため、ミサ聖祭に参与が出来ない者は、それと同時に労働をする許可もあると思ってはならない。ミサ拝領の責任は免がれても労働を休む義務は、依然として残っている。なお、やむを得ず、御ミサに拝聴の責任の代用として、ミサに与かることの出来ない時の祈りを唱え、あるいはロザリオを唱えることを、熱心な信者は怠らないのである。学校のある生徒が頭痛のために日曜日の御ミサを怠たる。しかし平日これ位の頭痛で学校を欠席するかと尋ねれば、「いいえ学校を休めば損をする、成績に関係する」と答える。この場合はどうだろう、天秤で計って御覧なさい。このような勝手な口実のため御ミサ拝聴を怠るのは最も不道理で、罪になるのである。
自分は、数万人の中から天主から特に選ばれ、信仰の宝を受けている、その有難い恩恵の御恩に報いるため、公教信者として、その大切な務めを尽くすことは、自分の最上の名誉であると思わねばならない。この信仰上の実現的勇気こそ、天主の光栄の発揚である。かつ未信者より尊敬を受けるもととなるのである。これに反して、信仰上の恩恵を持ちながら信者らしくない未信者を装い、信者の本分を行わないのは天主に対する忘恩者である。「しかし、人々の前でわたしを知らないと言う者は、神の天使たちの前で知らないと言われる」(ルカ12・9)と仰せになったキリストのおそるべき御言葉を考え、心に深く刻み込まねばならない。自分とキリストの代理者である霊父とをごまかすことは簡単であるが、人の心の底まで見とおされて全てを知っておられる天主をごまかすことは決して出来ない。主日、祝日には労働を休み、ミサに授かったあとに、いつもより多く祈りをし、良い聖人伝を読み、貧しい者や、病人を見舞うことは、主の日を聖にするために、最も良い方法である。

㈣大斉・小斉を守るべし
この二つの教務は病気や妊娠で実行することが出来ない場合の外は、厳重に守らねばならない。大斉は、1日にただ1食し、あと1食ひかえ目に食することである。年齢は21才から60才まで、大斎の日は、灰の水曜日と聖金曜日である。小斎とは、鳥獣の肉を食べないことです。大斎は食物の量を節制するのに対し、小斎は、食物の質や美食に対する節制である。一人ひとりは各自の判断にまかされている。とくに愛徳のわざ、信心業、節制のわざを実行することをもって替えることができ、14歳以上の人が守る。小斎の日は、毎金曜日である。(その日が祭日に当たるときには、小斎とはならない)。

㈤緊急な時、朝起きる時、夕寝る時、食事の前後、十字架のしるしを慎んですることは、とても善いことである。もし公然に十字架のしるしをするのが都合の悪い場合、母指にて心臓の上に描けば熱心の度は増すのである。十字架のしるしをいいかげんにするのは不敬である。十字架のしるしは公教の基礎であり、三体一体と、イエス・キリストの御託身の玄義を含んでいるからで、十字架のしるしをするたびごとに、その玄義を思い起す機会である。

㈥職務に差支えない限りは日曜の外にも、常に御ミサに授かる事ができるならば、大きい利益がある。特別に聖堂を訪れ御聖体を訪問し祈る。そうできない時は、外出するついでに2、3 分、御聖体を訪問し、家に戻っても御聖体に祈るなら、これこそ信仰を養う確かな方法である。

㈦聖母マリアに信心を持つことは救霊の確かな印である。
聖母マリアはキリストの尊い母、私たち人類の慈悲深き母であるから、特別に敬愛しないといけない。聖ベルナルドを始め、他の聖人等の教訓によれば「聖マリアに対して、真の信仰を尽くすものは、現世にて、悪魔の誘惑、肉欲の快感、世間の幻栄から遠ざかり、身霊を深く保持し、天上にて永遠の万福を受けて楽しめる諸聖人のように、自分も将来必ず永福を確かに受けるべきものであると、今より確信することができ、心の慰めを得られる」と言うことである。福者ヴィァンネ霊父が言うには「私たちに対して聖母の愛は本当にはかり知れないほど大きい。世界の始まりから終りに至るまで、普通の母が子に対する愛を集めたとして、その愛を聖母と比較しても無限の隔たりがある。世間の母である者がいかに尽くしても、聖母が私たちの霊魂を救護してくれることには及ばないこと、天地の差どころではない。ですから聖母の真の僕となるならば地獄に落ちることは無い。このことを忘れてはいけない」と。聖母に対しての信仰は天主がおられる所へ行く道を照らす燈火である。私たちはこの燈火によって、安心と希望とをもってその道を進むのである。もしこの燈火がないならば、天主の方へ行く道とは知りながら、世間を流れる弱い心の闇に迷って、その道を進むことは難しいのである。この信仰は私たちの公教より離すことのできない必要な一部分である。即ち救世主は聖母マリアをもって、現世にお降りになったように、私たちは聖母マリアの取次ぎをもって、救霊の聖寵を招かねばならないと天主は定めてくださったのである。公教信者の霊魂が聖寵の生命にあるか否かを知るには、聖母の聖名を聞いて、敬虔の度の高いか低いかを調べれば分かるのである。それゆえ、聖母に対して信仰のない者は、地獄に落ち易い。聖母に対する信仰の心が残っていたため、救われた大罪人の数は数え切れぬほどである。聖母に対する信仰をあらわす、いろいろの方法のうちにロザリオは最も行い易く、大切で必要なことである。ロザリオを用いなくてともただ携さえているだけでも、聖母マリアの御保護を受けるのである。天使祝詞を反覆して唱えるは、あたかも聖母マリアの御前に薫香、馥郁(ふくいく)たるハーブの花を撒布するのと同様である。「天使祝詞を一遍唱えれば、天国の銀行に金貨一枚をあずけるのである」と聖女ゼルツルダは見た。日曜日聖堂に参詣する途中にロザリオを唱えるのはまことに幸福なことである。御ミサに授かり、告解をし、聖体を拝領するための準備として、大いに有益な方法であるからである。「途中で心が散り易いから、ひとり祈っても、天主にまでとおりはすまい」と思う人がもしあるならば、心を散らしても、その祈りは確かに功徳がある。途中の事情で知りながら心を散らして、ロザリオを唱えるのは、唱えないことよりも優れている」と私は断言する。ロザリオを唱える習慣あるものがこれを止めるのは、実に恐るべきことであり、ロザリオは、私たちの信仰の熱意と冷淡の度数を示す寒暖計である。退屈、嫌悪、誘惑に迷う憂いは、決して無いものであるか、もし不幸にして、ロザリオを遠ざけて、迷いの道に踏み入ったものがあるならば、速かに告解をして良心を深め、新しい清い生活を始めねばならない。聖母マリアに対する深い信仰をもった人が、ある時重き病に倒れ看護する者にいう。「私の病はますます重くなって、いよいよ危なくなった時、あるいは確実に死んだのか、ただ昏睡状態に陥ったかを知りたいならば、聖マリアの聖名を1枚の紙に書いて、私の心臓の上に直接つけて下さい。もし昏睡状態であるならば、私が常に深く愛してくださる聖名の尊い御恩で蘇生るに違いありません。もし心臓の脈が無ければ、無論、この世を逝ったのだと思って下さい」。読者よ、この美しい言葉の味を味わってこのように聖母マリアに対する深き愛の信仰を養わることを希望する。

2,3週間ごとに告白し、出来得る限り聖体拝領をするのは大変良い習慣である。罪悪の痛悔と善に至る決心を伴う告白、または成聖の聖寵と誠実な真心を伴う聖体拝領は、憐れみ深いイエス・キリストよりその霊魂が救われるのであるから、真の告白と聖体拝領との二つの方法は、大罪を逃れて、悪を退け、善に進み、徳を積むことの一大要務である。聖体拝領すればする程、善に進み徳を積むのである。善意があれば、1週間に2・3度、あるいは教皇ピオ10世の御希望(意向)に従って、毎日でも拝領することは最も良いことで、大いに霊益を受ける。

一人の娘がいた、両親の信仰心があまり熱心でないため、日曜日のみ御ミサに授かることだけ許し、その他の日の外出は許されていない。しかしながらこの娘は4年前より内緒で朝早く起きて聖堂に参詣し、1週間に3,4度位聖体を拝領するのである。隣室の両親が目覚めないように、静かに起きておもむろに1時間程掛かって着物をととのえ、2階から段を下りる為に、ぬき足さし足して、音がしないように注意するから30分も要る。そして出入をするのに細心の注意を払うのであった。起きた時、隣室の両親目覚めたと悟れば、その日は止めて、翌日に延ばすのである。そのため両親は知らない。この娘の熱意ある聖体拝領と、また拝領しようとする望みとは、イエス・キリストの聖慮にかない、その報いとしてその娘にたくさんの聖寵の恵みをくださったのは間違いない。

諸君、その熱心の程度までなくても、自身の救霊を気にするならば、少なくとも毎週1度は、聖体を拝領するがいい。私たちは欠点、短所の中より特にはなはだしいもの、例えば傲慢、淫欲、嫉妬などを抑制せねばならない、この欠点が私たちの霊魂の要塞の弱い所であるが、この弱みにつけこんで強敵である悪魔は襲って来る。したがって告解、聖体の秘蹟をしばしば授かり、欠点、短所を補って悪魔の襲い入る隙がないようにするのが大事である。私たちは悪い友、みだらな書物を避けて、霊魂を傷つけないようにしないといけない。前述のことを各自救霊のために守らねばならない、私は強いてはいないが、勇気と励ましで善の道に進んだならば、何よりも緊急な救霊を得るために、身に余る成聖の聖寵を受けて、地獄の永遠の苦患を逃れることが、容易であると断言する。たとえば正義と材能を以って財産を増やせば、貧乏に陥る心配は無いように、救霊の霊的方法をたくさん豊富に利用し、応用すれば地獄に落ちる心配は無い。読者諸君!私は霊的方法を各自に応じて、応用のされる限り応用し、利用される限り利用することを希望する。かくて私たちに対して無限無量の愛をくださり、私たちを永遠の苦患より贖おうと、尊き鮮血を一滴も残さず流してくださった主イエス・キリストを愛するために、福音の教えと掟を厳密に守って、主が仰せになる「わたしに向かって、『主よ、主よ』と言う者が皆、天の国に入るわけではない。わたしの天の父の御心を行う者だけが入るのである」(マタイ7・21)という純粋の信者であることを希望する。ある人が徳の篤い老修士に尋ねて「恐ろしい誘惑に受けるときに、これに落ちないようにするには、どうしたらいいでしょうか?」と言ったところ、老修士は「地獄の事を考えなさい、地獄の永遠の苦患の恐怖はあなたを悪魔の誘惑より逃れさせるだろう」と答えたという。

22・悪魔の計略に落ち、地獄に沈む者はどのようなものか?比喩話

次にあげるのは比喩談ではあるが真面目に味わったならば悪魔の誘惑に迷い、悪魔の計略に落ちて、地獄に沈み、悪魔の友となるものは、いかなる人であるかを知ることができて霊益を得ること少なくはあるまい。

地獄に大祝があった。アダムに罪を犯させたルシフェルは救世主の契約を聞いて驚いた。恨みと詐欺とで導いた元祖の罪の結果は消えるものと分かってきた。それゆえ、ルシフェルは悩みもだえていたが、しばらくしてその傲慢の額を仰いで、憎悪に満ちた笑いをしながら「見つけた、見つけた。主よ、またお前と戦おう。お前の救世主と名づけた者の事業に反対する方法を見つけた」。この戦略準備のために地獄にて大きな祝いがあった。ダイヤモンドの大きな魂を彫って容器とした。この坩堝(るつぼ)は、山のように大きく、火炎海で満ちている。その周囲に悪魔は皆並び、その素晴らしい光景の準備を喜びながら沈黙して見ていた。ルシフェル「我が座の座して余れる部分よ、この容器の中に入れ」と叫んだが、たちまち、その座の余れる所はつぶれてこのあやしい器の中に投げられると火炎海は突然泡立って、その座の余りであったものは焼石に変わった。悪魔の恐ろしい顔はほてっていた。「傲慢の悪魔よ、お前の血を持ってこい」と煩悩の王ルシフェルが叫ぶと、その傲慢の悪魔は尖ったその爪で動脈をかき切って流れる血を器に満してその王に捧げた。赤い火炎の深湖の噴火口をのぞいて、ルシフェルはその器の血を流し込み、黄金づくりの杖で混ぜながら落ち着いて言う。「この金属によって、人類は傲慢の希望を感じよ、その同額のみならず、天主の上にも思いあがれ、偽善者となって俺を拝むようになれ、人類の心は善事に無感覚となり、同情心も慈善心も消滅してしまえ」との声に合わせて悪魔の衆は一緒に叫んで言う。「アーメン(まことに)」。

「貧欲の悪魔よ。お前の血を持って来い」と言う声によって捧げられた血を、坩堝の淵に投げて、ルシフェルは言う「この金属を欲するために、人類はその良心も霊魂も売るに至れ。謀判人となって君主も友も国も、親も売るに至る。わいせつなる書籍、みだらな小説を夢中になれ。その門にほどこしを願う乞食が餓死しても知らない顔をするに至れ、財産を貪り集めたその結果として、人に憎まれ、嫌われ、終局は欠乏と艱難とに沈み、失望・落胆して呪われて死に至れ」。悪魔の衆は答えて言う「アーメン」。

「邪淫の悪魔よ。お前の血を器に盛り、持って来い」との命令によって持って来られたどろりとした泥のような血を、ルシフェルは熔けた金属の上に流して言う「この血よ、お前によって人類は創造主の否定に至れ、肉の神、泥の神をつくるに至れ。恥辱と不名誉とを買うに至れ。遊廓、劇場を建て、あらゆる肉欲の快楽に耽り、犬や豚のような不潔でみだらな楽しみが地に行き渡れ」。悪魔の衆は声を合わせて言う「アーメン」

「憤怒の悪魔よ、お前の血を・・・…」との命令に捧げたる血を、ルシフェルが火炎の淵に流せば、暴風で波が起るように、金属は泡立った。怠惰の悪魔も命令に従い捧げた血をルシフェルが坩堝の火の淵に流して混ぜている間に、悪魔たちは、皆、侮辱、嘲笑、その他あらゆる悪徳を発揮して騒いでいた。

その時ルシフェルは悪魔の衆に向かって言うには「地獄の武士よ、我が友よ、万国に行って、地中にこの金属を隠せ、人類の目と心を惑わすためにその一部分は河の砂に、一部分は地の底に隠せ、金属を得ようとして艱難をいとわない者には、金属の価値を高くするため、少量を認めさせよ」。 命令のままに悪魔たちは万国に散りゆき、後に残ったルシフェルは冷たい沈黙に沈んでいたが、天を仰ぎ天主に叫んで言った。「俺に勝った者は………救世主でもって人類を救いたいであろうが、俺はこの金属によって人類を堕落させる。そのためには、救世主のように苦労するとかは必要ない」

しかし、天主の天使は地を護っている。悪魔が地の底や砂の中に金属を隠し去れば、天使は近づいて、その羽翼を金属にふれて言う。「この金属よ!善業のため、罪の赦しのため、天国に登るためのものとなることを願う」と。

主の審判に出て、一生涯の善悪について審判される日が必ずくる………その日こそ、永遠の世界に入る日である。犯した罪に対する良心のとがめ、悪魔のひき起す失望、申し渡される判決の不安で、ああ、霊魂は、どれほど、取り乱れるだろう。だから今より、イエスとマリアを固く愛して、私たちの運命の定まるべきこの最後の日に、見棄てられないよう心掛けることは大切である。毎日、死する者は14万余人、昼夜を問わず、天使は多くの人を刈り取り、これを載せ、一瞬の時を待つこと無く施行される。見なさい!聖霊降臨は清く、三位一体は白百合の花薫り、聖体は去り、ペトロ・パウロの二聖者は来て、聖母マリアの被昇天、および聖徒、聖なるロザリオと数え去り、諸聖人や死者の記念日があり、長夜の闇を破る聖母マリアの無原罪の御宿りに、次いでイエス ・キリストのご降誕の燈火は昼よりも明るく、イエスの公現となり、聖母の潔めの式となり、御子イエスの奉献となる。しかし、これらは皆、この好磯をもって教会は公教信者から悪を退け、善に進ませ、成聖に至らせようとするものである。教会のこの意志を持ち、それを行い、四旬節のときには、身を清くて、霊魂を聖とし、天国の旅糧を得て、無窮の天日を見る者は、日に美徳の花香り、月に功徳の実、熟するものである。さて、このような者は、日に幾十万、生まれ出たもののなかで、果してどのくらいか?見よ、公教の苦業と善修を厭い、瞬間の快楽のなかで一生を過ごして、地獄の永遠の火の海に入れられるのは、いかに多いかを!

地獄 終わりに

私たち公教は、真理であることのいろいろの証拠、ことに地獄は存在するということをもって見ても、常識をそなえている者ならば必ずその真理の光に照らされて、この公教に帰順するのである。ヴィンセンシォ・ア・パ ウロを聖者とした宗教、ダミアン霊父を始めとして、無数の献身的生活の賢者を生んだ公教………数えきれない聖者と1200万人あまりの殉教者を出した聖教の中にどうして不道理があると言われようか?

世間は広いので、地獄の存在を否定する愚かな者もいるが、幸福にもその数は少ない。この愚かな者たちは自ら好んで地獄に落ちる者である。さて地獄の存在を拒む者は、どんな人かというと、傲慢によって心が盲目となった者、厭うべき利欲の霧にさ迷っている者、酒や快楽におぼれる者、不徳不正な者、親のつとめをはたさない親、夫のつとめをはたさない夫、妻のつとめをはたさない妻、国民である価値のないような国民などのようなものである。このような者が地獄の存在を拒むのは、自分自身、地獄と深く関係しているからである。もし地獄が存在すれば、自分たちがそこに行かねばならないという事をよく知っているから、改心するより、むしろ良心の咎めに背いて、自分をごまかして「地獄は存在しない」と大声で叫ぶのである。しかし、いくら叫んでも、天主のお定めになったことは変らない。天主の御言葉と地獄の恐ろしき罰とは、永遠に存在する。これに反して地獄の存在を信じる人は、実際に多い。地獄の存在を信じれば、思い・言葉・行いを注意するから、地獄に落ちる心配はないであろう。イエス・キリストは仰せられている「天地は滅びるが、わたしの言葉は決して滅びない」(マタイ24・35)。 最も大事なことは救霊であることは「人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか」(マルコ8・36)との御言葉にある通りである。このように大事な救霊を明日まで延ばしてはならない。私たち皆にとり確かなことは、明日は確かではないことである。統計によれば地球上で毎日の死者の数は14万人あまり、これを1分間にすれば90人あまり、1年にすれば(我が日本の人口と同じ)5000万人あまり死ぬのである。このうち3分の1は即死である。私たちがこの世を去ったとしても、長い年月を経るにしたがい、忘れられてしまうだけである。ただ私たちの永遠に残るものは、私たちの今日の功徳と罪の二つのみである。だから一日も早く天主と和解しておくことほど大事なことはない。明日では遅いかも知れない。

この地獄という恐ろしい問題を目の前にして、これを嘲弄したとしても、その問題をなくすことは出来ない。潮弄と問題とは全く別である。私たちは①地獄の存在を信じ②地獄はどのようなものであるかを知り③その永遠の苦しみを思い④どうしたらここに落ちないかを知っているならば、地獄の暗闇に陥る心配はない。

トラピスト修道院の壁に「苦しみなく死ぬ楽しみは、楽しみなく暮らすのと同じである」と題してある。実に死ぬ時の断末魔の苦しみは、想像以上のものである。その苦しみを思えば、この世の歓楽を快く捨てて暮らす価値が充分にあることがわかる。ある人が、修道士に「いつ改心すればいいか?」とたずねた。ところが修道士は「死ぬ前日がよい」と答えた。「死ぬ日は、とても知ることができない」と言ったら、「それなら今日悔い改めなさい、明日では遅いかも知れない」 と答えた。憐れむべき、愚かな罪人よ!ただ一瞬の不潔な快楽のために、永遠の苦しみを受けるのか?一ヶ月、一年の病苦ですら耐えるのは辛いと嘆く者が、地獄の永遠の苦しみを味わうならどう言うのか?この永遠の苦しみを黙想して、聖人たちは勇気をもって、今の世の苦しみを耐え忍んだのであった。ある修道院に、炊事係り修士がいた。石窯の前で絶えず涙を流していた。その理由をたずねたら「この石窯の火を見て、地獄の永遠の火を思い、この永遠の火から免れるため、この火の熱さに耐えて、罪を償い、悔いているのです」と言った。地上の名誉、快楽、財産は土の塊からできた金銭という泥土の価格である。この泥土のために永遠の生命を棄てる愚か者がたくさんいる。この泥土の一杯と霊魂(全地球よりも価値のある霊魂、イエス・キリストが十字架の苦しみとその血とをもって贖ってくださった)と交換する者が少なくないのは、嘆かわしい事である。「読者諸君の中に、地獄に落ちる者はいますか?」ともし聞いたなら、次のように断言する。「地獄に関する記事に無関心であるならば、その者は確かに地獄に落ちる」と。公教信者でありながら、未信者と同じ生活する者、良心の声を聞かず、霊父の訓成・勧告に耳を傾けない者、秘蹟を受けてもこれを汚す涜聖の偽善者、他人の財産名誉を害して償わない者、兄弟を許さない者など‥‥は、これらのものは皆、泥土の奴隷であって、地獄に落ちる者である。明日とは言わず、今すぐに、心からの痛悔し、罪と罪の機会、原因を避け、私たちを騙し、直接地獄へ導く不潔な泥土を軽視し、告白をもって心を清め、誘惑に陥らないため、絶えず祈り、霊魂を潔白にし、最後まで忍耐し、臨終の秘蹟、天国への旅糧を霊父の手より受けて、呼吸が休止したとき、「天地創造の時からお前たちのために用意されている国を受け継ぎなさい」(マタイ25・35)との喜ばしい聖言葉を聞きたいものである。この美しい聖言葉を聞くために、諸君よ、公教信者らしい生活を送り、善良平和な臨終がおくれるように聖母マリアの取り次ぎを願い、イエスの聖心の前にひれ伏して、心をこめて願うことを、この巻の終わりにあたり、希望して止まないのです。

大正八年八月三日
マキシム・プイサン神父