第23の歌

かのリんごの木のかげで
あなたは私に許婚けられた
あそこで私はあなたに手を与え
あなたはいやされた
あなたの母が、傷つけられたその所で 

解説

2 天の花むこはこの歌のなかで、霊魂をあがない、これと婚約を結ぶため用いた感嘆すべき方法と計画とを霊魂に示す。すなわちかれは人間性の堕落と滅亡の原因となった条件に対応する手段をいた。人類がアダムにおいて亡びたのは、楽園で禁断の木によってであったがこれに対応してイズスキリストは十字架の木によって人類をあがなわれた。かれはそのご苦難とご死去とによって人類に赦しと憐みの手を差しのべ人類と神との間に横たわる原罪というへだてがとり去られたことを高らかに宣言された。

かの、りんごの木のかげで

3 りんごの木はここで十字架の木を意味するから、この句は、十字架の木のおかげで”ということになる。この木の上で神の御子は人類をあがない、これと婚約を結びしたがって一つ一つの霊魂と婚約を結んだのである。かつ、かれが、そのための恵みと保証をお与えになったのもまたこの十字架においてである。

こで、あなたは私に許婚けられた
そこで私はあなたに手を与えた

4 これはすなわち、私はあなたに、恵みと助けとを与えて私の伴侶、私の許婚者とするために、あなたを低い状態から引きあげた、との意である。

あなたの母が傷ついたその所で
あなたは、いやされた

5 あなたの母つまり人間性は、木のかげで、人祖において傷つけられ、あなたもやはり、そこで―十字架の木の下であがなわれた。それであなたの母は、木の下であなたに死をもたらしたとしても私は十字架の木の下であなたに生命を与えた。このようにして神は、この霊魂にご自分の上知の処置や摂理を啓示なさり、いかほど賢明に、かつ、美事に悪から善を引き出すか、そして、悪の原因であったそのものを、より大きな善へと処置なさるかを示される。このことは雅歌のなかに文字りしるされている。私はりんごの木の下でおまえを起こした。おまえの母はかしこで弱り、かしこで傷ついた(8・5)

6 ここでわれらが語るのは、神が十字架上でわれらの霊魂とともになされた婚約のことではない。それは、ただ一度で決定的に行なわれ、神はそのとき、最初の恵みを与え次いでおのおのの霊魂にそれを伝達される。ここで問題となっている婚約は完徳の逆をじてなされるもので、各自の固有の道を経て少しずつ行われるものである。これらの二つの婚約は、結局のところ一つのものに過ぎないのだが、違うところは、一つの霊魂の歩みに従ってなされるので、少しずつ進み、他方は神の歩みに従うので一度で行なわれるということである。今問題となっている契約は、エゼキル書のなかで神ご自身が霊魂に語りかけながら、次のよ暗示していられる。「あなたは生まれた日にすでに、あなたの魂をいとうべきものとされて地の面に捨てられた。ときに私はあなたのそばを通りかかり、あなたが踏まれて血にまみれているのを見たので、このようにあなたが血にまみれているとき、あなたに生きよといった。まことに私はあなたにいった。血にまみれつも生きよと。私は、あなたを野の若草のように加させた。あなたは生長して大きくなり、成熟して女らしい優美さをそなえるに至った。あなたの乳房ふくよかになり、あなたの髪はのびた。しかしあなたは裸であったから全く恥らっていた。ちょうど私はあなたの傍を通りかかり、あなたを見たところ、見よあなたの年頃は愛せられる頃であったから私は私の上衣を拡げてあなたに打ちかけ、あなたの恥をおおいあなたに誓っててあなたと契約を結んだかくてあなたは私のものとなった私はそこで、あなたを水で洗いあなたの血を去ってその身を浄めあなたに油を塗り五色の衣を着せ、紫のをはか、細りの亜麻布を帯とさせ、軽をまとわせたまたさまざまの装飾もてあなたを飾り、あなたの手には腕環を、には鎖をけさせ、には環を耳には耳環を、頭にはしい冠をけさせたかくて、あなたは金銀に飾られ細織りの亜麻布や、ぬいのある五色の衣をせられて、よい小麦粉と蜜と油とを食し、甚だ美しくなって女王の位に昇った。あなたの美しさのゆえに、あなたの名は国々の民のうちに拡まった。」(エゼキル16・5-14)以上がエゼキェルのことばであって、それらは今、問題の霊魂に完全にあてはまる。

次の歌についての注

1 花よめと花むこが、愉悦のうちに自分を渡し合ってしまってから、ただちに両人の床が問題となる。花よめはこの床の上で前述の花むこの楽しみを以前よりももっと落ちついて味わうのである。それで、次の歌において、神的な、清純な、貞潔なふたりの床のことが語られるのであるが、霊魂はそこで、神的で清純で貞潔である。なぜなら、この床は、これから説明するように、神の御子、聖言葉なる天の花むこご自身にほかならないから。そして霊魂は、かの愛の一致を介してそこでいこうのである。霊魂はこの床を花で飾られたという。なぜなら、花むこは花で飾られているばかりでなく、歌のなかでいっていられるように、かれご自身”野の花、”谷の百合”であるから(2・1それで花よめは花で飾られた床の上でいこうばかりでなく、神の御子にほかならない花そのもののうちにいこう。この花は神的芳香と優雅と美とを有していること、かれ自身、ダヴィドの口をかりて、「野の美しさは、私とともにある」(詩篇49・11)といっているとおりである。そこで霊魂は、その床の特質と魅力とを歌って次のようにいう。