25、第三の歌を説明する 

この幸いな夜に
誰にも見られず、何も見ないで、
ひそかに私は出て行った
心に燃え立つ光の他には
何の光も導きもなしに

説明
霊魂は、彼の言う霊的夜にこの世の夜というたとえと比喩をあてはめてする説明を、さらに続け、その夜の中にある優れた特質を歌い、賛美する。霊魂は、この夜を介して、これらの特質を見出したのであり、待望の目的地を速やかに、安全に、たどり着くことができるよう、それを身につけて行ったのである。これらの特質のうち、霊魂はここで、次の三つを挙げている。

第一の特質は、この幸福な観想の夜において、神は霊魂を非常に孤独で、秘密な、観想という様式によって導かれ、被造物の接触も、感覚に属するものは何ものも、愛の一致の途上で霊魂を乱し、引き留めようとして霊魂に至りつくことはできないほど、感覚から遠く離れた様式によって導かれる、ということである。

第二の特質は、この夜の霊的闇に基づくものである。その闇の中では、霊魂のより優れた部分の諸能力は、闇に包まれている。霊魂は、何も見ず、また、何も見ることができないので、神のところへ行くためでなければ、神以外のものには、何ものにも留まらない。それ故、霊魂は、形相や形象や自然的知覚などの障害物から自由になって進んでゆく。これらの障害物は、霊魂が神と永遠に一致することを常に妨げるのである。

第三の特質は、霊魂が、この険しく、崇高な道においては、理性のはっきりした内的光に頼ってゆくこともなければ、そこから満足を得ようとして、外からの導きにすがってゆくこともないのであるが(この真っ暗な闇が、そういうものすべてから、霊魂を完全に引き離しているので)、愛する方を慕い求めている心のもとに、その時に燃え上がる愛の実が霊魂を動かし、導き、孤独の道によって神の方へ飛翔させる。ということである。しかし、霊魂は、それがどのようにしてか、また、どんな方法でなされるかは知らない。そして、次の一行が続く。

この幸いな夜に