24、第二の歌の説明を終える 

これは、大体、次のような意味である。すなわち、私の霊魂の、より優れた部分もまた、下級な部分と同じように、その欲求と諸能力においてしずまったので、神との愛による神的一致に向かって出て行った、との意である。

すでに述べたような、暗夜のあの戦いを介して、二つの様式において霊魂は、攻撃され、浄化される。すなわち、感覚的部分、そして感覚と諸能力と熱情とを備えた霊的部分とにおいて、その諸能力と欲求のすべてに関して、霊魂は、平和と憩いを獲得するようになる。それゆえに、霊魂は、やはり前にもすでに言ったとおり、この一行を二度も繰り返すのである。つまり、この歌と、その前の歌の中で、霊魂の二つの部分、すなわち、霊的部分と感覚的部分のゆえに、繰り返すのである。それらの二つの部分は、愛による神との一致に向かって出てゆくことができるために、まず、感覚的なものに関して改められ、整えられ、静められることが必要で、アダムが持っていたような無罪の状態にならなければならないのである。それで、この一行は、第一の歌では、より低い感覚的部分の静けさについてのことと解されたのであるが、この第二の歌では、特に、より高い霊的部分についてのことと解される。そのために、これを、二度も繰り返したのである。

この霊的家の、落ち着きと静寂を、霊魂は、習性的に、また完全に、自分のものとするようになる。ただし、それは、この世での(人間の)状態が耐え得る限りにおいてであり、先に述べた、あの神的一致の実体的接触の行為を介してである。霊魂は、この接触を、悪魔のさわぎからも、霊魂自身の感覚や欲情からも隠されて、密かに、神から受けてきており、そうしているうちに、霊魂は次第に浄められてゆき、静寂にされ、強められてゆく。そして、霊魂と神の御子との間に交わされる神的婚約である、前に述べた、あの一致を、恒久的に受けられるように、霊魂は堅固にされてゆく。霊魂のこの二つの家が、諸能力や欲求という家人等のすべてと共に、同時にしずめられ、強められると、つまり、それらを、上のことにも、下のことにも、すべてのことに関して眠らせ、黙らせてしまうと、直ちに、この神的英知は、愛の所有という新しい絆をもって霊魂に一致する。こうして、知恵の書の中で、次の句をもって言っているように、この婚約が成立する。すなわち、「静かな沈黙があらゆるものを覆い、夜が早い足どりで真夜中に至った時、あなたの全能のみことばが王の座をとび降りた」(8・14~15)。これと同じことは、雅歌の中で花嫁が述べている。「彼女は、彼女に夜のマントを脱がせ、彼女を傷つけた人々を通り過ぎると…(5・7)、心の愛する者に出会った」(3・4)と。

霊魂は、大いなる純潔なしには、この一致に達することはできないし、この純潔は、被造物のすべてからの、大いなる赤裸と、きびしい節欲とがなければ獲得することはできない。このことは、花婿を探し求めているとき、「彼女にマントを脱がせ、夜中に彼女を傷つける」という句によって象徴されている。というのも、婚約を望んでの新しいマントは、古いマントを脱がなければ着ることができないからである。それ故、愛する方を探すために、前に述べた夜の中へ出て行くことを拒むような人、自分の意志から赤裸になることや、抑制することを拒むような人、また、この花嫁が行ったように、その床や、安楽なところにおいて彼を求めるような人は、決して愛する方を見出すことはないであろう。この霊魂は、自分は闇の中に、愛のもだえにかられて出て行ったから遂に彼を見出した、と自分について語っているからである。