5 要約

典礼は、全キリスト、すなわちその頭とからだとの行為です。わたしたちの大祭司キリストはこれを、天上の礼拝で、聖母マリア、使徒たち、すべての聖人、すでにみ国に入った数多くの人々とともに、たえず挙行しておられます。

典礼祭儀においては、全会衆がそれぞれの役割を果たす「典礼の挙行者」です。洗礼による祭司職はキリストのからだ全体のものです。しかし、ある信者は叙階の秘跡によって司祭となり、からだの頭であるキリストの代理を務めます。

典礼祭儀は幾つかのしるしや象徴から成り立っていますが、それらは被造物(光、水、火)、人間の生活(洗う、塗油する、パンを裂く)、救いの歴史(過越祭の儀式)から取られたものです。これらの宇宙的な要素、人間生活の儀礼、神のわざを記念する動作などが、信仰の世界のうちに取り入れられて、聖霊の力を受け、キリストの救いと聖化のわざを担うものとなります。

ことばの典礼は、感謝の祭儀の不可欠な部分です。告げられる神のことばとそれに応答する信仰の行為とによって、この祭儀の意味が表されます。

歌と音楽は典礼と密接に結びついています。これらを正しく用いるための基準は、祈りの表現豊かな美しさ、会衆の心を合わせた参与、および祭儀の神聖さです。

教会堂や家庭に置かれている聖画像は、わたしたちの信仰をキリストの神秘に目覚めさせ、養うものです。キリストとその救いのわざを描いた聖画像を介してわたしたちが礼拝しているのは、キリストです。神の母聖マリア、天使や聖人たちの聖画像を介して、わたしたちはそれらに描かれているかたがたを崇敬します。

「主の日」である日曜日は、キリストの復活の日であるので、エウカリスチアの祭儀を行う主要な日です。主日は典礼集会の日、キリスト者の家族の日、喜びの日、労働を休む日として、とくに優れた日です。主日は「全典礼暦年の基礎であり、中核」なのです。

教会は「一年を周期としてキリストの神秘全体を、受肉と降誕から、昇天へ、ついで聖霊降臨日へ、さらに幸いなる希望と、主の来臨との待望へと展開しているのです」。

地上の教会は、聖人たち、まず第一に聖母マリア、ついで殉教者やその他の聖人たちを典礼暦の一定の日に記念することによって、自分たちが天上の礼拝と一致していることを表します。教会は、栄光のうちにいる人々においてすでに救いを実現してくださっているキリストをたたえています。聖人たちの模範は御父に向かって歩む教会を励まします。

時課の典礼を行う信者は、御父に栄光を帰し、世界全体に聖霊のたまものを願い求めるキリストの絶えることのない祈りに加わるために、詩編の祈りや神のことばの黙想、賛歌や祝福などを通して、わたしたちの大祭司キリストと結ばれるのです。

キリストは、神のまことの神殿、「その栄光の住まい」です。神の恵みによって、キリスト者もまた聖霊の神殿、教会を築き上げる生きた礎石となります。

この世における教会は、共同体が集まることのできる場所、すなわち、見える教会堂、聖所を必要としています。これらは、わたしたちが向かっている最終の巡礼地である天上のエルサレム、聖なる都のかたどりです。

教会は教会堂の中で聖三位の栄光をたたえて公の祭儀を執行し、神のことばを聴き、賛美を歌い、祈りをささげ、また、会衆の中に秘跡的に現存するキリストの犠牲をささげます。教会堂はまた、潜心と個人の祈りとの場でもあります。