8 要約

キリスト教入信は、次の三つの秘跡によって行われます。新しいいのちの始まりである洗礼、それを固める堅信、キリストのからだと血によって養い,キリストに変容させる聖体です。

「だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい」(マタイ28∙19-20)。

洗礼は、キリストにおける新しいいのちの誕生です。主の望みによれば、洗礼は救いに不可欠なものです。それは、受洗者がそのメンバーとなる教会が救いに不可欠であるのと同じです。

洗礼式の本質的な部分は、聖三位、すなわち、父と子と聖霊のみ名を唱えながら、志願者を水の中に沈めるか、その頭に水を注ぐところです。

洗礼の実りあるいは洗礼の恵みの効果は素晴らしいもので、原罪とあらゆる自罪のゆるし、新しいいのちへの誕生などが含まれています。この誕生により、人間は御父の養子、キリストの肢体、聖霊の神殿となります。まさにこのことから、受洗者はキリストのからだである教会に結ばれ、キリストの祭司職にあずかります。

洗礼は人の霊魂に消えないしるし、霊印を刻みます。この霊印によって、受洗者はキリスト者として神を礼拝するために聖化されます。この霊印のゆえに、洗礼は繰り返して授けることはできません。

信仰のためにいのちをささげた人々、求道者、また教会を知らずに恵みの働きのもとで神を真剣に求め、そのみ旨を果たそうと努めるすべての人は、洗礼を受けていなくても救われることができます。

古代から幼児に洗礼が授けられてきました。それは、洗礼が人間のいさおしを前提としない神の恵み、たまものだからです。幼児は、教会の信仰に結ばれて洗礼を受けます。キリスト教的生活に入ることは、真の自由を得ることです。

洗礼を受けずに死んだ幼児に関して、教会の典礼は、神のあわれみに信頼し、彼らの救いのために祈るよう勧めています。

やむをえない場合は、だれでも洗礼を授けることができます。その際には、教会が行うことを行おうという意向を持って、受洗者の頭に水を注ぎながら、「わたしは父と子と聖霊のみ名によってあなたに洗礼を授けます」と唱えます。