3 洗礼の秘跡はどのように行われるか

キリスト教入信

キリスト者になるには、使徒時代から幾つかの段階を踏む入信過程がありました。この段階の進み具合は早い場合も遅い場合もありますが、いずれにせよ、つねに幾つかの基本的な要素を含んでいなければなりません。すなわち、神のことばの告知、回心を伴う福音の受け入れ、信仰宣言、洗礼、聖霊の注ぎ、聖体拝領です。

この入信の過程は、時代と状況とによって大きく変遷しました。古代教会の時代、キリスト教入信の過程は著しく発展し、長い求道期の期間中に次々と典礼儀式が行われる中で、求道者の準備が深められ、入信の諸秘跡の儀式へと導かれていました。

幼児洗礼が洗礼の通常の形となった地方では、洗礼式はキリスト教入信の予備段階をきわめて簡潔に組み入れた一つの儀式となりました。幼児洗礼はその本質から、洗礼後の求道期が必須となります。これは、ただ洗礼後に教えを説くにとどまらず、子供の成長に応じて洗礼の恵みを開花させていく営みです。これが、カテケージスの本来の場なのです。

第2バチカン公会議はラテン典礼の教会で「数段階に分けられる成人の洗礼準備制度」を復興しました。それが『成人のキリスト教入信式』の儀式書(1972年)に取り入れられています。さらに、公会議は、「キリスト教伝統のうちに存在するもの以外にも」、宣教地では「各国民の間で使われている入信の諸要素を、それがキリスト教儀式にふさわしいものである限り」取り入れることを許可しました。

したがって、今日では、すべての西方教会および東方教会の典礼では、成人のキリスト教入信は、求道期に入ったときに始まり、洗礼、堅信、聖体の三つの秘跡が一つの儀式で行われるときに最高潮に達します。東方教会では、子供のキリスト教入信は洗礼で始まり、その直後に堅信と聖体拝領とが続きます。ラテン典礼では、洗礼後に数年にわたるカテケージスがなされた後で、堅信およびキリスト教入信の頂点である聖体を受けて締めくくられます。

式の説明

洗礼の秘跡の意味と恵みとは、その儀式の中で明確な形で示されています。信者はこの儀式の動作とことばに注意深くあずかるならば、この秘跡が新しい受洗者各自のうちに示し実現する豊かな恵みを受けることができます。

洗礼式に先だっ十字架のしるしは、これからキリストに結ばれる者の上にキリストの刻印をしるすものであり、同時に、キリストが十字架上でわたしたちのために得られたあがないの恵みを示すものでもあります。

神のことばの宣言は、啓示された教えによって志願者と会衆とを照らし、洗礼とは不可分の信仰の応答ができるようにさせてくれるものです。洗礼は、信仰生活に入る秘跡的な入り口ですから、特別に「信仰の秘跡」なのです。

洗礼は罪とその扇動者である悪魔からの解放を意味するものなので、洗礼志願者の上に一っの(あるいは幾つかの)解放を求める祈りが唱えられます。洗礼志願者に塗油ないし司式者の按手が行われ、続いて志願者は明白に悪魔を捨てることを宣言します。このように準備が整ってから、志願者は洗礼によって自分に「ゆだねられる」教会の信仰を宣言することができます。

ついで(このときか復活徹夜祭に)、洗礼水が聖霊の働きを願う祈り(エピクレシス)によって祝福されます。教会は神に、その御子によって聖霊の力がこの水にくだり、この水で洗礼を受ける人々が「水と霊によって」(ヨハネ3∙5)生まれるように願います。

この後、秘跡の本質的な部分、厳密な意味での洗礼式が続きます。これは、キリストの過越の神秘にあずかって罪に死に、至聖なる三位一体のいのちに入るようになることを示し、実現するものです。洗礼の意味をもっともよく表すのは洗礼水に全身を三度浸す形式ですが、古代から行われていたように、志願者の頭部に水を三度注いで授けることもできます。

ラテン教会では、司式者は、次のことばを唱えながら三度水を注ぎます。「○○さん、わたしは父と子と聖霊のみ名によってあなたに洗礼を授けます」。東方典礼では、洗礼志願者は東方を向き、司祭が「神のしもべである○○さんは、父と子と聖霊のみ名によって洗礼を授かります」といいますが、三位のそれぞれのみ名を唱えるたびに、志願者を水に沈め、そして引き上げます。

司教が聖別した香油による聖香油の塗布は、新受洗者が聖霊を与えられたことを示すものです。受洗者はキリスト者、すなわち聖霊によって「塗油された者」となり、祭司、預言者、王として塗油されたキリストに合体します。

東方教会の典礼では、洗礼後の塗油は聖香油(堅信)の秘跡となります。ローマ典礼では、この塗油は司教が後に授ける聖香油の第二の塗油、すなわちく堅信の秘跡を前もって告げるものです。堅信の秘跡は、いわば、洗礼の塗油を「確認し」、完成するものです。

自衣は、受洗者がキリストを身にまとったこと、キリストとともに復活したことを象徴します。復活のろうそくからともされたろうそくは、キリストが新信者を照らしてくださったことを示します。キリストに結ばれた受洗者は、「世の光」(マタイ5∙14)なのです。今や、新受洗者は、御ひとり子に結ばれた神の子です。神の子らの祈りである「主の祈り」を唱えることができるのです。

初聖体(拝領)。神の子供となり、婚礼衣装を身につけた新信者は「小羊の婚礼」に招かれ、キリストのからだと血である新しいいのちの糧を受けます。東方教会はキリスト教入信の一体性を強く自覚しているので、すべての受洗・受堅者に聖体を拝領させます。これは幼児の場合も同様で、「子供たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない」(マルコ、。.14)といわれたキリストのことばを銘記しているからなのです。ラテン教会では分別のつく年齢に達した者だけにしか聖体拝領を認めていませんが、受洗したばかりの幼児を「主の祈り」を唱えるために祭壇に近づけることによって、洗礼と聖体とのつながりを表現しています。

洗礼式の終わりには荘厳な祝福が与えられます。幼児洗礼の場合には、母親の祝福が非常に重要視されています。