1 この秘跡は何と呼ばれるか

聖なる洗礼はキリスト者の生活全体の基礎、霊的生活の扉、他の諸秘跡に導く入り口です。洗礼によってわたしたちは罪から解放され、神の子として生まれ変わり、キリストの肢体となり、教会の一員となって、その使命、に参与する者となります。「洗礼は水とことばによる再生の秘跡です」。

この秘跡は、中心となる儀式に従って洗礼と呼ばれます。「洗礼を行う」という語(ギリシア語でバプティゼインβαπτίζειν)は、「沈める」「浸す」という意味です。水の中に「沈めること」は、洗礼志願者がキリストの死と結ばれて埋葬され、キリストとともに復活して墓から出て、「新しく創造された者」(ニコリント5∙17、ガラテヤ6∙15)となることを意味しています。

この秘跡はまた、「聖霊によって新しく生まれさせ、新たに造りかえる洗い」(テトス3∙5)とも呼ばれます。それは、「だれでも水と霊とによって生まれなければ、神の国に入ることはできない」(ヨハネ3∙5)といわれている、その水と霊による誕生を意味し、実現するからです。

「この水洗いは、照らしと呼ばれています。このこと(カテケージス)を学んだ人の精神が照らされるからです」。洗礼によって「すべての人を照らすまことの光」(ヨハネ1∙9参照)であるみことばを受けた受洗者自身は、「照らされた」後、「光の子」となり、自分自身が「光」(エフェソ5∙8)となるのです。
洗礼は、「神のたまもののうち、もっとも美しくもっともすばらしいものです。……わたしたちはそれを贈り物、恩恵、洗礼、塗油、照らし、不朽の衣、再生の洗い、霊印、そしてすべてもっとも貴重なものの名で呼びます。贈り物と呼ばれるのは、何も持ってこない人々に与えられるからです。恩恵と呼ばれるのは、罪びとにも授けられるからです。洗礼と呼ばれるのは、罪が水の中に沈められるからです。塗油と呼ばれるのは、塗油される者がすべて聖なる者となり、王とされるからです。照らしと呼ばれるのは、まばゆい光だからです。衣と呼ばれるのは、わたしたちの恥を隠すからです。洗いと呼ばれるのは、清めるからです。霊印と呼ばれるのは、わたしたちを守るもの、神の主権のしるしだからです」。