1 イエスの裁判

イエスに対するユダヤ人指導者たちのさまざまな考え

エルサレムの宗教的指導者の間には、ファリサイ派のニコデモや、アリマタヤ出身の有力者ヨセフのように、ひそかにイエスの弟子であった人がいただけではなく、以前からイエスについての意見が分かれていて、ヨハネ福音書に記されているように、受難の直前でさえ、不完全ながら「議員の中にもイエスを信じる者は多かった」(ヨハネ12∙42)のです。したがって、聖霊降臨の後「祭司も大勢この信仰に入り」(使徒言行録6∙7)、「ファリサイ派の数名が信者になり」(使徒言行録15∙5)、聖ヤコブが「幾万人ものユダヤ人が信者になって、皆熱心に律法を守っています」(使徒言行録21∙20)と聖パウロにいうことができたのも、驚くに足りません。

エルサレムの宗教的指導者の間では、イエスに対してどのような態度にでるべきか、意見の一致が見られませんでした。ファリサイ派の人々は、イエスに従う人たちを破門すべきであると主張しました。「このままにしておけば、皆が彼を信じるようになる。そして、ローマ人が来て、我々の神殿も国民も滅ぼしてしまうだろう」(ヨハネ11∙48)と懸念する者たちに、大祭司カイアファは預言しながら、「一人の人間が民の代わりに死に、国民全体が滅びないで済むほうが、あなたがたに好都合だとは考えないのか」(ヨハネ11∙50)と提案しました。最高法院は、イエスを瀆聖者として死刑にすべきだと宣言しましたが、処刑する権利を持たなかったため、政治的反逆のかどでローマ総督に引き渡しました。こうしてイエスは、「暴動のかどで」(ルカ23∙19)告発されたバラバと同列に置かれます。大祭司たちは、政略的な脅迫の手でピラトにイエスの処刑を迫りました。

イエスの死の責任はユダヤ人全体にはない

福音書の叙述に見られるように、イエスの裁判は歴史的には複雑な出来事でした。したがって、神だけがご存じである裁判の当事者たち(ユダ、最高法院、ピラト)個人の罪がどうであろうと、また、操られた群衆が死刑にすべきだと叫んだり、聖霊降臨の後に使徒たちが回心を促しながらユダヤ人たちの態度を非難したとしても、イエスの死の責任をエルサレムのユダヤ人全体に帰すことはできません。ご自分を殺す人たちを十字架上でゆるされたイエスも、イエスの考えに従って語ったペトロも、指導者を含むエルサレムのユダヤ人が「無知」のためにイエスを殺したことを認めました。ましてや、「その血の責任は、我々と子孫にある」(マタイ27∙25)と全群衆が叫んだからといって、イエスの死の責任をあらゆる時代の、あらゆる場所のユダヤ人にまで及ぼすことはできません。

教会は第2バチカン公会議で、次のように宣言しました。「キリストの受難の際に犯されたことの責任を、その当時のユダヤ人すべてに無差別に負わせたり、今日のユダヤ人に負わせることはできません。……ユダヤ人は神から排斥された者とか、のろわれた者とか、あたかも聖書から結論されるかのようにいってはなりません」。

キリストの受難の責任はすべての罪人にある

教会は教導職に携わる人々の教えや聖人たちの証言に基づき、「罪びとたちこそ、キリストが忍ばれたすべての苦痛を招いた責任者であり、協力者であった」ことをつねに意識していました。教会は、わたしたちの罪がキリストご自身を傷つけるという事実を念頭において、ためらうことなく、イエスの死の苦しみに対するもっとも重い責任はキリスト者にあると考えています。それにもかかわらず、キリスト者はその責任をあまりにもしばしばユダヤ人に押しつけてきました。

「わたしたちはいつも繰り返し罪を犯す人々を、この恐ろしい罪の犯人とみなさなければなりません。イエス・キリストに十字架の責め苦を与えたのがわたしたちの罪である以上、過ちと悪に陥る人々は、確かに、罪によって、自分の心におられる神の御子を改めて十字架につけ、侮辱するのです。この場合、わたしたちの罪はユダヤ人の罪よりも重いことを認めなければなりません。事実、使徒パウロがいっているように、ユダヤ人は、もし理解していたら、栄光の主を十字架につけはしなかったはず(一コリント2∙8)だからです。これに反して、わたしたちは彼を知っていると宣言しています。ですから、わたしたちがわたしたちの行為によって神の御子を否認するとき、何らかの形で殺害者として御子に手をかけているのです」。

「キリストを十字架につけたのは悪魔ではありません。あなたこそ、悪徳と罪を大いに楽しむことによって、悪魔とともにキリストを十字架につけたのであり、今もなお、それを続けています」。