1 「わたしは唯一の神を信じます」

わたしたちの信仰宣言は、神から始まります。神は「初めであり、終わりであり」(イザヤ44∙6)、すべてのものの源であり目的だからです。信条は、父である神から始まります。父は聖三位一体の神の第一のペルソナだからです。信条は、天地の創造から始まります。創造は神のすべてのわざの初め、土台だからです。

「わたしは神を信じます」。信仰宣言のこの第一の言明は、もっとも根本的なものです。信条の全体が神について述べています。たとえ、人間や世界について述べているとしても、神との関係のもとで述べているのです。神のおきてがその第一戒の展開であるのと同様に、信条のすべての条項は最初の条項とのかかわりにおいてこそ意味を持つものなのです。他の条項はご自分を徐々に人間に啓示された神をよりよく知らせるものです。「信者はまず、神を信じることを宣言します」。

ニケア∙コンスタンチノープル信条は、このことばで始まります。旧約の神の啓示に根ざしている神は唯一であるという宣言は、神の存在の信仰と切り離すことができない、実に根本的な宣言なのです。神は比類のないかたで、唯一の神しか存在しません。「キリスト教信仰は、本性上、実体上、本質上、唯一である神が存在することを公言します」。

選ばれた民イスラエルに、神はご自分が唯一であることを啓示されました。「聞け、イスラエルよ、われらの神、主は唯一の主である。あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい」(申命記6∙4-5)。預言者たちを通して、神はイスラエルとすべての国に、唯一の神であるご自分に心を向けるよう促しておられます。「地の果てのすべての人々よ、わたしを仰いで、救いを得よ。わたしは神、ほかにはいない。……わたしの前に、すべての膝はかがみ、すべての舌は誓いを立て、恵みのみわざと力は主にある、とわたしにいう」(イザヤ45∙22-24)。

イエスご自身、神は「唯一の主」であると宣言し、心を尽くし、魂を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして愛さなければならない、と確認しておられます。同時に、ご自分が「主」であることを悟らせます。「イエスは主である」と公言することは、キリスト教信仰に固有なことです。これは唯一神の信仰に反しません。また「主であり、いのちを与える」聖霊を信じることは、唯一の神のうちにいかなる分離をももたらしはしないのです。

「わたしたちは次のことを固く信じ、はっきりと宣言します。永遠、無限、不変、全能、理解することもいい表すこともできないかたである父と子と聖霊が、唯一のまことの神であることを。位格は三位であるが、本質、実体、本性はまったく単純で一つであることを」。