2 天使の堕罪

人祖の不従順な選択の背後には、神に反対する誘惑者の声があります。この誘惑者は、羨望から人祖を死に追いやります。聖書と聖伝とは、この者はサタンまたは悪魔と呼ばれる堕天使であると見ています。教会の教えによれば、サタンは初め、神に造られたよい天使でした。「悪魔、およびその他の悪霊も、本性上はよいものとして神に造られましたが、自ら悪となりました」。

聖書はこの天使たちの罪について述べています。この「堕罪」は、被造の霊が自由な選択によって、神とその支配を徹底的に、また撤回できない方法で拒絶したことにあります。天使たちのこの反抗は、「神のようになる」(創世記3∙5)という人祖を誘惑した者のことばにうかがい知ることができます。「悪魔は初めから罪を犯している」(一ヨハネ3∙8)し、「偽り者であり、その父だから」(ヨハネ8∙44)です。

神の無量の慈悲に欠けるところがあるからではなく、天使たちの選択が撤回できないものであることこそ、その罪をゆるされえないものにします。「死後の人間に悔い改めの余地がないのと同様に、堕罪の後の天使たちには悔い改めの余地はありません」。

聖書は、「最初からの人殺し」(ヨハネ8∙44)とイエスから呼ばれ、御父から受けた使命に背かせようとあえてイエスさえも試みた者の、有害な影響を明らかにしています。「悪魔の働きを滅ぼすためにこそ、神の子が現れたのです」(一ヨハネ3∙8)。サタンのわざのうちでもっとも重大な結果をもたらしたものは、人間を神に背かせた欺瞞の誘惑でした。

とはいえ、サタンの力は無限ではありません。被造物にすぎないのです。純粋霊なので強力ではあっても、被造物であることに変わりはありません。神の国の建設を妨げることはできないのです。サタンは世にあって、憎悪により神とイエス・キリストによるみ国に抵抗し、その行動は人間各自と社会に一霊的に、間接的には身体的にも一重大な損害を与えはしますが、人間と世界の歴史を力と優しさをもって導いておられる神は、その摂理に基づいてそれをゆるしておられます。神が悪魔の行動を妨げておられないのは深い神秘ですが、「神を愛する者たちには、万事が益となるようにともに働くということを、わたしたちは知っています」(ローマ8∙28)。