3 「世界は神の栄光のために造られた」

「世界は神の栄光のために造られた」、これは聖書と聖伝とがつねに教え、たたえている根本的な正しい教えです。聖ボナベントゥラは、神が万物を造られたのは「栄光を増大するためではなく、その栄光を現し、分かち合うためだ」と説明します。まことに、神が創造される理由は、ご自分の愛と善以外に何もありません。「被造物を造るためにみ手を開けたのは、愛のかぎです」。また、第1バチカン公会議は次のように説明しています。「この唯一のまことの神は、自分の幸福を増し、または獲得するためではなく、被造物に与える善によって自分の完全さを表すために、自分の善と全能の力とによって、自由な計画をもって、時の始めから、霊的被造物と物質的被造物とを等しく無から創造されました」。

神の栄光、それは神の善が表され、伝えられることにほかなりません。これこそ、世界が造られた目的です。神はわたしたちを「イエス・キリストによって神の子にしようと、み心のままに前もってお定めになったのです。神がその愛する御子によって与えてくださった輝かしい恵みを、わたしたちがたたえるためです」(エフェソ1∙5-6)。「実に、神の栄光とは生きている人間にあり、人間の生命とは神を見ることにあります。覆われた状態での神の現れが地上の生きものすべてに生命を与えるとすれば、みことばによる御父の顕現は、それにもまして、神を見る人々に生命を与えるはずです」。創造の究極目的は、「万物を造られたかた(神)が、ご自分の栄光と同時にわたしたちの幸福をも配慮しつつ、っいに『すべてにおいてすべてとなられる』(一コリント15∙28)」にとなのです。