わが理想 第3部 イエスへの転化

「わが理想」の第3部を、短くしています。

1 マリアは、あなたがイエスに変化するまで教え導きます

聖母はイエスを生むと同時に、あなたを生みました。

ですから、聖母は、イエスを愛する愛をもって、あなたを愛しています。

主イエスが教えられたように、聖母に対するご自身の態度を模倣するならば、

聖母も、イエスに対した態度をもって、あなたに接するでしょう。

聖母は、まず、イエスの教育に従事したように、あなたを教育します。

聖母があなたを教育することとは、あなたがイエスに変化するまで教え導くことです。

あなたがイエスに変化するとは、

「あなたが、

  • イエスの生命に生きる
  • イエスのように考える
  • イエスのように望む
  • イエスのように語る
  • イエスのように行動する

ことです。」

マリアは、あなたをイエスに変化するよう導くことができます。なぜなら、

「マリアは、

  • 模倣すべきイエスを熟知しています。
  • イエスに倣わせて、霊魂を育てる方法を心得ています。

からです。」

2 イエスの思いをあなたの思いとする方法①霊的読書

イエスの思いを、あなたの思いとするために霊的読書を毎日行う。

イエスの思いを記した福音書や書物を読む。

この読書の時間を、1日のうち、少なくとも5~15分をあてる。

霊的読書を始める前)

聖母にむかって、イエスからさずかろうとしている教えを、理解させていただくように祈る

読書中)

  • 読書によって受ける感想をマリアに語る
  • イエスが書物をとおして語っておられることを考えながら読む
  • イエスの御言葉に敬意を表わすため、敬いながら読む。
  • イエスの精神を理解し、その生命に生きることを学ぶために、ゆっくり読む。
  • 読書したところを自分の生活にあてはめて、自分の思いや行ないに、改めるべき点はないかを反省する。

書物を閉じる前)

ひとつの決心をたてて、これをマリアに任せる。 


3 イエスの思いをあなたの思いとする方法②親しくイエスに接する

イエスの思いを自分の思いとするために、イエスと親しく接する。

イエスと親しく接する方法

イエスを観想する。

特に、福音書に描かれているイエスを観想する。イエスの御言葉を聞き、その行為をながめる。

主が、あの言葉を述べ、この行為をなさったとき、どのように考え、どのように感じ、どのように望まれたかを考察する

主の一言一行すべて愛の心情より発しないものはなかったことを思う。

イエスの観想から目を転じて、しばらく自己を反省する。

そうすれば、主のように考え、感じ、望み、行動するには程遠いことに気づくでしょう。

イエスに転化するためには、何をしなければならないかを糾明する。

どのような障害を取り除かなければならないか、どのような手段、方法を採用しなければならないか、どのような犠牲を捧げなければならないか、

あなたのうちにおられるイエスと語る。

いかにも、主と相対しているかのように語る。

自分のことばで語る。

あなたの考えていること、望んでいることを、兄弟や、親友に話すときのように語る。



イエスと会話するときには、マリアと一致することを忘れない

聖母は、いつも、あなたの側に付き添っています。

御子に至るには、聖母を経なければならない。

あなたが、聖母と一緒にいるという思いがあるときは、心が落ち着き、親しみがわき、愛情が不足することはありません。

マリアと共にイエスを観想する

聖母は、御子について、絶え間なく黙想しながら、一生を送りました。あなたが主について行なう黙想は、すべて、昔、聖母が行なった黙想の反復にすぎません。

聖母と共にイエスを観想しましょう。

そうするならば、聖母は、ご自身がイエスの奥義を黙想して悟ったこと、感じたことを、一部分でも、あなたに、理解させ、感じさせるでしょう。


イエスの言葉を信じる

主があなたに語りかけ、主の言葉と分かったならば、その言葉を信じること。

主のことばを信じるために、聖母と一致すること。そうすれば、純真で堅固な信仰をもって信じることができます。

信仰の祈り(信徳唱)をしばしばとなえる。

イエスに対する愛をますます深めていくことを学ぶ

イエスを深く愛すれば愛するほど、イエスの御心を、ますます完全に模倣することができるようになります。

マリアと一緒にイエスを愛する。あなたの愛に、聖母の愛を加えてもらう。

必要な恩恵を祈る

「イエスにむかって、

  • 信仰の弱さを助けてくださるよう祈る。
  • イエスの思い、感情、意志を与えてくださるよう祈る。」

聖母にむかっても、イエスを示し、イエスの命によって生活できるよう祈る。


主のみ心の中を考察する

主の御心のなかで、

  • 特別あなたに不足しているもの
  • 特別に魅力を感じるもの
  • 最近のできごとによって霊魂がさわぎ乱れたとき、もっとも必要だと気づいたもの

をえらんで考察する。

福音書の代わりに、他のけいけんな書物、祈祷文、聖歌などを用いてイエスとの会話に役立てることができます。

その時も、すべてをイエスにむかわせ、イエスのために、すべてを信じ、愛し、実行するよう努める。

主と会話を始める前に聖母に祈る

会話を始めるときには、必ず聖母にむかって、主のみもとに導いていただくよう祈り、イエスと聖母の御前にいるという考えを失わないようにする。

イエスと会話する前には、その準備として、申しあげたいと思うことをあらかじめ考え、心を静かにする。


主との会話の終わりに

会話の終わりには、実行できることを決心する。

主との会話中、もっとも深い印象を受けた考えを、一日中、仕事のあいまあいまに、たびたび思い起こすよう心がける。そして、この点に関して、しばしば信仰の祈り(信徳唱)をとなえる。


主との会話の務めは、毎日、どんなことがあっても行う

毎日どんなことがあっても主との会話を欠かさないようにする

この務めをはじめる時間を明確に決め、どんなことがあっても、決定どおり行なうようにする。

やむをえない場合には、その時間を短縮してもいいが、決してこれをやめない。

朝夕の祈りをとなえる暇がないとの理由で、これをやめない。このような場合には、むしろ朝夕の祈りを半減して、しばらくでも、主と会話できる時間をつくる。

霊的読書ができないとの理由で、これをやめない。霊的読書は、主との会話の準備として行なう。そしていつも、イエスと直接会話できる時間を残しておく。

雑多な仕事に忙殺されているからとの理由で、これをやめない。仕事に追われれば追われるほど、自分を統制することが必要となる。神のなかに自分を統制することが、もっとも有効に自分を統制する方法である。もっとも成果ある事業を成し遂げた者は、もっとも親しくイエスと一致していた者である。

4 あなたのなかにひそむイエスの大敵 

自分の悪い傾向と戦う

あなたは、イエスのために生活したいと願いながら、他方においては、腐敗する自然の悪い傾向を満足させたいと望んでいます。

自然性に支配されている間は、いつまでも、イエスの統治を自分のうちに確立することができません。

ですから、自然性にむかって、絶えず、その居城が完全にイエスの御手に帰するまで、戦いつづけなければなりません。

主欠点を探し出す

私たちの本性の悪化した傾向は、非常に数が多い。

しかし戸惑う必要はありません。なぜなら、これらの悪傾向は、一首領に引率されているからです。

首領さえ倒せば、その他はひとりでに倒れます。少なくとも、その抵抗力が弱まっていきます。

この首領は、主欠点と呼ばれるものです。何よりもまず、これを探し出さないといけません。


虚栄心ではありませんか?あなたは賛辞を欲しがってはいませんか?賛辞を受けるときには、それが不当なものであっても、有頂天になってはいませんか?他人の賞賛のまととなるような、驚異的事業を夢見ていることはありませんか?

ごうまんではありませんか?自分を高く評価して、他人を軽べつすることはありませんか?他人、特に自分の優越性を認めてくれない人を、おうへい、過酷、憎悪をもってもてなしてはいませんか?

短気ではありませんか?他人からしっせきを受けるとき、または他人のしっせきを予想するとき、やけになることはありませんか?他人の不注意に対し、たとえそれが無意識的であっても、怒るようなことはありませんか?他人があなたに対して犯した過失を、理由もなく思いだしてはいませんか?他人の過失をゆるしてやることができますか?他人のちょう笑を受けたために、ある善業を放棄するようなことはありませんか?

野心はありませんか?人のうえに立とうと努めてはいませんか?あなたが追求しているのは、キリストの光栄ですか?自分の光栄ではありませんか?上官として働く時は心身をうちこんで働くが、いったん一兵卒になって仕えなければならなくなると、身を引くようなことはありませんか?

しっとはありませんか?他人が自分のように成功するのを見て、不快に思うことはありませんか?他人の失敗を見て喜ぶことはありませんか?

移り気ではありませんか?印象にもてあそばされて、熱すれば、どんな犠牲をも辞さないと豪語するが、気が進まないときには、万事に対して、無関心となりはしませんか?種々さまざまのことに着手してみるが、ひとつとして成し遂げないで終わってはいませんか?

軽率ではありませんか?外的事物に、たやすく心をゆだねてはいませんか?内に心をひそめること、またまじめな事物に対してそれ相応の慎重さをもって望むことに、困難を感じてはいませんか?

肉欲はありませんか?いつも、肉体のごきげんをとってはいませんか?飲食、休眠に関する肉体の要求をはじめ、その他、はるかに下等な要求にいたるまで、ことごとく満たそうとしてはいませんか?

怠惰ではありませんか?努力を恐れ、仕事を粗略にし、ささいな犠牲にあっても、たじろいではいませんか?

利己心ではありませんか?ただ自分のことだけを考えてはいませんか?他人も自分同様、それぞれの権利を持っていること、また必要な場合には、他人を困惑させないために、自分みずから困惑をしのがなければならないことを、心得ていますか?



あなたの悪傾向の始まりを糾明する

このように自分を糾明していくうちに、あなたのうちには、あらゆる悪傾向の始まりが存在することを見出すことができるでしょう。しかし、すべてが主欠点なのではありません。


これらの悪傾向のうち、もっとも強く、もっとも悪いと思われるもの、もっとも多くあなたの悲嘆、心配、不きげん、または喜びの原因となるものはなんですか?

あなたは、ものを思うとき、何を考えていますか?虚栄を追っていますか?復しゅうの念をもやしていますか?肉欲の思いにふけっていますか?あなたがもっとも好んでおちいる考え、もっとも追い払うことがむずかしい考えは何に起因していますか?

あなたの両親、教師、友人、またはあなたが怒らせた人から、どんなしっせきを受けましたか?

自分がこうでなかったなら、神に対しても人に対しても、円満な関係を保っていけるのだが、と思う悪傾向はありませんか?



自分の糾明を正しく行うためにすること

自分を糾明するには、誠実をもって行い、さらに、神の光を祈り求める

理由①主欠点の識別はきわめてあやまりやすいからです。

理由②人間は、主欠点に留まろうとするからです。主欠点は人間の伴侶であって、人間は主欠点をもって生まれ、これとともに育てられ、これとともに生活し、これによってたえず満足を勝ち取ってきたからです。

自分を愛さない人はいないでしょう。しかし、自分を愛するよりも深く、イエスを愛する勇気がなければなりません。

犠牲にしなければならないものを認識する。

むなしい偶像を放棄するとき、まことの神を所有することができます。

あなたを悪化させる自然性に死ぬとき、イエスの生命に生きることができます。


 

5 あなたの思いを、イエスの思いでもっておきかえる 

①主欠点を確認し、調べ、明らかにしたのち、主欠点と戦う

  1. 主欠点のさまざまな表現を確認する
  2. 主欠点のその多様な形を慎重に調べる
  3. どんな場合にもっとも多くの害悪を及ぼしているかを明らかにする。
  4. 容赦なく主欠点と戦う。

マリアの近くで、寄り添って戦うこと。そうすれば勝利をおさめることができます。

 自分の主欠点を発見し、完全に倒すことは、きわめて難しいことです。あなたの力だけで、できることではありません。

②欠点と戦うための二つの方法

方法①自分の欠点を犯した回数を数え、分析し、日々減らすように努める。

この方法のみでは、倦怠を感じやすく、時として、痛ましい不意打ちに遭遇する。

なぜなら、除去しようと努力してきた欠点を、しばらくの後に反省してみたとき、しばしば、以前の悪傾向の根が抜き取られておらず、形は多少変わっていても、その勢力は少しも衰えていないことがあるからです。

方法①のみでなく方法②も加えて行う。

方法②あなたの主欠点と正反対の徳を、主イエスのなかに研究する。

主欠点と反対の徳を、イエスのなかに黙想する

  • 主欠点がごうまんならば、主の謙遜を黙想する。
  • 主欠点が短気ならば、主の柔和を黙想する。
  • 主欠点が利己心ならば、人びとのためにご自身を忘れ、みずからをいけにえとしてささげた主のご意志を賛嘆しながら黙想する。
  • 主欠点が肉欲ならば、主のご苦難を黙想する。

主イエスととりかわす毎日の会話を利用して、自分に欠けている主の思いを考察する。

イエスの思いを自分の思いと比較する。

主イエスが、あなた自身に変化してくださるよう、マリアにとりなしを求める。

欠点との戦い

日中しばしば、自分が模倣したいと思う、主の模範を思い浮かべる。(柔和なイエス、謙遜なイエス、あるいは忍耐づよいイエスなど

とリわけ、悪傾向が勢力を盛り返そうとするさいに、このことを思い起こし、助けを祈る。

これに抵抗しようとして苦しい努力をする代わりに、心静かに鑑であるイエスを仰ぎ見て、たとえば、次のように祈る。

「主イエスよ、あなたがわたしの位置におられるならば、どのように行動なさるでしょう。来てください、わたしを、あなたの生命に生きることができるようにしてください」。

悪傾向が勢力を盛り返しているとき、主の模範を思い浮かべ、主に助けを求めるならば、執着していた悪傾向からしだいに脱却して、主の心情以外のどんな心情をも、いだかないようになるでしょう。


マリアの思いを観想する

イエスの思いのつぎには、マリアの思いを観想する。

一欠点を除去し、一善徳を修めるにあたって、あなたの母がどのように考え、どのように感じ、どのように行動したかを観想する。

聖母は、あなたの立場にあったならば、どのように行動するであろうかを自問自答する。

6 成功の手段 

毎日の糾明

毎日、なるべく一日のなかほどに、少しの間、時間を見つけ、自分の霊的活動を糾明する。

その日の始めから、イエスの生命に生きるために、あなたの主欠点や改めたい思いに、何をしてきたか、またその日の暮れまでに、何をなすべきかを糾明する。

特に、つぎの二点に留意する。

  • 悪化した自然性が勢力を得たさまざまな場合を考えて、あのとき、主であればどのように考え、どのように感じ、どのように行動したかを思い、今後このような機会に出会ったならば、どういうふうに、主の思いを模倣すべきかを予想することに、重点をおく
  • 主イエスと、またマリアと会話しながら、この糾明を行なう。そうすれば、ひとりで自分の霊的活動を糾明するよりは、はるかにすぐれた効果をあげられるでしょう。

主イエスと聖母にあなたの成功、不成功を物語り、たてた決心をゆだね、よりよく主の生命に生きることができるよう、助けを願う。 

②霊的更新

主イエスに転化を促進させる第二の方法は、霊的更新です。

一日の中でいくつかの短い潜心する時間を作る。

潜心時間には、主と聖母と会話して、親しく接する。

イエスを模倣するために、前回の更新から今まで何をしたかを短時間視線を向け、次回の更新まで、何をなすべきかを予測する。

このようにすると、あなたの霊的活動は、とぎれることなくつづけられ、主と、またマリアとの一致は、ますます緊密になっていきます。

③特別糾明

一定の期間をおいて、多くの時間をかけて糾明を行う。

黙想中、過ぎ去った年の間、なぜ進歩が少なかったか、どのような方法を用いるならば、来る期間、より多くの進歩を期待することができるかを糾明する。

新しい期間のために、有効で適切な決心をたてる。

次の3つの期間で糾明をおこなう

①年ごとの糾明

②月ごとの糾明

③週ごとの糾明


7 三つの根本的心情 

今述べた外的手段(霊的読書、自己糾明など)は、三つの心情(自己犠牲、堅忍、惜しみない心)が加わる程度に応じて、役立つにすぎません。

この三つの心情が大きければ、大きいほど、霊的進歩は大きくなります。

①自己犠牲

主欠点を打ち負かすためには、自己犠牲が必要です。

あなたのうちにおられる主のはたらきを妨げないよう、すべてを放棄するためには、自己否定が必要です。

主の思いを模倣しようと、必要な努力を自分と自分の身に課すために、自己犠牲が必要です。

主イエスと同一の者となることは、完全な自己放棄によらなければ、実現できません

同時に二人の主につかえることはできません。イエスを主とあおぐか、自分を主にまつりあげるか、二つのうちいずれかをえらばなければなりません。

②堅忍

次に霊が要求するのは堅忍です。日々、自分の決心を守ろうと、平凡な努力を不断に払い、自分の務めを守りとおす。

いかなる理由があっても、務めを怠ることがないようにする。

最初、善い理由と思われることで務めを怠るならば、次は、好ましくない理由で、次は理由もなく、というように務めを怠るようになります。

やむをえない場合には、短縮しても差し支えありません。しかし、決してやめてはなりません。

③惜しみない心

最後に、霊が要求するのは、惜しみない心です。

惜しみない心には二種類あります。

すべてをイエスに奉献すること

ただイエスが要求なさることだけではなく、義務ではなくても、御心を喜ばせるものは残らず、ちゅうちょすることなく奉献する。

自分の過失、怠惰をひとつひとつつぐなうこと

過失を犯したのちには、その代償として、もしつぐなうべき過失がなかったならば、しなかったであろう特別な努力を捧げる。


自分の過失、怠惰を償う

世俗的な霊魂と聖なる霊魂との相違は、過失の有無にあるのではありません。なぜなら、両者とも過失をまぬがれることはできないからです。

ただ、世俗的な霊魂は、自分の過失を認めるだけで満足するのに対し、聖なる霊魂は、愛の不足をおぎなおうと、以前に倍してイエスを愛そうと努力します。

特に、イエスと交わす日ごとの会話、また霊的更新、毎日の糾明、黙想などの省略や怠惰をつぐないましょう。

つぐないは、時を移さず実行する。多くの場合、あとになって行なう長いつぐないよりは、短くとも即座に行なうつぐないの方がすぐれています。

つぐないの実行方法を、聖母に意見を求める。そうするならば、聖母は、これらの過失を、すべて、「幸いな過失」に変える道を教えるでしょう。

あなたがもし、このような惜しみない心を、いつまでも保ちつづけるならば、聖母はきっと、あなたの罪、過失、弱さとにかかわらず、あなたを聖人、使徒とするでしょう。 



8 成功の秘訣 

①すべてをマリアの指導のもとで実行することが成功の条件である

霊的読書、主イエスと親しく接する、主欠点との戦い、自己犠牲、惜しみない心、…などによって主イエスと同一化するためには、ひとつの条件を満たさなければなりません。

すなわち、これらすべてを、聖母の指導のもとに実行しなければなりません。

聖母によらないでは、だれも、完全におん子を模倣することができません。

あなたはときおり、熱心がひえ、霊的活動が普段より困難となり、進歩がにぶり、停止し、後退するのを感じることがあります。

このような失敗の第一の原因は、いつでも、聖母との一致がおろそかになっていることにあります。

これをいやすためには、何よりもまず、聖母の指導に忠実に聞き従って活動するよう、心がけなければなりません。

聖母なしには、失敗は必然です。聖母と一緒に活動するならば、成功は確かです。

②聖母の名において行動する

自分の努力のすべてに、成功をおさめたいと思うならば、

何かを実行しようとするとき、いつでも、聖母のもとに来て、聖母の決定を求め、聖母の名においてのみ、行動するよう心がけること

特に、決心をするたびに、聖母の意見を求める。聖母のあなたに対する希望を尋ね、あなたが計画していることを、聖母に打ちあける。

いうまでもなく、聖母は啓示をもって答えるようなことはしないでしょう。しかし、あなたがもし、全面的な信頼と、聖母の望みと思われることを果たしたいという誠意とをもって、聖母のもとに来るならば、たいていの場合、聖母があなたの意志を承認するかどうかを、悟ることができるでしょう。

承認されたと思うときにはその決心を聖母にゆだね、その実現を助けていただくよう祈る。

承認されないと思う場合には、さらに熟考し祈ってから、聖母が承認できるような、しっかりとした決心をたてて、聖母の判断を求める。

もしあなたが真実に聖母の答えを待ち、自分の自然的情熱にひきずられて行動しないように努めるならば、こうして聖母の意見を求めていくうちに、やがて、以前には数か月をついやしてやっと成し遂げた進歩を、わずか数日で成し遂げることができるのに気づくでしょう。

すべてにおいて、一瞬、聖母をふり返る習慣を、忠実に継続するならば、聖母はすべてにおいて、あなたの導き手となるでしょう。

あなたの生命の生命となられたイエス、唯一の目標であるイエスのみもとまで、あなたを導くでしょう。