聖マリアへのまことの信心 4章 聖母に対するまことの信心の本質

短くまとめています。

聖母マリアへのまことの信心の本質は、マリアを通して、イエズスへ、自分を完全に捧げることである 


「私たちの完徳は、

  1. 私たちは、すべてにおいて、イエズスと一致する
  2. 私たちのすべてを、イエズスに奉献する

ことにある。」

「したがって、信心としてもっとも完全なものは、

  1. 自分をイエズス・キリストに一致させる
  2. 自分をイエズスに完全に奉献させる

ものでないといけない。」

被造物の中で、イエズス・キリストともっとも密接に一致するのは、マリアである。

したがって、

私たちの霊魂を、主イエズスにもっとも完全に一致させるのは、おん母マリアに対する信心である。


すべてを完全に捧げること


この信心は、マリアを通して、イエズス・キリストのものとなるために、自分自身のすべてを、聖母に与えることにある。

聖母にささげるもの
1、私たちの体とその機能と器官のすべて
2、私たちの霊魂とそのすべての機能
3、私たちの外部的善、つまり、現在と未来との財産
4、私たちの内部的善、つまり、私たちの功徳、徳、過去、現在、未来のすべての善業


「要するに、私たちが

  • 今、所有するすべてのもの
  • 将来に、所有するであろうすべてのもの

これらを、完全に余すところなく捧げるのである。


善業による償いと功徳を、聖母にまかせる

「私たちの行う善業には、

  1. 償いの価値(罪を償い、恩恵を得る価値あるものとしての善業)
  2. 功徳になる価値(恩恵、永遠の栄光に値する善業)

とがある。」

聖母へのこの信心では、善業による償いと功徳とを、聖母にまかせるのである。

「聖母は、それらを、

  1. 私たちの中に保たせ、増加させ、装飾される
  2. 神のより大いなる栄光のために、適切に、望みの人にそれを分けられる

のである。」

すべては奉献され、聖別される 

この信心によれば、すべてを、マリアの手を通して捧げるのであるから、

他のどんな信心業よりも多く、イエズス・キリストに与えることができる。

他の信心業は一部をささげるだけである。

この信心業によれば、すべてが奉献され、聖別される。




マリアを通して、自分自身のすべてを、イエズス・キリストに捧げた人に、

自分の善業の価値を、勝手に処分することはもうできない。

この人が忍ぶ苦しみ、その抱く考え、行いかつ話す善は、

もはや、すべて、マリアのものである。