キリストの受難2 尋問と裁判

1 アンナスの前のイエス

夜中ごろ、イエスは兵卒たち数人に取り囲まれ、獄吏たちにむち打たれながら、アンナスのいる広間に連れて来られた。アンナスの周りには、イエスの敵たちでいっぱいになっていた。アンナスは教義の純粋を監視し、大祭司の所で、告訴の役を果たす裁判所のかしらであった。年老いた彼はまばらな頬髭を生やし、やせ細った悪人で、軽蔑と冷たいユダヤ人的傲慢に満ちていた。

彼は主に語りかけた。「おい、こちらを見ろ!ナザレのイエスよ!おまえがそうか。おまえの弟子はどこにいるのか。おまえの大勢の信者たちはどこへ行った?おまえの王国は一体どこにあるんだ?おまえたちの風向きは大分変わってきたね!恥知らずのお仕事もとうとうおしまいというわけだ。今まであきるほど、冒涜や、安息日破りを眺めてきたんだ!どこにおまえの弟子たちはいるのかい!黙っているね。話せ、扇動者!まどわし者!おまえはもう過越しの羊を定められている習慣にまったく反した方法で食べてしまったではないか。おまえは新しい教義をひろめようというのか。一体だれがおまえに教える権利を与えた。おまえはどこで勉強したんだ。話せ。おまえの教義はなんだ。しゃべろ!語れ!」

イエスは言われた。「わたしは、世に向かって公然と話した。わたしはいつも、ユダヤ人が皆集まる会堂や神殿の境内で教えた。ひそかに話したことは何もない。なぜ、わたしを尋問するのか。わたしが何を話したかは、それを聞いた人々に尋ねるがよい。その人々がわたしの話したことを知っている 」(ヨハネ18・20、21) 。

この言葉にアンナスの顔は怒りと軽蔑にゆがんだ。近くに立っていた卑劣な兵卒がこれを見て、「大祭司に向かって、そんな返事のしかたがあるか」(ヨハネ18・22)と言って、主の口と頬を恐ろしく殴りつけた。イエスは激しく殴られ、よろめいた。すかさず獄吏は主を縛っている縄を乱暴に引っ張った。主は倒れ、顔からは血がほとばしった。軽蔑と呟き、笑いと嘲りの声が広間に満ちた。

かれらが主を乱暴にふたたび引き起こすと、主は静かに仰せられた。「何か悪いことをわたしが言ったのなら、その悪いところを証明しなさい。正しいことを言ったのなら、なぜわたしを打つのか」 (ヨハネ18・23)。

主の冷静な姿は、アンナスをすっかり立腹させてしまった。かれは居合わせた者に聞いたことをしゃべるように命じた。すると下劣の民どもは言った。「こいつは、自分は王だ、神は自分の父だ、と言った。ファリザイ人は姦通者だとぬかした。こいつは国民を煽動した。安息日に悪魔の助けを借りて病人を癒した。オフェル街の住民どもはこいつのためにすっかりのぼせ上がった。やつらはこいつを救世主とか、預言者とか呼んでいる。こいつは自分を神の子だと言っている。この野郎は神から遣わされた者のように話している。こいつはエルサレムに禍を呼び、街の滅亡を語った。こいつは大斉を守らず、不浄の者や、異邦人や、徴税人や、罪びとといっしょに食事をした。この野郎は大群衆を従者として同行させていた。たった今さっき城門の前で、こいつに水を飲ませた男に、決してふたたび渇くことのない永遠の生命の水を与えてやろうと言った。こいつはあいまいなことを言って民衆をまどわした。こいつは人さまの金や物を浪費し、自分の王国について、あてにもならないことをくどくどと言っていた」。これらたくさんの非難が主に浴びせかけられた。獄吏どもはそのたび、主をあちこち突き飛ばし、「しゃべろ!返事しろ」と怒鳴った。

アンナスはその合間に嘲りの言葉を浴びせかけた。「そうか、これでわしらも、おまえの教義を聞いた、さあおまえの答えを聞こう。それが今国中どこでも聞ける教義か。おまえになにか言い訳が立つかね。王にして神に遣わされた者よ。なぜ命令しないのか。さあおまえの使命の証を立てろ」。そして最後にアンナスは冷ややかに嘲笑いながら言った。「おまえは一体何物だ。おまえは一体どのような王、どのような使者なのか。わしはおまえを名もない大工のせがれだと思っていたんだぞ。…おまえはソロモンより偉いのか。おまえ自身そういったじゃないか。よろしい、おまえに国王の称号を与えよう」。 

こう言って、アンナスは芦のペンで巻物に大きな文字を書き、それを巻き、小さなひょうたんに入れて栓をした。次にそのひょうたんを棒につけて主の手に持たせた。そして嘲りながら言った。「さあ、おまえの王国の王笏だ。それにおまえの称号や、地位や、権利が書き記されている。さあ!これを持って大祭司さまの所へ行け。大祭司さまは、これでおまえの使命と王国とを知り、おまえの地位にふさわしい待遇をしてくれるだろう」。それから、主は罵倒のうちにカイアファの家に引いて行かれた。 

2 イエス、カイアファの館に連行される 


カイアファの館は、アンナスの館から約三百歩足らずの距離の所にあった。この短い間にも、イエスは始終恥ずかしめられた。 

建物の内とその周囲は至る所にたいまつとランプが燃えていたので、あたかも昼のような明るさであった。その上、建物の前庭の中央には大きな火が赤々と燃えていた。この火のまわりには兵卒、法廷の小使い、買収された証人、あらゆる乱暴者どもがひしめいていた。その中には女さえも混じっていた。かの女たちのうちの何人かは悪い女だった。かの女たちは赤い色の飲み物を注いで出したり、兵卒らに菓子を売っていた。そこはまるでカーニバルの時のようなドンチャン騒ぎであった。

イエスが到着する少し前にヨハネとペトロも来た。かれらは裁判所の小使いのマントを着ていたので、外庭に入ることができた。さらにヨハネは運よく知り合いの召使いの計らいで広場の門をくぐることができた。しかしその門はその後群衆の殺到のためにすぐに閉められた。中に入ると二人は、広場の群衆の間にこっそりと立った。

カイアファは裁判長の椅子に座っていた。そのまわりにはすでに七十人の衆議所の議員が席についていた。そしてかれらのまわりを多くの偽証人、ならず者が取りまいていた。その他大勢の兵卒が周りに配置されていた。

カイアファは意地悪極まりない顔をした老人であり、ユダの裏切りの時以来、何人かの議員といっしょにすでにかなり長い間待っていた。かれは待ち切れなくなって、法服のままその席から降りて広場に走って行き、イエスはまだ来ないのかと怒鳴りつけた。そうするうちに一行が近づいて来たので、カイアファはふたたび自分の席に戻った。

3 カイアファの前のイエス

荒れ狂う罵倒の叫びの中で、主は広場にひき入れられた。主がペトロとヨハネの前を通り過ぎる時、愛情深く一瞥された。イエスが議員の前に連れ出されると、カイアファは怒鳴った。「来たな、貴様!この神聖な夜を台無しにした冒涜者め!」。アンナスの告訴状の入っているひょうたんを棒から取りはずした。カイアファはその告訴状を読み終えると、主に対し罵倒と非難を爆発させた。そして主のそばにいた獄吏や兵卒らも怒鳴りたてた。「返事をしろ!口をひらけ、貴様はしゃべることができないのか」。カイアファは腹を立て、主に対し激しく質問を浴びせたが、主はカイアファを見ずにただ静かにうつむいておられた。獄吏たちは主に話させようとして背中や横腹をたたいたりして傷を負わせてしまった。

次いで証人の言葉を聞くことになったが、それは買収された下劣な民衆の荒れ狂った叫びに過ぎなかった。かれらは、主の言葉やたとえをみな無理に捻じ曲げて解釈していた。しかも証言はおたがいに食い違い、矛盾だらけだった。一人が「あいつは自分を王だと言った」と言うと、他の者が「いや、そうじゃない。あいつはただそう言わせただけだ。みながあいつをかつぎだそうとした時、あいつは逃げ出してしまったぞ」。次に一人が「こいつは自分を神の子だとぬかした」と叫ぶと、他の者が反対して「いや違う。そいつは父の意志を実行するから子であるといっただけだ」と反対する。二、三の者が「こいつは、おれの病気を癒したが、あとからまた病気になってしまった。こいつは魔法で癒すだけだ」と言った。

かれらは主に対して法的に根拠のある訴えをすることはできなかった。証人どもは事実の証明より、嘲りばかりしていた。かれらはおたがいに激しく言い争い、また、その合間に、カイアファや議員たちも怒鳴り、罵った。「貴様は一体どんな王だと言うのだ。貴様の力を見せろ。貴様がオリーブの園で言った天使の軍団を呼び寄せてみよ。おまえは寡婦や馬鹿者の金をどこへ持って行ったのだ。全財産を使い果たして結局どうなったんだ。返事をしろ。話せ。裁判官の前で、今こそしゃべらなければならないのに、貴様は黙っているのか。賤民や下らない女どもの前で、余計なおしゃべりばかりして!」。このような調子でかれらは主を罵倒した。しかもただ罵倒するだけでなく、たえず主に乱暴を加えながら行った。

さらに二、三の者は主が、今日過越しの羊を食べてしまったことを非難した。それについても大勢の者がおたがいに言い争った。ニコデモとアリマテアのヨゼフは、イエスがかれらの家で過越しの食事をしたので、その釈明を求められた。二人は、大祭司の前に進み出て、ガリラヤ人は過越しの羊を一日早く食べることができることを律法から証明した。カイアファたちは大いに狼狽した。とりわけニコデモがガリラヤ人の権利を証明するために律法を持ち出したことは一同を甚だ憤慨させた。ニコデモは証人たちのはっきりした矛盾を大衆の前で晒したのは議員の恥と言い、また神聖な祭日の前夜に迅速に、しかも偏見をもって集会を召集したことを非難した。

カイアファたちは、ニコデモのこの言葉に憤怒しつつ、ニコデモをにらみつけ、恥ずべき証人審問を続けさせた。多くのうそだらけの発言の後、最後に二人の者が来て、 「この男は、『神の神殿を打ち倒し、三日あれば建てることができる』と言いました」と告げた(マタイ26・61、62)。しかしまたこの二人は喧嘩を始めてしまった。一人は主張した。「イエスは新しい神殿を建てようとしたのだ。だからかれは違った過越し祭を他の建物で祝ったのだ。かれは実際に古い神殿を取り壊そうとするつもりだったんだ」。すると他の一人が「その建物は人の手で建てたものだから、かれはそれを指していたのではない」と反対した。

カイアファは歯ぎしりした。証人の矛盾した言葉、主に加えられている無法な仕打ち、それを驚くべき無言の忍耐をもって、耐えておられる主の姿、それらは、居合わせた人々に非常に悪い印象を与えていたからである。そしてイエスの沈黙は多くの者の良心に、不思議なものを感じさせた。

それでカイアファはイライラして席から立ち上がり、イエスの方に歩み寄って、「何も答えないのか、この者たちがお前に不利な証言をしているが、どうなのか」 と尋ねた。しかしイエスはかれの方を見もされなかったので、かれはすっかり腹を立てて「生ける神に誓って我々に答えよ。お前は神の子、メシアなのか」 と聞いた。

するとすぐに騒ぎは静まり返った。イエスは、権威、感動を呼び起こす声ではっきりと言われた。「その通りである。あなたはそれを言った。しかし、わたしは言っておく。あなたたちはやがて、人の子が全能の神の右に座り、天の雲に乗って来るのを見る」(マタイ26・63、64)。 

それを聞いたカイアファは服を引き裂きながら言った。「神を冒涜した。これでもまだ証人が必要だろうか。諸君は今、冒涜の言葉を聞いた。どう思うか」。人々は、「死刑にすべきだ」と答えた(マタイ26・65、66)。かれらがこのように叫んでいるあと、大祭司カイアファは「さあ、この王さまをおまえたちに渡してやる。神の冒涜者に敬意を表せ!」と下僕たちに言い渡してから、彼と議員たちはその場から離れた。


ヨハネは深い悲しみのうちに聖母のことを考えていた。かれはこの悲しい知らせが、敵たちによって聖母に、傷つけるような方法で知らされることを恐れた。それでイエスにまなざしを向けて心の中で言った。「師よ、なぜわたしがここを去って行くか、ご存じですね」と。そしてあたかもイエスご自身がかれを送り返したかのように、ヨハネは法廷を出て聖母の所に急いだ。

一方ペトロは恐怖と悲痛に、すっかり正気を失い、疲れていたので、明け方の冷気をいっそう感じた。絶望的な悲しみをできるだけこらえながら、多くのならず者がひしめき合っている中庭の火のある所に恐る恐る近寄っていった。かれ自身何をやっているのかわからなかった。しかしかれは主を置き去りにすることはできなかった。

4 イエス、あざけられ、からかわれる。 


カイアファが議員たちと共に法廷を立ち去るとすぐに悪人たちはみな、蜂の群のように、救世主の上に飛びかかった。審議中すでにかれらは主に痰を吐きかけたり、拳で主を殴りつけ、とげのある棒でたたいたりしていた。しかしそのいたずらは今や狂気沙汰となって来た。

かれらはわらや木皮で作った冠を主にかぶせて、冒涜的な嘲弄の言葉を吐きながら頭を殴りつけた。かれらは「父の王冠をかぶったダビデの子を見よ!」。あるいは「おい、見ろ。ソロモンよりも偉大なものを」。または「子供の結婚式を挙げる王さま」と言った。このように主が語られた真理を嘲弄した。かれらは主を拳や棒で殴り、あちら、こちらに突き飛ばし、痰を吐きかけたりした。 

最後にかれらは太い麦わらで高い帽子を作り、それを主にかぶらせ、その上に麦の花環をかけた。主からすでに着物を脱がせていたかれらは、古いぼろぼろのマントを主にかけ、おん首を鉄の輪で締めた。それは膝まで垂れていた。この鎖のはしには二つの大きなとげのある輪がついていて、歩く時や倒れた時におん膝を痛々しく傷つけた。かれらは改めて主の手を胸の前で縛り、恥ずかしめを加えたお顔に痰をべっとりと吐きかけた。主の乱れたひげや髪、マントの上半身は汚物ですっかりおおいかくされてしまった。

しかし主は何事も仰せられず、ただ心の中で彼らのために祈っておられた。こうしてかれらは主に無礼を加え、仮装させ、汚してから後方の広間に引きずっていった。かれらは主を足蹴にしたり、棍棒で殴ったりしながら怒鳴った。「われらの王さまはいなくなれ!こいつはおれたちに丁寧なもてなしを受け、議長さまの前に出なければならないのだから」。

このようにしながら、かれらが広間に入って来た時、低級な洒落や、神聖な儀式をもじった冒涜をもって、改めて嘲弄を始めた。かれらが主につばをかけた時、「国王の香油だぞ!」と喝采した。そして、かれらは嘲笑いながら怒鳴った。「おい、どうしたんだ。貴様はそんなにきたならしい恰好で議長さまの前に出ようとするのか!貴様はいつも他人を浄めようとしながら、自分はちっともきれいじゃないではないか!さあ、今きれいにしてやるぞ」。

そこへ汚い水の一杯入った鉢が持って来られた。その中にはぼろが浮かんでいた。そしてこずき回し、嘲弄し、罵倒し、侮辱的な挨拶や敬礼をしながら汚れてベトベトしたぼろで、お顔や肩を拭き、前よりもさらに汚くよごすのだった。最後にかれらは鉢の中味をぜんぶ顔にぶちまけながら言った。「さあ高価な香油だぞ。三百デナリオもするナルドの水だ。さあベッサイダの池の洗礼だぞ」。

すべての者は怒り狂った悪魔のようであった。しかし無法な仕打ちを受けているイエスのまわりには輝きや光があった。そしてあらゆる侮辱も嘲笑も、主からその威厳を奪い去ることはできなかった。

そこに居合わせた大勢の者はその光を気付いていたので不安になった。そしてもはや主のまなざしに耐えられなくなったので、彼らは主に目隠しをした。

5 「そんな人は知らない」

ペトロとヨハネはだれにも訴えることもできず、この恐ろしい場面を傍観しなければならなかった。議員たちが館を立ち去った時、ヨハネは御母に御子のことを知らせるために出て行った。

しかしペトロは出て行けなかった。かれは主を非常に愛していたので、すっかり取り乱し、泣いていたが、できるだけそれを隠した。そしてあまり長く立ちどまっていて疑われないかと恐れ、いろいろな人が集まっている火の方へ行った。

火の周りでは、主を侮辱したことや、卑劣な話で盛り上がっていた。ペトロは黙っていた。しかしその顔に表れている同情と深い悲痛な表情からイエスの敵たちに疑われざるを得なかった。

そこへ門番の女が火の所にやって来た。人々はイエスの弟子たちについて馬鹿話をしたり、そしったりしていた。その女もその話に加わり、ペトロをじろじろ見ながら言った。「あなたもガリラヤのイエスと一緒にいた」(マタイ26・69)。

ペトロは取り乱し、すっかり臆病になった。かれはこの野蛮な人間たちに嘲弄されるのを恐れた。それで言った。「いや、わたしはあの人を知らない。あなたが何を言っているのかわからない」(マタイ26・69~70、マルコ14・67~69)。かれは早々立ち上がり、みなから逃れようとして中庭から出て行った。すると鶏が鳴いた。

ペトロが出て行く途中、他の女が見てまわりの者に言った。「この人はナザレのイエスと一緒にいました」 。他の者はすぐに言った。「お前もあの連中の仲間だ」。これを聞いたペトロはますます臆病になり、混乱して「そんな人は知らない」と断言した。

かれは中庭を抜けて外庭に急いで行った。すると知人たちが塀の上からこちらを見ているので、ペトロはかれらに用心をさせるために走って行った。かれは泣いていた。そして主に対する心配と悲しみで一杯になっていたので、自分が主を否定したことを意識していなかった。

外庭には大勢の人がいて、その中にイエスの友も混じっていた。門番はかれらを中に入れさせなかったが、ペトロは外に出るのでとがめられなかった。するとすぐに二、三人のイエスの弟子が涙にくれながらペトロの所に走り寄り、主のことを尋ねた。ペトロはとても悲しみながら、ここは危ないからここから離れるようにすすめた。それからペトロはかれらと別れ、悲しみに沈み、あてもなくさまよい歩いた。弟子たちは急いで町の方へ戻って行った。

ペトロは少しも落ち着けず、イエスへの愛にかられてかれはふたたび中庭に入った。門番はかれがニコデモとアリマテアのヨゼフの斡旋で入場したのを覚えていたので、ふたたび入れてくれた。

かれはすぐ中庭の広間の方に行った。ちょうど悪党たちはこの広間に主を引きずり込んで嘲弄していた。ペトロはみなから疑い深そうに見られていることに気づいていたが、イエスを心配する心に駆り立てられ広間の方に近づいた。

そこには、ならず者たちがひしめき合って、主が嘲弄されるのを見物していた。ちょうどかれらは主に麦わらの冠をかぶせ、引きずり回していた。主はペトロを厳しく戒めるように見つめた。

しかしペトロはまったく悩みに打ち砕かれていた。かれは周囲の者たちが「あいつは一体何者だ」と話しているのを耳にしたので、ふたたび中庭の方に戻って来た。かれは深い憂い、また同情と恐れですっかり混乱していた。かれは目を付けられていることに気づいたので火の方に行き、そこにしばらく腰を下ろした。そこへ彼の狼狽ぶりを見ていた二、三の者がやって来て、イエスやかれの活動のことなどをそしり始めた。

そしてそのなかの一人が言った。「確かに、お前もあの連中の仲間だ。言葉遣いでそれが分かる」。ペトロは何とか言い訳をして、離れようとしていた所へ、マルコの兄弟がやって来て言った。「園であの男と一緒にいるのを、わたしに見られたではないか」。

ペトロは追い詰められ、訳がわからなくなった。かれはみなから逃れようとして「そんな人を知らない」と誓い始めた。するとすぐに鶏が泣いた。 

ペトロはそこから離れようとした。ちょうどその時、人々は主を中庭に引いて来た。主はペトロの方を向き大変悲しそうに見つめられた。その時ペトロは「鶏が鳴く前に、三度わたしのことを知らないと言うだろう」と言われた主の言葉を思い出した。

この言葉は恐ろしい力となってペトロの心を捕らえた。悲しみと憂いとに疲れ果て、「たとえ、御一緒に死なねばならなくなっても、あなたのことを知らないなどとは決して申しません」という思い上がった約束も、主の厳しい警告もすっかり忘れていた。

しかしイエスの一瞥に会って過ちを犯したという意識はかれを打ちのめしてしまった。かれは、心をこめて戒められた主に背いてしまったのである。 

かれは後悔に気も狂わんばかりになり、顔をおおって、走り出て激しく泣いた。かれはもはや話しかけることを恐れなくなった。自分はだれであるか、またいかに大きな罪を犯した者であるかを、だれにも語ることを敢えてしただろう。

しかし、だれが、そのようなとき、ペトロより自分は勇敢であると言うことができるだろうか。危険、窮迫、恐れ、混乱の中に疲れ果て、一睡もせず、夜を徹し、身も心もすり切らした状態にペトロはいたのだ。

かれはその夜、次から次へと迫り来る悲哀に打ちのめされていた。その上かれは子供のような、また熱情的な性格であった。主はペトロを自分の力に任せられた。だからこそ「誘惑に陥らないように、目を覚まして祈りなさい」というお言葉を忘れる者はみなそうなるように、かれもまったく無力になってしまったのである。 

6 カイアファの法廷におけるマリア 


聖母は御子に起こったすべての事柄と御子のあらゆる苦しみとその大きさを知り、そして絶えず内的に参加しておられた。そして、御子と同じように犯罪者たちのために絶えず祈っておられた。しかし母親としての心は、御子に対する悪行が行われないように、また御子から苦しみが遠ざけられるようにと神に訴え叫んでおられた。

聖母はイエスのそば近くにいることを望んでおられた。そこへカイアファの裁判所からヨハネが戻って来た。ヨハネはイエスの近くに行くことをお望みになっているかを尋ねた。すると聖母はお苦しみになっている御子の近くにぜひ連れて行くようにと熱望された。

ヨハネは聖母をお慰めしようとして主のもとを離れて来たのであった。ヨハネにとって、聖母はイエスに次ぐお方なのである。かれは喜んで聖母を案内して家を出たが、他の二、三の婦人たちもついて来た。

街は非常に騒がしかった。一行はしばしば法廷帰りの人々に出会った。そのうちの何人かは、嘆き悲しみながら急ぐ婦人たちに気づき、厳しい言葉で侮辱した。聖婦人たちはそのため一層苦しんだ。

ある門の下で、かの女たちはカイアファの館から帰ってくる善意の人たちに出会った。かれらはイエスの身に起こったことについて憤慨していた。かれらは聖婦人たちに近づき、その中に救い主の御母のいることに気づくと、心からの同情をもって苦しみに満ちている方に挨拶した。「おお、お気の毒な御母!イスラエルのもっとも聖なるお方の御母、苦しみに溢れている御母!」。聖マリアは心の中でかれらに感謝しつつ、他の婦人らとともに足早に歩みを続けられた。

婦人たちはカイアファの館近くで城壁に沿った道を通ったが、ここで新たな鋭い苦しみが聖母とその連れをおそった。なぜなら、かの女たちは、数人の奴隷たちが、主をかける十字架を作っている所を通らねばならなかったからである。主の敵たちは、ユダの裏切りの時、すでに十字架を作るように命じていた。二人の盗賊のための十字架は、ローマ人たちが用意してあった。この時、聖母は御子イエスの十字架を造っている奴隷たちの言葉を耳にしなければならなかった。夜に働くのは御子のためなので、かれらは御子を呪っていた。お悲しみになっていた聖母の御心は傷つけられた。しかし御子の殉教の道具であり、またかれらの救済のしるしでもある十字架を呪いながら作っている盲目な奴隷たちのために聖母は祈られた。

一行が館を回って外庭に出ると、聖母は婦人たちに取り囲まれながら、ヨハネと共に次の庭の門まで行かれた。聖母はこの門だけが御子と自分とを隔てていることをお感じになった。イエスは二番鶏の声と共に広間からその建物の下にある牢獄に連れて行かれた。聖婦人たちがそこに立っていると、その門が開かれた。 

その時、ペトロが顔をおおい激しく泣きながら、ころぶようにして出て来た。ペトロはすぐに聖母とヨハネを認めた。かれは直前に主からおんまなざしでとがめられ、良心はすっかり呵責の念に打ちのめされていたが、ここで一層激しくなった。

聖母はかれに「おお、シモン、わたしの子イエスは今どうなっていますか?」とお尋ねになった。そのお言葉はシモンの心に深く響いた。かれは聖母のおんまなざしに堪えられず、手をもがきながら、顔をそむけ一言も口をきくことができなかった。

しかし聖マリアはかれを離さず、さらに近く寄られ、非常に悲しげに、「シモン、あなたはわたしに答えてはくれないのですか?」と言われた。

ペトロは非常に苦しそうに叫んだ。「おお、母よ、わたしに話しかけないでください。あなたの御子はひどい苦しみを受けておられます。どうか話しかけないでください。わたしは主に死刑の宣告をしました。わたしは、卑怯にも、主を三度も否定したのです」。

その時ヨハネがペトロに話をしようと近寄ると、ペトロは悲しみのあまり狂気のようになり、外に飛び出して街の方へ逃げ去った。そして主が血の汗を流されたオリーブ山の洞穴に隠れてしまった。

証人たちの多くは家に帰り、カイアファの館の中庭はほとんど空になった。門は開かれたままであった。それで聖母はさらに御子のそば近く行くことができた。ヨハネは聖母を婦人たちと共に主の監禁されている牢獄の前までお連れした。イエスとマリアはおたがいに近くにいることを感じられ、聖母は御子のことを直接耳にするために監視人の嘲笑や御子の溜息の聞こえる牢獄近くまで歩み寄られた。

その時、マグダレナは、激しい悲しみのために激しく動揺していたので、極度の苦しみのうちにも外には節度あるご容姿を保たれていた聖母も、すぐに気づかれてしまった。人々はすぐに厳しい言葉をかの女たちに浴びせかけた。「おい、そこにいるのはガリラヤ人のお袋じゃあねえか。おまえの息子は、今度はきっと磔の刑だぜ。だがなあ、祭日の前ということはありえないな。本当に、あいつときたらまったく恥知らずの悪党だからなあ」。

マリアはそこから離れ、内的すすめを感じて中庭の火の方に歩み行かれたが、そこには僅かの賤民がいるばかりであった。婦人たちは沈黙の中、聖母の後に従った。聖母は、主が神の御子であることを宣言され、また悪人たちが死刑を宣告した恐ろしい場所に来ると、まるで死につつあるもののように悲しみ、その御心は恐るべき苦しみに深く閉ざされた。ヨハネと聖婦人たちは、再び聖母を外におつれしたが、悪人たちは黙って唖然と立ちつくしていた。それはあたかも清らかな霊魂が地獄の中を通り抜けて歩み行くようであった。

7 牢獄のイエス 


カイアファの法廷の地下にある牢獄は小さな洞穴であった。四人の獄吏は二人ずつ交代で監視した。かれらは主にまだ上着を返していなかった。主は汚い愚弄のマントを着せられ、両手は縛られていた。

主は、この牢に入れられるとすぐに、天のおん父に、今まで受け、またこれから受ける虐待や嘲弄を、罪を犯すであろう人々の贖罪の犠牲として、受け入れてくださるように祈られた。

ここでもまた獄吏たちは主に片時の休息も与えなかった。主を牢獄の中央にある低い柱に縛りつけ、柱によりかかることすら許さなかった。そのため、主は疲れ切った足をもって、やっと立っていなければならなかった。主の足は何度も倒れたため、また膝まで垂れている鎖の打撃で、傷つきふくれ上がっていた。獄吏たちは主を愚弄し虐待を加えることをやめなかった。一人が疲れるとすぐ他の者が交代して新しいいたずらを始めるのだった。

イエスは口を少しも開かれることなくすべてを忍ばれた。この牢獄で主は立ったまま、主を愚弄し虐待する者たちのために祈り続けられた。最後にかれらが疲れ、静かになった時、イエスは円柱に寄りかかられた。主の果てしない苦しみの一夜はこのようであった。

朝日が昇り始めると、イエスは明けようとするこの日に向かい、縛られたままの手を伸ばし、感動的な祈りを声高らかに天の御父に唱えられた。そして主は、天国を開き地獄を征服し、人類に祝福の源を開き、おん父の意志を全うするこの日を心から感謝された。

イエスが狭い牢獄の柱に寄りかかって、輝きつつ立たれ、偉大な犠牲の日の最初の光に喜びの挨拶をされている光景は、全く言葉に尽くしがたいほど、悲しくも愛にみち、荘厳かつ神聖なものであった。疲れてまどろんでいた獄吏たちは唖然と見上げた。かれらは敢えて主を妨げなかった。むしろかれらは驚き、恐れているようであった。

8 朝の法廷 


夜の裁判は無効なので、夜の決定を有効にするために、明るくなると、アンナス、カイアファ、律法学士と長老たちは大法廷に集結した。昨夜の裁判は、祭日も押し迫り、余裕がないため、準備的に証人訊問をしたに過ぎなかった。

大部分の議員たちは夜をカイアファの家で過ごした。ニコデモとアリマテアのヨゼフを混じえた他の者たちは夜が明けてから来た。それは大集会であったが、すべて迅速に行われた。

かれらがイエスの死刑宣告を相談しているとき、ニコデモとアリマテアのヨゼフおよび他の二、三人の者はイエスの敵の前に進み出て、暴動が起きるかもしれないから、この問題は祭日後まで延ばすよう要求した。また今までの証言も矛盾していて、なんら正しい判断の基礎とはなり得ないと申し出た。

大祭司や大部分の者はこの抗議に不愉快そうな顔をした。悪人たちは、おまえたちもナザレ人のために嫌疑をかけられていることを伝えた。そして救い主に同情している者たちはすべて会議から追い出されてしまった。しかしかれらはここで決議されたすべての事柄に抗議するために神殿に向かった。かれらはこの事件以来二度と衆議所には行かなかった。

さてカイアファは、判決後ただちに、主をピラトの所に連行出来るよう準備するように命じた。それで法廷の従者たちは獄舎に急ぎ、侮辱しながらイエスの御手をほどき、ボロボロのマントを肩から引きはずした。そして、汚物のべっとりとついている編んだ下着を着るように命じた。それから胴を縄で再び縛り、牢獄から引き出した。これらのことはすべて大急ぎで、戦慄すべき暴力のうちになされた。

従者たちは、主を法廷の広間に連れて来た。しかし主が全く変わり果て、汚れた下着だけを着て議員たちの前に現れると、かれらは吐き気をもよおし、ますますいら立ってしまった。このかたくななユダヤ人たちには同情というものは少しもなかった。

カイアファは怒り、侮辱しながら「お前がメシアなら、そうだと言うがよい」と言った。イエスは言われた。「わたしが言っても、あなたたちは決して信じないだろう。わたしが尋ねても、決して答えないだろう。しかし、今から後、人の子は全能の神の右に座る」。そこで皆の者が、「では、お前は神の子か」と言うと、イエスは言われた。「わたしがそうだとは、あなたたちが言っている」 。人々は、「これでもまだ証言が必要だろうか。我々は本人の口から聞いたのだ」と言った(ルカ22・67~71)。そして一同は、獄吏に命じて、主を改めて縛り直し、死刑の宣告された者にするように、首に鎖をかけた。

かれらは祭日のため急いでいたので、ピラトに朝早くから犯罪者を裁く準備をしてくれるようにと使いを出しておいた。かれらはローマの地方総督に対し、不平不満でうずうずしていた。それはかれらに死刑判決を下すことが許されておらず、それを訴えるために総督の所へ出かけないといかないからである。

兵卒たちは建物の前の庭に整列した。イエスの敵や悪人たちは館の前に集まった。大祭司と一部の議員が先頭となりピラトの館に向かった。次いで獄吏に引かれた哀れな救い主が軍隊に取り囲まれてこれに続いた。最後に無頼漢どもがみな一つになって付いて来た。しかしその中のある司祭たちはその日いろいろな行事を行うため神殿のほうに向かった。 

9 イエス、ピラトの前に連行される 


主は、巡礼であふれている町の一番にぎやかなところを通った。まずアンナス、カイアファ、その他衆議所の議員たちが晴れ着を着て行列の先頭に立った。律法書もいっしょに運ばれた。その次には多数のファリサイ人、律法学士、その他主の告訴の時、よく目立っていたユダヤ人たちが続いた。

それから少し間をおいて、私たちの愛するイエスが獄吏たちに縄で引かれ、一隊の兵士と主の捕縛の際に居合わせた六人の役人に囲まれながら来られた。途中、その行列に無数の無法者が加わった。途中の至る所で、民衆が群れをなし行列を待ち構えていた。

イエスは編んだ下着を着ておられるだけであった。それは痰や汚物で汚れ果てていた。その首には膝まで届く鎖が下がっていて、一歩ごとに痛々しく膝を打った。両手は昨日のように縛られ、四人の獄吏がその帯に結びつけてある綱を引いていた。

主は昨夜の恐るべき虐待によって全く変わり果てていた。髪もひげも乱れ、顔は青ざめ、腫れ上がり、紫色になっていた。そしてよろめく悲惨なお姿だった。

主は嘲弄と虐待を受けつつ、駆り立てられた。無数の悪人たちが、枝の主日に主が荘厳に入城された光景をもじって愚弄した。かれらは主にあらゆる侮辱的な王の称号で呼び、石や、棍棒、木片、汚いボロなどを御足の前に投げつけた。獄吏たちは、主を縛ってある縄を引っぱり、わざとその上を歩かせた。このように連行は初めから終わりまで虐待の連続であった。

最も同情にあふれる主の御母は、マグダレナとヨハネと共にカイアファの家から遠くない所で待っておられた。かれらはある建物の隅に立っていた。聖マリアの御心はいつもイエスと共にあったが、御子が近くにおいでになると愛に耐えることができなくなり、聖母は主の方に向かうのであった。

聖母は御子がどうなっておられるかよく知っていた。しかし今、恐るべき事実が目前に迫って来た。傲慢で怒りに満ちたイエスの敵が過ぎて行く。神の司祭はサタンの司祭となっていた。それは恐ろしい光景であった。

しかもその上に民衆の叫びと騒ぎ!偽りの誓いを平気でやってのけるあらゆるイエスの敵と告発者!最後に神の御子自身。かれは嘲笑と呪いが鳴り渡る中、虐げられ、縛られ、殴られ、歩くというよりむしろよろめきながら、残忍な獄吏に縄で引っ張られながら連行されていた。 

聖母はその時、もし主がこの恐ろしい騒ぎの真ん中で、ただ一人の冷静な人物、祈る人でなかったならば、決して主を見出すことが出来なかったであろう。

主が近づかれるとすぐに、聖母は忍びやかに嘆き悲しまれた。「ああ、あれがわたしの子ですか?おお、あれがわたしの子だ。おおイエス、わたしのイエスよ!」。

行列が過ぎ去るとき、イエスは感動の中に聖母をご覧になった。しかし聖母は深い思いに沈んでおられた。行列が過ぎ去ると、ヨハネとマグダレナは聖母をピラトの館にお連れした。

イエスは困難・苦境に際し、友に捨てられるということをこの途中で経験されなければならなかった。すなわちオフェルの住民たちも、この通り道に集まっていた。しかしイエスが変わり果て、軽蔑されているのを見ると、かれらの信仰もゆらいだ。かれらは王、救世主、神の子たる者がこのような有様になることを理解できなかった。

かれらもまた過ぎ行くファリサイ人たちから主の帰依者であるために罵られた。「おい、ここにおまえたちの王さまがおいでになるぞ!さあご挨拶申し上げろ!今となっちゃこいつの奇跡もおしまいだ。大祭司さまがこいつの魔法をかけちゃったからな」。するとよりよき者は疑惑の中に引き返し、かれらの中の悪人たちは嘲弄しながら行列に加わった。