聖母マリアへのまことの信心⑨聖体拝領のときに、この信心を実行する方法

2019年10月4日

1 聖体拝領前 

1・神のみ前に深くへりくだりなさい。 

2・あなたの堕落した考えと感情を捨てなさい。あなたの自愛心が、それらをよいものと見せるにしても。 

3・自分の奉献を新たにして言いなさい。「愛すべきイエズスよ、私はすべて、まったくあなたのものです。私が持っているものも全部聖なるおん母を通じてあなたのものです」。 

4・おん子イエズスをマリアと同じ気持ちで迎えることができるように、このよいおん母に、お心を貸してくださいと願いなさい。”そうでないと、自分のような汚れた変わりやすい心にイエズスを迎えるとしたら、イエズスの不名誉になるからです”とマリアに言いなさい。もし、マリアが、おん子を受け入れるために、私の心に住みたいとお望みになるなら、マリアは、人々の心の女王であるから、そうする権利があります。そうなれば、御子は、何の傷も受けず、また、侮辱されたり、面目を失ったりする心配もなく、マリアから歓迎されるでしょう。「神は、その中におられる、ゆれ動きはすまい」。マリアをほめるために、すべてのものを捧げても、わずかでしかありませんが、聖体拝領をもって、永遠のおん父から受けられた同じ贈り物をしてあげたいと、信頼深くマリアに言いなさい。”そうすれば、全世界のすべての宝を贈るよりも、あなたは、はるかに大きな名誉をお受けになります”とマリアに言いなさい。また、マリアに、こうも言いなさい。「イエズスは、あなたを限りなく愛しておられるので、私の魂があの馬小屋よりも汚れていても、イエズスは、あなたの中に喜んで来られ、安らかに休むでしょう」と。事実、あの馬小屋に、イエズスが喜んで来られたのは、そこにマリアがおられたからです。最後に、次の言葉をもって、マリアの心を願いなさい。「私は、あなたを自分の宝としてひき受けます。あなたの心を、私にください、おおマリア」と。 

2 聖体拝領のとき 

267 天にましますの祈りの次に、イエズス・キリストを拝領しようとする直前に「主よ、私は、あなたをお迎えする値打ちのない者です。あなたが、ただ一言、おっしゃってくだされば、私の魂は癒されます」と三回言いなさい。一回目は、永遠のおん父に向かって、”私の悪い考えと、これほどやさしいおん父に対する忘恩のために、おんひとり子をお迎えする値打ちのないものです”と言いなさい。しかし、神のはしためマリアは、あなたの足りなさを補って威厳に満ちた神に対して、信頼と特別な希望を起こさせてくださいます。そうすると、こういうふうに祈ることになります。「主よ、私を安らかに休ませるのはあなたです」と。 

268 次に、おん子に向かって、「主よ、私は、あなたをお迎えする値打ちのないものです…」と言いなさい。すなわち、自分の無駄な悪い言葉と、その奉仕における不忠実のために、イエズスをお迎えする値打ちがないという意味です。しかし、あわれんでくださるように祈ってから、こう言いなさい。「これからあなたを、あなたご自身のおん母であり、同時に、私の母でもある”マリアの家”に迎え入れます。あなたがおん母マリアの家に住んでくださるまで、絶対にあなたを離しません。私はあなたを引き止めて、行かせません。私の母の家に、あなたを連れて行き、私を生んだものの部屋にあなたが入るまでは」。次にこう言いなさい。さあ、お立ちになって、あなたの憩いの家に、あなたの聖なる契約の櫃にお入りください。「主よ、立って、あなたの休みの所に行ってください。あなたと、そのおん力の聖櫃と共に」。また言いなさい。私は、エサワのように、自分の功徳、自分の力、自分の準備にもぜんぜん信用しません。かえって、小さなヤコブが母レベッカの心に信頼したように、あなたの愛するおん母マリアにすべてをゆだねます。それで、私が、エサワのように罪人であるにしても、おん母マリアの功徳に寄りすがり、その功徳を着て、あなたの限りない聖性に近づかせていただきます。 

269 「主よ、私は、あなたをお迎えする値打ちのないものです」と聖霊に言いなさい。すなわち、私は、生ぬるくて、悪い行いをして、神のいぶきに、背いたことがあるから、愛の傑作であるイエズスをお迎え入れる値打ちはありませんが、マリアが聖霊の忠実な花嫁であるから、すべての信頼をマリアに置きます、と。そして聖ベルナルドの言葉を借りて、「マリアは、私の最大の信頼、私の希望の理由のすべてです」と加えなさい。また、決して離れることのない花嫁であるマリアに再び下るようにと祈ることができます。マリアのふところは、純粋な愛で、そのみ心は、炎で燃えているから、聖霊が魂にくだらないと、イエズスも、マリアも発育しないで、ふさわしく迎え入れることもできません、と聖霊に言いなさい。 

3 聖体拝領後 

270 聖体拝領ののち、内的に注意深く目を閉じながら、イエズス・キリストをマリアのみ心の中に導き入れなさい。イエズスを、おん母に渡しなさい。おん母は、愛をもって、イエズスを歓迎し、礼拝し、かたく抱きしめて、私たちのこの暗闇の世界に知られていない多くの奉仕を霊と真理によってイエズスに与えるに違いありません。 

271 あるいはまた、マリアのうちに住んでおられるイエズスのみ前に、深くへりくだりなさい。あるいは、王の宮殿の門の前に立っている奴隷のように、振るまいなさい。王が女王と話し合っているうちに、あなたを必要としないその時、あなたは、精神をもって、天と地とを全部めぐって、すべての被造物に向かい自分の代わりに、マリアのうちにおられるイエズスに感謝と礼拝と愛を捧げるように願いなさい、来て、集まれ、「礼拝のかしらをたれ」。 

272 あるいは、あなた自身、マリアと共にイエズスに向かって、おん母を通じてみ国が地上に来ることを願いなさい。あるいは、知恵と神の愛、あるいは罪のゆるしを、あるいは他の恵みを願いなさい。しかし、その願いは、いつもマリアを通じて、マリアのうちに願うように。自分を見つめないで、こう言いなさい、「主よ、どうか私の罪を見ないでください。あなたのおん目が、私のうちに、マリアの全徳と功徳しか見ないように」。そして、自分の罪を思い出してこう加えなさい。「敵がこうしたのだ」。これらの罪を犯した一番悪い敵は、私です。あるいはこう言いなさい。「不実な非道な人から、私を救い出してください」。あるいはまた、「あなたは栄え、私は姿を消さねばならない」と。私の愛するイエズス、あなたが、私の魂の中で栄え、私は姿を消さねばなりません。マリアよ、あなたが、私のうちに栄え、私は今までよりも小さくならねばなりません。「産めよ、増えよ」、そうです、おおイエズスとマリアよ、私のうちに栄え、他の人たちのうちに増えてください。 

273 もしあなたが、内的生活を送り、犠牲心に富んでいて、私が教えてあげたこの偉大な素晴らしい信心に対して忠実であれば、聖霊は、他の数えきれないほどのよい考えをあなたに、今も息吹かれるし、これからも息吹いてくださるでしょう。しかし、聖体拝領のとき、あなたは、マリアが行うままにさせるなら、それだけイエズスとマリアは栄えるということを思い出しなさい。マリアがイエズスのために、そして、イエズスがマリアのうちに行われるのを、あなたが、任せれば、任せるほど、あなたは深くへりくだり、マリアを味わうとか、眺めるとか、感じるとかのために心配しないで、落ち着きと、沈黙のうちに、イエズスとマリアが、おっしゃることに耳を傾けるでしょう。なぜなら、義人は信仰によって生きるからです。それは、信仰の行いである聖体拝領のときには、なおさらそうです。「私の義人は、信仰によって生きる」と。