キリストの受難1 裏切りのゲッセマネ

「キリストの受難を幻に見て」を短くしています。

1 イエス、ゲッセマネの園に向かう

最後の晩餐後イエスと11人の弟子たちは過越しの食事をとった客間からゲッセマネというオリーブの園までの短い距離を歩いて行った。

一同は、ときどき立ち止まった。イエスは一同話した。「今夜、あなたがたは皆わたしにつまずく。『わたしは羊飼いを打つ。すると、羊の群れは散ってしまう』と書いてあるからだ。しかし、わたしは復活した後、あなたがたより先にガリラヤへ行く」 マタイ263132)と言われた

使徒たちは聖体拝領と、愛に満ちたイエスの言葉によって感激と親愛に満ちていた。一同は主を決して置き去りにしませんと強調したが、主はくり返し、そのこと言われた

するとペトロが、「たとえ、みんながあなたにつまずいても、わたしは決してつまずきません」と言ったマタイ2633)。それで主は「はっきり言っておく。あなたは今夜、鶏が鳴く前に、三度わたしのことを知らないと言うだろう」 マタイ2634と言われた。ペトロは、「たとえ、御一緒に死なねばならなくなっても、あなたのことを知らないなどとは決して申しません」と言った。弟子たちも皆、同じように言ったマタイ26・2)。

しかしイエスは、ますます悲しみに包まれていった。使徒たちは、人並の気休めで慰め、自分たちの忠実さを誓った。しかし、ついに彼らも疲れ、疑い出した。このようにして、試みがらをおそい始めた。

オリーブ山:エルサレム東郊にある丘陵。エルサレム旧市街より数十メートル高い。古くからオリーブ畑になっていたため、この名で呼ばれる


イエスが弟子たちとゲッセマネ園に着いたころには、すでに暗くなっていた。主は深く憂いに沈み危険迫っていると言われた。弟子たちはすっかり狼狽してしまった。主は八人の使徒に「わたしが向こうへ行って祈っている間、ここに座っていなさい」と言われたマタイ2636)。

ゲッセマネの園:オリーブ山の北西ふもと(山の下方の、次第になだらかになった所)にあるオリーブが植えられた庭園風の場所

それからペトロヨハネヤコブを連れて木立の奥に入って行かれた。主は迫り来る戦いを予感され、言葉に尽くし難い悲しみに包まれていた。

ヨハネは主がいつも自分たちの慰めであったのに、どうしてそのように悲しまれるのかと尋ね主はわたしは死ぬばかりに悲しいマタイ2638言われた

主は憂いと試練が雲のかたちで迫って来るのを見た。主は三人の使徒たちに「ここを離れず、わたしと共に目を覚ましていなさいマタイ2638)。そして誘惑に陥らないように祈りなさいルカ2240」と言われた。

三人はそこに残った。イエスは少し前の方に進まれた。恐ろしい幻影が主に迫って来た。主は恐怖におののきながら、使徒たちから左方に下って行った。そこには岩に囲まれた小さな洞穴あった。その入り口には灌木が覆っていたので、外からはわからなかった。

 

2 イエス、世の罪を見る

イエスが使徒たちから離れると、恐ろしい幻影が主のまわりに押し寄せて来た。主の悲しみと恐怖は増し、震えながら、洞穴の中にお入りになった。しかしこの幻影は洞穴の中までついて来た。それは人祖の堕落から世の終わりまでの、あらゆる罪悪の恐怖に満ちた幻影を、この狭い洞穴の中に詰め込んだかのようであった。

主は罪の償いのため、神の正義をなだめるため、これから来る苦しみに、主は、神性を全く隠し、人間が持つ愛の力だけで、あらゆる恐怖と苦しみに身をまかせた。そして、すべての罪に対する償いと苦痛をその聖心に引き受けた。

苦しみは、主の御体と霊魂のすべてに、無数に枝を張った木のように入り込んだ。主は全く人性のみになり、果てしない悲しみと恐怖のうちに神に懇願し、顔をおおい、うつ伏せに倒れた。主は無数の幻影のうちに、世のあらゆる罪悪とその真の醜さを見た。主はこれらをすべてご自身に引き受け、あらゆる罪のために苦しんで、天のおん父の正義に償いを果たそうと熱心に祈られた。

しかし、これらの幻影の裏で動いていた悪魔は、イエスの態度にますますいらだち、さらに身の毛のよだつような悪の幻影を主が見るときに「なんだって?これを貴様が自分で引き受けるって?そのために罰を受ける覚悟だって?なに、貴様がこの償いをするのだって?」とくり返し主を怒鳴りつけた。洞穴は罪悪の恐ろしい幻影と悪魔の嘲笑と誘惑で満ちた。主はこれらをすべてご自分に引き受けた。 

イエスは、多くの罪悪とそのいやらしさ、および人類の忘恩の前に果てしない悲しみと恐怖に包まれた。主は震えながら「父よ、御心なら、この杯をわたしから取りのけてください(マタイ26・39)。アッバ、父よ、あなたは何でもおできになります。この杯をわたしから取りのけてください(マルコ14・36)」と祈って言われた。しかし主は直ちに気を取り直し「しかし、わたしの願いどおりではなく、御心のままに」(マタイ26・39)と祈って言われた。

 

3 イエス、罪を償うための苦難を見る

主の意志とおん父の意志とは全く一つであった。主は私たちへの愛から私たちの弱さをその身に引き受けたが、果てしない悲しみと恐怖に包まれた。

主はその場に倒れ、恐怖の汗は主をおおいつくした。主は再び起き上がられたが、ひざがよろめき、ほとんど支えきれなかった。主は全く変わり果て、唇は色失せ、髪は逆立ってしまった。

主は洞穴を出て三人の弟子の方に良き牧者のようによろめきながら見に行かれた。主はかれらも憂いと試練のさ中にいることを知っておられたのである。しかし恐ろしい幻影がわずかな距離を行く間さえも主に取り巻いていた。

弟子たちのところに戻ると、彼らは疲労と悲しみから眠っていた。主は弟子たちが眠っているのをごらんになり「シモン、眠っているのか」(マルコ14・37)と言われたので、かれらは眼をさまして起き上がった。主は「あなたがたはこのように、わずか一時もわたしと共に目を覚ましていられなかったのか」(マタイ26・40)と言われた。

かれらは、主がまったく変わり果て、悲しみと恐怖で震えておられるのを見た。その時、彼らは驚き、どうしていいか分からなかった。もし主が常に帯びている光に包まれて彼らの方に来なかったならば、彼らはとうてい主と認めることは出来なかっただろう。ヨハネは「主よ、一体何が起こったのですか、他の弟子たちを呼びましょうか。逃げましょうか」と尋ねた。

しかし主は言われた。「たとえもう一度、わたしが33年間生き続けて人々を教え、病人をいやしたとしても、明日までに成就しなければならないことには及ばないだろう。他の者を呼んではならない。かれらはこんなみじめな状態のわたしを見るには耐えられないから向こうに置いて来たのだ。かれらはわたしの姿につまづき、試練に倒れ、多くのことを忘れて疑うようになるだろう。しかし、おまえたちは人の子が変容したのを見たのだ。だから暗闇の中にも、全く見捨てられた状態においても、人の子を認めることが出来るだろう。しかし誘惑に陥らないよう、目を覚まして祈っていなさい。心は燃えても、肉体は弱い(マタイ26・40)」。

そして主は彼らに忍耐を勧め、主の人間性における戦いと、ご自身の弱さの原因について教えた。主は大きな悲しみのうちにかれらに語られ、再びそこから去られるまで15分ほど共におられた。

主はますます激しくなる悲しみと共に洞穴に戻られた。かれらは主の方に向かって手を差し伸べ、泣きくずれた。そして「どうしたのだろう。何が起こったのだろう。主はすっかり頼りなくなってしまわれた」と語り合った。

イエスは悲しみにあふれ、洞穴に戻られると天のおん父に祈られた。そこに天使が近づき、罪を償うための苦難とその大きさを幻影で示した。そして堕落前、人間に与えられていた光栄と、すべての罪がその起源を第一の罪に発しているかを示した。主は罪がどのように人の肉体や精神に影響しているか、またあらゆる罪による罰をご自身に引き受けなければならないかを見た。天使は、これらを個々に、あるいはまとめて一連の幻影のうちに見せた。 

罪を償うための苦難を幻影のうちに見た主は、激しい恐怖と苦痛を覚えられた。主は、快楽に対抗する苦難の意義を理解されたばかりでなく、あらゆる種類の拷問の道具をごらんになった。主は全世界の罪を負い、感じられた。そして主は罪を償うために受ける苦しみを知り、血の汗が流れるほどの恐怖におそわれた。

余りの苦痛に、主の人性は悲しみ、恐怖で震えておられた。それを見た天使たちは同情に動かされた。天使たちは主をどうにかして慰めようと願い、神の玉座の前で懇願した。天の御父はこの願いを聞き、天使に命じ、主を力づけた。それで主はわずかの慰めを得られた。しかし再び天使たちの姿は消え去り、さらに新たな恐怖の一団が主のご霊魂に迫って来た。 

主の人間的意志は苦難を逃れ、緩和するよう一生懸命闘い、願ってはいるが、御父が打ち捨てられたのは、苦難を聖なる人性にすべてを受けさせるためであった。

4 イエス、将来の失敗と忘恩を見る 


主が、すべてこれらの戦いを天のおん父の意志に心から服従して勝ち得た時、「自分の犠牲の利益はどんなものだろうか」という疑問と心配が主をおそった。そして恐るべき未来に関する思いが主のみ心を悩まし始めた。

主は使徒や弟子、友だちの将来のあらゆる苦難を見た。そして初めのキリスト信者の増大と共に異端が発生し、教会の一致から分離して行くことが主を悩ませた。また、主は、多くの信者の不熱心・背徳・罪悪、そして傲慢な教師の吐く種々の虚言、悪徳司祭の冒涜的罪、それらすべての恐るべき結果を見た。このようなつまずきが太古から今日まで、さらに世の終わりに至るまで、数えきれない一連の幻影となってイエスの前を通り過ぎた。

主はまた、彼の援助を拒み、奈落に向かって過ぎ行く無数の者を見た。主はまた、彼を公然と否定しないが、教会に痛手を加える者や、苦難に会うと、すぐに教会を置き去りにする多くの者を見た。

イエスはまたご自身を知らない多くの者を見た。また主は、彼に従って十字架を負うことを欲しない者を悲しみ、かれらの代わりに苦しみを忍ばれようとした。その時悪魔が物凄い形相をして主のおん血によって救われた者を、さらに主の秘跡によって塗油された者さえも、その前で奪い取り、虐殺するのを見た。これらの幻影の間に誘惑者の声が始終くり返し、ささやいていた。「見ろ、こんな恩知らずの奴どものために苦しむつもりかい」。その時、あらゆる未来に起こる戦慄すべき出来事、嘲りの声が主に押し寄せて来て、主の御人性は言葉にならないほどの恐怖におそわれた。

このような恩知らずの人類のために、筆舌に尽くしがたい苦しみを忍ばねばならない主は、その人間的意志において深く感じ、恐怖で震えた。そして濃い血のしずくのような汗は地上に流れ滴った。主は苦しみに押しつぶされ、救いを求めるようにあたりを見まわし、「ああ、どうしたら、このような恩知らずに耐えることができようか」と叫んだ。

イエスが悩みのうちに、しばらくの間大きく叫ばれたので、三人の使徒が飛び上がり、主の方に助けに行こうとした。しかしペトロが他の二人を引き戻し、「待て、おれが行って来るから」と言った。ペトロは急いで洞穴の方へ行き中に入った。「主よ、一体どうなされたのですか」と尋ねた。しかし血まみれになって恐れおののく主を見てかれは立ちすくんでしまった。主は何も答えられず、またかれに気づかないようであった。そこでペトロは二人の所に戻り、主が少しもご返事をされず、ただ溜息をついておられたと告げた。するとかれらはとても悲しみ、頭をおおい、ひれ伏して涙と共に祈った。

主のもとに、忘恩の恐るべき幻影はますます押し寄せて来ていた。主は苦しみに対する人間的嫌悪の感情となお続けて戦った。主は何度か「父よ、このような者のために苦難を受けなければならないのでしょうか。父よ、わたしが飲まないかぎりこの杯が過ぎ去らないのでしたら、あなたの御心が行われますように(マタイ26・42)」と祈られた。

また悪魔の指揮のもと、あらゆる階級やあらゆる種族の大軍勢が四方八方からイエスに押し迫って来た。時折、かれらの間に争いが起こったが、再び一致して恐るべき怒りをもって主に立ち向かって来た。それは全く身の毛のよだつ光景であった。かれらは主に向かって嘲笑い、つばきをかけ、罵倒し、不潔物を投げつけ、突き倒し、殴りつけた。かれらの剣や槍は、主に対して乱暴に振り下ろされた。そして生命のパンをもってすべての人々を永遠に養うために地上に降り、死んで一粒の麦となるべき主に対し、あらゆる限りの乱暴を加えた。イエスはこれらの恐るべき軍勢の真只中で恐怖で震えていた。主はあちこちによろめき、立ち上がっても、すぐにうずくまってしまわれた。 

この軍勢は、御聖体の中に実存する救い主に、あらゆる方法で侮辱を加える数知れない人々であった。これらの人々は、軽々しさや、不敬や、なげやりに始まり、軽蔑、乱用、恐るべき汚聖に至るまでのあらゆるひどい仕打ちを御聖体に加えた。これらの敵の中には子供もいた。この子供らは、教育が悪く、不謹慎であり、ミサ中に主に尊敬を払わなかった。さらに恐ろしいことに、多くの司祭さえその中にいた。かれらは自分自身を信心深く敬虔であると思っているけれど、御聖体のイエスに対する忘恩に加わっていた。 

また、主は、彼の教義が、かえって憤怒から冒涜と呪いの言葉を無数の人に吐かせる源となったのを見た。そして、悪魔の下僕たちが尊き器を汚し、御聖体を捨てて、それに残酷な虐待を加えるばかりでなく、さらにそれを恐るべき悪魔的な偶像礼拝に使っているのを見た。

主は、次いで、無数の細かい不敬を見た。多くの人々の悪い手本や、間違った教えのため信仰から離れ、救世主をもはや謙遜に礼拝しないようになっていくのを見た。主はまたこの軍勢の中に異端者となった大勢の罪深き教師たちを見た。かれらは最初おたがいに争っていたが、結局いっしょになって教会のいとも聖なる秘跡にましますイエスに向かい、暴れ狂っているのを見た。 

主は、多くの異端者の頭目が教会の司祭職をそしり、この秘跡中のイエスの実在について異端を唱え、否定しているのを見た。そしてかれらの誘いによって無数の人々が、救い主の御心から離れて行くのを見た。これは身ぶるいするほどの恐ろしいことであった。なぜなら教会はイエスの御体で、その離ればなれの四肢もすべて主のご苦難によって結びつけられたはずであるから。 

異端者は始めのうちはただわずかの者だけが離れていくのであるが、次第に全民族が離れて行くのを見ることは実にやるせないことであった。そして、主は、これらの者が教会を攻撃しているのを見た。これらを、主はご自身が粉々に引き裂かれてしまうかのように感じられた。これら恐怖すべき事柄はすべて身の毛のよだつほど悲惨なものであった。 


この時、主の御体から血が濃い滴りとなって流れ落ちた。主のいつも滑らかに分けられた髪は血でこびりつき、乱れ、もつれ上がり、そのひげは血にまみれ、むしり取られたようになった。 

この幻影の後、主が逃げるように洞穴から出て再び弟子たちの方によろめきながら行かれた。主が使徒たちの所に来て見ると、かれらは悲しみと心配と疲れから再び眠りに落ちてしまった。しかしかれらは全身がまったく変わり果てた主を見ると、驚いて飛び上がり主を抱き支えた。

主はとても悲しげに、ご自分が明日殺されること、一時間以内に捕らえられること、それから法廷に引かれて恥ずかしめを受け、嘲られ、鞭打たれ、最後には残酷に殺されることなどをお話しになった。主はまたかれらに聖母とマグダレナを慰めるようにお願いになった。

主は数分間話しておられたが、かれらは返事も出来なかった。実際かれらは主のお姿とお言葉に悲しみ、狼狽してしまって、何を言っていいのかわからなかったからである。かれらは主がほとんど正気を失っておられるのではないかと思った。主は再び洞穴に戻ろうとされた。しかしもはや、一歩も歩くことが出来なかった。それでヨハネとヤコブが、主を洞穴にお連れした。二人は主をお連れしたあと再び戻った。

主が死の恐怖と闘っておられる間、聖母もマリア・マルコの家で恐れと悲しみに苦しんでおられた。聖母はマグダレナおよびマリア・マルコといっしょに庭に出られ、敷石の上にひざまずかれた。聖母は深く考え込まれ、ただ神のおん子のご苦難のみを見、それを感じられた。また聖母は主のことを知るために使いを出されたが、その帰りを待ちきれず、不安に閉ざされつつマグダレナおよびサロメと共にヨザファトの谷に出て行かれた。聖母は顔を布でおおって歩まれ、時々手をオリーブ山の方に差し伸べられた。聖母は心のうちで御子が血の汗を流されたのを知っていた。そして差し伸べた手であたかもイエスの顔を拭こうとされるようであった。聖母の心が激しく動いておられる時、イエスもまた御母を思い、あたかも助けを求めるようにその方を眺められた。 


主はまたマグダレナのことをも考えられ、かの女の苦痛もお感じになった。かの女の方に目を向けられるとかの女もそれを感じた。主が弟子たちにかの女を慰めるようにお頼みになったのはそのためである。実際、主はマグダレナの愛が聖母に次いで大きく、またかの女が将来主のために苦しみ、もはや再び罪によってご自分を侮辱することのないのを知っておられた。

そのころ八人の使徒は再びゲッセマネの園の草ぶきの小屋に戻っていた。かれらはたがいに語り合っていたが、間もなく眠ってしまった。かれらの不安は大きく、恐ろしい試練に押しつぶされていた。そして彼らは「もし主が殺されたら自分たちは一体どうすればよいのだろう。持ち物はみなきれいさっぱり捨ててしまった。今の自分たちは本当の文なしで世間の笑いものだ。自分たちは何もかもかれにまかせ切ってしまったのに、そのかれが今はまったく打ちのめされ、無力になってしまっている。実際頼りにならなくなってしまった」との心配に悩まされていた。 

5 イエス、慰めを受ける

主は再び洞穴の中で祈られた。主は苦しみに対する嫌悪に打ち勝った。「父よ、御心なら、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願いではなく、御心のままに行ってください。」 (ルカ22・42)と辛うじて祈られた。

その時主の前に穴が開け、光線のように長い階段が古聖所に下って行くのを見た。主はそこにアダム、エバ、すべての太祖、預言者、義人たちおよび聖母の両親や、洗者ヨハネを見た。かれらは下界で主の来られるのを一心に待ち望んでいるので、主は強められ鼓舞された。これらの待ちこがれている囚人に、天国は主のご死去によって開かれるのである。主はかれらをただ希望に支えられている牢獄から救い出してやらねばならなかった。イエスはこれらの古聖所の人々を感動をもって眺められた。

その後天使は主の前に未来のあらゆる聖人の群れを示した。かれら聖人たちは主のご苦難の功績に一致して戦い、主に依って天のおん父に一致されるのであった。かれらがみなそれぞれの苦難の努力で飾られて、救い主の前を通り過ぎる光景は言葉に言い尽くせぬほど、美しく慰めに満ちた光景であった。使徒、弟子、童貞女、聖婦人、殉教者、証聖者、教会のすべてのかしらと司教、あらゆる修道士の群れ、実に聖人のありとあらゆる大群衆が主の前を通り過ぎて行った時、主は贖罪の尽きることのない力をごらんになった。このたとえようもない感動すべき光景はあらゆる人間的苦悩を耐え忍ばれる救い主の霊魂を少し勇気づけまた慰めた。

しかしこの慰めの幻影はまた消え去った。天使は目前に迫ったご苦難を主にお見せした。主は、ユダの接吻から十字架上の最後の言葉の幻影をきわめてはっきりと見た。ユダの裏切り、弟子の逃亡、アンナ、カイファのの前での嘲弄とおん苦しみ、ペトロのいなみ、ピラトの裁判、ヘロデの嘲り、鞭打ちと茨の冠、死刑の宣告、十字架の重荷に倒れる主、聖母との対面、奴隷たちの聖母に対する嘲笑、ベロニカの汗を拭った布、残酷な釘と高く押したてられた十字架、ファリサイ人の嘲笑とマリアおよび忠実な人々の苦痛、おん脇腹がつらぬかれ開かれる光景など、一切の状況がはっきりとまた明らかに、しかもこまかく示された。

主は、人々のあらゆる行動、感情や言葉を見、かつ聞いた。しかしそれらすべてを主はわれわれに対する愛から喜んでご自分に引き受けられた。ご苦難の幻影が終わると、イエスはあたかも死人のようにうつ伏せに倒れた。天使と幻影とは消え去り、血の汗は前よりもいっそう激しく流れ落ちた。

その時、一位の天使が天から降って来た。かれは晩餐の杯の形をした小さな容器を胸の前で持っていた。その杯には小さな輝いた食物が浮いていた。かれは主の口に輝く食物をお入れし、小さく輝く杯からお飲ませして再び消え去った。

イエスは今や、力を得られた。主は確かに悲しんでおられたが、強められたので、恐怖も不安もなく、しっかりとした足取りで弟子たちの方に行くことが出来た。主はなお青白くやつれ果てて見えたが、まっすぐに立たれ、決然として行かれた。主は汗拭きで顔をや髪をぬぐわれたが、髪にはまだ血の塊があった。

イエスが弟子たちの所に来て見られると、かれらは横になって眠り込んでいた。主はかれらに「なぜ眠っているのか。誘惑に陥らぬよう、起きて祈っていなさい」(ルカ22・46) 「なぜなら、見よ、人の子が悪人の手に渡される時が近づいた。立て、行こう!見よ、裏切り者が近づいて来た!ああ、もしかれが生まれなかったらかれにとってよかっただろうに!」と言われた。 

弟子たちは驚いて飛び上がり、あたりを見回した。そして気を取り戻すと、ペトロが性急に言った。「主よ、あなたを護るために他の者を呼びましょう!」しかしイエスはかれらに、たいまつを持って近づいてくる武装した一軍を指さされた。主は落ちついて二、三語られ、重ねて聖母をお頼みになった。 

それから「さあ、かれらの方に行こう!わたしは何の抵抗もせずに自分を敵の手に渡すつもりだ」と言われた。主は三人の弟子と共に武装した一軍の方に向かって行かれた。 

ゲッセマネの苦悩の大聖堂:イエスがゲッセマネで祈った場所に聖堂が建てられている。 オリーブ山の斜面にある
ゲッセマネの苦悩の大聖堂にあるイエスが祈ったとされている場所。その後ろは祭壇となっている。

 

6 ユダとその軍勢

ユダは、ひそかに主を渡すことによってファリザイ人に好意を示し、裏切りの報酬を得ようとした。しかし彼はイエスの判決や磔刑については考えもしなければ企てもしなかった。ただ金だけを目あてにしていた。

ユダはイエスの地上の国に希望を抱き、そこで輝かしい地位を期待していた。しかしそれは実現しそうにもなく、絶えず迫害を受ける生活にあきあきするようになった。 かれはすでに数ヶ月施し物を横取りして、裏切りの第一歩を踏み出していた。

困難や迫害が増すにつれ、結局イエスは決して国王にならないことがわかると、かれはものを集め始めた。そして、ことがだめになる前に主の敵とうまく関係を結んでおこうと考えた。

彼は「いずれにしろ、イエスはもうあんまり長いことはないぞ」と自信をもって放言していたファリザイ人との関係をますます深めていった。そしてついに自分から大司祭たちの所に出かけ、実行を催促するまでになった。

主がエルサレムにきたとき、ユダは「いまこそイエスを捕らえるべきだ。もし捕らえないなら、後で王と呼ばせるために大軍をもって戻ってくるだろう」と主張した。一同はかれの案内でイエスを捕縛する提案に同意した。そしてかれは裏切りの報酬である銀三十枚を受け取ったのである。

ユダが裏切りの報酬を得てから、すぐに一人のファリザイ人は、七人の奴隷に主の十字架を急いで作るように命じた。なぜなら次の日は祭日が始まるので時間はあまりないからである。

ユダは、イエスは祈りをするためにオリーブ山に行っているに違いないと告げた。そして主を捕縛するための打ち合わせをし、ユダが接吻する人を捕縛することを決定した。

兵士たちはイエスを確実に捕縛するまではユダにしっかり目をつけ、決して逃げさせてはならないと厳重に言い渡されていた。それはこの卑劣漢が金だけもって逃げる恐れがあったし、また夜半では探している者でなく、間違って他の者を捕らえるおそれがあったからである。

捕縛に差し向けられた部隊は二十人の兵から成りたっていた。その一部は神殿の番兵、他の一部はアンナとカイファの兵であった。みな剣を帯び、たいまつを持ち、二、三の者は槍を持っていた。そして騒動が起きたり、主が取り戻されたりするのを防ぐために、あちらこちらに歩哨を配置した。

かくてユダは二十人の兵士と共に出かけた。そしてこの一行から少し離れて、縄やかせを持った四人の獄吏に後をつけさせた。かれらの二、三歩後ろから、ユダが関係していた六人の役人がついて行った。かれらはアンナとカイファとに信用のある二人の司祭と、ファリザイ人の二人の役人と、サドカイ人の二人であり、みな救い主の邪悪な敵であった。

二十人の兵士は、途中までユダと仲よく行った。しかし、目的地に近づくにつれ、かれらはユダに対して全く変わった態度をとりだした。ユダとかれらは争い始めた。 

7 主の捕縛

こうしてかれらが争っている間に、イエスは三人の使徒と共に、他の八人のところに戻った。イエスと使徒たちはたいまつの光や武装した兵を見た。するとペトロはただちに暴力でかれらに向かおうとして叫んだ。「主よ、ゲッセマネから来た八人も直ぐそこにいます。みなで獄吏に打ってかかりましょう」。しかしイエスは落ちつくように命じた。

ユダは怒りに燃え、凶悪そのものになってしまった。四人の使徒はかれの方に近づき、一体何が起こっているのかと尋ねた。ユダはうまくかれらをごまかそうとしたが兵はかれを放さなかった。

イエスは一団の方に近づき、大きな声ではっきりとお尋ねになった。「だれを捜しているのか」と言われた。彼らが「ナザレのイエスだ」と答えると、イエスは「わたしである」と言われた(ヨハネ18・4、5)。しかし主がこう言われるとすぐに、かれらは痙攣にかかったように後ずさりをし、重なり合って倒れた。

そばにいたユダはますます混乱してしまった。かれは主に近寄ろうとしたところ、主は「友よ、何のために来たのか」と言われた。ユダは狼狽し、しどろもどろになった。しかしイエスは「本当におまえは生まれなかった方がよかったものを」と言われた。その間に兵士は再び起き上がり、主に近寄って来てユダが合図するのを待っていた。しかしペトロと他の使徒たちは裏切り者を取り囲んで激しくとがめた。かれはうそを言って使徒たちから逃れようとしたが、兵卒たちがユダを庇おうとしたので、それが証拠となってばれた。

イエスは再び「だれを捜しているのか」と言われた。かれらは主の方を振り向き再び「ナザレトのイエスだ」と言った。イエスが「『わたしである』と言ったではないか。わたしを捜しているのなら、この人々は去らせなさい」(ヨハネ18・7、8) と言われると兵卒たちは再びふらふらと倒れてしまった。イエスは兵卒らに「起きなさい」と言われた。するとかれらは起き上がったが、恐ろしさに震えていた。

ユダはなお使徒たちと口論していたので、見張りは再びかれを庇おうとユダのところに行った。そこでユダはその苦境から逃れた。そして兵卒たちは打ち合わせの合図をするように迫った。かれらはユダが接吻するもの以外は決して捕らえてはならないと命じられていたからである。それで裏切り者は主に近寄り、「先生、こんばんわ」(マタイ26・49)と言いながら接吻した。イエスは「ユダ、あなたは接吻で人の子を裏切るのか」(ルカ22・48)と言われた。

すると兵卒らはまわりから主に迫った。ペトロは、「主よ、剣で切りつけましょうか」(ルカ22・49)と叫んだ。主はそれを制止したが、ペトロは憤慨して剣を握るとすぐにマルコを斬りつけ、片方の耳を切り落とした。男は地面に打ち倒れた。混乱は一層大きくなった。

しかしイエスはすぐにペトロに言われた。「剣をさやに納めなさい。剣を取る者は皆、剣で滅びる。わたしが父にお願いできないとでも思うのか。お願いすれば、父は十二軍団以上の天使を今すぐ送ってくださるであろう。しかしそれでは、必ずこうなると書かれている聖書の言葉がどうして実現されよう」 (マタイ26・53、54)。

主はさらに「あの人を癒そう」と言われた。そして主はマルコに近づき、かれに触れて祈られた。すると耳は再び癒えた。役人たちは嘲笑って言った。「奴は悪魔とぐるになっているんだ。魔術で耳が切れたように見せかけておいてまた魔術で直したんだ」。

その時、イエスはかれらに「まるで強盗にでも向かうように、剣や棒を持ってやって来たのか。わたしは毎日、神殿の境内で一緒にいたのに、あなたたちはわたしに手を下さなかった。だが、今はあなたたちの時で、闇が力を振るっている」と言われた(ルカ22・52、53)。

指揮官は主の捕縛を命じ、 兵卒たちが主を警戒する中、獄吏たちは乱暴に主に縄をかけた。獄吏たちはイエスの手を残酷なやり方で胸の前に縛り上げた。その際、肌に食い込むようなゴツゴツした縄を使って固く締め上げた。また腹部にトゲの出ている幅広の帯を締め、この帯に固定されているなめし皮、あるいは柳の輪に御手を縛りつけた。御首のまわりにはトゲのあるバンドを締め、そのバンドから二本の細長い皮を御胸の前にたらし、それをまた帯にしっかり結びつけた。この帯の四カ所に長い縄を縛りつけ、それをもって主をあちこちと好き勝手に引きずり回すことができた。

 

このようにして残忍きわまりなき行列は動き始めた。先頭には十人の見張りが立ち、次いで主の縄をひいた獄吏がつづき、次に嘲りわめくファリザイ人が来て、しんがりは残りの十人の兵士が勤めた。弟子たちは泣きながら夢中でさまよい歩いていた。しかしヨハネは少し離れてついて行った。

獄吏たちはあらゆる方法で主を虐待したり、意地悪な悪ふざけをした。かれらは主に石ころや芥の上の歩きにくい道を通らせ、縄を長く引っ張って自分らはよい所を歩いた。また縄の端の結び玉をしっかりつかみ、それで主を殴りつけ、最も卑しい嘲笑を浴びせかけた。

8 エルサレムの光景

イエスの捕縛の知らせがアンナとカイファに伝わると、直ちに、裁判をする準備を始めた。法廷には火が燃やされ、使いの者たちが、衆議所の議員や、律法学士たちや長老たちや、過越し祭のためにエルサレムに集まっていたイエスの敵たちを集めるために走り回った。

やアンナとカイファのもとに、イエスの敵たちがぞくぞくと集まって来た。かれらはみな復讐と怒りに燃えたっていた。そして偽証人を集めたり、イエスの有罪を発言するように卑劣漢を金で買収したりした。しかしかれらは分かり切った嘘以外に何も持ち合わせていなかった。

これらユダヤ人のくずが暴れ回っている時、多くの敬虔な人たちや主の友だちらは不安の念におびえ悲嘆にくれていた。かれらは訳がわからなかった。大部分の使徒や弟子たちは恐れてエルサレム付近の谷間をさまよい歩き、あるいはオリーブ山の洞穴に隠れたりした。一方、聖婦人たちはマルタの家で泣いていた。