ヨハネ福音書19・17~24

聖アウグスティヌス著作集から抜粋し要約しています。

イエスは、自ら十字架を背負い、いわゆる「されこうべの場所」、すなわちヘブライ語でゴルゴタという所へ向かわれた。 そこで、彼らはイエスを十字架につけた。

ヨハネ19・17、18

イエスは、十字架を背負って、十字架につけられる場所に行ったのである。これは敬虔な者から見れば、「わたしたちには、わたしたちの主イエス・キリストの十字架のほかに、誇るものが断じてあってはなりません」(ガラ6・14)とあるように、 偉大な秘儀である。しかし不敬虔な者から見れば大いなる恥辱の見本である。

また、イエスと一緒にほかの二人をも、イエスを真ん中にして両側に、十字架につけた。

ヨハネ19・18

この二人は、他の福音に記されているとおり盗賊であり、キリストは彼らと共に十字架につけられ、彼らの間に置かれたのである。これについてはイザヤが預言している。「罪びとの一人に数えられた」(イザヤ53・12)

ピラトは罪状書きを書いて、十字架の上に掛けた。それには、「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」と書いてあった。イエスが十字架につけられた場所は都に近かったので、多くのユダヤ人がその罪状書きを読んだ。それは、ヘブライ語、ラテン語、ギリシア語で書かれていた。

ヨハネ19・19、20

この三つの言語は、その地方では他の言語よりも普及していた。ヘブライ語は神の律法を誇りにするユダヤ人のため、ギリシア語は異邦人の知者のため、ラテン語はその当時すべての民族を支配していたローマ人のためである。

ユダヤ人の祭司長たちがピラトに、「『ユダヤ人の王』と書かず、『この男は「ユダヤ人の王」と自称した』と書いてください」と言った。 しかし、ピラトは、「わたしが書いたものは、書いたままにしておけ」と答えた。

ヨハネ19・21、22

「わたしには、この囲いに入っていないほかの羊もいる。その羊をも導かなければならない。その羊もわたしの声を聞き分ける。こうして、羊は一人の羊飼いに導かれ、一つの群れになる」 (ヨハネ10・16)とあるようにキリストは異邦人の王でもある。「ユダヤ人の王」とは、「肉による子が神の子なのではなく、約束の子が子孫と認められるのです」(ガラ3・29)と言われている人々の王のことである。それはまた「もしあなたがたがキリストのものであるなら、アブラハムの子孫であり、約束による相続人です」(ガラ3・29)と言われている人々の王のことである。それゆえ、キリストはユダヤ人の王であるが、心の割礼による、霊によるユダヤ人の王である。

兵士たちは、イエスを十字架につけてから、その服を取り、四つに分け、各自に一つずつ渡るようにした。下着も取ってみたが、それには縫い目がなく、上から下まで一枚織りであった。 

ヨハネ19・23

イエスの服を4つに分けたことから十字架をつけたそばにいた兵士が4人であったことがわかる。

そこで、「これは裂かないで、だれのものになるか、くじ引きで決めよう」と話し合った。それは、「彼らはわたしの服を分け合い、わたしの衣服のことでくじを引いた」という聖書の言葉が実現するためであった。兵士たちはこのとおりにしたのである

ヨハネ19・24

ここで挙げられている預言は詩編22・19にある。