ヨハネ福音書18・28~32

聖アウグスティヌス著作集より簡略して抜粋 

人々は、イエスをカイアファのところから総督官邸に連れて行った。明け方であった。しかし、彼らは自分では官邸に入らなかった。汚れないで過越の食事をするためである。

ヨハネ18・28

イエスを連行した人々は、ピラトのいる官邸内に入らなかった。なぜなら、種を入れないパンの日が始まっていて、その日に異邦人の家に入ることは彼らにとって汚れになったからである。

そこで、ピラトが彼らのところへ出て来て、「どういう罪でこの男を訴えるのか」と言った。 彼らは答えて、「この男が悪いことをしていなかったら、あなたに引き渡しはしなかったでしょう」と言った。


ヨハネ18・29、30

主が悪いことをしたのかは、主が奇跡でもって癒した人々が答えるべきである。しかし、主が「彼らはわたしの善意に悪意をもってこたえる」(詩編35・12)と預言された者たちが、そのようなことを語ったのである。

ピラトが、「あなたたちが引き取って、自分たちの律法に従って裁け」と言うと、ユダヤ人たちは、「わたしたちには、人を死刑にする権限がありません」と言った。

ヨハネ18・31

ユダヤ人たちは、申命記13・5にあるように彼を死刑にする権限がないわけではなかった。しかし、彼らが既に祝い始めていた祭日の聖さのために、彼らは自分たちには誰も死刑にする権限はないと言ったのである。

ユダヤ人たちは、他人に血を流させることで、罪のない者に血を流させても汚れることはないと信じるほど盲目になっていた。

しかし、彼らが主を捕らえ、縛り上げ、連れて来なかったならば、さらに殺すように差し出したり、声で要求しなければ、主は死刑になることはなかったであろう。

それは、御自分がどのような死を遂げるかを示そうとして、イエスの言われた言葉が実現するためであった。

ヨハネ18・32

「イエスの言われた言葉が実現する」とは、異邦人が自分たちに引き渡されたイエスを死刑にするためということであり、そのことをイエスは予告されたのである。このことは、ユダヤ人たちが「 「わたしたちには、人を死刑にする権限がありません」と言いうことで実現した。