7、初心者がもっている不完全⑥霊的嫉妬

嫉妬について言うならば、彼らの多くは大抵、他人の霊的宝を悲しむ衝動に駆られ、この道で、自分よりも他の人々の方がすぐれていようものなら感覚的苦痛を感じ、その人たちが褒められているのは見たくないのである。それというのも、他の人の徳は彼らを悲しくさせるからで、時としては、この反対のことを言わずにいられず、出来る限り、その人たちに与えられた称賛をうちこわそうとする。そして、同じ称賛が自分に向けられないからといって目に角を立てる。なぜなら、何ごとにおいても、優先的に扱われることが、彼らの望むことだから。こういうことは、みな、愛徳に非常に反することである。愛徳は聖パウロが言うように、「真実を喜ぶ」(1コリント13・6)ものである。

そして、もし、愛に何かの嫉妬があるとすれば、それは聖なる嫉妬であって、自分には他の人が持っているような徳がないことを悲しむが、同時に、他の人がそれを持っていることを喜ぶ。そして、神への奉仕において、自分には、こんなに足りないところがあるが、他の人がみな、ずっとずっとすぐれていることを喜ぶ。