7 要約

聖パウロは、「夫たちよ、キリストが教会を愛〔され〕たように、妻を愛しなさい。……この神秘は偉大です。わたしは、キリストと教会について述べているのです」(エフェソ5∙25,32)といっています。

結婚の契約によって一人の男と一人の女とがいのちと愛とによる親密な共同体を形づくりますが、この結婚は創造主によって設立され、独自の法則を与えられています。結婚は本質的に夫婦の善益と子供の出産および教育とに向けられています。受洗者同士の結婚は主キリストによって尊い秘跡にまで高められました。

結婚の秘跡は、キリストと教会との一致のしるしです。この秘跡によって、夫婦に、キリストがご自分の教会を愛されたその愛で互いに愛し合う恵みが与えられます。したがって、結婚の秘跡の恵みは夫婦の人間的愛を完成し、二人の不解消の一致を強め、永遠のいのちに向かう道の途上で夫婦を聖化します。

結婚は配偶者間の合意、すなわち、忠実で出産に開かれた愛の契約を生き抜くために、相互に決定的に自己を与え合うという意志の上に成り立ちます。

結婚によって夫婦は教会の中での公の生活身分を持つことになるので、結婚式は、司祭(または教会の有資格の証人)と複数の証人、および信者会衆の前で、典礼儀式に従って公に行われます。

単一性、不解消性、出産に開かれた心というものは、結婚の本質に属することです。一夫多妻は単一性とは相いれません。離婚は神が合わされたものを離すことです。出産の拒否は、結婚の「もっとも貴重なたまもの」である子供の出産に向けられた夫婦生活をゆがめるものです。

離婚者が配偶者の存命中に再婚することは、キリストが教えられた神の計画とおきてとに背きます。このように再婚した者は教会から離れたわけではありませんが、聖体拝領はできません。彼らは子供たちの信仰を育てることによってキリスト者としての生活を送ります。

キリスト教的家庭は、子供たちが信仰の最初の告知を受ける場です。それゆえに、家族的な家庭はまさしく「家庭教会」と呼ばれます。それは、恵みと祈りとの共同体、人間的諸徳とキリスト教的愛とを教える学校です。