7 叙階の秘跡の効果

消えない霊印

叙階の秘跡は、キリストの道具となって教会に奉仕させるため、聖霊の特別な恵みによって人をキリストに似た者とします。叙階によって、祭司∙預言者∙王というキリストの三職を、教会の頭であるキリストの代理者として果たすことができるようになります。

洗礼や堅信の場合と同様、このキリストの任務への参与はただ一度ゆるされるだけです。叙階の秘跡もまた、消えない霊印を与えるので、繰り返し受けることも、期限付きで授けることもできません。

重大な理由があれば、有効に叙階された者が、叙階に伴う義務や職務から解かれるか、この行使を禁止されることがあります。しかし当人は、厳密な意味では、もはや信徒の身分に戻ることはできません。叙階によってしるされた霊印は消えることがないからです。叙階の日に受けた召命と使命とは、その人に消えないしるしを刻むのです。

叙階された役務者を通して働き救いをもたらされるのはキリストですから、彼らにふさわしくない行動があったとしても、キリストの働きが妨げ.られることはありません。聖アウグスチヌスは、この点を次のように力説しています。
「高慢な役務者は悪魔と同一視されるべきです。それでも、キリストのたまものは汚されません。このような役務者を通して流れ出るものは清さを保ち、彼を通して流れるものは澄んだままで、肥沃な土地までやってきます。……秘跡の霊的力は光のようなもので、照らされなければならない人々はそれを清いままに受け、たとえ汚れたものを通っても、それ自体が汚されることはありません」。

この秘跡に固有な聖霊の恵みは、人を祭司∙師∙牧者であるキリストに同化させることです。叙階を受けた者は、そのキリストの役務者となります。

聖霊の恵み

司教が受ける恵みはおもに勇気の恵み(「統治の霊」一ラテン典礼の司教聖別の祈り)です。すなわち、すべての人、とくに貧しい人、病人、困窮者に対する無償の愛をもって、隼のように、羊飼いのように、教会を力強く賢明に導き擁護するための恵みです。この恵みにより、司教はあらゆる人に福音を告げ知らせ、その群れの模範となり、また、エウカリスチアにおいて祭司でありいけにえであるキリストと一体となりながら、自分の羊のためにいのちを捨てることをも恐れず、聖化の道を群れの先頭に立って進むよう促されます。
「人の心を見通される父よ、あなたが司教としてお選びになったこのしもべが、聖なる群れを牧し、昼も夜もあなたに仕えて最高の祭司職をとがめられることなく果たすことができますように。あなたの顔をたえず和らげ、聖なる教会の供え物をささげ∙最高の祭司職の霊によって、おことばのとおり罪をゆるす権能を受けますように。あなたが割り当てられるままに役割を分配し、あなたが使徒にお与えになった権能によっていっさいのきずなを解くことができますように。御子イエス・キリストによって芳しい香りをささげ、柔和と清い心であなたに喜ばれる者となりますように」。

司祭叙階によって与えられる霊的たまものは、ビザンチン典礼独自の叙階式の祈りによく示されています。司教は按手しながら、次のように唱えます。
「主よ、あなたが司祭の位階に高めてくださった者を聖霊のたまもので満たし、非の打ちどころなくあなたの祭壇の前に立ち、み国の福音を告げ知らせ、あなたの真理のことばの奉仕を果たし、霊的供え物と犠牲をささげ、新たに造り変える洗いを通してあなたの民を一新させることができるようにしてください。こうして、この司祭自身が再臨の日に御ひとり子であるわたしたちの神、救い主イエス・キリストを迎えて、あなたの限りないいつくしみにより、その任務の忠実な履行に対する報いを受けることができますように」。

助祭は、「秘跡の恩恵に強められて、司教および司祭団との交わりの中で、典礼とことばと愛の奉仕(ディアコニア)において神の民に仕えます」。

祭司の恵みと任務の偉大さを前にして、教会博士たちは、秘跡によってご自分の奉仕者に定められたかたにいのちを投げ出して従うようにとの、回心への強い呼びかけを感じ取りました。たとえば、ナジアンズの聖グレゴリオは司祭になったばかりのときに、次のように叫んでいます。
「他の人々を清める前に、まず自分自身が清められなければなりません。人に教えることができるためには、教えを身につけなければなりません。他の人々を照らすためにはまず自分自身が光となり、他の人々を神に近づけるためには自分が神に近づき、人々を聖化し、手を取って導き、賢明な助言を与えるためには、自分自身が聖化されていなければなりません」「わたしは、わたしたちがどなたに仕え、どのような地位にあり、どなたのもとへ進んでいるのかを知っています。わたしは、神の崇高さと人間の弱さとを1知っています。しかしまた、神の力がどんなものであるかも知っています」 。「〔それでは、司祭とは何でしょうか。司祭とは〕真理の擁護者であり、将来は天使たちと並んで立ちく大天使たちとともに神を褒めたたえ、天上の祭壇にいけにえをささげ、キリストの祭司職を分かち持ち、被造物を改造し、〔人に神の〕似姿を取り戻させ、天の国のためにそれを造り直す者となるのです。そして、そのもっとも偉大な点を述べるとすれば、司祭は、将来は自分自身が神化され、他の人々をも神化させるのです」。また、アルスの主任司祭聖ヨハネ∙ビアンネはこうもいっています。「この世であがないのわざを続けるのは、司祭です」。「人はこの世で司祭が何であるかを本当年理解すれば、恐れのゆえではなく、愛のゆえに死ぬでしょう」。「祭司職とは、イエスの心の愛です」。