8 ゆるしの秘跡の役務者

キリストが使徒たちに和解の奉仕職をゆだねられたので、使徒たちの後継者である司教とその協力者である司祭とがこの務めを続けています。司教と司祭は、叙階の秘跡の力によって、「父と子と聖霊のみ名によって」すべての罪をゆるす権能を与えられています。

罪のゆるしは、神との和解だけではなく教会との和解をももたらします。したがって、部分教会の見える頭である司教が、昔から、とりわけ和解の権能と奉仕職とを持つ者と考えられてきたのは当然のことです。司教はゆるしの秘跡の規律の統制者です。その協力者である司祭は、所属の司教(場合によっては修道会長上)、あるいは教皇から教会法に基づいてその権能を授けられ、ゆるしを与えます。

特別に重大な罪は、破門に相当します。破門は、教会が科すもっとも重い罰です。破門された者は秘跡を受けることができず、一定の教会的な行為をすることもできません。破門を解くことができるのは、教会法によれば、教皇と、当地の司教と、彼らから権限を委’任された司祭だけです。しかし、死の危険にある場合には、聴罪の権限を与えられていない司祭も含めて、どのような司祭でも、すべての罪をゆるし、すべての破門を解くことができます。

司祭はゆるしの秘跡を受けるように信者たちを励まし、また、信者が良識をもって願うたびに快くそれに応じる用意があることを示さなければなりません。

司祭がゆるしの秘跡を授けるときには、迷った羊を探すよい牧者、傷に包帯をするよいサマリア人、放蕩息子の帰りを待ちわび、その帰りを歓迎する父親、えこひいきせずに公正で、しかもあわれみ深い判決を下す裁判官の務めを果たします。一言でいえば、司祭は罪びとに対する神の慈悲のしるしであり、道具なのです。

聴罪司祭は神のゆるしを与える主人ではなく、そのしもべです。この秘跡を授ける者は、キリストの意向と愛とに一致していなければなりません。また、キリスト教的な生活の確かな認識、人間のことがらに関する経験、罪びとに対する尊敬と思いやりとを持ち、真理を愛し、教会の教導権の教えに忠実で、悔い改める者を忍耐深く治癒と十分な成熟とに導き、さらに、キリストのあわれみにゆだねながら、当人のために祈り、償いをしなければなりません。

この務めの微妙さや偉大さ、また人に対して払うべき尊敬などを考慮して、教会は、告白を聴く司祭が告白された罪について絶対の秘密を守ることを命じています。これに背けば厳罰を科されます。聴罪司祭はまた、告白によって知りえた告白者の生活についての情報を用いることも禁じられています。例外を認めないこの秘密は、「秘跡的封印」と呼ばれます。告白者が司祭に打ち明けたことは、秘跡によって「密封された」ままだからです。