4 内面的な悔い改め

すでに預言者たちにもそうであったように、回心と悔い改めへのイエスの呼びかけは、外的な行い、すなわち、「粗衣や灰」、断食などの苦行ではなく、まず、心からの回心、内面的悔い改めを求めます。これがなければ、償いの行為はむなしく、偽りのものです。それに対して、心からの回心は、悔い改めの行為やわざなどの目に見えるしるしをもって表されます。

内面的悔い改めとは、生活全体の根本的転向、つまりわたしたちが心の底から神に復帰し、罪を断ち、悪から遠ざかり、犯した悪い行為を嫌悪することです。それは同時に、神のあわれみを希望し、その恵みの助けに信頼して、生き方を変えようという望みと決心とを伴うものです。この回心には救いに通じる苦痛と悲しみとを伴いますが、教父たちはこれを魂の苦悩、心の痛悔と呼んでいます。

人間の心は鈍く、かたくなです。神から新しい心を与えていただく必要があります。回心は第一に神の恵みの働きであり、この恵みによって心は神に向きを変えます。「主よ、みもとに立ち返らせてください。わたしたちは立ち返ります」(哀歌5∙21)。神はもう一度やり直す力をお与えになります。心は神の愛の偉大さを発見することにより、罪の醜さと重さとに打たれ、罪によって神に背き、神から離れるのを恐れるようになります。人間の心は、罪によって刺し貫かれたかたを見つめて回心します。
「キリストの御血を見つめ、御父にとってどれほど貴重なものであるかを理解しましょう。その血はわたしたちの救いのために流され、全世界に悔い改めの恵みをもたらしたものだからです」。

キリストの復活以来、聖霊は御父から遣わされたかたを信じなかったという世の誤りを明らかにしてくださいます。ところが、誤りを明らかにしてくださるこの同じ霊が、人間の心に悔い改めと回心との恵みを与えてくださる慰め主でもあられるのです。